言霊百神

2014年8月26日 (火)

おとぎ話 その6 桃太郎

 六つ目であり、前にどこかの文章で出てきて重複すると思いますが、最後に桃太郎です。

ここから;

桃太郎

 「昔ある処におじいさんとおばあさんがいました。 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯 に行きました。川上から大きな桃が一つ流れてきま した。持って帰ってその桃を割ると、中からかわい い男の子が出て来ました。桃から生れたので桃太郎 と名付けました。桃太郎はすくすくと成長して立派な若者になりました。ある日桃太郎は「これから鬼が鳥に鬼退治に行って来ま す」と申しました。おじいさんとおばあさんは日本一の黍団子を作ってお弁当 を持たせ励ましました。途中で犬・猿・雉・(熊)が黍団子を貰って家来となり ました。そして勇ましく鬼が島に乗り込み、悪い赤鬼・青鬼をさんざんに懲らしめました。鬼達は終(つい)に降参し、もう悪いことは致しませんと言って自分達の宝物を全部差出しました。桃太郎は家来とともにその宝物を持っておじいさん とおばあさんの処へ帰りました。めでたし、めでだし。」

 お手許に『古事記』「上つ巻(神代巻)」がございましたら参考にして項ければ幸いです。おじいさんとおばあさんの名前を伊耶那岐(いざなぎ)神・伊耶那美(いざなみ)神といいます。創造主であり、言霊の神のことでもあります。おじいさんは山へ柴刈りに行きました。山とは八間のことで、人間の創造意志の知性が現われる根本のリズム(ヒチシキミリイニの八つの父韻)のことで、柴刈りの柴とは霊の葉の謎で、昔言霊のことを一音で霊と呼びましひた。霊の言棄とは五十音の言霊を表わします。おばあさんは川で洗濯をしました。川の名を竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(をど)の阿波岐原(あはぎはら)の川の瀬と言います。洗濯とは祓禊みそぎはらいのことです(『古事記』参照)。言霊の数は五十個、その五十個の言霊をどのように並べたら人間精神の理想構造(鏡)が出来るかの精神的操作手順 が五十あり、この手順を祓禊といいます。合わせて百の原理(百道・鏡餠)の ことです。川から桃が流れて未るという事は、祓禊によって百(桃)の原理が 完成するという意味であります。そこで、桃太郎の中から桃太郎が生れました。

Ahagihara

 つまり、百個の原理を理解し、この言霊法則を運用する人が生れたということです。百個の人間生命の根本原理で人類の歴史を創造して行く実行者であります。『古事記』「黄泉国」の章に「伊耶那岐神命、桃子(もものこ)に詔りたまはく、汝吾を助けしがごと葦原の中つ国にあらゆる現(うつ)しき青人草(あらあおひとぐさ)の苦き瀬に落ちて、患惚たしなまん時に助けよと詔りたまひて、意富(おほ)加牟豆美(かむずみ)の命という名を賜ひき」とあります。梅若の狂言にある「桃太郎」は伝説の桃太郎のことで、その中でシテの桃太郎は自らを意富加牟豆美命(おほかむずみのみこと)と名乗ります。大いなる神の稜威の身という意味で、言霊の鏡(八咫鏡=やたのかがみ)に基づいて歴史を創造する神である天照大神(伊勢神宮の御祭神)のことを示しています。

 桃太郎は健やかに成人し、やがて鬼が島を征伐しに行く。鬼の「オ」は言霊オのことで、物時の関連性(緒・尾)を調べる人間性能のこと、鬼の「ニ」はその関連性を学問として第二次的にまとめて行くことで、そこから科学・産業の世界が展開して来ます。それは『古事記』に示されている須佐男命の支配する世界であり、人類に素晴しい便利な生活の道具(宝物)を実現しました。と同時に権力闘争の道具に使われ、戦争による生命の危倹、人心の荒廃、公害の発生等をももたらしました。何時までもこの宝物を鬼の独走の手に委しておくわけにはゆきません。天照大神の生命の原理の中に取り込まなければなりません。

 おじいさんとおばあさんは黍(きび)団子を作って桃太郎に持たせました。黍とは伊耶那岐・美のことです。古事記の中で説かれますように岐美二神の結婚によって生れて来るのは、三十二の実相 の単位である言霊子音であり、円満玲瓏な言霊の玉(団子)であります。五十個 の言霊によって組織された人間精神神の完成体の鏡に照らし合わせることによ って、初めて科学の成果を人類の福祉に奉仕させることが可能となります。桃太郎から黍団子を貰った犬(言霊イ)、猿(言霊ウ)、雉(言霊オ)、そして熊(言霊ア)、が家来となりお供をしました(現在は熊が省略されています)。仏教で言えば仏陀に従う四天 王のことです。この場合、桃太郎は原理(言霊イ)に基づいて言霊ウオア(欲 望・経験知・感情)を自由に操作する実践者(言霊エ)に当たります。

 

 かくて桃太郎は四天王を従えて鬼が島を征伐しました。物欲と権力闘争に明け暮れしている世の中に姿を現わし、言霊の原理を高く掲げて世の矛盾を解消し、鬼が島の宝物である科学文明の利器が人類全体の幸福な生活に役立つ恒久平和の世界を実現させます。桃太郎の凱旋であります。めでたし、めでたしというわけであります。

 以上、桃太郎のおとぎ話は現在の科学文明が完成に近づいた時、その科学文明が、数千年以前己に発見され完成されている精神文明のエッセンスである言霊布斗麻邇の原理と共に車の両輪の如く相たずさえて人類の新しい第三の文明を創造する様相を予言した譬え話という事が出来るでありましょう。

以上、言霊の会さんのおとぎ話より、終わり。

kono87

2014年8月25日 (月)

おとぎ話 その5 花咲爺

花咲爺

 ある所に正直なおじいさんと欲張りのおじいさん がいました。正直なおじいさんの飼っている犬が裏の 畑で「ワンワン」と鳴いて此処をれといいます。そこ で掘ってみますと宝物がたくさん出てきました。それ を見ていた欲張りじいさんは犬を無理に借りていき、 犬の鳴く処を掘ると汚い臭いものがたくさん出てき ました。欲張りおじいさんは怒って借りてきた犬を殺 してしまいました。

 悲しんだ正直じいさんは犬を丁重に弔って地の中に埋め、そのあとに松の木 を植えました。その松はずんずん大きく育ちました。正直じいさんはその松の 木で臼を作り、餅をつきました。すると臼の中からまた宝物がたくさん出てき ました。それを見ていた欲張りじいさんは臼を借りていき、餠をつきました。 すると臼の中から汚いものがたくさん出てきました。欲張りじいさんは怒って 臼を割って焼いてしまいました。正直じいさんはその灰を集め撒きますと、枯 木に花が咲き、大層美しくなり、それを見たお殿様から褒められました。欲張 りじいさんがまた真似をしてその灰をきますと、咲いていた美しい花も枯れ、 人々の眼や鼻や口に入って苦しめましたのでお殿様からきつく叱られてしまい ました......とさ。

五十音の言霊原理で登場人物をみてみると......

 この花咲爺のおとぎ話は、日本伝統の精神原理であるアイウエオ五十音言霊の学問と、ここ三千年来発達した物質科学的原理の研究とを対比させた物語とみることができます。人間は精神字宙の五つの界層次元に住んでいます。五つの次元を五つの母昔で表わします。

 ウは欲望の次元で、この次元から産業・経済活勤が起こります。オの次元は経験知で、これより学問・科学が出てきます。アは感情の次元で、宗教・芸術が興ります。エは実践智の次元で、道徳的政治が現われます。最後のイの次元は人間の言葉の原理である五十音の言霊が存在するところです。以上の五つの次元を頭に入れておいて花咲爺のおとぎ話をみますと、たいへん示唆に富んだ物語であることがわか

ってきます。

 正直じいさんとは、言霊イ(言霊原理)とエ(その原理に基づく道徳)を操作活用する人、欲張りじいさんとは言霊ウ(産業・経済)とオ(経験科学)を運営する人と解きます。 正直じいさんの飼っていた犬とはイの奴ということで、イは五十音言霊の原理 のことですから、イの奴とはその原理を操作・運用する人の意味となります。 犬が鳴いた所を掘る、とは言霊原理に則って道徳の政治を行うという意味です。 すると宝物が沢山出てきました、とは精神文化の花が咲き、平和で心豊かな社 会が生れてきたということです。日本にも世界にも、三、四千年以前まではこ のような精神文明の時代が実際に続いていたのでした。

 しかし、魂が言霊のウとオという境涯に限定されて生きている欲張りじいさんがその次元段階の法則に従って物事を運営しますと、結局はその意に反して汚いものがたくさん現われてきます。言霊ウというのは欲望の世界てあり、言霊オは経験知の世界です。その人達は物質面や自分の経験したことの知識だけでしか物事を判断し、行動することができません。社会全体とか、世界人類全体の福祉とかいう立場には余り重きが置かれません。個人の経験に基づく見解が集まるところには必ず意見の衝突が起こり、度を超えた競争が始まります。果てには大きな戦争さえ起こり

ます。そのように精神的に、物質的にいろいろな禍が現われてきます。

 今日の政治や経済や環境境の状況がよい例であります。このように物質主義の偏重される時代がくると、精神的な原理である言霊布斗麻邇(ふとまに)の学問は国家社会からは忘れられていき

ました。言霊を操作する(イの奴=ぬ)人、即ち犬は欲張りじいさんに殺されてしまいました。今日より約二千年以前第十代崇神天皇の時代のことであります。 正直じいさんと欲張りじいさんの対立はずうっと続きます。正直じいさんは殺 された犬を丁重に葬って埋め、その上に松の木を植えました。松が育って大き くなるつと、その木で臼を作って餅を搗きました。すると宝物がたくさん出て きました。松の葉はその元のところから二本に分かれています。一つの生命の 内容を調べるには、まず陰陽二様に分けることから始まります。物事の真相は まず考える主体と考えられる客体に分かれて分析しなければなりません。松の 葉の根元から葉が二本に分かれる形です。と同時に分析して内容が個々に確か められたら、再びそれらを結合して元の姿に組立てることが大切です。分析と 総合ができた時、初めて人はその物事の真相を全部は把握したことになります。 松の棄の陰陽の分かれから、元の一つの根元に帰ることです。これを言霊の原 理ではまつり(祭・政・真釣)と呼びます。

 

正直じいさんがついた鏡餅は精神理想体系の表われ

 正直じいさんは右の分析と総合という方法を表わす松の木で、臼を作りました。その臼で餅を搗き ました。餅で上下二段の鏡餅ができます。人間の心を分析して五十個の言霊を 手にしました。人間の心は五十個の言霊から構成されていることがわかります。 この五十個の言霊が鏡餅の上段に当たります。その分析されてわかった要素の 言霊を整理活用して、その総合の結果、政(まつりごと)の基準となる精神理 想の体系が出来上がります。この整理・活用の方法がちょうど五十あります。 この五十の整理法が鏡餠の下段に当たります。五十個の言霊とその整理の手順 が五十、合計で百の原理、これを百の道で餅と呼びます。正月に床の間にお供えする鏡餠のことです。人間社会を運営して行く基準 (鏡)となる百の道とい う意味の謎であります。臼とはその鏡餠を搗く道具、即ち方法のことを指します。臼の語源の語につきましては長くなるので、ここでは省格します。鏡餠の 上段である五十個の言霊を神としてお祭りした宮を伊勢の五十鈴の宮(伊勢神 宮)といい、下段の整理法をお祭りした宮を奈良の石上神宮(五十神〉と申し ます。

 正直じいさんが臼で餅を搗きます。言い換えますと、言霊の原理によって政治を行いますと、人類全体の調和がとれた精神的な施策が次々に打ち出されてきます。宝物がざくざくと湧くように現われてきます。ところが反対に欲張りじいさんが真似て餅を搗きますと、物質的な利益を主眼にして、社会全体を無視した悪政と公害が地球上に現われてきます。臭い汚いものが湧き上がってきます。

おとぎ話が現在、そして未来を的確に予言する

 欲張りじいさんは怒って臼を焼いてしまいました。正直じいさんは臼の灰を集めて枯れ木に撒いてやり ました。そうしましたら枯木の枝に美しい花が咲き出しました。「枯木に花を咲 かせよう」と正直じいさんは村や町に美しい花を咲かせて歩きました。

 この灰は葉霊で言葉と心、則ち言霊のことであります。新聖書のヨハネ伝に「太初に言あり、言は神とともにあり、言は神なりき。この言はよろず太初に神とともにあり、萬のものこれによりて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命あり。この生命は人の光なりき」と記されている言葉の言葉のことであります。生命即言葉の法則のことです。

 正直じいさんがその灰を撒くということは言霊の法則に基づいた種々の政策と施すことであります。この原理に基づいて物事を運びますと、三千年の暗黒の歴史の闇を破って再び蘇ってきた精神の原理と、今や完成に近づいている物質科学の原理の双方を給合

した人類の第三文明の時代が実現し、この地球上に今までになかった豊かな生

活と恒久の平和がもたらされることになります。

 

 これに反して、欲張りじいさんが灰を撒く、言い換えると言霊ウ(欲望)とオ(経験知)だけを操作して物質優先に偏った施策を行い続けていくならば、社会の生存競争はますます厳しくなり、人心は荒廃し、公害は増大し、地球上は生物の住む所ではなくなり、とどのつまり世界の核戦争という決定的破滅の事態を招くことになります。おとぎ話にありますように花を枯らすばかりか、人間やすべての生物が絶減してしまいます。

 

 欲張りじいさんの撒く灰は放射能の「死の灰」を意味しています。「花咲爺」のおとぎ話の作者は実際にそ のことを予想して書いたのでありましようか。現代という時点に立って見ます と、このおとぎ話は誠に恐ろしい的確な予言となっているということができましょう。

言霊の会さんの「おとぎ話」より。


kono87

2014年8月24日 (日)

おとぎ話 その4 舌切り雀

舌切り雀

 むかし、むかし、ある処におじいさんとおばあさんがいました。その家の竹薮では雀が大勢集まって楽しく暮していました。ある日、おじいさんが家を留守にしました。その留守に雀がおばあさんの作った糊を食べたのでした。おこったおばあさんは雀の舌を切ってしまいました。舌を切られた雀は泣きながら唐の竹薮に遂げて行き、そこでガヤガヤとしがない暮しを続けて行ったのです。時が過ぎました。やがておじいさんが雀のいる竹薮に久しぶりに訪ねて来ました。雀達は大喜びでおじいさんを歓迎し、ご馳走を出してもてなし、帰りにお土産にと軽い葛籠(つづら)と重い葛籠を出し「お好きな方をお持ち下さい」と申しました。おじいさんは軽い葛籠をもらって帰りました。開けて見ますと、宝物が沢山出てきました。それを見たおばあさんは「私も......」と出掛けて行き、欲ばって重い葛籠をもらって帰りました。開けて見ると汚いものや妖怪が沢山飛び出して来ました、......とさ。

スズメはイスズに通じている

 雀という烏は人の住む所を住家としています。お役人の政治に対する批判を「町の雀のさえずり」などということがありますが、そのように国と民・民衆の意味に譬えられます。「舌切雀」の雀の語源は鈴埋(すずうめ)です。伊勢神宮のことを五十鈴(いすず)の宮といいますが、鈴の形は人間の口の形をしており、鈴とは言葉を表徴します。特に五十鈴といいますと、五十音の言霊の意味を表わしています。五十音の言霊とは、人間の心を構成している五十個の最小要素それぞれに五十音の清音を一つずつ当てはめたもので、心の最小単位である、と同時に言葉の最小単位でもある五十個ということです。

 現代の日本人社会では全く知る由もありませんが、二千年前まで政治道徳の基本でありました言霊の原理から見ますと、五十音言霊をそれぞれの魂の中に埋めていただき、五十音言霊をその実相に合わせて組合せた神の国の言葉である、古代大和言葉を使って生活しているのが日本の国民なのであります。そういう意味からいって、このおとぎ話の中のおじいさんとは昔の古代精神文明が華やかであった時代、五十音言霊の原理に基づいて政治を行っていた日本の天皇(スメラミコト)のことであり、おばあさんとは日本の政治家・学者・宗教家と理解することが適当でありましょう。古代の天皇(スメラミコト)の政治の下で日本の国民は楽しく何の不安もない生活を送ることができた時代があったのです。

なぜ、おじいさんがはじめに家を空けたのか

 おじいさんが留守をした時、雀がおばあさんの作った糊を食ぺてしまいました。この短い文章は歴史的にま た哲学的に大層深い意味を含んでいます。まず、おじいさんが留守をした、と いうことです。それは言霊がそのまま物事の真実を示す五十音言霊の原理に基 づいて、政治を行う責任者であった天皇(スメラミコト)がいなくなったことを謂っています。実際の歴史的事実としてこれに当たるのは、神倭朝第十代の 崇神天皇によって三種の神器の同床共殿の制度が廃止されたことです。(これに 関しては日本書紀崇神天皇の章に詳しく載っています。ご参照下さい。)その時まで天皇の政治の規範であった五十音言霊の原理(その原理を器物として表徴したものが三種の神器の中の八咫(やた)の鏡です。)を信仰の対象として伊勢神宮に神として祀ってしまい、その心理の実体を日本人の意識の表面から隠してしまった、ということであります。その時以来、日本人は次第に言霊の原理というものがこの日本を表徴する精神伝統であるということすら忘れてしまうようになりました。その時から日本(世界も同様)は弱肉強食の社会権力を持った者が栄え、力を持たない者が苦しむ精神的暗黒の時代が続くようになりました。

おばあさんの作った糊は何を意味しているか

 次におばあさんは糊を作りました。昔の中国の老子という本の中に「大道廃れて仁義あり」という言葉があります。 人間が人間の心とは如何なる構造をしており、その構造が示す行為の手順をし っかりと把握し理解しているならば、人として、国民として「こうしなさい、 こうしてはいけない」と行為の基準を事細かに国家が規制する(仁義)必要は ないはずです。大道である言霊の原理が世の中から隠されてしまった結果とし て、第二次的な手段が必要となり、おばあさんである歴代の政治家や学者・宗 教家が国民の守るべき教えとして則(法律)や教(教科書)・典(宗教経典)な どを作ったことであります。

 人間の生命の深奥の心理を把握し理解した人(聖=霊知り)が存在すれば、社会には難解な法律など必要ありません。法律条文は筒単なほど生きた働きをするものです。人間の魂が曇ってくればくるほど、悪の行為を規制するために事細かに法律を作る必要が起ってくることになります。実際にはおばあさんがそれらの則・教・典を作ったのではなく、印度・中国・朝鮮などから輸入したのでした。儒教・仏教・それに時代が下ってはキリスト教などがそれに当たることを日本の歴史が教えてくれます。

 雀はおばあさんの糊(教=のり)を食べました。人々は生命の真理からみて二次・三次的な教えに基づいた社会の中に生活しなければならなくなり、その結果、上古の大和言葉の原理であった神の言葉が次第に話せなくなってしまったのです。日本国民は舌を切られ、外国からの借り物の考え方によって生きるより他に道はなくなったのでした。泣く泣く唐(外国)の竹薮に逃げて行って、生存競争・弱肉強食の世の中で、しがない生活を送ることとなりました。現代までの日本人のことであります。

つづらの意味する秘密とは?

 時がたち二千年の歳月が流れました。昔、雀が楽しく竹薮で遊ぶことができた時のおじいさんが久しぶりに雀を訪ねてきました。言霊の原理が社会の底流から、また人々の潜在意識の底から表面意識にまで復活し、その原理を自覚し保持して政治を行う人が国民の前に姿を現わしました。おじいさんを迎え雀達は大喜びをしてご馳走し、雀踊りを踊って歓迎しました。この雀踊りのことを古事記は天の岩戸の前での天(あめ)の宇受売(うずめ)の命の神楽舞(かぐらまい)として伝えています。

 おじいさんは雀からお土産に軽い葛籠と重い葛籠のうち軽い葛籠の方をもらって帰りました。開けてみると宝物が沢山入っていました。それを見ていたおばあさんは「私も......」と出掛けて行って、おじいさんとは反対に重い葛籠の方をもらって帰ってきました。そして開けて見ますと、汚いものや恐ろしい妖怪が飛び出してきたのでした。

 葛籠とは綴るということの謎です。 言栗を綴り合わせて社会的に世界的に文明を創造・運営して行くことを意味し ています。軽い「つづら」とは言葉の一音一音が物事の実相を表わす最小単位 である五十音の言霊そのものであり、一音が即真実でありますから、回りくど い解釈や概念説明を必要としません。そのため意見の衝突も起らず、人問の魂 が歪むこともなく、自由自在に表現される軽やかな綴り(創造)であります。 その葛籠を開けると(その創造力に則ってみると)人間生命の原理に基づいて 物質文明を自由にコントロールして、人類に繁栄と平和と福祉をもたらす色々 な方策(宝物)が現われてきます。

 それに引きかえて重い 「つづら」とは重苦しい学問知識の概念や希望的観測に基づく社会運営であり、 考えれば考えるほど真実から遠ざかって行く学説や理論体系のことです。それ を開けると、解釈の相違によって起こる紛争や戦争という厄介な汚物と化け物 が飛び出してきます。この葛籠のことをギリシャ神話ではパンドラの箱と呼んでいます。ゼウス(又はヘルメス)がプロメテウスに贈った禍いの箱です。その中には宗教的・哲学的・道徳的な概念理論がいっぱい詰まっていて、一見それらは立派そうに見えるので、その内容に興味を持ってしまい、その理論に基づく社会創造を行うと、苦悩・混乱が果てしもなく続きます。

 

 以上「舌切雀」のおじいさんおばあさんと雀のおとぎ話は、古事記の神話に示された天照大神の岩戸隠れと岩戸開きの内容について説明した物語なのであります。言霊の原理はいよいよ新世界創造の原器として、その姿を人類の前に現わす時が近づいています。

今日はここまで、kono87。

2014年8月23日 (土)

おとぎ話 その3 猿蟹合戦

猿蟹合戦

 

 蟹がむすびを持っていました。そこへ柿の種を持った猿が来て 交換してくれと頼みました。猿は手に入れたむすびをすぐに食べ てしまいました。蟹は柿の種を蒔いて大切に育てました。柿の木 は見事に大きくなり、実が実りました。そこに猿がやってきて実を取ってやろうと木に登り、おいしい柿の実は自分で食べてしまい、 青い柿を蟹に投げつけて殺してしまいました。蟹の子が悲しんでいるところへ 蜂と栗と臼が来て「よし仇を討ってやろう」と言いました。そして力を合わせ て猿を懲らしめ改心させました。とさ。......

 蟹(かに)は 神似 である。何故蟹に似ているか、昔神と言えば言霊構造である。それは人間生命の構造であり法則であり、人間 はそれによって生きるからである。五十音言霊図のウオウエイ、ワヲウヱヰの 母音・半母音をそれぞれ蟹の左右二本の手に、キシチヒミリイニの八つの父韻 を八本の脚に見立てると蟹の体型は言霊図に似ている。蟹は神似である。

 猿は古事記で国津神の猿田彦として出て来る。猿を申(もうす)と書くと言葉の意味である。申とは国津神の言葉の意である。 古事記にある天津神の言葉というのは言霊の原理に則って制定された言葉を示 している。仏教で「仏の言葉は異なることなし」といわれ、キリスト教で「はじめ世界は一つの言葉であった」と説かれた。人間の思考の先天と後天が言霊の原理によってきちんと整った言葉のことである。それに対し国津神の言葉と は発生したままの洗練されていない無秩序で無法則の言葉という意味である。

 次に柿の種(かき)とは 神気 の意で、これもまた言葉のことである。むすびとは古事記にある高御産巣日・神産巣日等の産霊を示し、父韻と母音を結んで子音(現象)を産む言霊布斗麻邇の法則のことである。猿は蟹からもらったむすびを食べてしまった、ということは蟹から教えられた言霊による産霊の法則を聞きかじっただけで忘れてしまったことである。

 しかし蟹は猿から貰った柿の種を大切に育てた、ということは無秩序・無法則な世界のいろいろな言葉を、自分の姿である布斗麻邇の法則に合わせて洗練し育てていったのである。

 やがて見事な柿の木が実った整理された言葉の文化が現出した。言霊の原理に基づいて造られた言葉による人類社会が出現した。けれどそこへまた猿がやって来て、熟した甘い実は自分が食べ、未熟な渋柿を蟹に投げて殺してしまった。蟹が猿に殺されることが今日まで二千年間の人類の宿業である。その宿業をキリスト教では原罪と呼ぶ。生まれながらにして人間が背負っている罪である。個人の所為では決して解消することが出来ない罪である。「エホバ言いたまひけるは視よ民は一 にして皆ことば いざ かしこ 一の言語を用ふ。今既に此れを為し始めたり......去来我等降り彼処にて彼等のみだ言語を呼ばる」(創世記第十一章)聖書は人間の精神の原理である人類唯一の言葉が乱れたことを以上のように表現している。同様のことを古事記では「速須佐男命、勝さびに天照大神の営田(みつくだ)の畦離ち、その溝埋め......」(天の岩戸の章)と書いている。天照大神が耕す田とは言霊五十音が入る五十音図のことである。速須佐男 命が五十音図の畦を取り払ったり、溝を埋めたりして言霊で出来上がっている 大和言葉の原理を乱したという意味である。言葉が乱れる事から人の心はお互 いに完全な理解が困難となり、いろいろな犯罪が起って来る。大本の言葉を乱 す罪(原罪)を神道では天津罪といい、それが原因で発生して来る社会全般の 罪を国津罪と呼んでいる。

 殺された蟹の子が嘆き悲しんでいるところへ蜂と栗と臼が尋ねて来て敵討ちを約束しました。蜂とは「蜂の比礼(ひれ)」という神代文字のこと。比礼は 霊顕(ひあれ)で、言葉を顕わすものは文字である。神代文字はすべて言霊の原理・法則に則って作られている。栗とは繰(く)るの意で、順々数えること。言霊の操作運用の意である。臼は餅を搗(つ)く道具である。餅は百道(もち)で言霊の数五十、その運用法五十、合計百個の原理を表わす。正月の紅白二段の鏡餅はその百個の原理を表徴したものである。

 臼はその鏡餅を搗く道具であると同時に、その鏡餅の内容をも表わしている。古事記神代巻は言霊原理の教科書であって、神様の名前を連ねて言霊を示している。最初の天の御中主の神・言霊ウから火之迦具土神・言霊ンまで丁度五十神・五十言霊が揃い人間の精神要素五十個を表わしている。次の五十の神名は言霊の操作法を表わし、合計百神が出揃ったところで言霊の神である伊耶那岐・美二神の仕事は終る。日本書紀にはこの状況を次のように述べている。「是の後に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・神功既(かんこと)に竟へたまひて霊運当遷(かむあがりましなんとす) 、是を以て幽宮(かくれののみや) を淡路の洲(す)に構(つく)り、寂然(しずかた)長く隠れましき」。言霊の自覚する始まりは天の御中主の神・ウであり、百神全部が出揃って自覚が完成し伊耶那岐神が永久に隠れられる宮は淡路の洲(巣・澄・静・皇)である。このウからスで言霊原理の内容は全部整う。臼とは以上のことを意味している。 臼は餅(百道)を搗く道具であると同時に鏡餅の内容でもある。

 蜂は神代文字、栗は言霊の操作 、臼は言霊原理の全内容と検討してくると、この三つとは蟹(神似)である言霊の原理(布斗麻邇)の更に詳細な内容ということになる。この三者が協力して猿を散々に懲らしめ、降参させて改心させ、蟹の敵討ちをした。現在三千年の暗黒の闇の中から蘇えみだって来た人間性の正当な言葉の原理を、不完全な色々な言語がもう再びことがないこととなる。蟹は平和に自分の産霊(むすび)を食べ、精神と物質の両原理を兼ね備えた人類の新しい文明の創造を開始することとなる。

 おとぎ話は猿を懲らしめる有様を詳しく伝えている蜂は猿をチクリと刺し、栗は囲炉裏から跳ねて猿に火傷を負わせ、 臼は待ちかまえて猿の上に馬乗りになり、抑えつけて謝らせた、とある。このことは現在通用している言葉による社会の運営が行き詰まり、生命構造そのものである神似の言葉が世に復活する時の状況を鋭く示唆しているように思われる。現在まで日本の上古には文字が存在せず、いわゆる神代文字というものは後世の偽作であるというのが通説である。しかし蜂が猿をチクリと刺すということは、近い将来動かし難い事実として蜂の比礼といわれる神代文字が発掘されることを暗示している。現代の学説を文字通りチクリと刺すこととなる。次に栗が跳ねて猿に火傷を負わせる。栗である精神の運用法がその独特の力を発揮して、生命とは言葉であることを広く世に知らせることになるであろう事の示唆である。そして最後に臼が猿を抑えつける。生命則言葉の原理と不完全な言葉の論理とが全面的に比較討論の場に取り上げられ、その結果世界の一(ひとつ)の言葉として言霊布斗麻邇の原理が精神的憲章となることの暗示である。

Kodaimoji

 古代文字一例

言霊の会さんの「おとぎ話」より。


kono87

2014年8月22日 (金)

おとぎ話 その2 カチカチ山

 カチカチ山

 昔ある処でおじいさんが悪さをする狸を捕まえて家の軒先に吊るしました。 狸はおじいさんの留守におばあさんをだまして殺し、自分がおばあさんに化け て死んだおばあさんの肉を狸汁といっておじいさんに食べさせました。そこで 狸は正体を現わし「ばば食ったじじよ。流しの下の骨を見ろ」と悪口を吐きな がら山へ逃げて行ってしまいました。おばあさんの骨を見て嘆き悲しんでいる おじいさんの処に兎が訪ねて来ました。話を聞いて兎はおばあさんの仇討ちを する約束をしました。早速兎は山に狸を訪ねていっしょに柴刈りに行こうと誘 いました。柴を背負って帰る途中、兎は狸の後ろでカチカチと火打石を打ちま した。狸が怪しんでたずねると「ここはカチカチ山ですよ」と答えます。その うちに狸の背中の柴に火がついてぼうぼうと燃え出しました。狸は大やけどを しました。翌日狸が痛がって寝ていると兎が薬売りになって来て、次に兎は狸を誘って川へ魚を釣りに出掛けました。兎は木の船、狸は泥の船に乗りました。 泥舟は水に溶けて狸は溺れ死にました。兎はおばあさんの仇を討ちました、とさ......。

 かちかち山のおとぎ話は言霊の原理と宗教と科学との関係にまつわる人類の歴史の粗筋を予想した予言的物語である。さておじいさんは上古の日本の天皇、おばさんは日本の政治家や学者と見ると話の筋が通る。ここでこの物語の主役の一人である狸(たぬき)の意味に付いて考えて見よう。狸親爺(じじい)という言葉がある。ずるがしこい老人という意味であるが、「あの狸親爺」と蔑む言葉の中に「世事にたけて案外に真実をついて来る老人」という気持ちが含まれている。狸を一名マミという。東京に狸穴(まみ)という地名がある。マミは真実・実相ということ。誰が見ても納得する事物の実相を意味している。仏教では諸法空相・諸法実相を説明し、禅坊主は「柳は緑、花は紅(くれない) 」などと洒落た表現をする。「菜の花や月は東に日は西に」と俳句は動かし難い実相を詠む。

また狸は田抜きの意である。かけそばの上に揚げ玉をのせたものを狸そばという。揚げ玉とは天ぷらの中身が抜けたものである。そこで田抜きの田とは肝心な内容の意を示している。その内容とは何か。ここで言霊の問題に入る。天照大神は伊勢の裂口五十鈴宮にまつられる神である。裂口代は鈴の枕詞。鈴は人間の口を開けた形で言葉のことを意味している。五十の鈴であるからアイウエオ五十音を意味している。言霊五十音には先天である父母音十七と後天三十三相が揃っていて、人間本来の自由な発想から現象を創造してゆく過程が全て明示されている。五十音図は四角形に区切られて、丁度田の形である。古事記では天照大神は営田(みつくだ)を耕していらっしゃる。言霊図を運用して歴史を創造しているということである。そこで田抜きとは肝心な言霊の原理を欠如しているという意味である。以上のことからこの物語の狸というのは物事の実相は説くが、それを自由に操作運用・整理して歴史を創造して行く能力のない思想ということである。ここでは主として仏教である。仏教は慈悲を説き魂の救済は説くが、そこからは歴史を創造する自由な発想は出て来ない。二千年以前崇神天皇によって精神の法則である。

 言霊の原理が人々の意識から隠されてしまって以来、国民の心の支えとしてこの 狸である仏教が輸入された。特に聖徳太子以後は盛んになった。おばあさんであ る日本の政治家や学者はそれまでは言霊の原理の操作による政治運営に精を出 していたが、輸入された仏教思想によって次第に洗脳されて行った。おばあさん は殺されてしまった、のである。こうして奈良朝・平安朝と時代が進むにつれ狸 の思想がおばあさんの頭に入り込み、おばあさんに化けてしまった。即ち仏教は 古神道に代わって日本の国教となり、天照大神は実は奈良東大寺の大日如来なの だと説かれ、聖武天皇は自らを「三宝の奴」(三宝は仏・法・僧のこと)と称す るまでになった。おじいさんがおばあさんの肉を食わされた、という事になり、 役行者や菅原道真などの古神道に明るい人々が排斥されたのである。

 狸が去った後におばあさんの骨が散乱していた。下の図を聖書では「アダムの肋骨」という。言霊原理の象徴で あるが、その図形の中に言霊が書き入れられることによって初めて人間の精神 構造を表わす言霊図が出来上がるのであるが、骨組みだけでは実体は分らない。 これが同床共殿の制度が廃止され言霊の原理が隠されて閉まった以後の日本神 道の姿である。神道にはいろいろな儀式がある。神殿の構造にも意味がある。 皆言霊の原理を表徴しているものなのだが、その意義を神主自身知る事無く唯猿芝居をしている。おばあさんの死骸の骨を大切にして昔を偲んでいるのが現在までの神道である。

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 こうして悪たれをたたきながら狸は山へ逃げて行った。今なおこの山の名は有名である。高野山金剛峰寺、比 叡山延暦寺、身延山久遠寺などである。それら山の中では狸入道が緋や紫の衣 を着て、般若湯に顔を赤くして、ふんぞり返って世の中の戦乱の世相にただ手 をこまねくだけで暮らして来た。このような表現は何も仏教をけなすために言 っているのではない。言霊の原理が隠され、聖や仏が世にいなくなった仏教で いう像法・末法の世の真実の姿であり、歴史の現実なのである。

 骨になってしまったおばあさんの姿を見て嘆き悲しんでいるおじいさんの所へ兎が訪ねて来た。そして殺されたおばあさんの敵討ちをすることをおじいさんに約束した。......ここで兎が登場した。こじきでは兎は大国主命の章で「稲葉の白兎」として出て来る。兎は有裂の意である。ウとは五官感覚で捉えられる世界のこと。その世界に存在する万有を裂く即ち分析してその構造や性質を解明しようとすることで、一般に科学のことである。この科学を表徴する兎の出現でこのおとぎ話の主題である三千年にわたる日本と世界の文明創造の主役が全て揃うこととなった。第一の主役は日本の古神道である言霊原理の自覚者・日本の天皇であり、第二は言霊原理が隠された後創世された宗教(仏教)であり、第三の主役は物質世界の真理を究明する科学である。古事記はそれら主役のそれぞれの精神構造を神の名前で表現し

ている。第一の言霊原理の運用の精神に天照大神、第二の宗教・哲学の精神は月読命、第三の科学精神に須佐之男命である。この三者の三つ巴の葛藤が日本と世界のここ三千年の歴史を織りなして行くこととなる。

 兎は山に狸を訪ねて、柴刈りに誘った。めいめい柴を背負って山道を行きながら兎は狸の後ろでカチカチと火打ち石を打った。狸が怪しむと兎は「ここはカチカチ山だ」と答えた。狸の背中に火がついて大火傷を負った。……柴(しば)とは桃太郎のところにも出て来たが、霊葉(ひば)の訛りである。言霊または言葉の道理を意味する。カチカチ山とは神の道の山の意で、兎と狸がカチカチ山へ柴刈りに行ったとは、物事の真理を探る競争を兎の科学と狸の宗教・哲学がしたということである。言霊の原理が隠されてから二千年、世界の文明は宗教と科学によって造られて来た。初めのうちは宗教の方が断然優位であった。ガリレオが地動説を説いてキリスト教会の厳しい宗教裁判を受けたことは有名な話である。しかし時代が進み科学の進歩が早まるにつれて、社会の主導精神は宗教・哲学から科学の手に移って行った。科学は精神の霊ではない物質の火を次々に発見して行った。木を焚く火から第二の電気の火、そして第三の原子の火を点すまでになった。この原子の火の発見によって従来の社会や国際政治の様相が一変することになった。このそのすべてが兎の科学の進歩によって狸の宗教・哲学の社会に対する指導力を日一日と低下させて行く原因となる。

 狸が火傷で苦しんでいるところへ兎が薬売りになって見舞いに来て、狸の火傷に唐辛子を塗ったので狸はますます苦しんだ。......唐辛子の唐は中国を越えた広く西洋の諸国と考えると、唐辛子とは近代物質科学ということになろう。近代科学の成果が生んだ巨大な軍備競争、ハイテクの開発による人間生命意識の変革などに対して、仏教を始めとする各宗教や哲学が何らの指導や影響を与えることが出来ないでいる。狸の昏迷はますます深くなって行く。

 次に兎は狸を誘って魚釣りに行った兎は木の船に乗り、狸は泥の舟に乗った。泥の船は水に溶けて沈み狸は溺れ死んでしまった。こうして兎は首尾よくおばあさんの敵討ちをしたのでした。...

 なな ...むかしは魚をナと言った。岩魚(いわな)などに今でもその名が残されている。魚は名の表徴である。物事の真実の姿を発見して、これに見合った名前を付けること、 これが物事の道理を極めることである。兎と狸が魚釣りをしたとは前述と同じ く科学と宗教・哲学の真理探究競争であり。科学には発見した真実を一定の言 葉と数式で表現する正確さがある。科学の真理は発見者以外の人でも、その示 された方法と数に従って実験すれば何時でも同じような結果が得られる。それ に対し宗教・哲学などは全てその真実を表現するのに比喩や概念を使う。それ らは人によって解釈が違って来る。「以心伝心」と言って分る人だけが分ればよい、といった態度である。表現の正確さということで宗教・哲学は科学に到底 太刀打ちできない。宗教の堕落・哲学の貧困が叫ばれる今日である。

 こうして社会の科学的な近代化が進むにつれて世の中の指導精神としての宗教・哲学の力は狸の泥の船のように水の底に沈んで しまった。現在イランが叫んでいるイスラム革命なども世界中から全く奇異な目 で見られる現状である。そもそも宗教・哲学とは古事記のいう月読命の支配する 領域である。闇の中に月の光でうすぼんやりと読む学問という意味である。真実 即言葉である言霊の原理を操作する神が天照大神で太陽に譬えられる。言霊の原 理から言霊を差し引いて実相だけを残したのが宗教・哲学である。そのため真実 は見るけれど、それを表現するのに回りくどい比喩や概念を使う。人によって解 釈が異なって来て物事の姿を薄ぼんやりとしか伝える事が出来ない。それにひきかえ科学は古事記で須佐男命の世界である。須は主に通じる。主とは天照大神である。須佐男とは主を佐(たす)ける男の意味で、科学は完成された暁、主である天照大神の精神原理と共に相携えて人類の新しい第三文明時代を創造する。月読命の宗 教・哲学はその時までの精神的な繋ぎである。仏教でいう像法・末法の時代の仏 教・キリスト教・儒教や、骨ばかり残っている日本の神道等はやがて崩壊してし まうことを預言したのがこの「カチカチ山」のおとぎ話である。

 カチカチ山のおとぎ話はここで終るがことの成行きの上で当然考えなければならないことがある。月が沈めば陽は昇る。自然現象では当然である。しかし歴史の創造は自然現象ではないから人が成さねば物事は成就しない。二千年前日本人の意識から隠された言霊の原理は如何にして復活するか。それは実に泥舟と共に沈んだ狸である宗教・哲学の仕事なのである。

 新たに復活して来た言霊布斗麻邇がその真理であることを知って、その真理を広く万人のものとする仕事の中に宗教・哲学は新しい生命が与えられる。昔おばあさんを殺してそのおばあさんに化けた狸が溺れ死んで、再び逆に本当のおばあさんに生まれ変わること即ち宗教・哲学が自己の限界を知り、自らの本尊である言霊布斗麻邇に立ち返る役目の一日も早く気付くことが希望されるのである。その事が成就した時カチカチ山の物語の真実の幕が下りることとなる。

 

以上、言霊の会さんのおとぎ話より、kono87。

2014年8月21日 (木)

おとぎ話 その1 浦島太郎

 かぐや姫がどうも気になって、Netで調べてみましたら、最近スタジオ・ジブリ製作の映画がかなり仏教の本質に迫っているのではないかと思います。「かぐや」の意味はカッと具現化したややこの意味で、八方に輝くものを秘めたの謎と解釈できます。

 前に挙げた言霊の会さんの年表の中で、五大おとぎ話とありました。すでにPDFで配布されていますが、横書きにしたものを作っておこうと思い、掲載していきます。今日は浦島太郎です。

ここから

浦島太郎

 始皇帝は東方の五山にある不老不死の仙薬 を求め、お気に入りの家臣除福という占師(方 士)に童男童女大勢を与え、沢山の船を備え、 何年かかっても東方の国にある「不老不死の 仙薬」を見付けて持って来るようにと命令した。

「不老不死の仙薬」とは言霊布斗麻邇の原理に基づく政治は万世一系に変ることのない恒久平和の世の実現を可能にするもの、アイウエオ五十音・三種の神器の原理である。このことから秦の始皇帝が秦朝を万代に安定させようとして求めたのである。だが、始皇帝が除福を来朝させた紀元前二百二十一年は、原理を隠して物質科学文明を興そうとする計画が実行に移される寸前の第七代孝霊天皇の時である。

「春の日の霞める時に住江の岸にいで居て釣船のとほろう見れば古の事ぞと念(おも)ほゆる水の江の浦島の児が鰹魚釣り......」(万葉集一七四〇)

 浦島太郎は竜宮の乙姫はじめ大勢の人の歓迎もてなしを受けた。そして浦島は夢心地となり、宴会攻めの思 わぬ三年を過ごした。そしていよいよ故郷に帰ることとなった。乙姫は竜宮城 のお土産として玉手箱を「決して開くことのないよう」と言って浦島に与えた。別れを惜しみながら再び亀の背に乗って故郷に帰って行った。しかし竜宮である日本の皇室は何事も無く浦島除福を送り返し、事態を乗り切る事が出来た事に胸をなで下ろしたことである。物語には乙姫と浦島とはお互いに名残を惜しんだとあるが、実は全く反対のことを表すための皮肉の修飾である。

 乙姫とは音秘めの謎である。上古の霊知り天皇のことをも意味する。人間の精神の構造を創造意志の法則とかく して捉え、その実体を言葉の原理として把握し、それを秘め蔵している、の意味である。それ故竜宮城とは日本のことであり、又日本の当時の皇室のことでもある。当時中国は日本のことを東海の姫氏国とも呼んでいた。玉手箱とは宝石を入れておくたまくしげ 小さな箱のこと。玉とは言霊のことを言う。別名玉匣ともいった。この玉匣の言葉は「蓋」又は「明ける」の枕詞となった。まことに優雅な表現であるが、はに 玉手箱の本来の意味は言霊の埴土札を入れる箱(ヘブライの神宝に黄金のマナ壷とあるがこれと同じ)であり、それを開けば人間生命意志の構造をそのまま言葉として表わした人類永遠の真理が入っている。神武天皇以後の世界文明経営の大方針によって、玉手箱は封印しておかなければならなかった。除福が来朝した時代は玉手箱の中に入るべき言葉の麻邇名を抜いた空っぽの箱でしかなかった。

はこや 百千たび浦島の児は帰るとも藐姑射の山はときなるべき(千載集)

わざ 常世辺に住むべきものを剣刀おのが行からおそやこの君(万葉集)

 初めの歌にあるはこやの山とは方壷山と列子にある日本の高千穂の峰のことである。浦島除福が幾度求めて来ても、言霊の原理は教えませんよ、ということである。次の万葉集の歌は先の浦島の児の歌の返歌として詠まれ、常世辺すなわち外国に住んでいればよいものを、判断力の根本原理を求めて日本にやって来て失敗した愚かな人よ、と除福を笑った歌ということが出来る。

 除福が故郷に帰り着いた時は、彼の主人の秦の始皇帝はすでにこの世になく、浦島が竜宮で遊んでいた三年とは実は、それはそれは長い年月であったのだ。途方に暮れた浦島が開けてはならないと言われた玉手箱の蓋をとってみると、中から白い煙が立ち昇って中には何も入っていなかった。浦島はたちまち白髪の老人となってしまった。

 玉手箱の中身が何であったかを言霊学によって明らになり、皇祖皇宗の世界経営の定めるように、二十世紀にその蓋が開かれ、不老不死の仙薬の言霊の原理に従って人類の新しい文明創造の歴史が始まろうとしている。

 ここまで、kono87。

2014年8月15日 (金)

「日本と世界の歴史」 ラストまで

 さて、言霊の会さんの「日本と世界の歴史」ですが、過去についての部分はモーゼ、聖人たちの来朝については、竹内文書を土台にしているため歴史的な事実として証明できることではありませんが、いくつかの霊団が歴史の背後で感化していることがありますので、概ね同意できる内容でした。肉体的な来朝ではなかった可能性もあると思います。また、嶋田先生の鋭い指摘は、過去、現在を適切に分析していると思います。従いまして、このプログでも取り上げてきたわけです。

 しかし、ここから先は、未来のことが関わってくるため、基本的に揺れ動くこと、必ずしも、「同意できない」あるいは「わからない」ところもあること、また、たとえば、右翼とか誤解される可能性が高いため、挙げるべきかどうか、迷いました。

 しかしながら、このような文章が存在するという意味で、興味深い、また、鋭いところがありますので、長いですが、一挙掲載します。嶋田先生は2009年12月に亡くなられています。言霊学の復古自体は明治天皇の頃からの長い歴史があり、嶋田先生が宗教や霊感のない普通の人々が理解できるように表現されました。そのご功績を感謝し、追悼の意を捧げたく思います。尚、「日本と世界の歴史」の文章は2005年 (平成17年) に発表されたものです。

 以上が、私の意志です。これを踏まえて頂いた上で、お読みくだされは、幸いです。また、嶋田先生ご逝去の前後より私を含めまして、複数の方々がNet上で言霊学について言及しておられるのも、自覚あるなしに関わらず、背後に、ある霊団の感化があることを言っておきます。

では、ここから;

日本と世界の歴史 その十二

 第一のキイ・ワード 日本の天皇(前号よりつづき)

 若し人間の生活から言葉(言語)を無くしてしまったとしたら、どうなることでしょうか。それは恐ろしい暗黒の世界とだけ言うことが出来る状況が現出するでしょう。考えること、表現すること、伝えること、生活のすべてを失うこととなりましょう。言霊学でいう心の住家である五段階の母音宇宙の畳(たたな)わりである言霊ウオアエイの最上段、言霊イの次元に言葉という性能があり、それは言霊イの道で生命であり、創造意志、言霊存在の次元であります。言語とは生命であります。言語の喪失は生命の喪失を意味しています。

 更に言語について考えてみましょう。日本人は普通生まれると日本語で育ちます。言いかえますと、日本人は日本語で人となります。アメリカ人はアメリカン・イングリッシュで、ドイツ人はドイツ語で、フランス人はフランス語で、……人となります。そしてそれ等世界の各民族の生活構造、思想体系、民族感情等もその人となった言語の影響を強く受けることとなりましょう。

 約一万年前、人の心とは何か、に疑問を持ち、考えられない程の長い研究の結果、大勢の聖の集団によって人間の心は「五十個の言霊(ことたま)とその五十通りの活動」であるという言霊布斗麻邇の原理として完全に解明されたのでした。時が来て、これ等の聖の集団は、人類の理想の楽園をこの地上に建設するために、この日本列島に下りて来ました。今より八千年以上前のことであります。聖の集団はこの日本列島に於いて気候・風土・風俗……等々を観察し、五十音言霊を組み合わせることによって日本語を作りました。心の先天構造を表わす十七の先天言霊と、その先天の活動によって生まれる三十二の後天現象の実相音を組み合わせた言語でありますから、言語そのものが物や事の実相(真実の姿)そのものを表わす言葉であります。言葉を聞けば、その言葉が事物の実相を表わし、その他に何らの説明も必要としない言語でありました。言霊(ことたま)のことを一音で霊(ひ)とも言います。日本語はその霊が集まり、活動する(霊駆[ひか]り)、即ち光の言葉でありました。

 聖(ひじり)の集団の代表者、統領をアマツヒツギスメラミコトと呼びます。アマツヒツギとは人間の心の先天構造を解明した言霊の原理を継承・保持する、の意であります。スメラミコトとはその保持する人間の精神の最高原理に基づいて、世界人類の心を統一する人、の意です。日本列島を根拠地とするアマツヒツギスメラミコトの世界統一の事業は、光が闇を消して行くように容易に進展して、世界全体が光に満ちた、平和で心豊かな精神文明の時代を形成するのにそう長い日月を要しませんでした。スメラミコトの位は代々その霊統ある人が受継ぎ、そのスメラミコトの君臨する日本の朝廷は霊の本(日本)として世界の精神文明の中核となり、約五千年にわたる人類の第一精神文明時代が続いたのであります。

 精神文明時代の終りに近い頃、世界の人々の眼が、その時まで長く人間の内面の心の方に向いていた関心の眼が、漸く人間の外面、物質世界の方を向くようになって来ました。人類の第二物質科学文明時代の始まりです。今より三千年前のことであります。世界に湧き上がる客観世界への関心の高まりを無視せず、これを人類の第二物質科学文明創造へと結びつけるべく、日本朝廷に於いても、物質科学研究を促進するために、第一精神文明の中核であった言霊布斗麻邇の原理を方便上社会の表面より隠すことを決定します。天皇と三種の神器との同床共殿制度の廃止の決定でありました。これによってスメラミコトの自覚の下に第一精神文明時代の世界統一と精神文明創造の根本原理であった言霊原理は、その後天皇の自覚を離れ、伊勢神宮に祀られる神として、天皇始め日本全国民の信仰の対象として崇められるようになったのであります。神倭皇朝第十代崇神天皇の時のことであります。

 この時以後、言霊原理の自覚に基づき、政治の全般を統率する天皇はいなくなりました。言霊の原理は信仰という菊のカーテンのベールの向(むこう)側の「なんだか分からぬが尊く威大なもの」、西行法師によれば「何ごとのおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる」という感情を以って対するものとなりました。そしてその「尊く、威大なもの」を祭る大神主としての歴代天皇は、その神力を一身に集めていらっしゃる唯一人の人、即ち現人神として、これまた国民の信仰の対象としての尊敬の的となったのであります。この天皇の国家の地位を定める掟として編纂されましたのが、古事記・日本書紀の天照大神を最高神(皇祖)とする神話であったのであります。(記・紀は謎の片面として言霊原理の教科書であり、表面として現人神天皇の地位を定める明治憲法の原本でもありました。)

 以上、日本皇室と言霊原理との関係についてお話して参りましたが、この神器の同床共殿の廃止による変化は皇朝ばかりでなく、日本の国民にとっても大きな変化をもたらすこととなりました。それは日本の国民が、自らの国柄の真実と同時に、自らが日頃使っている日本語の起源についても、またその日本語が一度それを聞く時、物事の真実はその言葉の中に明らかに示されていて、余す所がないのだ、という重要な事実についても忘却してしまったことであります。十七の空相音と三十二の実相音によって造られた、かけがえのない真実を示す日本語と、それを使用する日本人の言語意識との間のギャップが大きく広がったことであります。私達日本人が日常使用する言語の中から「光」が消えてしまい、真実の光が言語の奥に潜在化してしまったことであります。真実と言語とのギャップは今日まで続いています。日本の国民の全体がこのギャップの総清算を迫られている時代が近づいていると申すことが出来ましょうか。

 人類の将来を占う為の三つのキイ・ワードの中の第一である日本の皇室並びに日本国民を、民族の精神生命である日本語の本質、即ち言霊の原理から見詰めて来た結果は、皇室に於いては「天皇空位」であり、日本民族は真実の自我、アイデンティティーの喪失の状態ということが、その答えとなって出て来たことになります。

 第二のキイ・ワード ユダヤ民族

 話をユダヤ民族に移しましょう。ユダヤ王モーゼが竹内文献に載るのは鵜草葺不合皇朝六十九代神足別豊鋤天皇の章に於いてであります。

 ユダヤ王モーゼ来る。天皇これに天津金木を教える。モーゼ故国に帰るに当り、天皇みことのりして曰く「汝モーゼ、汝一人より他に神なしと知れ。」)(または「汝モーゼ、汝とその子孫はすべての国の人々の守主(まもりぬし)となれ。」)そしてその上でモーゼに「子々孫々、世の人を導きて物質科学文明を建設し、その力を以って世界の国々を再統一せよ」と命令したと推察されます。

 右の天皇の言葉を聞かれて、読者の皆様はどう思いますか。一人の人間、または国王に「かくせよ……」と命令し、その命令通り三千年という長い間、その命令が命令された人の子々孫々に受け継がれ、今日に到るまで守り継がれるような事があるとお思いになりますか。またその命令が果たされる三千年の間、全世界の人々の心中に信奉する神が「モーゼ、汝一人だけなのだよ」と断定することなど出来るとお思いになれましょうか。「とても信じられない。馬鹿げた憶測だ」と思われるに違いありません。けれど、言霊学という人間精神の究極の構造を解明した学問に立脚し、その構造の中の言霊ウの次元の内容とその内容の自覚・運用法を身に体得した人には、それが可能であることを神足別豊鋤天皇はユダヤ王モーゼに教えたのです。

 神足別豊鋤天皇がモーゼに授けた天津金木とは、言霊学のアイウエオ五十音天津金木音図の原理そのものではなく、その音図の原理をヘブライ語の子音と数霊(かずたま)と組み合わせた法則に脚色したもの、即ちユダヤの謂う「カバラ」の原理のことだと推察されます。この原理はその内容を理解し、運用・活用の能力ある者に受け継がれて行きました。旧約聖書をご覧下さい。モーゼ以後、列記された予言者は皆霊能者であり、カバラの活用者であり、国の王、またはそれに近い位にあった人々です。モーゼ以来、その霊統は三千年余を途切れることなくカバラ運用者である予言者に受け継がれて今日に及んでいます。彼等は社会の表面に決して姿を現わすことなく、影の予言者であり、三千年の世界の歴史を創造する王の王、キング・オブ・キングズなのであります。

 彼等予言者の中からいくつかを選び、その予言を書き記し、彼等の現世界に於ける将来を占う参考にすることにしましょう。

 「これらのもの声をあげてよばはん ヱホバの稜威(みいづ)のゆえをもて海より歓びよばはん この故になんぢら東にてヱホバをあがめ海のしまじまにてイスラエルの神ヱホバの名(みな)をあがむべし われ地の極(はて)より歌をきけり いはく栄光はただしきものに帰(き)すと」(イザヤ書第二十四章十四節―十六節)

 「彼は海の間において美(うるは)しき聖山に天幕の宮殿をしつらはん然(され)ど彼つひにその終(をはり)にいたらん之を助くるものなかるべし その時汝の民の人々のために立ところの大いなる君ミカエル起あがらん是艱難(これなやみ)の時なり国ありてより以来(このかた)その時にいたるまで斯(かか)る艱難ありし事なかるべしその時汝の民は救はれん即ち書にしるされたる者はみな救はれん また地(つち)の下に睡(ねむ)りをる者の中衆多(うちおおく)の者目を醒さんその中永生(かぎりなきいのち)を得る者ありまた恥辱(ちじょく)を蒙(こうむ)りて限りなく羞(はづ)る者あるべし 穎悟者(さときもの)は空の光輝(かがやき)のごとくに耀(かがや)かんまた衆多(おほく)の人を義(ただしき)に導ける者は星のごとくなりて永遠にいたらん ダニエルよ終末(をはり)の時まで此言(このことば)を秘し此書(このふみ)を封じおけ衆多(おほく)の者跋渉(ゆきわた)らん而(しか)して知識増すべしと」(ダニエル書第十一~十二章)

 もう三十年も前になりましょうか。東京新宿で日本・ユダヤ親善の日猶協会の主催の講演会を聞く機会を得て、私とは既に知人の仲にあったラビ、マービン・トケイヤー氏の講演を一時間半にわたって聴いた事がありました。その講演の中でラビは日本も昔はそうであった如く、ユダヤ民族は今でも宗教の祭と政治の政(まつりごと)が一致した祭政一致の国柄であり、政治と宗教とは切っても切れない間柄となっている国家である、と強調していたことを思い出します。今、ユダヤの祭事(まつりごと)と政事(まつりごと)との一致とは、日本から伝えたカバラの原理が基礎となっていることに思い当たります。ラビ、トケイヤーは「日本は敗戦以後は祭政一致の理想を捨ててしまったが、ユダヤにあっては今なお祭政一致であり、その制度によって宗教と政治と教育等が一つの方針の下に行われていることを誇らしげに話を進めていた事を思い出します。ユダヤ民族こそ世界で唯一つのこの美風の上で国家、民族が生きている事を言いたかったのでありましょう。この事からユダヤ民族の中での予言者といわれる人の国家における重要な位置について想像が出来るのであります。

 ここでユダヤ民族に委嘱された二つの使命、人類の第二物質科学文明の完成と世界各国の統一の事業の現状について検討してみましょう。人類文明始まってこの方、物質科学の発展が今日程目まぐるしい時代はなかったでありましょう。文字通りの日進月歩の速さで、息つく暇もなく変革に次く変革が続いています。進歩を代表するIT機器などは、新発売の品が数ヵ月後には旧式となり、古物化するような勢いであります。その様な進歩と並行して、資本主義の先進各国の事業所は安価な労働力を求めて工場を夫々後進国に移し、その結果、今までの後進国は急速な経済発展に潤(うるお)い、その結果が更に大気汚染、地球温暖化の進行速度を早めています。昨今、今更の如く、新聞各紙は北極の永久凍土の氷が溶け始め、その影響のための被害が各地に起こり始めている現状を報道しています。物質科学の今後の発展は、物質科学研究だけの分野では進行出来ない事、発展の近い未来に暗雲が漂っている事に目を向けない訳にはいかない状況となりました。

 もう一つのユダヤの使命、世界の再統一の事業の現状はどうでしょうか。アメリカは世界の国々の多くの反対を押し切って、「大量破壊兵器保有国イラク」に侵寇し、約一ヶ月で全土を掌握しました。けれどお目当ての大量破壊兵器は発見できませんでした。その後のゲリラの果てしない自爆攻撃を受けて、他国ばかりでなく自分の国の国民からも早々の撤退の声が挙がっています。この戦争で一番ひどい目に合ったのは戦土となったイラク国民です。そして二番目に「こんな筈ではなかったが」の思いをさせられたのは侵寇したアメリカ、そしてその統領ブッシュ氏ではなかったでしょうか。大統領への支持率の低下、政府の国庫赤字の増大、喜んでいい結果は余り見つからない現状の中で、アメリカをそそのかし、軍事力の全機能を挙げてイラク全土を占領させ、その占領によってアラブ諸国が密集している中東地域の略々(ほぼ)中心にあり、また豊富な油田地帯であるイラクの土地をわが管理下に置くことに成功したユダヤにとっては、近来にない政治的勝利であったでありましょう。極めて近い将来、このイラクにある程度の平和な民主国家が出来た時、イラクを取り巻くアラブ系諸国の政治状況は大きな影響を受け、少なくともユダヤにとっての「世界再統一」のためには画期的な朗報となりましょう。そこで後に残るのは、イランと北朝鮮二ヶ国位となりましょう。

 このように見て来ますと、ユダヤの使命である世界再統一の事業の終着点は既に目睫の間に迫った、ということが出来ます。始祖モーゼが神足別豊鋤天皇より委嘱を受けてより三千有余年、遂にその物質科学文明の完成と世界の再統一の事業を成し遂げて、使命拝受の国、日本に報告(かえりごと)に来る日はそう遠いことではなくなりました。その時まで、ユダヤのキング・オブ・キングズと呼ばれる予言者は、現在、アメリカ東部のニューヨーク辺りに住居して、目的達成までギリギリの努力を傾け、時来たらば居をこの日本に移し、二千年以上前、祖国滅亡後、東進し、日本に帰化し、日本民族として長い間、祖国より西進し、世界を経廻って来る兄弟を日本の地で待っている、その日本に於いて兄弟相会する為に舞上がって来ることとなりましょう。そして二千年余離れ離れになっていた兄弟相たずさえて「聖なる山の麓に神の幕屋を建てて」喜び勇むことでしょう。

 何故ユダヤはその使命終了後、日本へ来ることを願うのでしょうか。それは勿論彼等の使命が日本の天皇から授かったものであり、三千年にわたる苦労の末に成就した使命の完了を持って、彼等の使命即ちその魂の故郷である日本に報告するためであります。と同時に、彼等はもう一つ、日本へ来る事に一つの期待を抱いている為ではなかろうか、と推察出来ます。その期待とは次のようなものであろうと推測します。先にお話しました如く、ラビ、トケイヤーはユダヤも日本も昔は祭政一致の国であった。けれど日本は敗戦によってその原則を失ってしまい、今はユダヤだけがその栄光を戴いている、と誇らしげに話すその裏で、祭政一致の原理を象徴する三種の神器、ユダヤで謂う三種の神宝が、ユダヤ王ソロモンの時、既に契約の箱の中に姿がなく、失われてしまっており、逆にその神宝に当る三種の神器(鏡・珠・剱)を日本の皇室が今尚保持している、という事実に限りないコンプレックスを持っているということでありましょう。

 彼等ユダヤが世界の中にあって常に不敗である原理カバラ、旧約聖書にあるヱホバの言葉「我は戦いの神、ねたみの神、仇を報ずる神なり」が示すごとく、戦争や競争に際して必ず勝つ原理であります。それはカバラの原本、日本の言霊学に於ける言霊ウ次元の心の働きに於いて、その父韻「キシチニヒミイリ」(カサタナハマヤラ)の内容を検討する時、戦争に於いて、商売に於いて、一切の競争に於いて絶対不敗の心の持ち方の原理であることが分かります。ユダヤはその原理を授かり、三千年の間、その原理の下に使命の遂行に当り、終に彼等の使命の全般の成就直前の所まで辿り着きました。彼等は三千年を不敗の過去として振り返りながら、その栄光への自信を深めていることでしょう。と同時に自らの使命達成の暁には、彼等の精神秘宝であるカバラの性能が一応そこで終了することをもう薄々感じとっているに違いありません。カバラは戦いに不敗の原理です。けれどすべてを打ち負かした後の、敵がなくなった後の、平和を永続させるべき原理ではないのです。彼等は彼等の使命完了の後の、即ち次の世の中の確実な保証が自らにはないことに気付かないはずはありません。昨年、イスラエル大使が四国の剱山に登った、という話を耳にしました。剱山は失われたユダヤ三種の神宝の中のアロンの杖が隠された所だと昔から伝説されている土地です。ユダヤのキング・オブ・キングズは第二世界物質科学文明成就の自信と成就以後の自らの運命への不安と期待を胸に、彼等の魂の故郷日本への上陸の時を窺っている、それが第二キイ・ワード、ユダヤの現状であります。

日本と世界の歴史 その十三

 人類の第二物質科学文明の終了の時となり、新しい人類の第三文明時代を創造するための重要な三つのキイ・ワードを取り上げました。それは第一に日本皇室、第二にユダヤ民族、そして第三に当言霊の会の現在の状況であります。この中、先々月と先月の会報に於て第一と第二のキイ・ワードについてはお話いたしました。そこで今月は第三のキイ・ワードである当言霊の会の現状についてお話を申上げることといたします。

 このように申しますと、「第一の日本の皇室は伝統数千年といわれている。第二のユダヤ民族の予言者についても数千年の歴史があることが分かっている。それに比べて言霊の会は創設されて十数年、明治天皇から始まったという言霊学の復興の運動といった処で高々百年、何とも心細い限りではないか」とお思いになる方が多いのではないでしょうか。その事については「全くその通りなのです」と言わざるを得ません。月にわずか百数十部の会報の発行、月一回の言霊学講習会は公共施設の区民館会議室を借り、細々と活動している当言霊の会は自慢したくも仕様のない小さな会なのですから。

 けれども、有形な財産の何もない当会なのですが、若し人がいて、その人が当会の発行した三冊の書籍と、会創設以来続いている二百十数号に及ぶ言霊布斗麻邇の原理の研究会報「コトタマ学」をお読み下さり、「此処はどうも納得し難い」という箇所はお尋ね頂き、トコトンお話合い下さるならば、「コレハ、コレハ」と驚嘆の声をあげられることとなりましょう。当会は以前より伝わる習慣で「値なくして授かったのですから、値なくして与えよ」のささやかな警めの下に、積極的に人を集めることも、金を集めることもなく、この学問を以って何かの価値を得ようともせず、いずれこの学問が人類の為に役立つ、とお考え下さる公共の方が出現すれば、喜んで学問の真実をお伝えし、当会自体は「わが事終えり」と巷間の中に姿を消すこととなりましょう。この学問は欲をかくことと関係のない、欲得では理解することが出来ない、仏説法華経の所謂「価値(あたい)は三千大千世界(宇宙)なり」(提婆達多品[だいばだったほん])という人類の秘宝なのであります。……第一の日本の皇室の存在も、第二のユダヤの予言者の行為も、実はこの言霊の学問と深い関係があることなのです。

 さて、第三のキイ・ワードの言霊の会について最初に結論を披(ひら)けかしてしまったようでありますが、その言霊の会が如何様に日本の皇室とユダヤの予言者との歴史的出合いとなり、その行末がどのように展開して行くのか、をお話して行くことにしましょう。

 先に説明しました如く、最初に言霊の学問の存在に気付かれ、復興の仕事を始められたのは明治天皇御夫妻でありました。時は十九世紀の終わりの頃であります。その頃、物質科学の世界にも人類文明の発展に重大な意味を持つ事となる科学的発見が成されています。放射性物質の発見です。この発見が長い物質科学の研究の中で、物質の先験的構造の研究の始まりを意味したことと言うことが出来ますが、丁度同じ頃、人類の心の中の文明創造の歴史に於ても、二千年近い昔に封印された言霊の学問、即ち人間の心の先験構造を明らかにする学問の中の天津磐境(いはさか)の原理について復興の燈火がともった事は重大な意義があったと思われます。この時を一にする心と物の両分野の同時発見は、人間の顕在と潜在の意識の法則であると同時に、人類歴史に於ける皇祖皇宗の御経綸の成さしめる業であったでありましょう。この事実は、現在社会に於ける心と物との両分野の相互作用の面で参考になる現象であります。

 三千世界 一度に開く梅の花 梅で開いて松でおさめる神の国が来るぞ<

 いろは四十八文字で世を治めるぞ

以上のお筆先は皆言霊原理による世界の政治が始まる事の予言でありますが、神懸かりはそればかりではなく、言霊学の内容に立ち入って、冠(かんむり)島の神事(天之御柱)、沓島の神事(国之御柱)等々の神事を女史自身の行として言霊の学問が今に世の中に出現することを予言しています。また日本皇室の前途について「世の建替え、建て直し」の神懸かりによって深い洞察の予言をしております。現在までの日本皇室の変遷を見る時、驚異的予言であったと思われます。

 ここで、明治天皇御夫妻の言霊学(言の葉の誠の道)の復興の御仕事以来、今日までの経緯を簡単に辿ること ノしましょう。明治天皇御夫妻の研究のお相手をしました山腰弘道氏、その子明将氏の筆によって見ますと、その研究の根幹は宮中三殿の中の賢所に保存されていると推察される、古事記の神話の「言霊百神」と言霊五十音との照合の記録であります。平易に申しますと、天の御中主の神=言霊ウ、高御産巣日の神=言霊ア、神産巣日の神=言霊ワ……」という神名と言霊との組合せの記録が賢所に秘蔵されてあった、という事実であります。神代と古事記に記された大昔、既に布斗麻邇として発見されていた言霊五十音の原理はこの五十神と五十音の組合せによって成立します。この組合せは五十個数の五十通りの組合せという尨大な組合せの中から唯一得られるもので、二人、三人の人が生きている内に完成させることなど不可能なものであり、この組合せこそ大先祖の日本人の現代の日本人である私達子孫への最高・唯一の贈物であったと言うべきものでありましょう。言霊学の復興はこの記録の発見の上に完成されたわけであります。

 聞き知るはいつの世ならむ敷島(しきしま)の大和言葉(やまとことば)の高き調べを(明治天皇)

 

 敷島の大和言葉をたて貫(ぬ)きに織る倭文機(しずはた)の音のさやけさ(昭憲皇太后)

両陛下の右の御歌を見る時、完成された理論には到らないでも、両陛下の感性は、言霊原理によって構成された日本語の素晴らしい創造性の美を感得なさっていらっしゃった事が窺えるではありませんか。

 言霊学復興の仕事は明治天皇から次の大正天皇には伝わらず、研究のお相手をした山腰弘道氏の次男、山腰明将氏に伝わりました。この学問研究がこの時、一端天皇家を離れ、民間に移った事は、今になってみると、重要な意義があったことに気付くのであります。その事については後程お話申し上げることといたします。

 山腰明将氏が言霊布斗麻邇の学問について如何なる方法でその復活を計っておられたか、は明瞭には聞いておりません。先師小笠原孝次氏の話によれば、弟子達の質問に対して山腰氏は「君達に言霊学の詳細を説いても余り意味がない。何故ならこの学問は天皇御一人のみが体得・自覚する学問なのであり、私は時が来れば陛下に御報告(復命[かえりごと])申上げるために勉強している。折角の質問だから少々はお話しよう」というのが常であったようです。ただ氏の勉学の集大成とも言える一冊の手刷りの本があります。題は「言霊」。講述者は山腰明将氏、筆記者は私の先師、小笠原孝次氏。時は昭和十五年三月。日米英の太平洋戦争が不可避と思われていた時、何とか戦力において劣勢な日本が精神的な国家・民族の力を引き出そうとして、日本肇国の基礎であり、日本語の語源である言霊学の復興に務める山腰氏の話を聞いてみることにしようという内閣の希望により、時の大臣、陸海軍の大将・元帥、それに警視総監等が東京築地の海軍将校の社交場であった水交社に集まり、昭和十五年三月二日より十週間、十回にわたり開かれた山腰明将氏の「言霊」と題する講演会の記録であります。筆記は小笠原孝次氏がその任に当った、と先師御自身から聞きました。

 この講演記録を読めば直ぐに気付くことですが、山腰氏の講演は、その気概天を突くの勢があり、素晴らしいものであったことが分かります。その趣旨は主に日本語の音韻学に裏付けられた説明で、古事記の言霊百神の原理を解説したものでありました。ただ残念なことには、音韻学という人によく知られていない学問を基盤とした解釈でありましたから、その啓発は飽くまで理論的領域の中に留まり、日本国の、また日本民族のための政治、国際問題の解決という実際問題に応用することまでには理解を得られずに終ったことであります。その結果、日本は無謀な戦争に突入し、昭和二十年八月、全面、無条件降伏に終ったのであります。

 大東亜戦争敗戦後、山腰明将氏御自身、並びにその研究に大変な危難が襲いかかります。敗戦後数年して氏は占領軍のジープの自動車事故により肝臓破裂で急死されたのです。その上、氏の遺された尨大な言霊研究資料が火災によって全部焼失したことであります。山腰明将氏の一番の弟子と目されていた先師小笠原孝次氏の悲歎は言葉に尽くせないものであったようです。「師の急逝を悼みながら、茫然自失、自分が生きているのか、死んでいるのか、分からない状態で一ヶ月が過ぎました」と私に話して下さったことを覚えています。その一ヶ月の後、先師は猛然と立ち上がります。「師の死と研究資料の焼失を目の前にして、何が何だか分らなくなった自分は、一ヶ月が経って漸く気をとり直すことが出来ました。資料焼失とはいえ、今此処に山腰氏の「言霊」と古事記の神話が残っている。言霊学が人間の心と言葉の全貌をとらえた究極の学問だ。というからには、自分の生命そのものだ、という事だ。ならば、自分自身の心の深奥を明らかにするならば、必ずや古事記の神話の領域に出合うに違いない。日本と世界人類の将来はこの無力の自分の努力に懸かっているのだ、と思いました。自分は古事記の所謂「天地の初発の時、……」とは何か、を坐禅によって突き止めようと、第一歩から始めようと決意しました。……」

 かくて師の東京、多摩川畔の坐禅が始まりました。昭和二十六・七年頃のことであります。(会報六十六号中の随想「釣糸」参照)そして師は昭和二十八年、禅宗坐禅の「色即是空、空即是色」の問題を完全に解決し、それによって古事記神話の冒頭の一節「天地の初発の時、高天原に成りませる神の名は、天の御中主の神(言霊ウ)……」の天津磐境の中の言霊五母音の宇宙剖判を理解・自覚することが出来たのでした。

 神倭皇朝十代崇神天皇が天皇と三種の神器との同床共殿の制度を廃止し、日本に言霊学を自覚して政治を行う天皇がいなくなって以来二千年、自分自身生身(なまみ)の心の中に言霊の存在を確め得た地球上第一番目の人に先師はなった訳であります。師は自分の心の中に言霊の存在を確認する作業に成功した初めての人となりました。宗教や哲学の用語によって言霊を考え、説明することは出来ます。けれど生きた自らの心の中にその存在を確め得て、初めて自覚認識の完成ということが出来るでありましょう。研究資料全部の焼失という逆境がもたらした逆転満塁ホームランでありました。先師の古事記百神解義の仕事は常にこの自身の心の中に求める着実な方法に貫かれ、成果を挙げて行きました。

 先師の零(ゼロ)からの洞察が、歴史の渾沌を見事に判断、解決した一例をお話しましょう。

 

 昭和天皇は敗戦の翌年一月、人間天皇宣言の詔勅を出されました。「古事記・日本書紀の神話と日本の皇室とは関係がない」と言い切ったのでした。皇室に関連して皇祖と言えば天照大神のことでありました。その永い間続いた皇祖皇宗から連綿と受け継がれた天皇位について、仏説の正法・像法・末法の話をしました。その国柄を、古事記・日本書紀の神話の否定という形で御破算にしてしまいました。その結果、天皇位は正法、像法の時代から末法時代に転落してしまいました。端的に表現すれば天皇空位時代となりました。この事に関して先師は次のようにお話されました。

 「天皇御自身が宣言された以上、綸言汗の如し、といわれるように、訂正は出来ません。ですから、敗戦までの現人神(あらひとがみ)としての天皇に帰ることは今後は出来ないことです。とすれば、天皇位は今の如き根無し草の象徴天皇が続くか、または言霊原理の昔に立ち返り、人類の第一精神文明時代の天皇の如く、世界の政治を自らの責任に於て親裁することが出来る権威を備えた天皇となるか、でしょう。そのように広大な目でみることが出来るなら、宣言の中の古事記・日本書紀の神話の否定は意義がないわけではありません。日本敗戦の時まで、「古事記を説く者は死す」といわれ、古事記神話を個人的に説くことはタブーとされて来ました。古事記の内容を表徴する器物は皆皇室の秘物に属し、天皇位に関係しないものはないためでしょう。古事記と皇位との関係の否定は本来悲しむべきものですが、皇祖皇宗の御経綸如何の目から見るなら、その関係の天皇御自身による否定は、古事記の皇室独占の束縛を否定したこととも受取ることが出来ます。今や古事記の神話は皇室の秘事(ひめごと)ではなくなりました。解禁されたのです。呪縛(じゅばく)から開放されたと言ってもよいでしょう。全世界に向って扉が開かれたわけです。志ある者は自由に古事記神話を通じて言霊学の深奥に入り込むことが出来るのです。言霊学復興の速度は今後一段と進むことでしょう。」

 私が先師、小笠原孝次氏の所へ教えを請うてお尋ねしたのは、確か昭和三十七年、東京オリンピックの年より前のことでした。その時、先師の著書は一冊もありませんでした。すべてはお尋ねして、お話をお聞きする勉学でありました。その時より二十年、先師の自らの心に問う言霊学は深さと広さを増し、著書も「古事記解義、言霊百神」「第三文明への通路」「言霊精義」「言霊開眼」「世界維新への進発」「神道より見た禅宗無門関」、その他パンフレット多数、と次々に発行されました。昭和五十七年十一月、先師はなくなられる一ヶ月前、私に後事を託され、秋の空の美しい日の正午過ぎ、東京幡ヶ谷の病院で逝去されました。七十九歳、あと二ヶ月少しで八十歳となる時でありました。私が五十七歳の時であります。

 先師がなくなられて五年の歳月が流れました。この間、私は二冊の本を書きました。「言霊」と「続言霊」であります。先師から後事を託され、「私が死んだら、私が貴方に教えたことはすべて忘れてください。そして貴方が自分の好きなようにやって行って下さい」と言われた以上、先師の著書をそのまま教科書として使うわけに行きません。上記の二冊は幼稚な文章でしたが、私が言霊の仕事をさせて頂く心構えを確認するために書いたつもりです。書けてみますと、先師が「後を頼みますよ」と言われた「後」とは、主に二つの事があるのに気付いたのでした。一つは言霊原理を世の中に知らして行きながら、皇祖皇宗の原理に基づく世界文明創造の現在と将来を、原理によって目覚めた眼によって常に見据えて行くこと。もう一つは、先師が言霊百神の本の中で(二三七頁、七行~八行)、後から来る人に宿題として遺した言霊原理の完全復興の問題であります。即ち古事記、禊祓の行の中の奥疎(おきさかる)神、奥津那岐佐毘古(おきつなぎさひこ)神、奥津甲斐弁羅(おきつかひべら)神以下の神名が指示する心の働きの内容の解明のことであります。以上の二つの仕事を私に課せられた宿題と思いつつ、昭和六十三年「言霊の会」を創設し、現在に到っているのであります。お蔭様にて懸案でありました禊祓の精神構造も略々解決し、覚めた眼で世の中の実相を見詰めながら今、此処に第三のキイ・ワードの「言霊の会」の現在を物語っている次第なのであります。

 懸案の奥疎神以下六神の神名で示される心の動きの解決に約七年の年月を要しました。更にその後の禊祓の中の十四神名の解決に十年を費やしたのであります。何とも気の長い話のように聞こえるかも知れませんが、その十七年間は「あっ」という間の十七年でありました。疑問に答えてくださる先師は既にこの世になく、質問を出すのも自分、その疑問のすべてに答えるのも自分しかいません。幾度絶望のドン底に落とされたか、分かりません。その都度、気を取り直し、太安万呂氏のかけた謎々の向うにある真相に迫って行く努力の連続でありました。その解決の鍵は生き通しに生きている「神であり、同時に人である、人間」の今・此処に出合うことであります。禅で謂う「一念普く観ず無量劫、無量劫の事即ち今の如し」です。自分の出す問いに生き通しの自分が答えてくれます。疑義を提出するのは現在の私、それに答えてくれるのは二千年以上前の私、と言った具合です。この質問と応答の作業の中で、私は完全に人は死なないのだ、という事実を知らされました。

 平成十五年に入り、私は請われるままに「大祓祝詞の話」と題して神社神道で称える大祓祝詞を言霊原理によって解説する話を始めました。哲学とか信仰の書は、それを平易な口語文に直そうとすると、言葉の平易なると同時にその内容が原文の厳正さから離れてしまい勝ちであります。私は大祓祝詞の文章の難解さを平易な文章に改め、しかもその内容が曖昧になることを避けようと注意しながら、話を進めて行きました。講習会での話は八回、八ヶ月かかりました。その話が、私のもう一つの課題である言霊原理完全復興への転機となりました。毎度お話することですが、言霊のことを一字で霊とも呼びます。言霊は今・此処に存在し活動しています。霊が走る、霊駆る、が「光」の語源です。大祓祝詞の中で突然の如く頭の中を横切った「光」の言葉が、永い間求めてきた言霊原理を綜合する頂点のキイ・ワードとして飛び込んで来たのでした。感激で呆然とする思いだったのです。

 古事記の禊祓の後半の文章の一部を引用しましょう。

 ここに詔りたまひしく、「上つ瀬は瀬速し。下つ瀬は弱し。」とのりたまひて、初めて中つ瀬に堕(お)り潜(かづ)きて滌ぎたまふ時、成りませる神の名は、八十禍津日(やそまがつひ)神。次に大禍津日(おほまがつひ)神。この二神(ふたはしら)は、その穢(きたな)き繁(し)き国に到りし時の汚垢(けがれ)によりて成りませし神なり。次にその禍を直さむとして成りませる神の名は、神直毘(かむなほび)神。次に大直毘(おほなほび)神。次に伊豆能売(いづのめ)。……

 詳しい説明は後に譲り、簡単に申しますと、外国の文化を吸収して、これに新しい息吹を与え、世界人類の文明に取り込む時、八十禍津日神、大禍津日神の内容では、光と闇が織り交じった、玉石混(ぎょせきこんこう)のもので不可能であり、純粋な光によっている言霊そのものが今・此処に活動する言葉(光の言葉)でなければならないことを説く箇所であります。この光の言葉の自覚という課題が現在本言霊の会に対しての皇祖皇宗の最高至上の命令であることを「大祓祝詞の話」の講話は教えて呉れたのでした。物理的な光は壁に当れば、その先は闇です。けれど心の光には障碍がありません。今、此処にいる人から光の自覚は言霊学の学びの進歩と共に大きな灯となって世界を照らして行くものなのです。時が来れば、地球が夜から朝に変わるように、人類の不幸の闇を打ち消す大きな心の灯が形成される日は極めて近い、ということが出来ます。

 世界を転換させる三つの重要な「現在」のキイ・ワードの第三、言霊復興に尽力した人々の心の流れをお話して来ました。そして、三つのキイ・ワードを一つにまとめる「光の言葉」に辿り着きました。この光の言葉が実際に三つのキイ・ワードをまとめて行くのか、は次回にお話申上げることにしましょう。

日本と世界の歴史 その十四

 

 人類の第一精神文明時代、それに次ぐ第二の物質科学文明時代の一万年の歴史が、ここに於て大きく転換して、人類の第三文明時代に入ろうとする時、その第三文明創造という重大な使命を担う三つの存在――日本の皇室、ユダヤ民族の予言者、それに言霊の会が如何なる状態にあるか、をお話して来ました。そこでこの三つの存在とその働きがお互いにどの様に絡み合って行くのか、その先に何が見えるようになるのか、が今月号の話となります。

 このようにお話を進めてまいりますと、賢明な読者の中には現世界の成行とそのゴールとを推察される方もいらっしゃることと思いますが、しかし、これよりお話申し上げる日本と世界の動向は小説家が好き勝手に書く歴史小説でも、新聞記者のスクープでもありません。また霊能による「当るも八卦、当らぬも八卦」的な占(うらない)でもありません。人類の文明創造という意図により、「人の心とは何か」を完璧に自覚・表現したアイエオウ五十音言霊の原理に基づく皇祖皇宗の御経綸から見て「必ずこうなる」という宣言であります。人間に与えられた精神の全機能を以ってまとめ上げられた、計算し尽くされた結果であります。この事に関して、歴史の予言というものが如何なるものなのか、を御理解頂くために当会発行の「古事記と言霊」の後編「歴史編」の「歴史創造の心」の一説を引用することといたします。

 『度々言うことであるが、世界の各地でてんでばらばらに営まれる人々の行為の合計がそのまま世界の歴史であるのではない。天津日嗣天皇(あまつひつぎすめらみこと)の文明創造の経綸即ち人間を人間たらしめている言葉の限りなき発展が人類の歴史である。それ故に天津日嗣である、人間という種(スピーシー)の究極の精神原理である布斗麻邇の自覚に立つ時、言い換えるならば人間精神の実在体であるアオウエイ五母音の重畳する構造を確認し、その実在より発現する諸実相の色相変化の原律である八父韻の認識を完成する言霊イの創造親神の立場に立ち、言霊アである大慈悲の心より人類の歴史を見る時、我とは人類であり、人類の歴史とは我の歴史に他ならず、それ故に世界の歴史の流れの中で、過去にあり現在に起りつつ歴史現象のすべては、永遠の生命を享け継ぐ我自らが“そうあれ”また“かくあれ”と決定し創造し来ったものであることが明らかに了解されるのである。それ故にこそまた世界人類のすべての声を自己の生命全体で聞き、これに新しい生命の息吹を与えて言霊原理に則り“かくあれ”と決定し宣言し、その如く実現することが可能である。宣言は当為であり、宗教に於ける基本要求などではないからである。以上の如き世界歴史経綸の大慈大悲の心を天津日嗣の大御心と呼ぶのである。』(「古事記と言霊」三四六~七頁)

 前書が長くなりました。結論に入ることにしましょう。第二のキイ・ワードであるユダヤが意図する世界の国家、民族の再統一とは具体的に言うとどういう事なのでしょうか。簡単に表現すれば政治体制に於いては世界民族の民主政治化であり、経済的に言えば、全国家が一経済圏としてまとまることであり、また全国家の報道の自由化でもある。とするならば、ユダヤの全世界統一の事業は略々完成に近づき、残るのはその仕上の仕事だけということが出来るでありましょう。イラクは内紛は残るものの以前の独裁国家に戻ることは有り得なくなりました。イランは新しい大統領が民族の自主性を煽っていますが、その勢いは先が見えています。北朝鮮は中々頑張っていますが、中東情勢が沈静化すれば、唯一国家だけでは、世界の流れにそう長い間反抗し続けては行けなくなりましょう。人口十三億人の中国は最近の経済発展の勢いに乗って世界の中の“中国“の夢もう一度と張り切っていますが、一たび染み込んでしまった経済という名の“蜜“の甘さは何処までも付きまといますから、その内に全世界の経済の渦に巻き込まれて行くことは逃れられぬ所でありましょう。

 このように見て来ますと、物質科学の完成の成果を利用したユダヤ民族の世界再統一は完遂間近であり、その見極めまでに左程の長年月は必要としないでありましょう。そして、ユダヤのその使命の仕上げの時間の中で、第三のキイ・ワードを冠した「言霊の会」では果たさなければならぬ仕事が一つ残っています。それは何か。明治天皇以来、諸先輩による言霊布斗麻邇の学問復興の研究・努力によって不死鳥の如く甦った言霊学の全貌を、現天皇並びに皇室に報告申し上げねばならないことであります。これを古神道で復命(かえりごと)と申します。

 第二のキイ・ワードであるユダヤが人類の第二物質科学文明を完成し、近い将来、その物質科学の成果によって世界の再統一を完遂した暁、彼等に課せられた使命の完了を報告するために日本に上陸して来たとして、日本の何処へ行くか。それは彼等の始祖モーゼにその民族三千年の使命を委託した日本の神足別豊鋤天皇より続く皇統を継承する日本の天皇の所より他には有り得ないことでありましょう。そこにはユダヤがその使命を委託された根本原理である言霊布斗麻邇の象徴「三種の神宝」―― しかも彼等の手には既に失われている ―― その神宝と同意義の三種の神器(鏡・珠・剱)が厳然と保持されている日本皇室の所へ来るに違いありません。

 「形而上を道と謂い、形而下を器と謂う」(易経)とあります。ユダヤが彼等の三千年の成果を引っ提げて日本皇室に報告に来るとしても、その日本の皇室には、三種の神器の形而上の「道」はなく、ただ形而下の器があるにすぎません。日本の天皇も、皇室の何方(どなた)も、宮内庁の祭官の誰一人としてその「道」の如何を知らないのです。これではユダヤ三千年の労苦の成果に対して報いる何らの術(すべ)を持たないこととなります。彼等の功績を労(ねぎら)い、彼等の魂を浄(きよ)め(これを最期の審判と呼びます)、その上で彼等に新時代に於ける新しい役割を与えることは不可能でしょう。三千年にわたる予言者歴代の労苦によって人類の第二物質科学文明を完成させ、その成果によって世界各国を再統一し、任務の完了を報告するために始祖の魂の故郷である日本に上陸することはユダヤの仕事です。彼等を迎え、受け入れて、その永年の労を讃え、その上で彼等の奉持するカバラの原理は生存競争時代にのみ有効な原理なのであり、これより迎える新文明時代には用のないものであることを率直に伝え、生まれ変わって新しい真理を会得するよう指導し、その上で新しい任務を与える事は日本民族の使命であります。

 さて此処で一冊の本を取上げてみることにします。「宮中賢所物語」(ビジネス社発行)と表題にあります。宮中三殿、即ち賢所、皇霊殿、神殿の三殿に五十七年間御奉仕し、この度退任された高谷朝子さんという御婦人が自分の体験を物語った本であります。今まで菊のカーテンの向う側にあって、決して国民に知らせることのなかった場所の中の奉仕の仕事が明らかにされた事は皇室の“平民化”の現われでありましょうか。一女官の体験記でありますから、宮中三殿の構造とか、祭祀の内容、またそこにどのような祭器があるか、等のことは何一つ語られてはおりません。けれど一読して明らかに知ったことは、昭和二十一年、昭和天皇が「古事記・日本書紀の神話と日本皇室とは何の関係もない」と現人神(あらひとがみ)天皇という立場を放棄された後も、日本古神道に基づく神道信仰の一切は以前そのままに踏襲され、天皇家の信仰として継承され実行なされている、ということが確認されたのであります。とするならば、「宮中の“特別な場所”」といわれる賢所に昔から保存されている種々の器物や記録も、昔そうであった如く秘存、保管されてあると言ってもよいでありましょう。これは重要な事柄であります。日本ばかりでなく全世界人類の秘宝であるアイエオウ五十音言霊布斗麻邇の原理の象徴物である三種の神器の形而上(道)と形而下(器)とが、二千年前そうであった如く一体として認識・確認される可能性が出て来た事となります。これは日本・世界にとって最高に慶賀すべき事態の到来を意味します。これは人類にとって一切の価値観、歴史観の転換の発端となるからであります。

 先にお話しいたしました如く、ユダヤが世界統一を完成・完遂するまでに、天皇、皇室または外戚の何方(どなた)かに、言霊布斗麻邇の学問を復命(かえりごと)申上げること、これが当言霊の会の責務であります。この事業が皇祖皇宗の新文明創造上の最も重要な仕事ということが出来るでありましょう。この名もほとんど知られていない小さな会が、人類の文明創造の歴史の転換・推進の鍵を握っているなどということは、全く夢の如き絵空事と思われるかもしれません。けれど歴史を転換し、更なる創造を続けて行くための主体性(鍵)をしっかりと握り、歴史創造のゴーサインのベルを押す任務は世界で唯一つ、この言霊の会が握っていることを忘れてはならないでしょう。出来得べくば、そのベルを自らの責任に於いて押し得る人が三人集まれば最上です。天の御中主の神(ウ)、高御産巣日の神(ア)、神産巣日の神(ワ)三柱を造化三神と呼ぶように、ウ<ア・ワは物事の始めであり、老子はこの事を一、二を生じ、二、三を生じ、三、万物を生ず、と数霊を以って説明しています。

 一人や二人、三人程の言霊学の解説者を揃えたところで、如何程の力が出せるのか、と訝る方もいらっしゃるかも知れません。しかし言霊学の自覚者の言葉は単なる言葉ではありません。言霊のことを一音で霊といいます。霊が走る、(駆る)で霊駆る即ち光となります。光の語源なのです。言霊原理に裏打ちされた言葉は心の光りなのです。人の心の闇を照らし、一瞬にして闇を消し去る力があります。二千年以前、崇神天皇が社会の表面から言霊の原理を隠没させたことによって地球上に暗黒の地獄を招来しました。ただそれだけの変化が地球上を生存競争の坩堝(るつぼ)と化しました。今度は逆にこの地球に高々と言霊の言葉の灯火を掲げれば事足ります。それが第三文明時代の幕明けとなるのです。

 以上、簡単に言霊原理より見た日本と世界の歴史の将来について言及いたしました。御理解頂けたでありましょうか。前にもお話したことですが、歴史とは大自然の中に人為的な社会を打ち立てて行く道です。朝が来れば東から太陽は昇ります。誰が何と言おうが、言うまいが、太陽は昇ります。それを見ている人に関係ありません。それが大自然の営みです。けれど人間社会の歴史は違います。「こうなるよ」と人が言ったとしても、人が努力してそうなるよう務めなければ、実現しません。ですから実のところ、人間社会の歴史の将来について予言するということは愚かな行為なのです。何故ならば、「こうなるよ」と予言すれば、それを聞いた人は「あっ、そうなるのか」と受け取って、それで終わってしまうでしょう。これでは予言はしなくても同じだ、ということになります。そうなると知りながら地球上の人類の将来と日本人の使命についてお話申上げましたのは、現在迎えている人類の文明の大きな転換というものが、人類の歴史を今までの如く見立てて、それに対する態度を自ら変革する事を怠るならば、単に第三文明時代は到来しないばかりでなく、人類のこの地球上に於ける生存も危くなるという切羽(せっぱ)詰った状態に今の人類が置かれているからであります。私達がこれから建設しようとする人類の第三文明が生命文明と名付けるべき心と肉体、精神と物質双方の原理に基づく平和で豊かな楽しい文明時代であり、そのためにも声を大にして私達の主張を予言として世界中の人に伝えようとするのと同時に、若しこの文明建設に失敗するならば、人類全体の次世紀への生存の可能性が無くなることになるとの警告の意味をも持っているのです。そして人類が今までに経験したことのない危機を未然に防ぐ手段が、これまた私達が申し述べる道以外には世界に何もないのだ、ということを伝えたいと思うからでもあります。

 第二文明から第三文明への転換をお話する三つのキイ・ワードとして日本皇室、ユダヤの予言者、それに言霊の会の三つを挙げ、その三つのキイ・ワードの関係を動かす主体性が第三の言霊の会にあること、その主体性となる活動の原動力が言霊の光の言葉であることをお話しました。そこで「日本と世界の歴史」の中の肝心要となる光の言葉についてお話をしましょう。前に古事記の先天図と、日本書紀の先天図の構図の違いについてお話しました。古事記は言霊学の勉学に適して母音から説き起こし、書紀は言霊学を会得した方が、その活用によって禊祓を実行するに便利なように父韻から説き起こしています。如何なる人間の思考に当っても先天十七言霊は同時活動しますから、古事記・日本書紀双方共に矛盾はありません。

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 さて、伊耶那岐大神は禊祓を実行するに当り、「上つ瀬(ア段)は瀬速し、下つ瀬(イ段)は弱し」と言って、立ち止まらなければなりませんでした。禊祓の実行に当り、言霊イの言霊原理をいくら振りかざしても、どうすることも出来ないと知ったからです。そのことを大禍津日神といいます。またア段でも矢張り不適当であると知りました。そのことを八十禍津日神と申します(図参照)。八十とは図の百音図から母・半母音を除いた八十現象音言霊のことです。上半分は極楽、下半分は地獄を示します。このように見ますと、この図上の行動は正しく宗教信仰の活動だと分かります。人は自らの不合理窮まる生活を反省し、自身の日常が地獄の様相だと知り、にもかかわらず、自らがこの世の中に生きていることの不思議さ、奇特さに気付き、生きているのではなく、生かされていること、自分を生かして下さる大きな慈愛の存在(神・仏)を知ることで感謝・報恩の生活に入ります。しかし、信仰の生活とは地獄がなくなり、極楽だけの生活ではありません。その途中の、地獄の自分を極楽に移そうとする努力の生活です。これでは禊祓は不可能です。光を偶に垣間見るだけです。そこで古事記は「この二神(ふたはしら)はその穢(きたな)き繁(し)き国に到りし時の汚垢によりて成りませし神なり」と告げているのです。

 ではどうしたらよいのか。古事記は言霊学の教科書でありますから、禊祓の方法と同時にそれを修得する方法をも説いています。大禍津日、八十禍津日の神名を御覧下さい。大禍・八十禍の後に津日が付けてあります。大と八十の理だけでは禍で禊祓には向かないが、しかし、その行を努力して突き詰めて行く事によって光の世界に導かれるよ、と書いてあります。大禍である言霊原理をよくよく心中に五十音言霊とその動きについて刻みつけ、八十禍である地獄と極楽、短山と高山の間を行ったり、来たりしながら、自らの心を反省し、空想と実相とを見極めて行き、大禍と八十禍を徹底的に見極めるならば、その間に八つの父韻の内容を知り、人は必ずや光の世界に躍り出ることが可能なのだよ、と教えているのです。その修行の行為を「次にその禍を直さむとして成りませる……」と古事記は教えています。先師小笠原孝次氏はこの事を「光は求めなければ見ることは出来ないのだが、求めている間は見ることが出来ないよ」と教えてくれました。真相をよく知った言葉であります。

 暗黒苦悩の世界に言霊原理に基づいた光の言葉が発せられる時、一瞬にしてその闇は消え、物事は納まる所に納まり、黄泉(よもつ)国の文化はそのままに世界人類の文明の中に吸収され、その使命を果たします。人類の歴史とはこの光の言葉そのものの自己発展の記録であります。百二十億光年の宇宙の彼方の星をスバル望遠鏡がとらえたと最近報道されました。人類は言霊原理に基づいて、自らの本体である宇宙全体にまたがる生命の王国を建設するために永遠の努力を重ねる生物なのです。

(終り)

以上、kono87。

2014年8月14日 (木)

日本と世界の歴史 その十一

 まんだらけ、 マンダラ(脱法ハーブ販売店)こんなふうに言葉は飛ぶ。

ここから、続きです。

 

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年表

 

 過去十回のお話を通して日本と世界の歴史を、その始めから現在までどのような経路を辿って来たかを明らかにして来ました。そして現在、私達は今後の歴史を創造して行くために、どの様に考え、思い、行動したらよいか、を御理解頂くために、三つの重要な観点を明らかにする三つのキイ・ワードを提唱しました。即ち一に日本の天皇、二にユダヤ民族、そして三に言霊の会であります。

 実際に現在、社会一般の歴史学から日本や世界人類の将来が論議される場合、その主張は大変複雑で、中々学者以外の人々には容易に理解し難いようであります。しかし歴史の過去も将来も、歴史を動かしている根元の原動力というものを把握してしまいますと、そんなに複雑なものではありません。そこでその歴史創造の原動力を担う者として三つのキイ・ワードをお話した訳であります。これ等歴史の原動力となる三者が歴史上のある一点に於て出合い、縒り合される時、日本と世界の歴史は、現在の世界の人々が想像もしない突飛な方向へ、それでいて目を覚ますと、いとも当り前と思われる、当然落ち着くべき処に落ち着く方向に動き出して行く事になります。

 会報の三頁にこの三者の歴史年表を並列して示しました。読者の御理解を頂く参考となれば幸いであります。先ずは今、現在、この三者が過去を背負い、将来を展望する、この時にそれぞれどの様な実相(真実の内容)を持って存在しているか、を改めて年表に沿ってまとめてみましょう。

 日本の天皇

 

 高天原と呼ばれる高原地帯に集まった聖の集団による「人の心と言葉」についての長年月の研究の結果、発見されたアイウエオ五十音言霊布斗麻邇の原理を保持した聖の集団が、人間の最高理想の文明を創造するために日本列島に下りて来ました。一万年乃至八千年以前のことであります。そしてこの日本の気候・風土・風習の実相を観察して、原理に基づいて古代日本語を作り、日本国を肇国したのです。この心と言葉の真理の光の恩恵に全世界が靡(なび)き寄せられるように、地球上に古代日本の朝廷を「霊(ひ)の本(もと)」として、世界は人類の歴史上第一の精神文明時代を生きることとなりました。この時以来、日本並びに世界の人々は、この五十音言霊の原理を歴史創造の原動力として、何時までも永遠に、人々の精神の底流にこの原理を保持しながら、文明創造の経綸の中で生き続けて行くことになります。

 日本の朝廷は邇々芸皇朝、彦穂々出見皇朝、鵜草葺不合皇朝と続きます。その間、人類は第一精神文明時代を建設し、言霊原理に則り、五千年の長い間、平和と豊穣の生活を送ったのであります。葺不合皇朝の中葉、日本三貴子の一人である須佐男命の霊統をひく者達が中心となり、従来の布斗麻邇の原理とは異なる物質法則を求め、研究のために高天原日本より外国に向って出発して行きました。物質科学文明の揺籃時代が外国に於て芽を出すこととなります。今から五千年程前のことであります。

  今より約三千年前、葺不合皇朝の末期、外国に於ける物質研究の熱が高まることに時代の転換の気配を察した日本の朝廷は、来朝のユダヤ王モーゼに天津金木の原理(カバラ)を伝授し、「この後、汝と汝の子孫は世界の人々の”守り主“となれ」という命令を下し、以後三千年間は人類の第二物質科学文明創造の時代である、としてその主宰としての役目をユダヤ民族の王、即ち予言者に委任したのであります。これ以後人類の三千年は直接には日本天皇の手を離れ、社会の底流を支配するモーゼとその子孫の予言者の統治する所となります。ここに於て人類の第一精神文明時代は終焉し、日本は神倭皇朝の時代に入ります。

 それより更に千年後、第一精神文明の中心であった日本に於ても完全に第二物質科学文明時代に入るために、神倭朝第一代神武天皇、第十代崇神天皇の計画により、精神文明の基本原理を象徴する三種の神器を天皇の御座より遠ざけ、伊勢の神宮の御神体として祭ったのであります。これによって崇神天皇より後の天皇は言霊の原理の自覚のない、ただ神器を祭る伊勢神宮の信仰上の大神主としての役目につかれた事になります。日本肇国の眼目であった言霊布斗麻邇の学は完全に人類社会の裏に隠されてしまいました。日本国民は自らの国家の大眼目の学問を信仰の対象の神として「何事のおわしますかは知らねども」と歌われた如く、その実態を見忘れてしまいました。(神器の同床共殿制度の廃止と同時に伊勢神宮の本殿の唯一神明造り、古事記・日本書紀の神話による言霊原理の黙示を作ることにより、物質文明完成の暁には、日本国民の中に言霊の原理が蘇るよう諸種準備が整えられました事は歴史の中で詳しくお話しました。)

 神倭皇朝百二十四代、二千七百年間、特に第十五代応神天皇より第百二十四代昭和天皇までの時代は、天皇は三種の神器を保持・保存する世襲の伊勢神宮の大神主の役に終始し、政治の表面には出ない事となりました。第一精神文明時代にあった日本より世界への諸種精神文化の輸出はなくなり、ただ外国文化の輸入にのみ頼ることを国是としたのであります。天理教教祖の「高山の眞の柱は唐人や、これがそもそも神の立腹」と謂われた所以となりました。大小の戦いに明け暮れた歴史の中にあって、歴代の天皇はひたすらに三種の神器を護持する役目のみに専心する時代であったということが出来ます。

 一九四六年、昭和二十一年一月、昭和天皇は天皇制史上最も重大な詔勅を出されました。「古事記と日本書紀の神話は日本皇室と関係がない」と断言されたのであります。神武天皇以来昭和天皇までの二千七百年の神倭皇朝は皇祖である天照大神を表徴する三種の神器の中の八咫鏡(やたのかがみ)と共にあるという天照大神の神勅(古事記・日本書紀)によって天皇制は国是として定まり、一貫してその掟の下に日本の政治体制は定められて来ました。政治という権力の座にはいろいろな人々が入って来ました。けれど日本民族の通念として天皇制は全面的に肯定されて生き続いて来ました。大戦争後の敗戦の結果とは言え、二千七百年間続いた日本という国の国柄を全面的に否定された事は歴史上の大転換を意味します。「綸言(りんげん)汗の如し」とあります。天皇の詔勅は一度発令されたら取消しは出来ません。ここに於て、日本の国家も、天皇の位も一挙に消失したと言っても過言ではなくなりました。この昭和天皇の詔勅の意味する所を日本民族のアイデンティティーの基盤から真実を把握している人は広く国民の中にも、皇室は勿論、歴史・国語学者の中にも恐らく一人もいないのではないか、と思われるのであります。

 仏教に正法・像法・末法の説があります。略して正像末の三時ともいいます。正法時とは釈迦がなくなった後の五百年間の事で、仏の教えと修行とその証が共にあって、仏の教えが世に行われている期間の事と辞書にあります。次の像法の時とは、正法の次の千年間のことで、教えと修行はあるが、それを実行して証果を得る者がいない時代のことです。末法の時とは釈迦の入滅後、正法・像法につぐ時期で、仏法滅尽の濁悪の世の中のことであります。平易に言いますと、正法とは仏がい、またはいるが如く仏を慕い、その教えがそのまま世の中に行われていた時代、像法とは生きた仏の記憶が去り、仏像を拝み、御利益を得ようと励む時代、末法とは仏の教えも行も世の中から遠いものとなり、仏教そのものが世の中と関係ないものと思われるようになった時代ということです。

 この仏教の正像末の考えを日本肇国より現在に当てはめて見ましょう。聖の集団が言霊原理を保持してこの日本に於て国家を建設してから、邇々芸・彦穂々出見・鵜草葺不合の三皇朝時代は、言霊布斗麻邇の自覚者である天皇が連綿と皇位につき、その原理のままに世の中に政治が行われ、平和と繁栄の社会が続きましたから、これを正法と呼ぶことが出来ましょう。次の神倭皇朝の時代は言霊原理は伊勢の神宮奥深くに信仰の御神体として祭られ、その信仰の下に国家が成立していましたから、(仏教の仏像を礼拝する如く崇めましたから)、これを像法時代と読んで然るべきものといえましょう。

 昭和二十一年の昭和天皇による「古事記・日本書紀の神話と皇室とは無関係である」との断言的詔勅は、その像法的信仰としての天皇と国家との関係をも否定し去ったことになりました。正法としての言霊原理の自覚も、また像法としての三種の神器を御神体とする伊勢神宮の大神主としての信仰の国家元首の立場も天皇とは関係ないものとなりました。一万年乃至八千年続いた言霊布斗麻邇の真理に基づく、民族のアイデンティティーと同一であった天皇の地位は完全に消滅し、人間天皇を宣言した天皇となりました。天皇制を支える一切の精神的なものが失われたのです。この事は天皇制に関する文字通りの末法の到来となりました。約二千七百年、百二十四代続いた神倭皇朝はここに終焉を遂げたのであります。日本国は肇国以来初めて天皇空位時代を迎えることとなりました。

 昭和天皇に次いで現在の天皇が即位しました。年号も平成と改められました。平成という時代の名前が何処からとられたのかは忘れてしまいましたが、その名を聞いた時から筆者は「平民と成る」ことだ、と直観しました。古事記と日本書紀の神話との関係を断った天皇家としては、「平民に限りなく近く成って行く」事以外は存在する所はない筈ですから。最近の紀宮内親王の御結婚の報道を見てもお分かりになるように、天皇・皇后両陛下は全く平民と座を共にされ、私達国民の娘を持つ両親が、その娘の披露宴におけると同じように座に着かれた事であります。その和やかそうな雰囲気をテレビの画面で見て、何となく「ほっ」とした気持で、新郎・新婦と共に天皇・皇后両陛下をも祝福したい気持を持ったのは筆者だけではなかった筈であります。

 天皇という法制上の地位は「国民統合の象徴」という文章で憲法の中で規定されています。この憲法上の文章の意味がどういうものなのかは別にして、実際には一国民となられた天皇が憲法によって「象徴」と呼ばれる国家の憲法が定める特殊な役職に就かれているということでありましょう。紀宮様の御結婚式の和やかさを見聞きして、「国民統合の象徴」の意味がどうであれ、天皇と国民との関係がこの様に親しみのあるものであれば、「まぁまぁ、良いのではないか」と国民の大多数の人々は思うことでしょう。筆者の私もそう思って何処が悪いのか、と疑りたくない気持があります。でもふと日本人という立場に帰ってみると、天皇家と国民との関係、日本民族が世界人類に対しての使命、過去一万年の国の歴史が国民の心の深層から語りかけて来る声と天皇家、等々の考えが雲の如く起こって来ることを止めることが出来なくなって来ます。大きな矛盾が余りにも多く有り過ぎます。しかも日本国民の中の有識者の大多数がその矛盾に一顧だにしていないことが気になります。

 国民一人一人の心の矛盾はその日、その日の対応で事なく済ませるかもしれません。けれど肇国以来一万年という長い年月の間に培って来た国家・民族の生き方をただ便宜的に変更して、そこに生じ、年月と共に増大する精神的矛盾を省みることなく放置するならば、何時の日か、手に負えない混乱を惹き起こすことは必定です。これから今もって誰も気付かない日本国の抱える矛盾について例を挙げて説明することにしましょう。

 先ずは国歌「君が代」を例にとりましょう。会報百三十六号「君が代」(言霊学随想)を参照下さい。

 君が代は 千代に八千代に さざれ石の いはほとなりて こけのむすまで

 右の国歌の中の「君」とは誰のことか、と聞けば「国歌の中にあるのだから、君とは天皇を指すのだろう」と誰しも思います。その天皇の代が千代に八千代に永遠に続くということです。ここに既に矛盾があります。現在の日本は憲法によって主権在民ということになっています。ですから厳密に言えば、国歌の中では「君が代」でなく「民の代」であるべきです。そんな細かいことは差し置いて、言葉の語源から国歌の内容を考えてみましょう。

 君(きみ)の語源は伊耶那岐・伊耶那美のキミです。「古事記と言霊」の「禊祓」の章をお読み下さい。伊耶那岐・伊耶那美の二神が一体になった姿を伊耶那岐の大神と呼びます。この神は宗教で謂う最高創造神として、人類の文明創造の神です。黄泉国(よもつくに)、即ち外国から生まれて来る種々の文化(国歌の中でこれを「さざれ石」と言います)を吸収して、これを光(霊駆り)の言葉である日本語で表現することによって、新しい生命を与え、世界文明の中に(いはほ、五十音言霊図)の中に所を得しめる、これが伊耶那岐の大神の文明創造の内容であり、同時に日本天皇の自覚の内容であることを国歌は教えています。正法時の天皇(スメラミコト)は実際にこれを行う自覚がありました。像法時の神倭皇朝百二十四代の天皇はその可能性を将来に期待する信仰を持った人でありました。しかし、日本伝統の天皇としての内容をすべて失った末法時の天皇は、この語源との矛盾に如何に対応すべきか。日本の将来を考える人は、先ずこの一事に注目すべし、と思われます。

 本日はここまで、若干言うべきことがありますが、まずは、そのまま最後まで挙げていきます。

 

kono87

2014年8月13日 (水)

日本と世界の歴史 その十

 昨日の文章あたりから、私もまだ、読んでおらず、皆様といっしょに勉強させて頂いています。

 

 では、続けましょう;

 

 先月号の終りに「来月号より今日以後の日本と世界の歴史がどのように展開して行くのか、その実際について話を進めて行くことにします。御期待下さい。」と申しました。その後、今から展開して行く日本と世界の将来について、どのように話を進めたら皆様により確実に理解して頂くことが出来るか、を考え、三つのキイ・ワードに集約することを決めました。その三つのキイ・ワードとは次のようなものであります。

 第一、現在の日本の皇室(約一万年程の昔「人とは何か」の精神的全貌を解明した聖の集団が高天原と呼ばれる地球の高原地帯よりこの日本列島に天下って来て、その把持する言霊布斗麻邇の原理に基づいて人類の生活に最高理想の社会文明を建設しようとの意図の下に、人類の文明創造の永遠の計画を立て、活動を開始して以来、その聖の皇朝は邇々芸皇朝、彦穂々出見皇朝、鵜草葺不合皇朝と続き、更に二千六百余年前より神倭皇朝となり、現在の平成の天皇に至るまでの、所謂皇祖皇宗の営みが如何なる経過を辿って来たか、また現天皇家がおかれている立場は如何なるものであるか、を明らかにすること、これが第一のキイ・ワードであります。)

 第二、モーゼとその霊統を継ぐ霊能者達(三千年余前、ユダヤ王モーゼが日本の朝廷に於て鵜草葺不合朝第六十九代神足別豊鋤天皇より天津金木の原理、彼等の所謂カバラの原理を授かり、その原理に叶う人類の第二物質科学文明の建設と、その成果より手にする力を以って世界を再統一するという使命を担い、孜々営々その任を全うせんと世の陰に於て活動し、今日までにその任務を略々遂行・完成させた所謂キング・オブ・キングズの現在と今後の活動の様相を明らかにすること、これが第二のキイ・ワードとなります。)

 第三、コトタマの会(神倭朝第十代崇神天皇により言霊布斗麻邇が神として伊勢神宮に祭られ、言霊学の内容が日本と世界の表面から隠されて千九百年後、明治天皇が皇后様と共に、山腰弘道氏を従えて言霊原理の復活に当たられてより百年、皇祖皇宗の人類文明創造の規範原理である言霊布斗麻邇の学は山腰明将氏、小笠原孝次氏によって復活の事業は進み、現在当言霊(コトタマ)の会がその原理、人類永遠の、唯一の秘宝を継承・保持しています。この言霊の会が今何を考え、何事を成さんとするか、を除いては、少なくとも現在の所、日本と世界の今後の動向を語ることは出来ません。これが第三のキイ・ワードとなります。)

 考え出されました三つのキイ・ワードとは以上の三点であります。この三つの立場から、言霊原理を鏡として見る時、現在の人類が置かれている状況、その状況をもたらした過去一万年の原因を明らかに見極めることが出来ます。そしてその状況に歴史創造の新しい息吹、即ち天津太祝詞音図の八父韻の並びタカマハラナヤサによって組直すならば、一転の齟齬もなく人類を新しい第三の文明時代に導くことが可能な道を皆様にお話することが出来る、と筆者自身十一月の講習会を楽しみにしていたのでした。

  十月の講習会の後、何人かの立て続けの訪問を受けました。それらの人々から「歴史を創造するとはどういう事ですか」「歴史を創造するという言葉の意味が今一つピンと来ないのですが、……」という言葉を聞きました。その事から私は「ハッ」と思い当たることがあったのです。

 「対岸の火災視」という言葉があります。実際には自分達の身の上に重大な影響を与えることとなる問題であっても、それを自分事(ごと)とは思えず、まるで他人事と思ってしまっていることを言った言葉です。原爆戦争の恐怖、大気圏オゾン層の問題、地球温暖化の問題、教育崩壊の問題、どれをとってもこのままでは人類社会は駄目になってしまう、と思わない人は余りいない筈です。にもかかわらず、誰も自分自身が何とかしなければ、とは思っていません。どうしてでしょうか。一つには問題が余りに大きすぎて、自分一人何とかしようとしてもどうしようもないと初めから諦めてしまうからでしょう。またはそれらの問題が今日、明日の事ではないと思われる為かも知れません。

 「歴史創造」の問題も右と同じに考えて、自分の身に余る問題だと直ぐに考えてしまう為かも知れません。若しそう考えるとするなら、それ等の人達に「言霊学から見た日本と世界の歴史はこのように展開して行くよ」という話をしても「あゝ、そうなの」で事は済んでしまうことになります。この時、その人は自分達が住む地球上の出来事も「明日になれば太陽は昇るよ」式に受け取ってしまうに違いありません。どうしてそうなってしまうのか、を考えなければならない、と思われます。そうなってしまう原因を明らかにした後で、歴史創造の話をするべきだ、という事となりました。そこで、お約束した今後の歴史の実際の話は少々お待ち頂いて、「対岸の火災視」の内容をはっきりさせ、孤立無援の何の力もないように思える自分でも、日本の、そして世界の歴史の創造に参画することが出来る道があることを明示した後で、改めて今後の歴史の話をすることにしました。御了承を御願い申上げます。

 さて、毎度お話することですが、人が住む境涯に五段階があります。母音で表すと、ウ(五官感覚に基づく欲望)、オ(経験知)、ア(感情)、エ(実践智)、イ(言霊原理、創造意志)の五境涯です。言霊ウとオの次元段階にある人は物事を自らの外、即ち客観的に見聞きし、考えます。この客観的思考では日本や世界の歴史の問題は単なる物語として自分自身は関与しないものと受取ります。ただ自分と自分の身内に関係する社会的問題だけに反応するに過ぎません。ですから「歴史を創造する」という言葉は何となく分かるようで気分は全く乗って来ないでありましょう。歴史は社会的に造られて行くものであって、自分自身がこれに関わるものではない、というわけです。

 それでも、事が自分一人の生涯(の歴史)、または自分の家庭の行き先(の歴史)ということになると、歴史を自分のことと考えるのではないでしょうか。自分は一生をどう生きたいか。自分の家庭はどんな希望と計画を持って暮らしたいか、となると、歴史の創造という言葉は何となく自分と結び付いて来ます。それは事が自分の主体性と関わるからです。そしてその主体性とは感情、即ち言霊アの段階のものであることを知ります。

 言霊ア・オ次元の所産である宗教・信仰はこの時代に如何なる影響を与え得るでしょうか。かって宗教・芸術の領域の主宰神である月読命は産業・経済の主宰神である須佐男命と協力してこの社会を統治しました。須佐男命は物質世界を担当し、月読命は精神世界を受け持っていました。ところが、世界に産業革命が進むにつれて、人々の物質的方向への関心が高まり、それに反比例する如く、人々の宗教信仰への関心は低下する一方となりました。宗教心は人間個人の安寧に力を示すことはあっても、国家や人類の危急に答えることは不可能に近くなりました。

 自分自身に関係ない他人、国家、世界の出来事に「幸あれ」と真剣に考え、祈る事が出来るのは、言霊のア次元の感情が宗教でいう愛とか慈悲の心として発現する時です。自分はほとんど何もしてあげられない、けれど「可哀想だ、仕合せに、」と祈らずにはいられない心、それは宗教心、信仰心です。この心は世界人類の一員である自分、神の子である自分、と同時に世界中の神の子としての人間の幸福を祈らずにはいられない真摯な心であります。けれどこの言霊アの境涯の中からも日本と世界の歴史を創造する心は発現し得ません。真の宗教心は世界人類と同根同仁の心を持つことは出来ますが、その世界をどの様な将来に創造して行くか、の智恵は言霊アの次元からは発現することはありません。以前、福井の永平寺の偉いお坊さんの日常生活がテレビで報道されたことがありました。私はその番組を興味を持って一時間近くを見たのですが、その世の中を知り尽くしたようなお坊さんの口から世界人類とか、人類の歴史とかいう言葉が一言も聞かれなかったことを覚えています。何故なのでしょうか。言霊アの次元は人類愛を持つことは出来ますが、その人類の将来を如何に創造するか、現在の懸案を如何に処理するか、の事となると、お坊さんが「煩悩」として否定して来た言霊オの経験知識、所謂「学問」の世界へ下りて行かなければなりません。学問の論争の世界へ再び帰らねばならないからであります。

 結局人類の「歴史を創造する」という言葉を理解し、身を以って実践することが出来るのは、生命創造意志である言霊イの次元と、その言霊原理を活用する実践英智の次元である言霊エの次元を自らが境涯とする立場だけということになります。人間の純粋感情である言霊アの立場に立って愛と慈悲の心で人類の全体と自分とが一体である共感を体験したならば、その愛と慈悲の次元の内容である言霊イとエの次元の言霊学を理解した時、人はこの世の中にあって自分の身を処理し、自分の家庭生活を営むと同様に、人類全体の問題に対処して人類文明の歴史を推進し創造することが可能となります。この立場に立つ人を天津日嗣スメラミコトと呼びます。天津日とは人間精神の先天構造原理である言霊布斗麻邇の原理のことであり、嗣とは継承保持するの意であります。太古の天皇(スメラミコト)もそのような人でありました。スメラミコトとは命(みこと)を統(す)べるの意であります。人類を構成する人間一人(ひとり)一人はみなこの世に生まれて使命を持って生きています。それら一人一人の命にそれぞれ所を得しめ、その上で人類全体の調和が保たれるよう統べる人の意であります。人類の第一精神文明時代のスメラミコトがそうであった如く、今、開かれようとしている人類の第三文明時代の創造責任者も同様の自覚者でなければならないでありましょう。

 このようにお話すると、「スメラミコト」なる人は、努力に努力を重ね、人間として今までにない新境地を拓(ひら)いた人、または何処からか地上に舞い降りた神様の如き特異な超人間的人物であろうと思われるかも知れない、としたらそれは全くの誤解です。何故そう言い切れるのか。それは日本人の大先祖が私達に遺したアイウエオ五十音言霊学というものが平凡な人間の心の全構造とその動きを説いた学問だからであります。この学問を修得したからといって、超人間的な偉い人になる訳がありません。自分という何といって取り立てる所のない人間の心の構造を知った、というに過ぎないのですから。またこれもよく聞く話ですが、「言霊学というのは世界人類を統治するスメラミコトの学問であって、私達自分の幸福のことばかり考えている人間には所詮及びもつかない高処(たかみ)の学問なのだ」というようなことも見当違いの考えなのです。

 人間はこの世に生まれた時から基本的に五つの性能を授かっています。言霊ウ(五官感覚に基づく欲望性能)、オ(経験知性能)、ア(感情性能)、エ(実践智性能)、イ(生命創造意志性能)の五性能です。この五つの性能は人がその性能を意識的に知っても、知らなくても、この社会の中で生きて行くのに十分間に合うように働いて呉れています。「そうなら言霊学を学ばないでもいいではないか」と思われるかも知れません。でもそれは暴論というものです。特に現代の如く教育が偏跛になり、知識偏重の時代では、自分達だけの幸福しか望んでいない、という家庭にも教育頽廃の波は打ち寄せて来ます。テロや暴力行為も他人事では済まされない事態になって来ました。今の世の中は何処かおかしいのです。だとしたら今、何とかしなければならないではありませんか。

 そこでちょっと考え方を変えてみて下さい。一つの例を取り上げましょう。何か自分または家族の身の上にトラブルが起ったとしましょう。自分(達)のことですから何とか処理しなければなりません。こっちへぶつかり、あっちにぶつかりしながら、自分の持っている経験知を総動員して考えます。それで円満解決なら目出度しです。もし解決出来なかったら、方法を変えて言霊学にお出まし願ってみたらどうでしょう。「言霊学にお出ましを」とはどういうことなのでしょう。それは処理しなければならない事態に対処する自分の心を言霊学の法則に従って考えることです。

 子供が登校しなくなりました。聞いても答えてくれません。親の目で見れば、それが勉強が分からなくなってしまったとか、いじめだとか、……であることは分かりましょう。ではどうしたらよいか、となると中々難しい事となります。この時、そのトラブルが言霊学でいうウの次元か、オの次元で起っている、と気付くことから始まります。言霊ウとかオとかの言葉が出て来れば、それは言霊学の法則によって考え出したことになります。

 親はそれまで言霊ウの欲望の世界や言霊オの学問の世界では、他人にそれ程遅れをとるとは思っていませんでした。自信もあったのです。けれど今回の子供の出来事でその自信も吹き飛んでしまいました。どうしたらよいか、分からなくなりました。この時です、言霊学の門をくぐるのは。「自分は今まで自らの力でこの世の中を乗り切って行く力を十分持っていると思っていた。けれど今回の子供の事件でつくづく自分の無力を思い知らされた。この無力な自分が今日まで大過なく暮らして来られたのは、ウとオを常に抱くように慈しみ愛して下さっている言霊アの自分の生命の次元のお陰に他ならない。今日まで生きて来られたこと自体奇蹟だったのだ。何と有り難いことであった」と知ることとなります。この親は言霊学五つの母音の中のウオアの三母音を知ったことになります。

 右の心中の出来事は、宗教でいえば信仰の態度ということになりましょう。しかし、この親である人は、信仰を事としたわけではありません。「神」なる言葉も使いません。言霊ウ・オ・アの三音を以って信仰の何たるかを見事に体験・自覚したことになったのです。言霊学の中身に一歩踏み込んだことになります。そして言霊学の言葉で自分自身の心の内容を検証した事は、この人自身の魂に百八十度の転換が起った事ともなります。「えっ、ウオアの三つの母音の内容だけを知ることがそれ程重大なことなのですか」といぶかる方もいらっしゃるでしょう。そのことについて少々お話申上げましょう。

 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と共にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、萬(よろず)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。これに生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒は之を悟らざりき。」(ヨハネ伝一章)先月号にも取り上げましたヨハネ伝の言葉です。またこの言(ことば)とは言霊である、とも書きました。太古、言霊(ことたま)のことを一音、霊(ひ)とも呼びました。言霊が活動すること、それは霊が走る霊(ひ)が駆(か)ける、で光(ひかり)となります。言霊は人の心の今・此処に於て「魂の光」として活動して万(よろず)の物、即ち森羅万象を生みます。二千年以前、神倭朝第十代崇神天皇が方便として言霊原理を世界の表面から隠してしまって以来、日本も世界も世の中は精神的暗黒の闇に閉ざされました。貧困、飢餓(きが)、戦乱、病災、交々(こもごも)起り、お釈迦様は八苦の娑婆(しゃば)と呼びました。すべては社会から「光」が消えたがための出来事です。その光が、言霊原理が漸くこの世の中に戻って来ました。「みたまあがり、去にませし神は今ぞ来ませる。魂箱もちて去りたるみたま、魂返へしなせそ」(石上(いそのかみ)神宮鎮魂歌)。今、その魂箱である言霊五十音原理の「さわり」の母音ウオア三音によって自己の心の構造を検証した人は、復活した言霊の「光」を世に先駆けて真実の光の灯(ひ)を高々と頭上に掲げた方々なのです。人類の二、三千年の暗黒の歴史の中から因縁によって奇しくも一人立ち上がり、言霊の灯の下に新しい光明の時代を築くパイオニアとして光の中に飛び出すことが出来た新しい歴史の創造者なのです。

 宗教信仰は言霊アの世界へ人を導きます。この境涯は限りなき愛と慈悲の心で人を包んで下さることを知ります。それ故に自らも他人を限りなく愛と慈悲の心で接しなければ、と決意します。けれど前に申しました如く、この愛と慈悲は人対人との間のみであり、人対人類、人対世界の問題には観念のみの祈り以外、何の実効ある行動を教えてはくれません。それ以後の行動と判断の指針は世界でただ一つ日本の古神道、言霊布斗麻邇の学の独擅場(どくせんじょう)なのであります。古事記の言葉を借りて言えば、科学は須佐男命、哲学・宗教・芸術は月読命、そして言霊布斗麻邇こそ天照大神の実体なのであります。

 言霊はすべて五次元の中の言霊イの次元に、時間としては今(イの間)に、場としては此処に生命(いのち)(イの道)として存在し、活動しています。言霊イの次元には言霊以外のものは存在しません。人類は幾十億いようとも、イの次元に於てはただ一つの共同体なのです。この消息に精通するまでは理解し難いかも知れませんが、言霊原理に即した如何なる言葉も一度理解し、これを言葉として表現したならば、全世界の人々の魂の中に光の活動となって影響を与えることとなります。その人は既に新しい歴史創造の担い手なのです。受け取る人の意識がそれを知る、知らないに関わりなくであります。言霊のウオアの三母音によって自分の生命のホンの一部でも検証することが出来た方は、ご自分の良心に従って検証を続け、母音の階段を更に登って行かれる事を希望します。そしてその人の居る場がそのまま光の発信所となります。大声で演説することも、デモることも、共同して何かすることも必要ありません。

 話が随分長くなりました。これが私の「歴史創造」の話の前提条件となります。今後の新文明時代創造の話を聞いて下る方々が、右のような人達であると認識し、希望して話を進めようと思います。実際の歴史創造の話が一ヶ月先送りされてしまいました。御了承くだされば幸いであります。次号では三つのキイ・ワードの内容を年代順に並列させた年表を描き、歴史の現在をそのイラストと参照しながら日本と世界の歴史の今後のお話をすることといたします。

つづく。

kono87

2014年8月11日 (月)

日本と世界の歴史 その九

 ここから、

 

 前号に於て人類文明創造の歴史の大きな節目となる二十世紀の世界の状勢について解説いたしました。神選ユダヤ民族の責務である人類の第二物質科学文明の建設並びにその科学の成果による人類全体の再統一という二つ仕事がこの二十世紀の終わりまでに略ゞ完成した事の確認であります。

「物とは何か」の解明に当った物質科学は、二十世紀に至って物質の根元要素である原子核内構造の究極要素として十六個のコークを発見しました。原子核内エネルギーの解放は日常のものとなりました。また人間生命の肉体における究極の遺伝子DNAのすべてを解明することに成功しました。生命の客観方向への探究は見事に成功を収めました。人類はまた科学の夢であった宇宙への旅を現実のものとしました。更にIT技術の進歩は人間の社会全体との関係を根底から変革する勢いです。現在進行中の情報機器の発明競争は日進月歩で、その行末は計り知れないもののようであります。

 以上の如く、科学の猛スピードの技術進歩は人間社会に今まででは想像も出来なかった便利さをもたらしましたが、その便利さの裏側で、これも今までの人類が経験したことのない恐怖の落とし穴が待ち構えていることを感じないわけには行きません。謂わく「核戦争」、「大気汚染」、「異常気象」、「教育破壊」、「クローン人間」……。便利人間で寿司詰めの特急電車の暴走は脱線事故発生寸前の様相を呈しています。

 ユダヤの第二の使命、これ等便利機械の産出する巨大な金力・権力・武力を手段とする世界統一の仕事も終着点へ一歩々々と近づいています。と同時にその便利世界の恩恵からこぼれた人達の狂気の抵抗は恐怖のテロとなって悲惨な殺傷が繰返えされてもいます。ここにも二十世紀が醸し出した悦楽と恐怖の地獄相が展開しています。

 以上のような最終目的に達しようとする直前の騒乱にも拘らず、ユダヤは自らの使命の完全達成へ向って突進することでしょう。かくて三千年程前、葺不合朝六十九代神足別豊鋤天皇がユダヤ王モーゼに命令、委託したユダヤの使命、第二物質科学文明の建設とその富による世界人類の再統一の仕事は略ゞ二十世紀末までに終了し、その事業が次の世に遺した栄光の光と影を如何に処理し、次に始まる人類の新文明を如何に設計するか、が二十一世紀の人類の課題だということが出来るでありましょう。

 更に言い換えますと、二十一世紀に入った現在とは、人類が過去に開発して来た第一精神文明と第二物質科学文明の双方の文明時代の因縁を背に負って、この二つの文明が相結んで二つながらに新しい文明時代を建設して行く人類の作業が始まる時であり、始めなければならぬことを人々が厳粛に認識すべき時だ、ということが出来ます。

 この事実に関して、当会会報第十二号(平成元年六月二十日発行)の最後の頁、「雑感」の文章を引用します。

 「雑感」出雲風土記意宇郡の章に「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)……今は国引訖(くにひきお)えぬと詔(の)りたまひて意宇(おう)の杜(もり)に御杖衝(みつえつ)き立(た)てて、意恵(おえ)と詔(のりたま)ひき」とある。水臣津野命は須佐男命の系統の神である。御杖とは人間天与の判断力、軍隊で言えば指揮刀である。意宇とは言霊オ(科学)とウ(産業)のこと。国引とは世界統一である。大国主命即ちエホバ神(神選民族)が科学と産業を手段として世界統一を成就する時が近づいた。今世紀中には実現する。その時「意恵(おえ)」と言う。統一後の人類はオウからオエ(道徳)に精神転換する。二十一世紀は科学と道徳の時代である。科学に法則がある如く道徳にも法則がある。日本語のなかに秘められた言霊布斗麻邇である。(この文章は出雲国意宇(おう)郡の名の由来を述べる章の中に見えます。)

 この出雲風土記の神話は、第二物質科学文明の最終世紀である二十世紀に次ぐこの二十一世紀が実現しなければならない言霊オとエを創造の主流に据える心構えをよく表現し、教えています。けれど二十世紀までの人類精神のウ・オの流れを、新世紀に於てオ・エに転換する道はどこにあるのでしょうか。人類の歴史創造の新しい方向を決定するに当って、過去三千年間、人類の精神的支えであった言霊ウ・オ(産業・経済・科学)と言霊ア・オ(芸術・宗教)の性能について検討することにしましょう。

 物質科学を進歩・発展させる原動力は欲望と好奇心です。そしてその探究の方法は物事を自分の外(そと)方向に観察し、調べることです。これを哲学的に表現すると、科学する自分の主体を捨象するという事です。即ち科学する人の年齢、身長、体重、育ち、地位等々は問題にしません。また探究の対象(物)の姿(実相)にも関心を示しません。対象を研究項目によって抽象化します。そのためにこの地球上の社会で生きる人間が、どの様に生きるか、どうすればよいのか、の生きるための合目的性を持ち合わせません。コンピュータの性能が進歩して、人間の仕事の大方を代行することは出来ても、現社会の中で人は如何に生きるか、を教えてはくれません。科学はただ、人間の好奇心が赴(おもむ)くままに、外なる物質領域の当面の姿を開顕してくれるに過ぎないのです。生きた人間の心には常に背を向けている研究なのです。

 言霊ア・オ次元の所産である宗教・信仰はこの時代に如何なる影響を与え得るでしょうか。かって宗教・芸術の領域の主宰神である月読命は産業・経済の主宰神である須佐男命と協力してこの社会を統治しました。須佐男命は物質世界を担当し、月読命は精神世界を受け持っていました。ところが、世界に産業革命が進むにつれて、人々の物質的方向への関心が高まり、それに反比例する如く、人々の宗教信仰への関心は低下する一方となりました。宗教心は人間個人の安寧に力を示すことはあっても、国家や人類の危急に答えることは不可能に近くなりました。

 二十世紀に入って国家間の戦争は多発し、またその生命への脅威は武器の大規模化のために限りなく増大して行きました。それに対して宗教的人道主義の活動は次第に無力化の一途をたどっています。人類の第二物質科学文明の促進のため方便として作り出された生存競争社会の当然の成行きとしての戦争は、単なる人道主義としての宗教心では抑止することが不可能となりました。人類社会の底を流れる世界文明創造という大法則の意識を欠如した宗教心では当然の帰結でありましょう。

 更に心寒く感じるのは、哲学を筆頭として一切の学問が二十世紀が遺した人類の歴史的矛盾、地球全体の危機の実態を把握することが出来なくなっていることです。危機の実状の片隅を針で突くような言挙げはあっても、人類の生命に関する地球全体の実相を見極めようとする力も意欲をも失ってしまっていることであります。更に心細いのは、学者自身がその力がなく、それも追求する勇気も失ってしまっている事を知っていないことでありましょう。「哲学の貧困」、「神は死んだ」のでありましょうか。

 右の観察は私達が迎えた二十一世紀に対しての悲観論を述べるためのものではありません。二十世紀末までに人類が成し遂げた物質科学文明の一応の完成と、その完成が近づく中に起って来た人類社会の矛盾が増大し、二十世紀までに人類の所有する一般の知識では矛盾から創造への転換を望むことが出来ない事、そしてその不可能を心底より知ることによってのみ次の時代に生きる創造の道が開けることを告げ度いためであります。科学が提唱するであろう物質的環境改善への個々の提案は事態の或る面の改善を計ることはあっても、それは事態の一部の糊塗に過ぎず、宗教者からの提案も個々人の思いつき以外の何物でもなく、いづれの案も事態の全面解決をただ先延ばしするに過ぎないことは明瞭なのです。二十世紀が遺した人類社会の矛盾は、人類が過去三千年の創造の影の、そして負の領域が人類の能力では耐え切れない程大きくなり、爆発寸前の様相を呈し始めている証拠であります。影の部分と対面し、直視することが要求されています。この事から目をそらしては二十一世紀を語ることが出来ません。

 人は「今・此処」に生きています。今・此処以外に人は生きられません。この今を「永遠の今」などと呼びます。この今の自覚を求めることが従来の真摯な宗教の目的でありました。禅では「一念普ねく観ず無量劫、無量劫の事即ち今の如し」と表現します。この今に過去の人類の数万、数百万年の営みのすべてが詰まっています。この一切の営みの因縁を「今」に於てご破算とし、本当の自由の立場から過去の営(いとな)みのそれぞれを配置変えして将来を築くこと、これが「創造」であります。この時、過去の因縁の絆(きずな)を断つこと(ご破算)が出来ず、過去の因縁の傀儡(かいらい)(操り人形)となって魂の盲目の道をひた走るならば、人類六十億人は底なしの断崖から自らの足で駆け落ちて行く事となりましょう。昔、ある自殺の名所といわれた海岸の断崖の道に、数メートル間隔に「ちょっと待て、考えろ」と書いた立札が立っていたのを思い出します。(現在はその断崖にホテルが建ち、自殺の名所は昔語りとなりました。)

 二十一世紀に入って五年近くが経った現在、立ち止まり、両足でしっかり大地を踏まえ、栄光の新世紀の歴史の創造について話をすることにしましょう。

 人は「今」に生きています。今・此処が生命の存する処です。これは前にお話しました。考えてみると、今の人々は過ぎ去ったこと(過去)とまだ来ないもの(未来)は考えますが、現在自らが立っている「今」を見ることは不得手のようです。何故か。心が常に動いているからです。自分自身が動いているから、流動する世の中の真実の姿を見極めることが出来ません。世の中の真相を見ようと思うなら、自分自身が立ち止まり、動かないことが必要条件となります。「そうなのか」と頷(うなづ)く方はいても、「動かない」自分になることは至難の業(わざ)かも知れません。素晴らしい音楽に聞きほれている時、美しい景色に見入っている時、自らの心は揺れ動きません。何故でしょうか。それは素晴らしい音楽とか、美しい自然に接することによって、自らの心が永遠なるもの、悠大なるものに接しているからです。そんな時、人は一切の束縛を脱して自由な心に浸ることが出来ます。けれどその自由な自分を意識し得るのは飽くまで限られた時間であり、音楽が終わり、景色から目が離れれば、「元の黙阿弥」心は動きっぱなしの状態に戻ってしまいます。心(こころ)の語源が「コロコロ」だという所以です。

 どんな忙しい時でも、緊急時にも、必要な時は動かぬ心、即ち不動心を自覚しようとするなら、それは宗教の仕事です。修行の方法に二種類があります。他力信仰と自力信仰です。他力とは、いろいろな事に迷い、悩む自らの心を「煩悩」と断じ、煩悩から脱しきれない自分の弱さを思い、その弱さを素直に認め、その弱さにも拘らず生まれてから今まで大過なく生きて来られたことに対しての大きな恩を神仏に感謝し、その感謝の心によって神仏に抱かれている自分を見出して行く事を言います。大きな温かいものに包まれていることを感じる時、人は無限なものに接し、不動心を得ます。次に自力に移りましょう。自力の行も自分の心を見詰めることに変わりはありません。ただ違うのは、その自らを見詰める主体としての自分が、自分本来の仏、または宇宙だ、と信じることであります。そう信じる仏としての自分が日常の自分の行いを見て、その行いの中の他人への批判、好き嫌い、傲慢等を発見し、その原因となる自らの心の中にある経験知識を本来の自分(仏)ではない、「否」と心中で否定して行く業であります。この否定を繰返すことによって、経験や知識は自らの仏の心の道具なのであって、自分ではない、と知り、生まれたばかりの赤子の心、即ち仏であり、宇宙の心に帰って行くのです。これが自力の行であります。他力も自力も行き着く先は仏・神の心、言霊学でいうアの宇宙であります。この母音宇宙を自覚する時、人は心の中にアオウエイの母音宇宙の「天之御柱」が心中に樹っていることを理解するのです。それは人間天与の判断力のことです。禅ではこの判断力を剣(つるぎ)に見立て、「両頭を截断すれば、一剣天に倚(よ)って寒し」などと称えています。

 歴史の話をすると言いながら、宗教信仰の行の話などして頭が狂っているんじゃないか、と思われるかも知れません。けれど人類全体の一つの文明時代が終わり、次の新文明創造に入ろうとする節目の時、先にお話しました如く、ここ二千年来(世界では三千年来)に提唱された一切の人類の学問・技術・思想・主義ではこの節目の意義・内容について何一つ気付かず、それ故に何らの言挙げもなく、等閑(なおざり)視にされています。この重大な事態について一言(ひとこと)で捉える立場を手にすることが出来ない結果、言わざる、見ざる、聞かざるの三猿を極めこんでいるわけです。まずこの事実を明らかにすること、次にこの現在の人類が置かれている重大な立場とその真相を把握するために必要にして充分な立場を先にお知らせしておかない限り、今後の歴史がどう展開して行くか、の予見の内容を理解して頂くことすら期待出来ないことが明らかだからであります。でありますから、これから本会報がお知らせする世界と日本の今後の歴史的な出来事について、どの様な立場にお立ち頂ければ御理解と共に御同感をされ得るか、を前もってお知らせ申上げ度く思うからであります。御了承をお願いする所以であります。

 さて、従来の宗教信仰によって物事を見る目が揺れ動かない立場を手にする事をお知らせいたしました。この立場が確かにある、ということにお気付きになった方は、信仰の目標である愛と慈悲の境涯、心弱き自分を愛と慈悲の目でじっと見守って下さる境域の存在に気付くこととなります。それが言霊学のいう言霊アの世界であることも知ります。そして同時にその愛と慈悲(または美)の次元の先に言霊エ(実践智)と言霊イ(言霊)の次元領域が存在することをためらうことなく認めることとなります。言霊学の殿堂への正式の入門がそれであります。

 宗教信仰は言霊アの世界へ人を導きます。この境涯は限りなき愛と慈悲の心で人を包んで下さることを知ります。それ故に自らも他人を限りなく愛と慈悲の心で接しなければ、と決意します。けれど前に申しました如く、この愛と慈悲は人対人との間のみであり、人対人類、人対世界の問題には観念のみの祈り以外、何の実効ある行動を教えてはくれません。それ以後の行動と判断の指針は世界でただ一つ日本の古神道、言霊布斗麻邇の学の独擅場(どくせんじょう)なのであります。古事記の言葉を借りて言えば、科学は須佐男命、哲学・宗教・芸術は月読命、そして言霊布斗麻邇こそ天照大神の実体なのであります。

 生命は今・此処に於て躍動します。この「永遠の今」以外の場はありません。宗教はこの「今・此処」を教えますが、その今・此処の中に何が存在するのか、何も存在しないのか、を教えません。言霊学だけがその中に何があるか、その構造はどうなっているか、を余すことなく教えてくれます。今、それを簡単にご披露しましょう。詳しくは「古事記と言霊」を御参照下さい。

 今・此処に存在する言霊は母音五、半母音五(ウ音が母音と重複)、父韻八、以上十七言霊は先天構造言霊。更に子音三十二、ン音一計三十三言霊は生命の後天構造言霊。総合計五十個の言霊ですべてであります。この五十個の言霊が秩序正しく存在し、その活動によって人間の精神現象の一切を現出させます。また五十個の言霊は五十通りの活動をして、結論として人間行為の最高の働き、天津日嗣天皇(スメラミコト)の世界文明創造の経綸の原理を顕現します。以上が今・此処に活動する生命の全内容である五十音言霊の説明です。

 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と共にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、萬(よろづ)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。これに生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒(くらき)は之を悟らざりき。」(ヨハネ伝一章)言(ことば)とは言霊のことであります。このヨハネ伝冒頭の言葉がいみじくも指摘するように、日本語のすべては言霊によって作られました。言霊のことを一字で霊(ひ)とも呼びます。その言霊が走ること、それが霊駆(ひか)りであり、光なのであります。それ故、言霊を自覚した上での言葉を霊葉(ひば)即ち光の言葉と呼びます。でありますから言霊の自覚による言葉は人の心の一切の暗黒を消し去る力を備えています。光が照れば闇は瞬時に消えます。闇をどこかに追い払ったのではありません。闇は消えたのです。この事は歴史の転換に当り重要な素因となりますので御留意なさっておいて下さい。

 万物は言霊によって作られました。それ故に頭脳の中で、言霊原理の自覚の下に考案され、計画された一瞬の今・此処の物事は、それが明日の事であれ、来年、否十年後、百年、千年の後の事であろうとも、作製された映画のフィルムが何時・何処でもその実際の映像を映し出す如く、この宇宙世界に計画通りに実現させることが可能となるのであります。三千年前、神足別豊鋤天皇がモーゼに命じ、委託した使命が、三千年を経た今日、その計画の言葉の如く実現した実状を近々世界の人々が気付き、驚嘆するであろうことは掌の上を指す如く明らかであります。この言霊原理の言葉の力を昔より御稜威(みいづ)といいます。先に申しましたが、物質科学の研究のメスが物の原子核内に入れられた二十世紀初頭の頃、時を同じくして日本の皇室内に於て明治天皇が皇后様共々、宮中に保存されている記録を頼りに、言霊学の復活の研究を始められた事であります。また同じ頃、大本教々祖出口なお女史が言霊学の復活を世の中に告げんとして、種々の神示の形によって母音、半母音、父韻等々の学問内容を神懸かりで予言した事でもあります。皇祖皇宗の歴史創造の御経綸は言霊原理隠没後二千年近くを経て、正確にその計画はこの世に実現して来ました。これも御稜威のしからしめる業の証明と申せましょう。更に神選民族ユダヤの第二物質科学文明完成と世界の再統一に一応のメドがついた二十世紀より今世紀初頭にかけて、この日本に於て言霊布斗麻邇の原理が理論と共にその精神内の自覚完成が共々出揃って実現したことであります。これも皇祖皇宗の一糸の乱れもない御経綸の御稜威の現われでありましょう。

 皇祖皇宗の御経綸の下では、人類の歴史がその計画通りに数千年にわたって実現されて行く、という事など現代人には全くの戯言(たわごと)としか思えないことでしょう。しかしそれは真実なのです。言霊ウとオの二つの次元の目から歴史を考えるなら、それは戯言と考えて当然のことです。現代人にとって千年どころか、明日の身さえ予測出来ないのですから。けれど人間精神の自覚を進化させて、言霊ア・エ・イの領域に観点を移すならば、今・此処の中に過去と将来を見通すことは掌を指さす程に容易となることであります。と申しても半信半疑でありましょうから、此処で言霊学の一端を説明しておきましょう。

 生命は今・此処に於て躍動を続けています。今・此処以外にはありません。ということは、過去に起った歴史的事実はすべて今・此処に躍動する生命の頭脳に印画され保存されていることです。この歴史の営みの要素々々を、過去を調べる人間の精神の構造を示す赤珠音図の父韻の並び(ア段で示すと、「ア・カタマハサナヤラ・ワ」)の順で並べてみると、純正で正確な人類の歴史が浮かび上がって来ます。この「日本と世界の歴史」の講話の中で述べられた歴史もこの作業によって記述された歴史であります。その記述には個人的な経験から来る意見は一切ありません。人間の生命法則が把握した真実の歴史であります。では今後の歴史の正確な予測は如何にして決定するか。将来を創造する生命の構造の法則、それを父韻で示すと、「ア・タカマハラナヤサ・ワ」となります。この父韻の順序で今・此処に存在する歴史的要素を並べてみると、これから展開される日本と世界の歴史が見通されて来ることとなります。ここにも個人的経験知識の入り込む余地はありません。

 二十一世紀に入って五年、いよいよ今後の日本と世界の歴史を見通す話に入る前の心構えについてお話しました。来月より現実の歴史の個々の分野の予見の話を始めることと致します。御期待下さい。

 次回に続く。

kono87

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