ARION語録(原文)

2017年8月21日 (月)

ARION語録(原文)目次

 ARION語録(原文)をカテゴリーに収めましたので、ご利用ください。これから、テーマ別にコメントしていきたいと思いますが、手元のメッセージは、これだけです。もし、これ以外のメッセージをお持ちの方がありましたら、お知らせ頂けましたら幸いです。

目次

ARION語録 1~5

ARION語録 6~10

ARION語録 11~15

ARION語録  16~20

ARION語録 21~25

ARION語録 26~30

ARION語録 31~40

ARION語録 41~50

 

赤い月の形としての物語

2017年8月20日 (日)

赤い月の形としての物語

*赤い月の形としての物語*

 

〔プロローグ〕

銀色の舟の娘は、葦の夢の中に分け入る。

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

   1

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

その染みは、大人になっても残るだろう。

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

バビロンの夢は、シバの思い。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

   2

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

「さて」と娘は話す。

「私は何処に着くのでしょう」

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

「水の王」は娘のために舟を出す。

   3

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

   4

銀色の 娘は、その形をもって判断する。

血と水を分ける。

鉛と銀を分ける。

風を空気から、分ける。

石を岩から散り出す。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

〔エピローグ〕

地には這いずりまわる者の音が満ち、

天には炎が満ちる。

オメガはアルファであり、点であり線であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

火を吹く楕円には解答は無い。

線を描く卵にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

 

   *******************************************************************

1991年3月21日に 宇宙神霊ARIONの媒介者、北川恵子氏がA氏の詩(3/4)として発表された「赤い月の形としての物語」全文。

ARION語録 11〜15

ARION語録  11

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【1】(儀式次第)

かごめ、かごめ かごの中の鳥は

(A-RI-O-N)

いついつ 出やる 

(今、今、出やる)  

夜明けの晩に     

(真昼の荒れ野)   

ツルとカメがすべった

(うつつと夢が合わさった)

うしろの正面だあれ   

-------------------------------

【2】

かごめ、かごめ かごの中の鳥は

(A-RA-A-A-)

いついつ 出やる

(今、飛び立つよ)

夜明けの晩に 

(真昼の荒れ野)

ツルとカメがすべった

(ツチとアメが交わった)

うしろの正面だあれ

-------------------------------

1、うしろの正面だあれ

(あなた、そして私)

2、うしろの正面だあれ

(あなた、そして、あなた)

3、うしろの正面だあれ

4、うしろの正面だあれ

5、うしろの正面だあれ

6、うしろの正面だあれ

(祈り)

我らは大地に請願する者なり

我らは大空に請願する者なり

我らは大天に請願する者なり

我らに力を与えたまえ

我らは男であり女であり、我らは一にして二の子である

我らにソロモンの知恵を授け、その力を行使する権利を与えたまえ

宇宙大帝に請願する、我ら盤石とならん事を欲する者なり

このヤマツクニに盤石とならんとする者である

(マントラ詠唱)

(質疑応答)

あなたはだあれ?(私はワタシ)

あなたのうしろはだあれ?(私はワタシ)

---以下、同様の質問---ナイフを胸に突き付ける

かごめ かごめ (今、開かれる)

かごの中の鳥は (今、飛び立つよ)

いつ いつ 出やる (今、今、飛ぶよ)

夜明けの晩に (真昼の荒れ野)

ツルとカメがすべった (ツチとアメが合わさった)

うしろの正面だあれ (私・あなた・あなた・私)

(マントラ詠唱)

終了後、参加者(霊)をシャボン玉に乗せて見送る

   _______________________

   ARION語録  12 

(1)転生する時に『私』という自我感覚は失わないが、霊界での

   記憶や以前の人生の記憶は潜在意識の奥にしまい込まれる。

   霊的なレベルが高くなればなるほどに自我とは何かを知る様

   になるので転生する必要性について考察してから転生する様

   になる。

   霊的レベルの低い者は、転生に関して不安を抱く者も多い。

   神霊達や守護霊達は、彼らには大まかな話しか出来ない。ま

   だ理解出来るところまで達していない霊達は転生は必要不可

   欠な事と教え込まれる。そしてその時期が来たら霊達は仮眠

   状態に入り、神霊達や守護霊達の選んだ肉体に入る準備をす

   る。

   全ての霊が自分の転生について、決定権を持つ訳では無い。

   自分で決定する能力を有していない、そのレベルまで到達し

   ていない霊達は意外に多い。そして多くの発展途上の霊に

   は、神霊は直接には話すことは無い。守護霊が代わって彼ら

   の面倒を見ている。

   神霊が関わるのは、かなり霊的にもハイレベルに達した者だ

   けだ。これは振動数が大きく異なる者どうしが、話し合うこ

   とが出来ないという風に理解して貰ってもいい。

(2)これから市民レベルの意識革命が起ころうとしている。全世

   界の有識者が日本の動向に神経を尖らせている。それは何故

   か? 日本こそがこれからの世界の運命を左右する力を持っ

   た国だからだ。国と言うよりは、むしろ国民と言った方が正

   しい。日本という国土に育まれたボデイに今世紀転生できた

   魂が地球の動向を握るからだ。

   市民レベルの意識革命の発端となるムーブメントは、避けて

   通ることは出来ないんだよ。生命の存続を賭けたムーブメン

   トだ。これは、『原子力発電』に関するムーブメントだ。私

   達も『運動』は好まない。これはギリギリまで追い詰められ

   た人々の革命だ。全て生命あってのことなんだから。これは

   大袈裟でもなんでもなく本当の事で『世紀末的絶滅思想』と

   も関連しない。私達のプロジェクトのもう一つのグループが

   携わっているムーブメントだ。とても現実的と言えば現実的

   なムーブメントではあるがね。

(3)文化人や著名人・有名財界人は既に地位も名誉も財産も手に

   入れてそれらの保持を続ける毎日だ。誰もが地位や名誉や財

   産を欲したがるのは何の為だろうか? それらがある方が自

   分の思う事を実現しやすいからだろう?

 

   少なくとも、それらを手に入れる途上では目標や目的はそれ

   ら地位、名誉、財産では無い筈だ。それらを手に入れるのに

   苦労して手に入れたら今度は手放すのが惜しくなって当初の

   目的を忘れてしまう様だ。

 

   又、手に入れる事が目的だった人は手に入った後は一体何の

   為に生きてゆくのだろうか? 『人生の折り返し点を随分前

   に通り過ぎた。今更、私の人生はやり直しが効かない。地位

   も名誉も財産も手に入れた。この先は静かに年老いてゆくの

   もいいじゃないか。我々の時代は終わった。』と言うのが彼

   らの常套句だ。

   『何を今更、シンドイ目をして』とか『このままで充分幸福

   じゃないか?』とか、まるで死を待つ老いた白鳥の様だ。こ

   ういった姿勢の文化人、著名人、有名財界人、そして彼らだ

   けじゃない一般の45歳以上の人々のこれらの言葉は一見平

   和を望む老いた人々の言葉の様だけど、実は非情な利己主義

   者の言葉だ。

 

   自分達は余命いくばくも無いから、後はもういいんだなんて

   実は言っている訳だ。これは大きい自己欺瞞だ。誰もが自分

   の事を『老いた』なんて思いたくは無い筈だ。少しばかりズ

   ルくなった自分の心境を『老いた心境』にスリ替えている訳

   だ。

 

   進化してゆく事を忘れてこんな事を言って貰っては困る。そ

   してボディが進化してゆかねば進化した魂の器がなくなって

   しまう。自分の直系の子孫に遺産を遺せば、それで良いのだ

   ろうか?人々の魂は自分の直系の子孫の身体に転生する事は

   希な事なのだから、全ての生命が安全に進化するべきだ。

(4)『物質を持つという事が物質的な執着心を持つことにはなら

   ない。持っていても執着しなければいい。物質を持たない努

   力をすることで執着心を持たないというのも変だ。物質的な

   執着心を持たない為に捨てよう、失おうとして、失うことが

   気になって、かえって執着してしまうくらいなら失くさない

   方が良いのじゃないか?

   これは、一つの意見だが間違っている。失うことが気になる

   のは執着心が強い為で、それを失わないことで気にならない

   というのでは結局、執着心を捨てていないことになる。

 

    物質的なことに執着心を持つのが霊的修業に邪魔になる訳は

   物質的なものの持つ低い周波数に捕らわれる事が危険だから

   だ。捕らわれないなら持っていても良い、というのはある意

   味では正しい。物質的なことの持つ周波数に捕らわれていな

   いなら同じ意味で失う事にも全く関心を抱かない筈だから

   だ。その人の活動に不必要なものは霊的修業中の人ならば持

   たないのが理想だ。

 

   そして多くの修業は『捨てる』事から始まる。捨てるという

   能動的な行為は、自分のそして他人の執着心から自由になる

   には最も効果的な方法だからだ。全てを持ったまま、何も失

   わずに修業を続けるのは至難の技だから。それが出来た人を

   私は未だ知らない。破壊することで創造するというのはそう

   いうことなんだ。捨てることで手にいれる訳だ。

 

   あなたがたもよく知っているイエズス・キリストが、言って

   いる。『自分の持ち物を売って、施しなさい。自分の為に古

   びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破

   らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。あなた

   がたの宝のある所には、心もあるからである。』

   -ルカによる福音書第12章、33行-

 

   自分の為に古びることのない財布を作るとは、自分の魂を清

   め高めるということだ。

(5)大いなる天界の息吹より伝えられしものを、あなたがたは持

   っているということを教えよう。大いなる天界の息吹より伝

   えられしものとは、あなたがたの魂、あなたがたの心の奥の

   ものだ。人は二人の主人に兼ね仕え、二人の主人を共に満足

   させることは出来ない。

   人は物質と精神の両方に仕えることはできないし、自分の体

   と高級我に仕えるのも無理だし、家族への義務と自分の普遍

   的義務とをいずれの権利も侵害しないで果たすことは困難

   だ。

 

   『天界からの静かな小さな声』に耳を貸して、取るに足らぬ

   者らの喧騒を聞き逃すか、又は取るに足らぬ者らの要求ばか

   り聞いて『天界からの静かな小さな声』につんぼになるかの

   どちらかである。

 

   すでに現世で結婚している人々にとって、神霊界の掟に従い

   たいと思う事は恐らく苦難の連続だろうと思う。見聞きした

   神霊界の事々を理論的に処理し学問として修める方が、実際

   の物質的生活の運営は楽になるだろう。

   神霊界の事々を理解し実践しようとする人には、実際の物質

   的生活は絶え間無い争いと醜い欲の交錯として捕らえられる

   だろう。

 

   神霊界の掟と現世的な掟の両方に従い、かつ神霊界の事々を

   理解し実践し身に付けようと思う人は、いつも非人格的な神

   霊界の声と人格的な現世的愛との間でためらっている自分を

   発見する事になるだろう。そして、そのどちらも不満足のま

   ま、恐らくは以前より現世的な生活を続ける自分を発見する

   だろう。

   しかし、誰も自分の持っている能力以上のカルマの重荷を背

   負うことにはなっていない。真理、善、知恵を恩恵を与えて

   くれるが故に愛するのではなく、真理、善知恵であるが故に

   愛する人は人生を重荷とは考えないだろう。

(6)銀河の果て、遠い遠い星の時間の彼方より降り続ける愛の夢

   あなたがたの瞳の奥の雪降るしじまへと続く、愛の夢

   世界中の人々が飢え、弱り、悲しみの淵に沈み私達の愛に向

   かって手を伸ばす時にその時こそ、あなたがたの星降る愛が

   必要なのだ

   あなたがたは、今現在何をして良いか分からない状況かも知

   れないが何をするべきかは各々の心の深奥が知っている筈だ

   難しく考える事は止めて、物事をあるがままに見詰め物事を

   あるがままに受け取り、そしてあるがままに働きなさい

   あなたがたに必要なのは愛と勇気とそして信じる心なのだか

   ら薔薇色の夢は遠いところにあるのではなくあなたがたの心

   の深奥にあるのだ

   あなたがたの心の深奥にある息づいているその赤い命に気付

   く時に蕎薇色の馨しき霧を放ちあなたがたの夢は生命の躍動

    を始める

   さあ、時は満ちた、出掛けなさい

   何も恐れることはない、躊躇することもない

   さあ、出掛けなさい

   あなたがたの薔薇色の夢を凍える人々に分けてあげなさい

   あなたがたを阻むものはない

   あなたがたを傷付ける者はいない

   あなたがたを待っている

   星々の彼方から見守る瞳を感じて、行きなさい

   額を光の方向に向けて、真っすぐに歩きなさい

(7)大多数の地球人は、霊的・物的進化の遅れた星地球の理学的

   範囲を超えない所からやって来ている。つまりこの地球を含

   む太陽系のどこかから来た魂で、非常に進化した魂は10%

   に満たないのだ。シリウス星系から来た魂は非常に少ない。

   今ここで何人いるという風には言えない。確かに進化した魂

   は少ない。

   _______________________

ARION語録  13 

 あなたがたは、自由になりたい、自分を解放したいと言う。あなたがたは決して自由に「なる」ことを欲しているわけでは無い。あなたがたの本当にしたいのは自由になる方法ではなく、自由についての説明だ。あなたがたは決して自分を解放したいのではなく、解放されるとどうなるか?を説明して欲しいだけだ。

 あなたがたは、自分に色々な問題が起きた時に解決法をアレコレ考える。しかし解決法は自分の外側にあると、決めて掛かっている。自分の内側に解決法があるとしたら、自分自身が変化しなくてはならないからだ。自分自身が変化することに対して恐れを抱いているから、自分の外側に解決法を是が非でも見つけなくてはならない。

 あなたがたが『自分』と呼んでいるのは、あなたがたの表層的な感覚に因ればあなたがたの所有欲の対象であるモノの集合体のように感じるだろう。つまり、『自分』と名付けることの出来るモノが『自分』なんだ、とね。しかし本当の『自分』とは、名付けることの出来ないモノも含めた存在であるということを忘れてはならない。

 人間は名付け親になりたがる。何でもかんでも、名前を付けて『自分』の範囲に収めようとする。これは、『自分』の範囲が名付けられるものだけで、成立していると誤解しているからに他ならない。

 人は、説明したがる癖も持っている。どんな状況も自分の「納得する」システムのやり方で、説明が付かなければ気が済まない。『自分』の勧めるシステムのやり方で全てに説明を付けてしまうと、『自分』のシステムの上だけに世界が拡がるので、安心出来るのだろう。 箱庭のように、全てを俯瞰できないと我慢出来ない人には、未知の世界のことは不要な世界のこととなる。

 全てのことに説明が付かなければ気が済まない人が、未知のモノに出会うと大急ぎで自分のシステムの中の言語で説明しようとするが、それでも説明の付かないものに対しては「○○に似ているから、○○と同じ傾向のモノだろう」と勝手に表層だけの判断を与える。こうして、このタイプの人は本当のことから遠ざかる。何もかも説明出来ないと気が済まないのは、臆病な性格の人間に多い。

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ARION語録  14 

  シュミレーション社会はどこまでいっても模倣でしかない。今後、ますます実体験をともなわないシュミレーション・システムが増加するだろう。人はますます実体験を避けるだろう。この傾向は都市の無機質化を推進するだろう。現在の東京の無機的な姿はそっくりそのままそこで住む人々の心象風景だ。

 人はいつも自分達の心の中にあるものを外部世界に存在させる。相似形をいつも作ろうとする。そしてこれは、一部の建築家に代表される「ものを作る側」の人々の心象風景だ。その他大多数の人々は、彼らの心象風景を自分のものとすることに異議を唱えない。自分達の生活空間に対して、全く情熱を持たない。シュミレーション化に慣れている為に現実を現実として捉えることができなくなっているのだ。

○象徴されることの体系について

 

 象徴化、シンボライズは現代人の得意技のひとつである。外的事像の起承転結をカテゴライズしたがる。その方が理解した気分になれるからだ。全ての思考が体系化している。全ての思考に論理という脈絡がつき体系化されている。多くの人は気付かない。この体系化の先に何が「結」として存在しているかを知らない。

 この論理体系の先には人間は居ない。あるのはシンボライズされた「生命であったことのあるものの破片」だ。そんなものをありがたがっているアカデミズムの教師達、そして自称インテリの人々、自分が細片化してゆく様をどこに見るのか?

 

 そう、それは紛れもない事実として、しかし宇宙生命潮流の映し絵ではなく論理優先主義の結果という事実として、あなたがたの住む町の中に見るのだ。この世に血の系譜つまり生命を燃やすことの情熱のほとばしりとしてのアートが少なくなるとき、それは外殻化現象の始まりだ。

 血の流れない、血の動きを感じさせることのできない、血の温度を感じさせない固い甲殻におおわれた心を持つ人々が大多数になってゆく。それは薄気味の悪い人間型冷血甲虫の群れの出現だ。傷つきにくく、中を見られにくい固い甲羅でおおわれた、人間の群れ。

 そんな群れの中で本当の情熱や愛情は何の意味も持たない。熱いか冷たいか、多いか少ないか、高いか低いか、満ちているか干いているか、全てが2次元的なグラフ上の上下になってゆく。

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ARION語録  15 

「場」の崩壊と「私」意識の存続について

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何もかも移り変わってゆく中で、『自分』という意識だけは置き去りにされてゆく、と思っている人は多いが、この意識自体が本当は移り変わっていることに気付かない。万物流転の法則に逆行するものは、何一つ無い。「私」という意識は、本当に不変なのか?

 

5歳の「私」と20歳の「私」、30歳、40歳の「私」の共通項は何か? 人間の五感すら変化してゆく、育ってゆく。そういった万物流転の法則の中で不変なものはあるのだろうか?

 

人は、「私」という意識が不変であるという事を信じたい、と思っている。「私」すら変化してしまうのであっては、どこに基準をおいて良いのか分からないと思っているからだ。

 

こうして人は自分自身の存在に思いを馳せ、その思いの中の普遍的な部分を論理体系化し哲学、或いは宗教という名前で分類してきた。こうした普遍化された「思い」の体系も、この90年代に入って見直しが迫られている。それは、何故だろうか?論理化、体

系化されてきた「思い」の基盤となる人間の生活基盤自体が崩壊し、普遍化という名前が陳腐なものになろうとしているからだ。

人は、そろそろ気付かねばならないだろう。人、と呼ぶ自分達の仲間である生物自体の生活基盤というものが、既に個化され共通基盤となり得る生活と呼ばれる「場」が崩壊してしまったことを。特に日本という国の文化は、「場」と呼ばれる共通磁場形態を介しての成立を持つ文化だっただけに、その「場」の崩壊は文化の崩壊を意味する。特殊な「場」の文化形態が崩壊してしまった時に、人の取る行動は何か?「群れる」という代替行為にも、文化の崩壊後の人の混乱が映しだされる。

こういった生活基盤や文化の崩壊の中で、「私」意識を保つ為に人が進んで行おうとすることは何だろうか? 「私」を構成する要因となる『自分』の特色を映しだすモノの認識、そしてそれらのモノが確実に自分自身の存在理由を示すかどうかの確認…その上、それらのモノに関連する者や物を探す、探して仲間になり仲間同志で結束してゆこうとするだろう。

 

何故、結束しようとするか? それは、『自分』の存在理由を映しだすモノの正当性と確実性を高める為だ。不安や自己の脆弱性を「群れ」になることで補おうとするのは、弱小生物の基本的な生活本能だからだ。イワシや蚊も群れになって行動する。

 日本の「場」を介する文化や習慣は、人々の意識によって支えられ、そしてその文化形態としての家屋や通りの様式などにも支えられて来たが、戦後の欧米化の波をまともに受けて、それらの家屋や通りの様式は崩壊した。それらの形態の変化と共に、家族のあり方や人間関係のあり方も変化した。いままで「お国(という場)の為」や「社会(という場)の為」に働いた人々は「自分と呼ぶ認定範囲の中だけの為」に働くようになった。

 

そして、欧米化の波を受けた家屋形態は、閉じる方向へ閉じる方向へと進路を変えていった。家族も核家族化して、益々「自分と呼ぶ認定範囲」は狭くなった。地域の場は崩壊し家庭の場も崩壊している今、人の「場」は自分の立つ40~50cmの小さいものとなり、既に「場」と呼ばれ得ないシロモノと化した。元々、人々が働いて築いてきた「場」の文化は終焉を飾ろうとしている。それと共に、稲作民族として栄えた日本のアジア的なルーツのもたらす安心感も揺らいで来ている。

狩猟民族である欧米人の社会は、元々「場」というものを可変なモノとして認識し、その「場」の構成員である「個」に帰属させるという考え方であったので、アジア的な稲作民族の「場」の意識と、欧米的な「場」の意識とでは雲泥の差がある。その雲泥の差のある欧米意識が練り上げた人間関係のノウハウと、そもそもアジア的な意識の日本人の人間関係のノウハウは、基盤となる人間関係の「場」意識が異なる。現在、この欧米的なノウハウが持て囃されるようになった一つの根拠には、この現代日本の抱える「アジア的稲作民族意識の崩壊」が大いに関与している。

しかし、ここで私は問題提起をしたい。「アジア的稲作民族意識の崩壊」はイコール「欧米式狩猟民族意識」への、帰属であるのだろうか? 生活様式や論理形態を欧米化の波が洗ったからとて、真に欧米と等しくなった訳ではあるまい。表面的な形を幾ら変えても、そして幾星霜の年月が過ぎようとも、日本人の心と体の中には「アジア的稲作民族意識」の片鱗が舞っているのでは無いだろうか?

「私」という意識が不変であることを願う人々こそ、自らの心と体を養うルーツがどこにあるのかを識るべきだ。何故ならば、あなたがたが望む「私」とは、無数の他の「私」達に支えられた「場」に立ってこそ、安心することが出来るからだ。この「場」は、我が身と我が欲の為にだけ働こうとする人には無縁なものだ。人は「場

」と「自分」の両方に働いてこそ、安心して生活出来るのだ。これは欧米ではなく、この日本の人々の為の話だ。自分の存在意味の映し絵であるモノの共有ではなく、自分の心と体を養うという目的

の共有という意味での「場」を作らねば、本当の結束はあり得ないだろう。単に「群れる」だけでは、本当の意味での安心感は得られない。自分の都合や自分の欲を先行させた「群れ」は、結束力は無い。単体でいるよりは、群れの方が大きく見える、とそれだけのことだ。

 「アジア的稲作民族意識」からの脱落が、アジアの人々の意識からの脱落を意味するとしたら、これは日本の存続という観点から見ると、たいへんに危険な事だと言える。どんなに姿形が欧米化しても、日本人の成り立ちを構成している素因はアジアからのものなのだから。そして如何に欧米の思想や哲学、そしてそれらに関連するノウハウを身に付けても、日本という場の記憶素子は、脈々と受け継がれてゆくだろう。

 

この記憶素子に抵抗すればする程に、日本人の不安感や焦煉感は増すだろう。現代日本社会は、この不安感や焦燥感を欧米式ノウハウのセミナーや、教科書でテクニカルに処理しようとして、益々それらを煽るという悪循環を操り返している。自分の帰属するべき「場」を持たない人々は、形だけでも「群れ」を目指して数々のカルチャー・センターや新興宗教に集まる。しかし、これらの「仮の場」は本物の「場」の持つ、深い安心感を与えることは出来な

い。右往左往する人々の目の前に、これでもかこれでもか、と新しい「お題目」が提示され、人々は飢えた魚のように新しい餌に群がる。人々の求める深い安心感は、人々の意識と献身によって支えられる「場」であり、そしてそれは、新興宗教やセミナーといった「考え」のもたらす「場」では無い。

 

あなたの帰属する「ツチ」とその恵みである「コメ」、そしてそれらを「ヒト」との契約の証として置かれた「カミ」という名の、大いなる大自然の全てに対しての感謝と敬虔な思い、そしてその思いを形として継承してゆくべき「ムラ」という名の集合体、それら全てに関与し働くことで得られる「場」なのだ。

私は、ここで国粋主義をうたうつもりは毛頭無く、欧米思想の排斥を願うという訳でもない。日本人であるあなたがたの奥底を流れる、アジアの血脈を無視していては、これからの世界に生きてゆくことが困難になってゆくと、言っているのだ。

 

今、ひとたび日本の「カミ」「コメ」「ツチ」「ヒト」と、それらと関わる人々の共通の安心の「場」であった「ムラ」という形態を思い起こし、考慮して欲しいと願っている。

 

「ツチ」という共有意識も単に金銭で売買する単位では無かった筈だ。「カミ」も単に「御利益」の為では無かった筈だ。「コメ」は単に食料を成すものでは無かった筈だ、稲作という農業形態が多くの文化や思考形態、そして人間関係をも成してきた筈だ。「ヒト」は単に人間と呼ばれる、生き物だったのだろうか?「ムラ」は単に人が群れているところでは無かった筈だ。 終戦後、能率と開発、そして収縮を忘れた拡大に命を削り続けた日本人が、プラスやポジティブの為に裏庭に埋めてしまったモノ。清潔さや明るい光の当たるところを優先することだけを考え、暗いところにあるものを排除してゆく道すがら、忘れてしまったもの…。今、ひとたび、思い起こして貰いたい。何故ならば、思い起こしてゆく上でこそ、あなたがたの存在の「場」や価値についての暗喩を見いだすからだ。

1991/10/17 0:22

ARION語録 6〜10

ARION語録  6 

(1)超能力を開発したからといって必ずしも功罪が発生するとは限らないが現在米ソで進行中の方法は軍事利用の為に開発されていて主に透視能力と予知能力そして念動力を中心として行われている。この軍事利用目的の超能力開発にはその能力者の全人教育は組まれていない。つまり、ある一種類の目的の為だけに選別され集中的にその人の秀でた部分のみを開発してゆくのである。彼ら一流の洗脳シスムで誘導され、教育される能力者は軍部の攻撃・守備の機械になってゆく。そしてこれらの特殊教育終了後の能力者は彼らの後に続く人々のリーダーとなり効率良く洗脳を施してゆくのである。彼ら

の人生は悲惨である。特殊能力開発のために大脳の一部を酷使する

ことによってホルモン系統に支障を来す事が殆どのケースに見られ

る。その結果、自律神経は機能を果たさなくなり内臓系統(特に心臓、肝臓)の機能に多大なダメージを与える。

 軍部の考えかたは常に『使い捨て』である事を明記しておきたい。そこに生命の流れを尊ぶ心は見いだせない。彼らの『使い捨て』の考えかたの基礎は人は死んだら終わりという『人生一回論』であり又、人生が一回で無くては彼らのやっている事の正当性は支えられない事も知っている。人間を使い捨てようと思うと死後の世界の存在など恐ろしくて認めたくないのは理解出来るだろう?

(2)両極に引っ張られて中間を振り子の様に揺れていたいと言えば聞こえは良いが、その実は両極どちらもちょっと触っては手を離し、又 ちょっと触っては手を離すの繰り返しで結局どちらの極の事も表面を触っただけで理解するところまでは行かない。そんな中途半端な人生の作り得るものとは何か?

 

 我々プロジェクト要員は常に他者の為に働く事で自分を救うという方法を取っている。つまり両極端に位置するもの同士は実は隣同士に位置するという秘密(?)を知っている為に自分と他者の関係も同様に理解している為である。

 

 この位置関係は円筒形にして描き考えるとよく分かるだろう。 中

間でどちらの極にも揺れているとあなたがたが信じている『中間』

は両極のどちらからも最も遠い場所に位置し、しかもあなたがたが

信じる両極とは2次元構成上に見る事の出来る範囲での両極で実際

の両極の位置まで未だ半分しか至っていない幻の両極で蜃気楼の様

なものだ。

 

 砂漠で脱水状態になった人がいくら手に入れたと思っても蜃気楼の泉では手を濡らす事さえ出来ない。蜃気楼の両極に少しずつ触ったと思ってもただの思い込みで自分の作り出した夢の中の出来事に過ぎない。

(3)1988年は我々にとっても大きな意味を持つ年になるだろう。 各地でいわゆる『UFO現象』が起きるだろう。それは一月中に北陸管区で準備しているデモンストレーションを皮切りに始まる予定だ。三月には日本全土で大デモンストレーションを皆既日食の日に予定しているが自衛隊は発表しないかも知れない。四月と五月は北海道管区が考慮中である。来年前半は予定通りに事が運べば非常に忙しく賑やかになるだろう。

 

 七月には外国での磁場調整並びに古代英知の波動起動儀式を予定しているがこれは今のところ何とも言えない。場合によっては翌年送りになる。

(4)『限りなく増幅する円環運動』は『螺旋運動』にもつながる。『螺旋運動』は、地球上物質生命の基本運動でもある貴重なそして最もシンプルな運動である。『限りなく増幅する円環運動』の動力源は交互に起きる緊張と弛緩の波動のもたらすエネルギーだ。

緊張→緊張の極致→『破壊』→弛緩→弛緩の極致→『創造』→緊張

弛緩→弛緩の極致一『創造』→緊張→緊張の極致→『破壊』→弛緩

 これはエネルギーの移動を示したものだが上下の相反するエネルギーは同時進行、つまりシンクロしている。あなたがたの『心』と呼ばれる精神エネルギーは上下の波動エネルギーに小刻みに接触しながら振動している。あなたがた自身が上昇と下降を繰り返す『限りなく増幅する円環運動』の生命体なのだ。

(5)地球上人類間での100パーセント、テレパシック・コミュニケーションは有り得ないが80パーセントくらいまでは到達出来るだろうと見ている。私アーリーオーンの言葉は波動で伝わる。私の『思

う』力の発する波動だ。

 その波動の強弱によってまずコンタクティの頭脳に私の波動の特殊

性を覚え込ませる。これはコンタクティがごく幼い頃に実行されるのが普通だ。コンタクティは自分とは違う『誰かが居る』という感

覚をもって成長する。

 私は波動を3種類持っていて一つはビジョンを見せる為に使い一つ

は言葉を送信する為に使い最後の一つは感覚を送信する為に使う。

波動の強弱の組み合わせによって言葉を構築して、それをコンタク

ティの頭脳に覚えさせる。

 

 最初は一つの言葉を2-3ケ月かけて教える。その次は短い文節。

この頃からが大変だ。コンタクティは身動きできなくなるほどの頭

痛を訴えたり、実際に身体が消耗して高熱を発して寝込んだりする

こともある。その次に短い文章。ここまでに大体1年~3年以上掛

かる。ここでも色々と身体の拒絶反応があって難航する場合が多

い。それから一行の文章を送信する。この一行の文章を受け取るの

に大変なエネルギーを消耗してしまう為に多くのコンタクティは禁

欲的な生活を自発的に行うことが多い。他のケースも送受信の方法は殆ど同じだが使う波動の種類が違う。

(6)学識の高い人間の中にも霊的な諸問題を否定する者が居るのは彼らにとって彼らの信じる学問の許容範囲内で証明出来る自信が無い為で、必ずしも否定者、即、不信者という訳では無い。

 

 大方の日本人は輪廻転生を信じている。これは大昔からの知恵を信仰という形で継承してきた為である。日本古来の信仰はかなり宇宙の知的存在についても正直に伝えている。日本の土壌は特別な磁気を帯びた土壌で、この土壌に育まれ継承された物質的生命体は遺伝という形で大脳の奥深くに直観という名前で呼ばれる能力を温存してきた。

 この直観力こそが宇宙エネルギーの入り口であり出口である訳なのでこの能力の高い日本人の物質的生命体に宿る為に、数々の過去の偉人や天才達が今生日本に転生してきたのだ。

 

 彼らは各々の使命を果たすために霊的な機能に優れた日本人のボディを選ぶ必要があったのだ。輪廻転生を確実に証明する方法は残念ながら無いが各国にある追跡調査済みの実話をデータとして利用しながら話す方法はある。

(7)肉体でSHIPに乗る場合はその生命のある間は再び地球上に帰ってゆくのは不可能だ。地球上に再びその人生内には帰れない事を知った上でSHIP上での適応手術を受けるのだ。

 この適応手術はかなり難しい手術で個体によっては拒否反応を起こして生命を失ってしまうので本人の固い決意と勇気がなくては実行不可能だ。その個体々々によってその人生での目的や、実行するべ

き使命を果たす機会を失うかも知れないのだから。

(8)何度転生を繰り返してゆこうともあなたがたの根底の魂の部分は全てを覚えている。魂の部分は総てを覚えているにしても肉体を持って生命を維持してゆく上でそれがどんな惑星上であっても以前の記憶は持たない、或はハッキリとしない記憶しか持たない事になっているのだ。

 

 何故ならば人生とは修業の場であり、色々の場面で自分がどう対応し何を選択するか、今までの人生で学んだ事が前生の記憶をハッキリ持たずとも何度も失敗を繰り返すことによって体得という形で如

何に本能に組み入れられているかを自分で試す場でもあるからだ。

(9)我々はしばしば、多数の人間の集まる(何千人、何万人という人の集まるコンサート会場や初詣客の集まる神社など)上空へ我々の機動母船を出動させる。

 これら多くの人々の思念エネルギーを有効なエネルギーに変換させるのが目的だ。これらの多数の人々の想念の作る波動の渦は方向を定めてやらねばプラス・エントロピー方向の破壊へと溢れ出す可能

性が高いので我々は出来るだけ渦を高く引っ張って我々の作る波動

シャワーのフィルターを通してから再び地上へと還元する方法を取

る。目的の異なる多数の人々の想念エネルギーは活用する前に方向

付けをしてやる必要性があるのだ。

(10) 太陽系の惑星に生物が存在しにくいと判断している科学者達はまず地球上の物質的な事象をモノサシとしてしか判断出来ない事実を知るべきだ。自分の家のやり方が隣の家のやり方と違うのと同じでこの小さな太陽系の中でさえ数々の惑星にその惑星毎に決まりがある。

 金星の都市は地球上のどんな天体望遠鏡でも見る事は出来ない。何故ならば可動性の都市なんて地球の人々からは想像できないから

だ。殆どの惑星が持っている地下都市の話を聞いた事が無いか?地球上の人型生物だけが高等生物では無い。その惑星毎に適応し進化を遂げた生物が人型生物で無いとしたら高等生物が存在しないと言い切れるのだろうか?

 

 地球上で鉱物・植物と分顆されているものが他の惑星上では異なった分頬をされている事を考えられない科学者達はあまりにも偏狭な判断力しか持っていないのでは無いのだろうか?

 大体、金星の上空温度を計測して灼熱の星だと決定してしまうのだからね。 地球だって成層圏の辺りを計測したら灼熱の星だ。とに

かく自分達のモノサシだけが万能・完壁だと思う事から止めなくて

はならない。

(11) コンタクティとなるかどうかはそれぞれのカルマの清算率と我々からの波動指導伝導率などの比率計算が複雑に絡み合っているので簡単にカルマの結果という風には言い切れない。大脳新皮質で感知出来る部分だけがあなた方の求めている事では無い。

 人は何度も生まれ変わって修業をして最終的には仏教などで言う、菩薩行という自分よりも他人の為に働く方向を取る様になるのが自然な方向だ。

 コンタクティになるには現象面でのあらゆる事を犠牲にしてゆくだけの覚悟と自覚と力が必要なので菩薩行の中でも非常に波動の高い行為である。この道を選ぶに至った地球人はそれだけカルマの清算率も高いと言える。だからあなた方はプロジェクト終了後に『光の中の光』に戻る権利を与えられているのだ。

(12) 『あいまい』について語ろう。

 この問題は我々にとっても非常に興味のある問題であるが故に我々なりに以前から調査して来たが、あなたがたの言う『あいまい』と我々の調査した『あいまい』とは多少のズレがある様に見える。

 日本の文化は『あいまい』さを含有する文化である事は確かだ。それはあなたがたの指摘する様に純日本建築の内部と外部に境界線を持たない点や寺社仏閣・墓地などの建築様式などにも見受けられ

る。日本料理の指南法にも、スポーツの世界にも見受けられるそれ

らは、モノサシとなるものを持たず、ただ先達の見様見真似でどこ

かに『あいまい』さを残している指南法であったり、内外の区別を

つけないで広がりを持たせた建築法であったりする訳だが、では何

故この様な文化が発展したか?ということになると、恐らく答えら

れないだろう。

 

 我々の調査では日本人のテレパシー能力に理由があると見ている。元々、日本人は特殊な人種で他のどの国の人種よりもテレパシックな会話のコツを心得ていたのだ。会話の中の『あいまい』な部分は、お互いに相手の気持ちを思いやって《音声》にしないで済ます方が良いと思われる部分であった。

 日本には『言霊学』と呼ばれるものがある程に《音声》に気を使う人種であった。《思い》がひとたび《音声》になった時にその波動が相手の心を傷付けるに足るほどの力を持つ事や発声された《音声》がブーメランの様に最終的には自分の所へ帰ってくる事などを知っていた為に言葉に気を使う人種として発展したのだ。

 

 つまり、あなたがたの言う様に「自分の意志をハッキリさせない方が人間関係の摩擦を起こさずに済むから」~『あいまい』な言動をする訳では無かったのだ。お互いにハッキリと言わない方が良いと知っている事については《暗黙の了解》という形でテレパシックに理解しあっていた。何故ならば『言葉』は武器であったからだ。総てを受け入れ、立ち去るを拒まないのが日本建築の基本であったのだ。

 

 しかし、現在は日本人のテレパシックな能力は地に落ちた感があ

る。それは欧米風の生活様式と食形態を取り入れた頃からひどくな

った。誤解しないで貰いたいのは我々はいわゆる『国粋主義者』の

肩を持っている訳では無いという事だ。

 

 『あいまい』が『ごまかし』と同義語になってから久しい。『あいまい』は『ごまかし』では決して無い。『あいまい』には愛他精神があるが、『ごまかし』には無い。

 

 外国とあなたがたが呼ぶ欧米社会にはテレパシックな文化は無い。それ故に常に言葉で武装し、言葉で闘争を続けているのだ。この方法を日本は取り入れようとしているのは悲しい事だ。あなたがたは『あいまい』の美学を理解出来る筈だ。しかし『ごまかし』に美学は有り得ない。あなたがたは光の子らしく自己主張するべきだ、ごまかしたり、「お茶を濁し」てばかり居ては生命が萎えてしまう。

 

 しかし欧米風の自己主張はスタンド・プレイに適していても真実の人間関係に於いては必要無いだろう?営業用には欧米風のスタン

ド・プレイ的な自己主張は面白いかも知れない。日本人は欧米の精

神までも輸入すべきでは無い。『総てを受け入れ、立ち去るを拒ま

ず』の姿勢は主体性が無い様にも見られるが実は、最も順応性の高

いサバイバルな思想である。惜しむべくは日本人の特性とも言うべ

きテレパシックな人間関係が、失われてゆく一方だという事だ。

 

 欧米風の建築様式は内外の区別の少なかった日本人に内部意識と外部意識の切り離しを要求した。テレパシックな人間関係を営んでいた日本人には考えられなかった事だ。霊的に発達した日本人は、自然と人間を区別してはいなかった。

 

 欧米では自然とは闘う相手であり、最終目的は自然を制覇する事だった。自然あっての生物である事を知っていた日本人は、『ヤオヨ

ロズ』の神を自然の中に見いだし尊敬する心を持っていたので制覇

などとんでもない考えだと知っていた。

 

 欧米が如何に慌てて自然回帰を唱えても人工的な計画になってしま

うのは彼らの思想がそもそも自然に準じていない為なのだ。だから

こそここで日本が自然の寵児である日本人が立たなくてはならない

理由が分かって貰えると思う。その為のプロジェクトである事も理

解して貰えると思う。

(13)  まず、SHIPは『そこに在る』という意識を常に持つ事だ。 見えなくても誰のせいでも無い、『ただ、見えなかった』だけの事だ。あなたがたの能力いかんでも、我々の送信波動のせいでもなく、『ただ見えなかった』と思う事から始めなさい。

 

 見えなくても失望する理由など無い、何故ならばSHIPは『そこに

在る』のだから。誰が見ようと見まいと『在る』という事 を意識

しなさい。

 

 『光』しか見えないと欲求不満になるのは『もっともっと』と要求する気持ちがあるからで、見えた事に感謝する初心の気持ちがあれば、必ずあなたがたの心の中で確信を持った状態でSHIPを目撃す

るだろう。子供は一度SHIPを見たら総ての光をSHIPだと思って感

激し、見守られている事を実感して感謝する。その気持ちが再遭遇

を可能にすると言っても良い。

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ARION語録 7

(1)我々のプロジェクトは総て内発する衝動と決断に委ねる事になっている。生まれて来るか来ないか、今生でこのプロジェクトをあなたがたが遂行するか否かはあなたがた自身の決定なのだ。もう一度生まれて来て今生人間として地球救済プロジェクトに参加する事を決めたのは、あなたがた自身の内発する衝動からだ。5万年待った私、アーリオーンとの出会いも、あなたがたの自由意志で決定されねば何の意味も無いのだ。我々の世界では『自由意志』と呼ばれる内発する衝動が決断の実行力の総てだ。

(2)美術・音楽などのつまり芸術は常に人類の希求するものを表現しようとしてきた。現在の日本の社会はある意味で飽和状態の手前まで来ている。飽和状態のピークを迎えると下降しか無いのは誰でも知っている。その手前まで来ているので、人々は自然と危機感を感じているのだ。しかし皆自分の外を見回してどこかに救済や解決が無いかを探している状態なので、誰かがそれを呈示してやる必要性があるのだ。それは表象面では霊的なリーダーの存在であり、潜象面では大脳根幹部への影響波動の発動者である。

 あなたがたの意見『まず彼らの大脳新皮質に言語と論理で訴え、次に知らず知らずの内に魂への回路を聞かせて行く』のは無理だ。同時進行でなくてはならない。大脳新皮質に電極が移動して作動したと同時に根幹部へも微弱電流が流入しなくてはならない。色彩と形状(つまり美術)そして言語・論理と音楽という風に進行するのが望ましいが言語・論理と音楽だけを使っても色彩と形状を感じさせる様にするのは無理では無い。

 

 大脳新皮質だけに訴えるのは大変危険だ。情報量の多い現代社会に住む人間にとって大脳新皮質だけへの訴えかけは単なる『もう一つ情報が増えた』だけに終わる可能性が大きい。話術や執筆術に工夫がいる。人々の慣れてしまっている、つまり水路付けの出来ている論理展開では強いインパクトを期待出来ない。インパクトが強く無ければ大脳根幹部への電流はスムースに流れない。慣れた論理展開の端々に落とし穴や、崖や、つまずき石などを散りばめる必要がある。読めば理解出来る様な平易な文章で、しかし幾度も読まざるを得ない様に仕向ける為には文章中の緊張と弛緩の割合を常に変化させれば良い。

(3)あなたがた光の子らの欠点の一つは自分自身の問題について『下らない』『取るに足りない』と判断して我々に話さずに、自分の心の中に収めてしまうクセがある事だ。人は問題解決をする為にのみ話すのだろうか? 悩みを話しても解決できないことが分かっている場合は話さないのが良いのか?

 

 答えはNOだ。相手に自分や自分の思いを投影(話し掛け)して、よりクリアーに自分の置かれている立場を確かめたり、相手を信頼している時には悩みや喜びや驚き、感激などを共有することによって連帯感を高めたりするだろう?

 

 あなたがたはもっと『下らない』『取るに足りない』悩みについて話す事をしなくてはならない、それら『下らない』『取るに足りない』悩みになどに捕らわれない為にも。あなたがたはまず第一に自由を手に入れなくてはならない。完全に自由である事は最初に総てからの脱却であり、最後に総てを包含するのだ。

 

 総てを手に入れる為に総てを手放すのだ。笑う自由、泣く自由、怒る自由、喜ぶ自由、楽しむ自由、それらの自由を現代人は持っていない。持てない情況を自分達で作り上げてしまった。だから精神的、感情的に窒息しそうな社会になってしまった。

 

 第一に光の子は自由でなくてはならない。自分を愛する事、完壁に愛する事。自分を愛する事をクリアーしなくては自分の投影体としての他者を愛せる筈もない。愛することは他人の荷物と自分の荷物を区別しないで背負って歩くのに似ている。これが我々の愛しかただ。

(4)自分で選ぶ権利のある霊は現世でその使命を果たすべく指導霊とコンタクトを持っているのが普通だが、その事実を感知出来ない情況に居る者も存在する。それは生まれた時からの境遇が非常に物質的だったりして直観力が鈍った状態に居る者だ。又、生まれ持った資質は非常に良かったのだが家庭環境やしつけられた性格の為に努力をしないで成長してしまったりして怠惰に流されてしまう者もいる。肉体をまとって転生してきても使命を果たせずに一生を送る者もいるのだ。高次の魂になればなるほど堕落への道は広くなるのだ。

(5)人々の多くは肉体の意志が霊体のそれよりも勝っている。肉体の意志とは、つまり『永く生き続けよう』とする動きなのだ。霊体の意志は『より良く生きて、より良く死のう』なのだ。肉体は死滅する事を避けようとする。肉体細胞自体にそうした意志があるので危険から自分の身を守ろうとする。

 あなたがたの使う言葉に『体育会系のノリ』というのがあるが、肉体の意志を霊体の意志より尊重する『体育会系のノリ』の人が増えているのは宇宙の愛の波動を受信出来なくなるくらいに物質先行の人生を営んで来たせいだろう。それらの人々にとって『死』は考えたり語ったりするものでは無く直面するまで『見ないフリ』をしてゆくのが当然なのだ。

(6)GOD IS NOT LOGIC,GOD IS LOGOS (神は論理では無く、言葉なのだ。それも神の発するところの言葉として)

(7)一目見て『苦悩』が重くのしかかって来る様な作品はその作者が作者自身の苦悩を越えていないだけでなくその作品を見る人に問題の共有を迫ってしまうという悪いクセのある作品だ。そういう作品を見るのは精神衛生上よろしくない。日ごろ苦悩するほどのエネルギーも題材も無い人がこういう作品を見る時、安直に自分も苦悩している感覚を持ってしまう事がしばしばある。これは危険な遊びだ。苦悩する事で社会問題を思考し、解決に向かっての努力の為に苦悩している様に勘違いしてしまう。文化人と呼ばれる人ほど、社会的に苦悩しているかいないかを意識する様だ。インテリジェンスの意味を取り違えている事がこの様な虚妄愚動を産むのだ。

 

 あなたの言う様に『愛の欠如』が『重い苦悩を押し付ける作品』を作るのだ。これは事実だ。『愛の欠如』それは他者への愛の欠如云々以前の問題であろう。自分という一個の人間を心底愛するという事が理解出来ない人々の作品は『重い』苦悩を放つ。作品ばかりでなく、作者自身の身体からも重い『苦悩』の臭いがしばしば発せられているだろう?

 

 自分自身を愛するという事は『したい様に自由にする』では決して無い。『自分の奥底の魂と呼ばれる部分の望む様にする』という事だ。自分の奥底の部分の意志を理解出来ないから自分を心底愛せない。自分を心底愛せないから他人を心底愛せないのだ。

 

 「では自分の奥底の部分の意志をどうやって理解するのか?」と恐らく彼らは言うだろう。まず、自分の奥底に宇宙の波動と相和合する波動を発信、受信する部分がある事を認める事だ、と説明するところから始めなくてはならないだろう。あるがままの自分を受け入れる事を学ばねばならない。つまり自然のままの自分を受け入れる事で自然を自分の中に意識してゆく事をするのだ。自然の愛と呼吸のリズムを失った人は宇宙の波動を受信出来ないからだ。自分の中の醜いものも美しいものも引っくるめて太陽の下に並べて見せるぐらいの勇気を奮い起こさねばならない。

 

 自然は誰にもその懐を開いて見せる。まず自分が宇宙に向かって開いて見せなくてはならない。それぐらいの事をする勇気の持ち合わせの無い者は居ない筈だ。

 

 《いい作品はどこか身軽だ》肉体を持つから重いのでは無く、『抜けていない』から重いのだ。《いい作品》は作者の魂が制作中に『抜けていた』から肉体の重さを感じさせないのだ。肉体を持たねば地球上での活動は困難を極め、事によっては全く実行不可能な活動もある。そして有機体としての地球生命を生かし進化させるには有機体としての肉体を持たねばならないのだ。

 

 しかし、肉体を持っているから魂は鎖で牢獄に縛られた状態かと言えばそうでは無い。魂(精神、心と言っても良い)は肉体からも自由である。ただ、その存在を認めないので活動が充分に出来ないだけだ。多くの人々が自分自身を宇宙に向かって開き、自分を他人を自由にする為に愛せる様になった時に我々の存在も違和感無く受け入れられるだろう。

(8)アトランティスは秘密を封じる為に別の次元に転移した。しかし大陸主要部だけである。大陸の殆どの部分は海面下に沈んだ。地殻変動の結果、海底下に潜り込む形で形骸が残っている。

 

 アトランティスの主要部は、時期が来れば現出するだろう。現出する場所は、元のアトランティスのあった場所では無いだろう。多数の人々が大陸の惨禍と共に海底の藻屑と消えた。大きな渦と海底火山の噴火を覚えている筈だ。

 

 助けられて金星に行った人々は、約350人だった。その他の人々の中には、事前に神官の薦めで海路で別の大陸や島に避難した者もいる。エジプトに渡って、天体観測や錬金術を教えた者も居る。

(9)アガルタに行くのに肉体は要らない。途上に肉体が必要なだけだ。アガルタに入る前に、肉体を脱いで行く。ある場所で、それを実行するのだ。その場所は、少しずつ位置を変えながらあなた方の世界とシャンバラとの入り口を形成している。

 アトランティスの主要部の管理を実際に行っているのは、アガルタの中枢コントロール・センターだ。アトランティス消滅後にアガルタに来て働く事を決められていた人々は、160~180人ぐらいだった。彼らは現在もアガルタあるいは周辺の地域で働いている筈だ。シャンバラに行くのに肉体が要らないのは、振動数が違うからだ。

 

 肉体もアストラル・ボディと呼ばれる体も振動数が違うだけで、現実に同時に存在している事を理解出来れば、シャンバラの存在も理解出来るだろう?

(10)  我々のプロジェクトは、戦争の諸事に一応一切手出ししないことになっている。実戦プロジェクトでは無いからだ。実戦戦略プロジェクトとして、ミサイル発進装置を破壊したプロジェクト・チームが存在するのは本当だ。

 それのみならず、ミサイルの軌道変更やミサイル自体の作動防止もしている。しかし、それは必ずいつもできるのでは無い。磁場や人間の発振する波動や、地上隊との連係プレーなどに関わっている。

 

 我々が、いつでも何でもするのは前にも話した様に規則違反なのだ。それを実行すると、干渉可能な惑星として連合以外のグループの干渉要請(実は侵略である事の方が多い)を金星諮問委員会は認めざるを得なくなる。地球の生命存続を継続不可能に陥れる可能性のある時に、干渉が可能であるが、惑星レベル毎に、干渉出来る範囲と回数が決まっている。

(11)   世紀末や終末思想を煽る、予知に関する恐怖をそそる様な本の出版は、我々のムーブメントに対するリアクションなので、我々の関知するところでは無い。人間のレベルで、出版を阻止するのは構わないが、我々にはリアクションに対しての制裁は許されていない。

(12)  宇宙連合、銀河連合は生体調査と称しての生体実験や、無目的な誘拐をする事は無い。我々と全く異なる振動域での次元移動を行っているグループもあり、総てを把握するのは困難だ。

 

 あなた方も色々なレベルの地球外生命体の接触を認識するべき時機が来た事を知って貰いたい。我々のコード・ネームが『光』だからといって、彼ら他のグループのコード・ネームが『闇』とは限らない。厄介な事だ。連合以外にも数種頬のグループがいると伝えて貰いたい。

(13)  無意識というのは普通の状態では大脳新皮質で関知しにくい部分の働きで、深奥の魂の前庭の部分だ。メッセージは、まず普段では使わないこの部分を使って交信するので、開発に時間が懸かる訳だ。

 

 最初は頭の中で『ワヤワヤ』した感じを受ける場合が多い様だ。それも、『音』として始まり、次に理由は無いのに何故か『言葉』の感触を伴ったものに変化してゆく。その期間が割と長く続く様だが、個人差があるので個々については何とも言えない。

 

(14)  一言話しておきたい事がある。

 

 それは近ごろの、いわゆる『UFO研究家』『UFOマニア』の為に、あなたがたに言って貰たい事なのだが、一つは『総てを信じる事、けれど総てを受け入れては危険だ』という事。

 

 つまり、あなたがたの言う『異星人』は存在する事に全く疑問の余地は無いが、総ての『異星人』が地球の存続の為に有効な事を教えようとしているとは限らないという事実を伝えて欲しい。

 判断の基準になるのは、地球有機生命体としての直観力しか無い。その直観力が弱まっているので、まず現在必要な事は直観力の覚醒と育成であるという事。そのために何を為すべきかは、我々からのダイレクト教唆及び、インストラクターからの示唆などで理解して貰えるだろう。

 もう一つは『UFO』を見た、見ない、そしてその信憑性の云々にこだわり過ぎる事への警告だ。つまり『UFOを見た』と思った瞬間が大切だと伝えて貰いたい。大体は『UFO!でも、もしかしたら違うかな』と思う様なのだ。最初に感じたものを優先して貰いたい。それが直観力の覚醒につながるからだ。

 

 あなたがたも知っての通り『UFO』は現象面だけの問題では無く、あなたがたの潜象面、つまり心の在り方に深く関わる事なのだ。

 一番大切なのは『何故、UFOを見たか?』であって『見た事実』では無い。我々からの信号で飛行機を『UFO』に一瞬見せる事もあるからだ。又、実際に雲の中でUFOは消失、代わりに飛行機が雲の反対側から現れる事もあるのだ。何故、見せられたのか?何故、見たと感じたのか?が一番大切なポイントなのだ。我々は見せる事によって、あなたがたが次の行動に出るかどうかをチェックする事が多いのだ。次の行動とは、つまり潜象面への興味や活動の事だ。多くのコンタクティが『UFO』を見る、見ないのレベルにこだわり続けた結果、コンタクトの中断を余儀なくされているのだ。

 

 我々が存在するしないは『UFO』の存在の信憑性に関わらない。『UFO』を見た、それで、あなたはどう思うか? それこそが問題なのだ。本物だったかどうかを云々している場合では無い。そんな前近代的な問答を繰り返している時代は過ぎ去った筈だ。

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ARION語録 8 

(1)比較的素直な人でも、話し相手が力を入れて話し過ぎると、緊張緩和の為に(これは動物的な勘が働いてそうなるのだが)少し姿勢を引く場合が多い。相手を引き付けておこうとすると配慮が必要になってくる。どんな人間でも少なからず『アマノジャク』なので、相手があまり嬉しそうだと水を差したくなるのだが、文化人と呼ばれる人々は自分のインテリ性を印象付ける為に、何故か皮肉を言うのが良いと誤解しているフシがあるので、特に『アマノジャク』性が強い様だ。

 

 我々の話を聞く人々の中にヒネクレた感じの態度の人が居るが、それは『素直・無邪気・純粋』イコール子供っぽいと思っている為

で、子供っぽい事は『知性』が低いという妙な式を使っているせい

だ。

 素直に『いいなあ』『羨ましいなあ』と言えないのは、そう言うのが『素直』で『無邪気』で『純粋』つまり知性が低いのではないかと他人に思われると感じているからだ。特に男性の場合、社会で闘ってゆく立場にある人が多いので、『子供』っぽいのは知性が低く見えて闘いで損をすると思っている様だ。実際には、その逆で『子供』っぼい方が有利だ。

 女性の方が比較的『子供』っぽく見える事に抵抗が無いのは、社会的に闘う姿勢を待った歴史が無い為だ。我々とあなたがたの関わりの話をする時に、苦労話を7、嬉しい話を2、一般的な話を1の割合で話す方がうまくゆく。こんな操作をしなくてはならないのは、それ自体情けない話だが、やむを得ない事だと思う。

(2)魂の死とはブラック・ホールへの永遠の降下である。一つの場所に停どまり続けるのは『魂の堕落』と自殺した魂の残り修業の『清算』の状態だ。

 核爆弾の被爆による死は魂の死には直接つながらない。生前の強烈な想念の呪縛によって、その状態でストップ・モーションのまま身動きとれなくなるのは、魂の死ではなく、魂の浄化途上の一時停止の状態である。

 この様な状態は殆どの場合指導霊の努力と、生者側(例えば霊能者と呼ばれる人々など)の力添えによって脱する事になっている。魂の死は宣告されるものでは無い。自分で選ぶものだ。

 あなたがたの魂は神の体の一部である。肉体を脱いで裸になった時には神の意識と合一して、非常に高い波動での判断をする事が可能なのだ。あなたがたの人生も死後生も総てに於いて、醒めた視点で見詰め続ける『神の瞳』は自分の魂の瞳なのだ。

(3)人にはそれぞれ、その人生でするべき事があるが、それをするしないは個人の決定によるのだ。勿論、総ての人が自分の使命や義務を全うするのが望ましいが…。観念的な人間の総てが脱落者では無い。作用に対する反作用の役の人も居るのだ。現在我々とあなたがたとで実行中のプロジェクトが作用なら、バランスを取る為に反作用側の人も当然存在するのだ。

 ただ地球の現状を見ると(プラス・エントロピー飽和の結果としての)破滅へ向かう力の方が勝っている為に、我々の(マイナス・エントロピー方向)の創造へ向かう力の側の努力が必要なのだ。あなたがた光の子らは、そのプロジェクトの非常に大切な部門を実践しているのである。

(4)シャンバラの中枢センターでは、個人の動きを監視している。しかし総ての人という訳では無く、ある程度の精神レベルに達した人達の動きを監視しているのだ。中枢センターではある程度のレベルに達した人達同士を会わせる工夫をしたりもする。

 シャンバラの帝王は金星の王子と呼ばれた人(?)だ。彼はその体の発するオーラの為にまばゆく輝き、地球の人頬の視覚では、その姿は炎の様にしかとらえられない。宇宙連合は、シャンバラとの連係プレーを行っている。むしろ、シャンバラからの許可が無ければ働けないという方が正しいかも知れない。

 マイ・ミュート・アーテの滞在磁場は、シャンバラの作る磁場なのだ。シャンバラへと続く道は、全部で9ケ所あるが、その内の2ケ

所は地球外生命体専用の道である。

 チベットにある道が地表に近い時には、ある高地の湖に蜃気楼が立つ。その湖は非常に奇麗な薄青緑で、ほぼ楕円系の形をしている。

 その他、南北極の地下、南米の山脈中、サハラ、北米にもあるが、場所はインディアンの聖なる土地(神々の台地)とだけ言っておく。アデプトとあなたがたが言っている人々は、地表に現出する場合は目立たない様に常人の体をする。時々、アストラル・プロジェクションという投影法を使っての対話をする。

 シャンバラの存在は全く人々に気付かれないという訳では無く知

られても場所の確定が出来ない為に、桃源境とか楼閣とか呼ばれて

伝説に姿を遺すのみとなったのだ。しかし、近い未来にシャンバラ

の存在は多くの人々の識るところとなろう。これからの地球科学は

可視・可触の物質科学の域を超えてゆくからだ。そうならねばなら

ない。その為にもシャンバラは教育を続けているのだから。

   _______________________

   ARION語録  9 

(1)死者の概念は生前の想念が移行したものでは無い。死後まも

   ない魂は多分に生前の想念の影響を受けるが、時間の経過と

   共に薄れてゆくのが普通だ。記憶としてどこかに持ち続けて

   いるだろうがね。

 

   死後の時間経過と共に薄いベールを脱ぐ様に感情の部分を脱

   いでゆく。死者の方が肉体の制限を受けないのでよりクリア

   ーに物事を理解するだろう。

   しかし自分が死んだ事を理解しなかったり、認めたくなかっ

   たりすると長い間クリアーでない状況に陥ってしまう。

(2)私達の名前はあなた方の識別の為に暫定処置として付けてい

   るだけである。実際には意志伝達方法が全く異なるので私達

   には名前は要らない。

(3)マイ.ミュート・アーテの人々はヒューマノイドが9割くら

   い居る。高等生物には人間型(ヒューマノイド)が多い。

(4)コンタクティの存続期間というのはマチマチで人によっては

   (エージェントと呼ぶのだが)たった一回ある人を別のある

   人に引き合わせるだけで終わる役目もあるのだ。

 

   一人の人間に多くの権限や能力を持たせる事を我々は好まな

   い。何故ならば人間というのはすぐに倣慢になって、それら

   の権限や能力を自己の利益の為に使おうとするからだ。

   既に居るコンタクティの中にも堕落してしまった者が沢山居

   るのは知っているだろう? 我々との交信の結果、眠ってい

   た能力が目覚め、いわゆる『超能力者』になる事は多いの

   だ。しかし遺憾ながらそうした『超能力者』になった、或い

   は自分で超能力者になったと思ったコンタクティの多くは堕

   落の道を歩んでしまう事が多い事が判明したので我々として

   も非常に気を使いながら一人の人間コンタクティに多くの権

   限を与えない様にする方向へと来ているのだ。

(5)コンタクティのリストの公開は本人の人権擁護の為に公開は

   しないことになっている。又、原則的にコンタクティ同志の

   横のつながりは持てない。自分が選ばれているかどうかは必

   ず自分で解る筈だ。コンタクティの数は世界中で約2000

   人位居るが、活動可能範囲では約1600人である。

   彼らの総てが活動中では無い。以前にコンタクティであって

   その資格を剥離されていないにも拘わらず自己決定で活動停

   止している者も沢山居る。自己決定で活動停止した場合最高

   で9ケ月まで待つが、その後は資格剥離になる。

   自分でコンタクティだと自覚している者は半数にも満たない

   。その数を言えばびっくりするくらい少ない。だから伝えな

   い。自覚しない者達は『何が何だか解らないけれど、何かに

   衝き動かされている様に』行動している。しかし、既に言っ

   た様に多くの権限を持たされているコンタクティは世界中で

   も5本の指で数えるほどなのだ。これが我々としても非常に

   情けない事で改善策を考慮中である。

(6)シップを見る事の多い者は当然コンタクティになるかという

   質問は多くの人々の関心の的だが、残念ながらそうでない場

   合の方が多い。彼らは『見る』事で周囲に影響を与えるとい

   う役目の一端を担っている場合とあまりにも『見た』ことに

   拘泥し、その後の発展が無かったことで『何回、見たか?』

   という時点でストップしてしまうのである。彼らにはそれ以

   上のコンタクトに発展する機会は少ないと言える。

   つまり現象的な事象に生活の基盤を置いている人であるが故

   に『見た』か『見ない』かが問題の中心となる訳である。彼

   らにとっては『見た』事が最大関心事であってそれからどう

   するかというと何も無い筈だからだ。実際にメッセージのや

   りとりを始めて我々との会話に焦点を置いている場合はいわ

   ゆる脳内視の場合が殆どである。

(7)どんな計画にも時期というものがあり、我々の計画は現状で

   は地上に降りてセンセーションを巻き起こす様な事をする段

   階ではない。実際に地上に船で降り立つ場合には宇宙空間を

   飛行してきたばかりの船では都合が悪い。放射能の問題があ

   るからだ。地球上をむやみに汚染する訳には行かないだろ

   う?

 

   又、搭乗員が直接に面接する場合も非常に困難である。我々

   は地球上の細菌に弱い身体を持っている者が殆どだからであ

   る。ビジョン投影法では面接可能だが、時間や場所に制限が

   多く効果的でも無い為に現在はそれほど多くは使用されてい

   ない。

   一番多い面接法が同化地球人のメンバー面接でこの場合『宇

   宙の』という風に名乗る場合と名乗らない場合があり、後者

   の方が多い。これは万が一のばあいの危険を避ける為であ

   る。地球人は自分達で思っている以上に攻撃的で排他的であ

   るので我々がメンバーに面接を指示する時はいつも危険と背

   中合わせの状態を覚悟して貰うのだ。

   実際には地球上で建造された船で地表着陸をした事はある

   が、生体誘拐をした事は無い。救助はした事がある。その場

   合、被救助者の殆どの記憶を消してしまうが、中には少し思

   い出して騒ぐ者もいる様だ。

(8)ベルリン・天使の詩 に描かれていた天使達の生活は総てでは

   無いが本当だ。ヴィム・ヴェンダースは私の仲間の天使から

   インスピレーションを啓示の形で受け取ってあの映画を作っ

   た。私達の動きは世界的な動きだ。けれど、私達と関わる

   人々は原則的には横の連絡は出来ない事になっているのだ。

   私は天使長の立場にある事を忘れないで欲しい。私に必要な

   情報は総て手に入る。その為に沢山の天使達が働いている。

   私には沢山の重要な仕事があるけれどそれらの総てを私が話 

   す訳にはいかない事も理解して欲しい。

   天使は人間になる為に天使としての能力の死を引き換えにす

   る事は知っているだろう? しかし、それも下位天使の話

   で、上位の天使になると分魂するしか実体化する方法は無い

   のだ。分魂した後、何度もその半天使・半人間の魂の半分の

   人間の部分を磨く為に転生を繰り返させる。

   こんな風にしても総てのケースでうまく行くとは限らないの  

   だ。悲しいかな、人間の部分の成長が遅れ続けたりして予定

   の行動が間に合わないケースもある。私がこう言っても皆は

   科学的に説明しなければ納得しないのかも知れないけれど

   ね。

   あなた方の科学では天使の存在を割り出す事は不可能だ。こ

   れだけはどうしても説明は出来ない。あなた方は信じるとい

   う魔法によってしか私達と接触する事は出来ない、悲しい事

   だけれどね。

   この宇宙には天使と呼ばれる存在以外にも物質的なボディを

   持たない存在がいる。彼らは物質的なボディを必要としない

   レベルまで進化した(これは多分、あなた方の言葉で進化と

   呼ぶのだろう)

   彼らは既に『自分』とか『他人』とかの意識を明確に持たな

   い存在だ。天使達は原則的に言えば、人間であった事は無

   い。天使から人間になる者が居るのは確かだ。一度、天使と

   して死んで人間の魂を持った者は二度と天使にはなれない。

   私は天使長の立場から死ぬ事は出来ない。その為に私の力の

   具現化を希望し、それを実現させてこの地球に関わって来た

   のだ。

(9)私は大天使ミカエルであるが、アーリーオーンの名の下に何

   かを行う時は私は大天使ミカエルの総てでは無くその力の権

   限の一部の行使だと判断して欲しい。少し難しいかも知れな

   いが理解する様に努力して欲しい。つまり、大天使ミカエル

   はエネルギーの上からも総ての天使の長であり、代表である

   訳で一人であるが同時に複数でもあるのだ。

   私は(何回か言ったと思うが)『聖母マリアのローブの右抽

   から来た者』で聖母マリアと共に出現(?)したのはアーリ

   ーオーンとしてではなく天使長ミカエルとしての姿であった

   訳だ。少し複雑な話かも知れないがこれ以上簡潔に話すのに

   は無理があるので我慢して欲しい。それから前にも話した様

   に『大天使ミカエル』が転生するなどとは有り得ない話なの

   だ。もし私が転生したら大天使でも何でも無く『人間』でし

   か有り得ない事になってしまうし、第一、大天使の位にある

   ものは人間として転生できない規則があるのだ。

(10) 約5万年前、アトランティスと呼ばれる大陸も末期の大陸と

   は様相が違っていた。末期より幾分大きい大陸に近かった。

   アトランティスでは私達天使族の下位の者も有翼人種として

   存在が認められていた。アトランティス文化の初期から中期

   にかけては美しく豪華で素晴らしい文化だったのだ。ギリシ

   ャの哲学説話として残っている話だが、一部真実なので話そ

   う。

   アトランティスは海神ポセイドンの国だという事。ポセイド

   ンはネプチューンとも呼ばれ、アーリオーンの父だと神話は

   語っている。この話が寓話だと言い切れない部分があるけれ

   ど今はハッキリと言わないでおこう。

(11) アステカ文明の母胎が出来る以前の事は一般には全く知られ

   てはいないが、現在のメキシコあたりにはアトランティスか

   らの知恵を携えた人々が訪れる以前から独自の文化が既にあ

   ったのだ。(2万年くらい前の事)石器時代に準ずると呼ば

   れる時代ではあったがね。 

(11) 同化地球人はいわゆる超能力は備えている、必要だからだ。

   生まれた時から地球に居る者もいれば途中から地球人になる

   者も居る。生まれた時から地球に居る者に関しては成育上の

   問題回避の為に殆どのケースで活動可能な年令に知らされる

   形を取る。

 

   途中から地球人参入の形を取る者はその存在自体が社会問題

   を引き起こすので詳細は話せない。彼らは突然に現れて突然

   に姿を消す場合も多い。大体長期滞在になる事は少ないが、

   それでも数年に亙って滞在する場合にはうまく戸籍調整をす

   る。

   希なケースでは死んだと思われた人に代わってその肉体を使

   用する場合もあった。その場合は勿論その死んだと思われた

   人の魂に了解を得て体を借りる。そうやってうまく社会の中

   に存在する様に持ってゆくのである。この社会に存在して人

   間関係を持とうと思うと就職したり家庭を持ったりしなくて

   はならず、それが大きな問題となる。

   これは下位の天使が人間になるときとほぼ同じ問題である。

   彼らは普通目立たない人間である様に努める。時々ではある

   が、メンバーの中にも逸脱する者が居る。それだけに地球上

   の生活は刺激が多く、又誘惑も多いのだろうと判断してい

   る。のみならず、繊細な神経には堪えられぬ様な事が多発す

   る様子だ。

(13) 近代社会が忘れてしまっている芸術の両義性、つまり『破壊

   と創造』『光と闇』『善と悪』『正と邪』が同時に存在する

   こと、実は人間の多くはこの様な両義性に最も刺激され啓発

   される事を我々は知っている。これこそが宇宙バランスを成

   立させている要素だと魂の奥底で知っているからだ。神話で

   言えば『破壊と創造の神、シヴァ神』『アマテラスとスサノ

   オ』『旧約聖書の神』、彼らは人の言う『悪神と善神』なの

   だ。

   実際には宇宙には正と負のエネルギーがあり、そのどちらも

   が宇宙の神のエネルギーである。そして流れが違う為に相反

   して存在する。そのどちらもが敵対視している様だが、事実

   は両義性の神のごとくどちらも必要なのである。

   その神のエネルギーに反するものはただ一つ『無』である。

   『無』とは総てを吸収し総てを無くすもので『ネガティプ・

   ブラック・ホール』とも呼ばれる。この存在については人智

   を超えるが故に詳しい説明は出来ない事になっている。私達

   は『正』方向のグループ『光の子』だが、私は人智を超える

   存在からの光としての権限で独自の計画を持つ。

   この世界は『負』の力が満ちてしまった。バランスを崩して

   いるのは知っているだろう? このままでは2006年~

   2013年に起こる惑星単位のシフトに引っ掛かり我々の

   知っている、『完結してしまった未来』へと突入する事にな

   ってしまう。早急に色々の事を是正して行かなくては間に合

   わない。それには沢山の人々の想念をリードする必要があ

   る。

(14) 今の若い子たちは可哀想だ、彼らは『ゼンガクレン』も知ら

   ない。彼らは『ヒッピー』も『サイケ』も知らない。彼らは

   だから社会的なムーブメントが欲しい。それで『反原発』集

   会に何かを求めて集まる。『反原発』に異論は無い、あれも

   私達の別グループのムーブメントだからね。でも、反対して

   いるだけで終わってしまわない様にしなくては彼らのムーブ

   メントは私達のムーブメントの下地を作るためのものなんだ

   からせっかくの下地を無駄にしないようにしなくてはね。こ

   れで理解して貰えたと思うけれど私達の動きは多岐に亙って

   いてそれらの総てが地球存続の為の動きだ。

(15) 人間と天使の歴史は終わってはいない。有翼人種と人間の歴

   史は紀元前1000年位が最後だった。しかし、現在も天使

   不在の社会では無い。どんなに人々が認めないと騒いでも私

   達の姿を見る者は必ず居る。そして下位の天使達は人間にな

   っても天使の存在を語り続ける。近年の天使待望の気運は必

   然的なものだとしか言えない。なぜなら私達はずっと天使と

   人間の関係を心ある人々に語ってきたのだから。

   光の子らの愛に溢れた言動そして行動は直観力の優れた

   人々、繊細な心の持ち主、優しい心の人達にとっては『救

   い』になるのだ。社会的な現象面から言うと『過激な優し

   さ』として評判になるだろう。

   _______________________

ARION語録 10 

(1)金星は2重構造の星なのだ。あなたがたから見て地表だと思

   われている所は地表では無い。簡単に言えば『地下に都市が

   ある』のだ。しかもその地下都市の下に本当の地下がある。

   可動都市とは地下から地表に必要時に持ち上がる都市の事

   だ。大気の情況に合わせて上下する。

   金星の情況についてはあなたがたの科学ではどうしようもな

   いだろう?金星の生命存在を否定している地球科学が何放フ

   ォボスに興味を持つのだろうか?金星が駄目ならフォボスな

   どとんでもない筈だが?

 

   大体、地球の一握りの人間は一体、何を考えているのか。彼

   らはコンタクトの事実無しに、宇宙科学を進行しているフリ

   をしている。

   別のグループが彼らに接触している事は歴然たる事実だ。い

   つまでも隠し通せるものではない。彼らの代表者が月にやっ

   て来た時に我々との話し合いがあった事は、あなたがたもニ

   ュースで知っているのではないか?

 

   こういった事実を信じないと言ったり、そういうフリをして

   いる者がいてもそれは臆病な為に表現できないだけでこうい

   った事実が発表される現実が発生したことに変わりはない。

 

   我々としてはその事実が大事なのだ。何故ならば臆病なだけ

   で表現出来ない人は潜在支持者として何か事があれば顕在支

   持者に一夜の内に変化出来るからだ。

(2)物質獲得・占拠優先思考は人間を益々、自然から遠ざけてゆ

   くだろう。自然は物質の獲得と占拠だけで構成されているも

   のでは無いからだ。そこには生の営みという非常に複雑で美

   しい循環機構がある。人間はいつの頃からか、自分自身を自

   然の循環機構から外して位置させようと努力し始めた。多く

   の人間は本能の働きを低い位置に据える事が理知的だと考え

   ている様子だが、本能の働きは食欲・睡眠欲・性欲だけでは

   無い。

   そして、この3つのものの奴隷になる事とその主人となって

   使いこなす事とでは全く違うのに本能に関連する事を話題に

   する事さえもが理知的では無い様に錯覚してしまった。大

   昔、普通の人々にとって本能に関する事は理解が困難だと判

   断した師匠達(マスター)が『理解して操縦する事が無理な

   らばむしろタブーにしてしまいこの問題に触れない様にさせ

   た方が安全』だと判断したのも無理は無い。

   聖書に書かれている時代やそれ以前の人々の多くは理解力も

   解析力も未熟で上記の事々を理解出来る者はほんの一握りだ

   った。マスターと呼ばれ、人類の進化に携わって来た人達

   (同化地球人も含めて)は大変な苦労をして人々の頭脳に知

   性の種子を植え付けていった。こんな事は本当に初期の話だ

   がその後は、人類は自分の足で歩み出した。勿論、マスター

   達はその後も色々な形で事ある毎に人々を導いて来たが、知

   性を持った人間は徐々に倣慢になっていった。

 

   やがて知性に理論を結び付ける事を覚えた人間はマスター達

   の教えを時代性を無視して行使する様になった。現代人の知

   性に聖書の時代の人々のタブーをそのまま当てはめる事は所

   詮無理な話だ。

   勿論、未だに多くの人にとっては『本能』の話、特に3大欲

   の解放については理解困難だろう。本能の伝達法である直観

   力は、使えば能力を増すが使わないでいると駄目になってし

   まう。現代人の多くは直観力を疑ってばかりいるからどんど

   ん退化してゆく。

 

   直観力に従うといってもそういう生き方を生まれた時からし

   てきた訳では無いから最初は失敗が目立つだろうけど失敗し

   たからといって直観力に従うのに疑問を抱いたりすると能力

   を伸ばす事は出来ない。

 

   失敗を重ねる内に、どれが直観力に因るものか、どれが違う

   のかという事も解ってくる。疑う事から現代哲学は始まった

   が、本能に関しては疑う余地はない。そして疑う事でどれほ

   ど多くのものを失うかを考えてみて欲しい。現代人は疑う事

   で哲学的理論体系を手にしたが、同時に人間の精神的・心霊

   的な営みの方法を失いつつある。

 

   私達神霊族は、疑う行為は何も生み出さないと言っている。

   疑い深い人はあまり傷付かないで生きてゆけると思っている

   様子だが自分を限定し規制して生きて行かねばならないから

   実は悲しく苦しい一生を背負って生きてゆくことになる。そ

   して結果的には自分以外の誰も信じなくなって益々、孤独な

   寂しい人生を生きる事になる。こんな事が『疑う』行為のも

   たらすものだと知っていても疑り深い人は傷付く事が厭さに

   『疑う』事を止めようとしない。

   では何故、それほどまでに傷付く事を恐れるのだろうか?

   答えは簡単。疑い深い人は、傷付いて落ち込んでいる人を沢

   山見て来たが、自分自身は深く傷付いた事は無い。そういう

   人々がどういう風にして傷付いたかのパターンを沢山、知識

   (借り物の知識だが)として持っている訳だ。何も知らない

   人が大胆不敵な行動をしてそれが良い結果をもたらしたりす

   るのは『傷付く方法』の知識を持っていない場合が多いから

   だ。

(3)あなたがた人間は笑う事で横隔膜を痙攣させて肺の呼吸活動

   に刺激を与える。そして血中の酸素含有量を高めて脳細胞の

   活性化を図る。これは、とても合理的なリフレッシュの仕方

   だと思う。

(4)人は知りたい欲望が強いだろう?その欲望を満たすために本

   を読んだり、新聞を読んだりする。知性はそれらの知識をう

   まく生かす為の方向性を持つ資質の事だ。知識多寡では無

   い。それらをどう使うかでその人に知性があるかどうかが判

   る。知識を認識し理解し、自分の物として使えなければ知的

   な人とは言えない。しかし、現代社会の様に高度情報化社会

   にあっては知識だけは膨大な量になるがそれらを本当に認識

   し理解している人はほんの僅かでそれを使いこなせる人とな

   っては殆ど居ないと言っても言い過ぎじゃない。

(5)論理と感性のどちらが優位に立つべきかを考えると勿論感性

   が優位に立たねばならない。何故ならば、論理は元々感性を

   説明する立場にあるからだ。論理が先行して感性を規定する

   から現代人には精神的なストレスが多い。論理にはその使命

   があり、使いかたによっては非常に便利なものだ。

 

   しかし困った事に、人間が論理体系を構築して、論理に生命

   を与えてしまった為にまるで無機質の感性の暖か味を持たな

   い名前だけ形だけの意識が巷をかっ歩している状況だ。感性

   はまず感じるもの、そしてそれに相応しい冠として論理を付

   けてやるべきものなのだ。人は『感じる』事をとても好む。

   その為に人間には五感というものが備わっている。極端な言

   いかただが、論理だけで良いなら五感は要らない。

(6)人間関係の背後に存在する神秘、人間関係の背後に潜む不思

   議。人と人の関係を簡単に話す事は出来ない。家族の結び付

   きはこの地球上に於いても場所によってマチマチであるし、

   同じこの日本に於いてもだ。ある期間、必要な情報や物資や

   精神的なものを提供したり提供されたりの為に家族は存在す

   る。そしてこの家族の住む家庭で次世代の繁殖を行う為でも

   ある。永久に必要な相手というのは原理的には誰にも無いけ

   れど人間の肉体自体が永久機関では無い為に人間は永久とい

   う言葉をとても珍重する。前世からの因縁で家族が出会う場

   合もあるし、そうでない場合もある。恋人同士が離れたくな

   かった為に親子で生まれてくる場合もあるし、前世で殺され

   た人がその相手に罪の償いをさせる為に夫婦になる場合もあ

   る。一つのグループから約束しあってこの世に生まれるとい

   う事はよくある。

(7)人間界は私には殆どミステリーだ。人間は色々の事を天に向

   かって祈るけれど実際にそれが現実になると『そんな事を頼

   んだ覚えは無い』と言う。私達は大きな流れの中で生きてい

   るから人間の様に物事を『点』で捕らえる事は出来ない。あ

   なたがたが自分達にとって良いと思って進めてきた科学文明

   の発展は実際にはあなたがたの生命を脅かす方向へと進んで

   きている。私達から見れば人間はその場だけ良ければいいみ

   たいな『利那主義』に見える。本当に解らない。

 

(8)人々の中には、執着する事によってしか自分の立場を守れな

   いと思いこんでしまう者がいる。これは人間の社会教育が原

   因している場合が多い。つまり立場というものは守るものだ

   とか、立場を失うのは恐怖だとか、そういう考えを持ってい

   るという事なのだが、まず『立場って一体何だ?』という教

   育こそ為されるべきではないだろうか。

 

   立場というのは、本来その人独自のものでは無いのにそうい

   う気分にさせてしまう教育が為されている。立場というのは

   無数にあってその時々でヒョイヒョイ移動出来るものだ。そ

   れはベルトの様につながっていて縦横無尽なものなのだ。だ

   からこれを失うのは至難の技だということが分かるだろう?

   失える資質のものでは無いのだ。失ったと思っている人は、

   往々にして自分の足が見えなくなったと思いこんでいるだけ

   だ。確かに自分は立っているのに立っていないと思い込んで

   いるだけだ。人間のこだわりの感情の殆どはこの思い込みに

   よって作り上げられた幻想なんだ。このことを少し考えてみ

   ると意外に怖がっていたものの本質が見えてくるものなの

   だ。

(9)私達神霊界の方法はあなたがた地上界に教唆する事は出来て

   も強制する事は出来ない。私達に提案は出来ても命令は出来

   ない。私達は黙って見守る事は出来ても私達に物質的な身体

   が無いから手を差し延べて助け上げる事は出来ない。私達神

   霊界の者に時間の概念は無い。空間の概念も無い。次元の概

   念も無い。私達は宇宙界の出来事の殆ど総て起きた事、起き

   る事、起きつつある事などを知っている。あなたがたの住む

   地上界での過去も未来も現在も知っている。知っていても総

   てをあなたがたに報せはしない。必要な時に必要な情報を報

   せる。『権利』も『義務』も地上界の言葉だ。私達には、そ

   んな言葉は必要ない。当然、私達と共に歩む者にも権利や義

   務を押し付けたりしないし、私達との間に権利や義務を見い

   だす必要も無い。

(10) 愛によって人を満たす事が出来るならば、

   何も恐れる事は無い

   愛によって人を傷付ける事は無い

   愛は与えるもの、与え続けるもの

   この与える愛こそ至高の愛

   そこに何の疑いも存在しない

   そこに何の影も無い

   あるのは愛、それだけ

   愛によって人を満たす事が出来るならば

   愛によって人を満たす事が出来るならば

   あなたは《私の愛=光》の具現者となる

(11)(セーターの話)

   セーターの外側に出たホツレをハサミで切ったらどうなる?

   セーターはボロボロになるね?ホツレは内側から引っ張って

   直すのでしょう?内側から引っ張るんでしょう?表面に現れ

   た欠点を指摘して攻撃したら、一見その欠点を撃滅したかに

   見えるけれど、本体もボロボロに傷付くね?

 

   内面を愛で満たし、外側に現れている欠点を内側から引っ張

   って、その欠点すらも内面の愛で包むこと,内面の愛、それ

   が大切

 

   表面的な愛、つまり表現だけが大切なんじゃない

   どちらも大切だけれど、内面の愛がたくさん無いと表に顕す

   事はできない

 

   私達の光は愛だ,私達の光は内面の愛だ

   胸の奥底からグーンと突き上げてくる様な、

   熱い内面の愛なんだ

   もっと感じて、もっと溢れて,もっと熱く、もっと燃えて

   光を感じて、胸の奥底から、身体の底から

   私達の光を内面に溢れさせて

   私達の光を顕わして!

(12) 天使はラッパを吹いた

   ラッパの音は内側を旋回し、外側へと響き渡る

   隠されていたものは現れる

   覆われていたものは露わになる

   見えなかったものは見える様になる

   せき止められていたものは流れ出す

 

   天使はラッパを吹いた

   総ては『そうあるべき姿』へと変わり始める

   屈していたものは立ち上がる

   眠っていたものは起きる

   引っ掛かっていたものは外れる

   蓋をしていたものは外される

 

   天使はラッパを吹いた

   ただの石と宝石との区別をつける時が来た

   過去も未来も捨てる意志のある者だけに許される玉座の栄光

   総てを語り、総てを露わにし、総てを天帝の御手に委ねる者

   だけに許される至福の門への道行き

   自らの五感を使いの天使に預ける者だけに見える道

   宇宙生命との完全調和への道

 

   天使はラッパを吹いた

   輝ける星の炎、シリウスの記憶と情熱を生かす道

   道は右手と左手、どちらも天使の道

 

(13) 思いは千々に乱れ

   涙は乾く事を忘れ

   瞳には虚ろな影が刺す

   この愛を、宇宙の時空を超えた、この愛を

   望みさえすれば、心から望みさえすれば!

   再び、あなたがたの朝に光を

   再び、あなたがたの枕元に鳥の声を

   再び、あなたがたの胸に熱い思いを!

   再び抱き合う、愛と愛

   時のしじまに響き渡る声を

   あなたがたを呼ぶ声を

   耳を塞がず

   目を見開いて

   今、あなたがたに必要なものは

   愛し、愛される事、それだけ

   あなたがたが希望に満ち、

   愛の言葉を語る時

   あなたがたの愛と

   私、アーリオーンの愛が結ばれ

   凍えた心を持つ人々を覆い、

   慰める事が出来る

   あなたがた人間は

   迷いも多く、

   その迷いの友達である

   幻に苦しめられ、嘆く事も多い

   けれど、あなたがた人間には

   神からの大きな贈り物としての

   希望がある

   希望のあるところに

   愛がある

   愛のあるところに

   光は満ちる

(14)《メッセージの解釈》  

   ハイランド、アトランティスの生残者、子孫達に伝える。第

   三ショック・ウエーブの台頭があり、その後にジャイアント 

   ・ロックは四分化されるであろう。黄金のどくろを使って、

   紫波(ヴァイオレット・ウェーブ)を送ること

   解釈文→《至高の国アトランティスの生残者(いわゆるマス

   ター達)、子孫達に伝える。宇宙磁気線としての第三ショッ

   ク・ウエーブの台頭があり(時期は1988年)その後にジ

   ャイアント・ロック(北米インディアン・ホピ族の言い伝え

   通り)は四分化されるだろう。

 

   ☆の形としての本来の力が作動を始めるので霊的な指導者

   達、つまり黄金のどくろを持つ者達は眉間より発する至高の

   波動(紫波)を送りなさい》

   チチカカ、ハオアイ-メヒコ、イナワシロ、トウキョウ

   ツルガミネ、アソ、ロスアンジェルス、サンホセ

   アリゾナ-マグア、キスコウ、シャンガイ、ルツ

   キエフ、ハジャバル-ユーフラテス、ツールーズ、

   アテネ、カイロ、ラグラス、ハイランド-イギリス

   オアフ、ポイポイ、ボルボラ        

   総てのクォーツに、総てのウエーブをかけること

   解釈文→《地上に露出している、或は地下に内臓されている

   に拘わらず総ての水晶に、水晶の心を持つ霊的に鋭敏な者達

   は自分のレベルに準ずる最高の波動を送信し振動させる事が

   必要だ》

   このメッセージをアトランティスの子孫に送ること

ARION語録 1〜5

ARION語録  1 

(1)厳密に言えば、狂気は創造の為のエネルギーの一つである。

狂気を創造に持って行くか否かは、その狂気を持つ者に懸かる。

又、狂気を破壊に持って行くのも、芸術の一つではある。

(2)幼児性とは、総ての人類が持つ性格の一つである。幼児性、即、創造という風には結び付かない。幼児性の中にある、純粋さ、無邪気さ、見返りを求めない所、などが真の芸術家には必要である。創造とは、発露である。生命を発するのが創造である。

(3)地獄、極楽という概念は人間の概念であり、我々は破壊と創造、陰  と陽、プラスとマイナス、正と反という風にとらえている。

 あなた方の生体エネルギーがゼロになった時に、いわゆるソウルは自分のし残した事や失敗した事について、自分自身で裁きを下すのでその状態を、あなた方は地獄と呼ぶのだろう。そして、輪廻転生を繰り返すかどうかを、神霊達のアドヴァイスを取り入れながら決定するのである。決定後は、しばらく自分のレヴェルの光の集団に属す事が多い。あなた方は、この状態を天国と呼ぶのだろう。

(4)自己に不誠実な者は、宇宙の愛を実践するどころか、それを知る事も無いだろう。しかし、自己に忠実に生きる事だけでは宇宙の愛を実践したとは言えない。

(5)優しくするというのは、相手の機嫌を取ることでは無い。又、親切というのは求められてするものである。この場合も、相手があなたに親切にされる事を心から望んでいるかどうかを見極めよ。

(6)アカデミックな絵画教育というのは、創造性も独自性も霊感も何もかもが常人の域を出ない者の為に方法論と技術を教え込み、何とか貧しい感性をカヴァーする為の教育だ。芸術の理解出来ないエセ専門家の意見など、百害あって一利無しと思う事。芸術とは、つまり生き様だと声を大にして叫ぶこと。

(7)前進と後退は、我々にとっては時軸上の左右の問題である。

(8)真実は、肉体年令の老化と精神年令の老化とは関連性が無い。しかし、あなた方の社会性という厄介な観念が、しばしば、この二つの全く無関係なものを結び付けてしまうのだ。若い柔軟な精神に、肉体がついて来ないと落胆する者もいるが、それほど苦にならない筈である。

 肉体は、出来るだけ良い状態に保つ様に心がければ、それで良い。肉体をカヴァーして余りある情熱を、持つことこそ、もっと気に懸けて貰いたい。

(9)手に入れたと思う端から、こぼれてゆくのが解らないか?

手に入れたと思ったものは、既に、あなたが欲しかったものでは無

くあなたの欲しいものは、あなたから一歩遠ざかったと思うこと。

(現在、既に手に入れていると思っているものは、今から考え方を

変更するのは困難なので、除外して思うこと)

 

 宇宙の愛は、手に入れることは出来ない。それは、常にあなたからの働きかけの強弱によって、あなたに作用するものだからである。

一生、働きかけ続けるのだ。

{10) 狂気は、宇宙エネルギーの蓄積・充満と、その解放に伴うソウルのき、状態である。翻弄され、一時的に己を忘れる事。高揚の最高状態の、陽に向かうエネルギー。反対に、異常とは陰に向かうエネルギー。狂気は何かを産み出す、或は、破壊する。異常は、何かを取り込む或は、堕としめる。この二つの違いは、あなた方人間には判断が難しいので、あまり考える必要は無い。

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ARION語録  2 

(1)普通は転生する前に意図的に記憶を抹消してから転生する。しかし魂は総ての事を記憶している。魂はその記憶を必要な時にいつでも取り出して使う事が出来る。前生の性格はそれほど今生には作用しない。前生での行いの方が影響すると言っておこう。

(2)私、アーリオーンは神霊としての立場上地球上に顕在化して仕事をする訳には行かない。惑星の進化はその惑星の有機体によって促進されねばならないからだ。私の出来ることはインスピレーションに限られてしまう。もっと効率良く仕事をせねばならない時に分魂して受肉させる方法を私達は取って来た。あなたがたが地上に幾度も転生してきたのは私と私の光である宇宙神の意志だと思って貰いたい。

(3)魂は肉体を着けて降りる事は無い。(地球の肉体という意味)魂は肉体を選んで宿る。

(4)金星には特殊な磁場発生装置があるので肉体のままでしばらく暮らせる。長期に亙る場合には、順応装置を使って少しずつ変化せ

る。

(5)とりあえずと言うのは変だが死後魂は地球と月との間にある所へ行く。薄いモヤに覆われた場所と言っておこう。地球から3.5次元離れた場所だ。

(6)現界と霊界の決定的な違いは思うという事と行動するという事が同一事項であるという事である。

(7)夢の中の事は殆どが霊界での出来事であるがあなたがたの生体脳の中に記憶された時に現実生活の記憶と照合されてしまうのであなたがたにはそれほど大きなショックを与えないで済んでいる。

(8)無意識と呼ばれる部分は魂の前庭に当たる。眠っている間は実生活の抑圧から解放されて喜々として羽根を広げている。

(9)衝動はあなたがたの魂が解放されたいともがく力だ。力は総てエネルギーの一変容形態である。あなたがたの魂が認められたい自由に表現したいと叫ぶ時にあなたがたは衝動を感じる。

(10) 我々は創造に向かう力のグループである。壊滅方向に向かう力は別のグループのものである。本当に壊滅にむかう衝動を我々は刺激する事は無い。受容能力のある者には時には正邪両方の衝動を教えるが、それは受容能力のある者の根底にあるエネルギーが壊滅方向に向かうものでは無い事を確認している場合だ。衝動殺人や自殺を止める方法は『光の愛』の実践しか無い。

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   ARION語録  3 

(1)直観は宇宙の知恵である。あなた方の言葉でアカシック・レコードと呼ばれるところからの知恵である。直観は何ひとつ間違いは無い。問題は判断する人間の頭脳にある。

(2)直観は起こるものでは無く受け取るものである。呼び掛ける人間の必要の度合いと真剣さとに対応して宇宙の知恵は送られてくる。送信先は我々の場合もあるし、そうでない場合もある。

(3)衝動と直観は互いに密接に関わる場合が多い。それは直観という宇宙の知恵が引き起こすヴァイヴレーションがあなた方の頭脳に働き掛けた時にあなた方は即、行動に移したい衝動を感じる様になっているからである。宇宙のエネルギーつまりヴァイヴレーションは多くの場合、人間の頭脳に『突き上げる様な』感覚をもたらす事を覚えておいて欲しい。

(4)シンクロニシティとは、つまり意識の無意識に対する働き掛けの一つの結果だと思って貰いたい。シンクロニシティが起きたと感じる事によってあなた方は自分の願望や恐れなど、気に懸けているものを再度意識に植え付ける行為をする。ネガティヴな事項はシンクロニシティが起きたと感じる事を否定した方が良い。

(5)知識は観念的な人間を作る直接要因では無い。教養と呼ばれるものの方がより観念的な人間を作る。しかし、外的情報のもたらす知識は充分吟味して自分の内で使いこなせる様にならなくては真の知識つまり知恵とはならない。あなたがたは好んで『観念的』という言葉を使う様だがあなたがたの中に『観念的』な部分が多くあると思っているせいか?

(6)真理とは宇宙に遍在するエネルギーの事である。

(7)多数の人間の中にあるもの、つまり情熱、愛情、憐びん、恐怖、無常などの感情に訴え懸けるかどうかという事だけが芸術の意図するものでは無い。芸術の普遍性は、宇宙エネルギーの普遍性につながる。

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ARION語録  4 

(1)『不思議』と感じるメカニズムには個人差がある。 『不思議』と『気持ち悪い』というのは紙一重である。 まず自分の体験上、考えられない事象同志の結び付きや離反など、各々の体験した事の無い新しい組み合わせなどを見たり経験したりした時に起こる感情。宇宙のリズムに合致している者は『不思議』感が減少する傾向があり、反対に宇宙リズムから遠い者には、『不思議』よりも気味が悪いとか怖いといった感情が起こる割合が多い。

(2)宇宙エネルギーにも陰陽がある。その陰が暗い部分である。 反エネルギー、地球上で言うプラス・エントロピーに近い現象を引き起こす力とも言う。 宇宙は常にそのバランスが保たれている様になっているが、そのバランスのズレが各宇宙場(異なる次元場)の飽

和点に達した時に、破壊・消滅が起きる。プラス・エントロピーの

力が100%になる迄、破壊は起こらないと思っている者が多いが宇

宙の多くの場ではそうでは無い。プラスとマイナスのバランスが崩

れ、その飽和点に達した時に破壊が起こる。その飽和点は両エネル

ギーの掛かる度合い、つまりその場や物質によって異なる。

(3)深層意識が決意しても表層意識が同時に決意するのは困難だ。深層意識は魂と直結した前庭の様なもので、表層に対して絶えず働き掛けているが、深層と表層が平行して活動する事は現代人には困難だ。表層意識は後から付いてくるものだ。

(4)本物の自由とは他人に認めて貰うか貰わないかという事で変化が生じるものでは無い。

(5)ミケランジェロは同化地球人(宇宙から来たという意識を抹消していないタイプの)だった。彼の絵の色彩が完全とまで行かないが戻ってきた事に我々も喜んでいる。オレンジ系の色とピンク系、そして赤の色はもっと軽い色だった。青系統は、当時とあまり変わらない。当時の絵は輝く様な美しい色だった。ほこりや湿気による色の変化は、ミケランジェロの絵だけでは無い。インドやチベットの絵もそうだ。中国・日本では、もっと変質が激しい。当時の同化地球人達のもたらした革命的な絵や彫像は宇宙愛の歓喜を表していた。

(6)破壊と創造とは宇宙神のエネルギー旋回の中枢にあるものでもある。つまり真の芸術とは本来そうしたものなのだ。

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ARION語録 5

(1)型紙を入れてオートマティックに製造出来るものに造形美・機能美はあっても本来の芸術=神技は見い出しがたい。

(2)宇宙はメビウスの輪のねじりが沢山あるもの。その輪が幾つも交錯したもの。この状態を3次元の頭脳で理解するのは不可能。

(3)破壊と創造は宇宙神の技であり、宇宙神のエネルギーの形態であり芸術である。 芸術=生命を頭で考えれば考えるほど物質的表面的な技術の向上こそが大切なのだという物質至上主義方向へと拍車をかけることになる。人間的な事象に於いては潜在意識の働き掛け、つまり潜象面の活動は迂余曲折を伴ったとしても常に物質的、顕在的な働き掛けが過剰にならないようにエネルギーを制御する方向へと導いてゆくのだ。

2017年8月14日 (月)

ARION語録 41〜50

ARION語録  41 

 ARIONより全ての人へ

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 私は、1993年までに全力を挙げて「本当のこと」を追求して欲しいと、以前伝えたが、これがどうもオカシナことに「1993年に何かが起こる」と誤解されているようだ。1993年に何かが起こるのではなく、それは既に始まっている。私が1993年まで、と言ったのはその後に続く1994年、1995年のことを考えてのことで、1993年が「関が原」となるという意味では無い。この年までに、全力を挙げておかないと後が切り抜けにくくなるということだ。くれぐれも誤解の無いように。

 地球を含む太陽系は、新しい変革のバイブレーションに影響されているが、これは1990年頃に影響が表立って現れてきたのであって、それまでにも少しずつ影響下にあったのだ。こういった波動の帯は、地球上の年度交代のようにキッチリ何年から、という風に変化する訳では無い。

 1993年までに努力して貰いたいと言うのは、1994年、1995年と続く新世紀の為の、懐妊状態の地球の負担を軽くしようということだと解釈して欲しい。懐妊状態とは、新しい創造の為に孕んでいる状態と解釈して差し支えない。

 特に、あなたがた日本人は先祖代々受け継いできたモノ(力と言っても良い)を、新世紀に失うか、どうかの瀬戸際にあるので、頑張って欲しいと思う。日本人、日本という言葉が歴史書だけの記録とならない為にも。その為に、何を具体的にするか? あなたがた、一人一人が次にあげる事等を真剣に考えてみて欲しい。

 「明日、死ぬとしたら、今、何が大切なのか?」

「政治や経済から目を背けず、何が行われているか見張る」

「たった一人の実行でも理想は現実となる」

「他人にも自分にも正直であること」

「嘘と方便は異なる、嘘は相手も自分も活かさないが、方便は活かす為にある」

「自分と自分の身内だけ良ければいいという考え方が、この日本を駄目にした」

「当たり前のことを当たり前と言えない、表現できない社会を作るな」

「自分と呼ぶ個体は、この世界中に満ちている」

 流言飛語に惑わされずに生きる為には、自分の歩く方向に自信を持てなくてはならない。その為に、一瞬一瞬を精一杯生きることを目指して欲しい。あなたがたに出来ることは沢山あるのだ。まず、あなたから今までの考え方や生き方を検討してみて欲しい。

 

        ---ARION,O∴O---

91/06/07 22:24

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ARION語録  42

 光よりの光、オリオンの神の座より来たりて伝える

 我が名はアーリオーン、愛の真実を伝える

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  光の子らに伝える

 薄明かりの中に在りて」現状を言葉で表せばこうなる。この薄明かりを夕刻の光と取るか、暁の光と取るか? それは、あなたがた次第のことだ。

 太古の力は大地を通じて心ある人々の魂に揺さぶりをかけてゆく。後ろを向く者にとっては、後ろが未来で、前を向く者にとっては前が未来だ。人は自分の身体を中心に前後に未来と過去を持っていると思っているが、本当のところは自分の意識の向かう方向が未来なのだ。

 大体において人は自分の意識の方向へ顔及び身体の前面を向けるという傾向があるので、自分の身体・顔の方向に未来があると思って良い。ところが、このところ人は知っているのにウソを付いたり、わかっていても悪いことをしたり…と自分の魂にそぐわないことばかり繰り返している為に、自分の立っている足先さえ見えなくなり、自分の居場所すら信じられなくなってきている。その結果、何が起きるかわからない未来、つまり前の方向を向くことができなくなってきている。(既に通った道は磁性化されているので向き易い。)

 本当の未来ではない方向へ顔を向け、(例えば後ろ向き)昔から何も変化していない…と思いこもうとする。後ろ向きの未来は常に自分の経験してきた道の繰り返しに過ぎないので、何も変化していない様に見えるが、まずこういった人々は、自分を客観的に離れて見ることはしようとしないので、自分が右往左往していることには気付かないだろう。磁性化されていない見知らぬ方向へと身体を向けるのは、勇気のいることだがその方向にしか未来は無い。

 光の子らよ、勇気を持って未知の未来へ一歩を踏み出しなさい。

 

        ---ARION,O∴O---

JUNE.21.1990

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ARION語録  43 

 From ARION,O∴O

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 物質的な波動により近い波動を持った人間は物質的なものにとらわれやすい。他人を妬む人間は逆の面から見れば「そうなれない自分」を嘆き悲しんでいる状態を認めていることになる。素直に自己表現しないで屈折した表現をする時、人は「当然これはバカな事」と識っているからこそ、表現する以前に判定をつけてしまっているからこそ素直にストレートに表現できなくなる。本心をだますのは至難のワザだと言うのはこのことからもわかる。

 自分に起きる事柄について、いつも自分の外に理由を見い出そうとしていると最終的には自分の1番欲しいものまで自分の外に発見するだろう。つまり、いつも誰か、あるいは何かに依存したり、自分の責任じゃないと逃げていると他力本願の世界におちいってゆく。全く自分のせいじゃない『自分は関係ない』と思う心、『誰かが何かをしたから自分はこうなったんだ』と思う生活を続けていると幸福も喜びも全て自分の外側にしか実現しなくなる。外側に実現してしまった幸福を自分のものにしたいなら、全てが自分自身に起因することを認めることから始めなくてはならない。

 しかも、「自己憐びんの甘い罠」にとらわれないように気を付けながら。

 井戸の底に映っている青空は本物じゃない。本物の空は頭上にある。

'89 11/22 14:52

ARION語録  44 

 〔カミ・コメ・ツチ・ヒト〕

 カミとヒトの間には、コメとツチがある。

 カミはコメとツチによってヒトを養い、

 ヒトはツチに働き、コメを供することでカミと交わる。

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 万物霊象、精霊のこだま。カミとヒトの間の万物の移り替わり。

これらは全て、カミとヒトとの間の契りの移り変わりを示す。

 日本の民がコメとツチを失い始める時、流砂の中の磐としての列島は、流砂の流れに止まることを忘れるだろう。大地が血を噴き上げ、その身体をよじって嘆く時に、木々も身を潜め、鳥は住処(ス

ミカ)を失うだろう。ツチとコメをないがしろにすることの先にあるものは、ツチの無い大地と実りの無い稲刈りだ。これを、そのままカミとヒトとの契りの言葉に直すと、中身の無い身体と、創造の期待の出来ない人間関係だ。

 つまり、肉体があっても肉体の機能の低下した人間と、生殖器があっても、子を成さない男女関係、そして目的の無い破壊だ。これはカミとヒトとの契りであって、カミの一方的な怒りの表現では無い。一人一人の顕在的・積極的・意志的な契りでは無いが、ヒトは、その意図と予定を自分たちの大地に表現することになっているのだ。

 あなたがたが、よく話題にするナスカの地上絵も、契りの表現の一つだ。古墳や大規模な石造建築も同様だ。大昔から、ヒトはカミと契りをしてきた。

 カミ・コメ・ツチ・ヒト、これが基本的な世界の構図だったのだ。カミは神ではない。カミは人間の似姿ではない。カミは、万物霊象のオコリだ。

 ヒトがオコル時、カミである万物霊象のオコリである揺すぶりを受けていた。しかし、今、ヒトは人間となり、オコリでは無くイカリ(怒り)を表現する。オコリとイカリは異なる。オコリは大きなカミの身体的な揺すぶりであり、イカリは小さな局部的な滞りだ。

 あなたがたは、恐らく上記のことを論理的に解釈しようとしても理解は出来ないだろう。あなたがたの中にある、カミ・コメ・ツチ・ヒトが理解するのを待たねばならないだろう。

 

       ---ARION,O∴O---

 

1991/07/04/3:52

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ARION語録  45 

 ARIONより  光の子らへ

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 あなたがたは遊園地の観覧車に乗って風景を眺めていてはいけない。観覧車はあなたがたに同じ場所からの見方しか提供しない。あなたがたは自分自身を回転する車輪にしてしまいなさい。

その車輪の中心にこそ、あなたの「心」を据えなさい。そうして「心」はいつもしっかりと保ちながらあらゆるところへと転がってゆく勇気を持ちなさい。

 あなたがたのあずかり知らぬところで火の手は上った。この火の手はジワジワと、しかし確実にあなたがたの地図を焦がしてゆくだろう。火の手をさける為には風上へと転がらねばならないだろう。

そう、風の吹いてくる方向へと顔を向けながら、しかし「心」はちゃんと火の手を見つめて転がってゆきなさい。

 あなたがたは固定された風向計になってはいけない。自らの力で転がってゆく、愛の車輪となりなさい。あなたがたの心に希望と愛が在る限り、私達は、あなたがたと共に居るのだから。

     ---ARION,O∴O---

OCT.1.1990 17:45~18:00

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ARION語録  46 

 今日は『愛する事』について少し我々の考えを伝えておこう。

 人は本来自分以外の生命体を求め愛する事で成長してゆく筈だが現状ではその機能が果たされていない。それは何故だろうか?と考えてみた事があるか?この事を調べていて、自分の生命を分かち与える行為を『愛する』と呼ぶという事が意外に知られていない事実に我々は気付いた。そして残念な事には『命』の意味するところのものを理解出来ていない人が殆どであるという事も判明した。

 『命』とは大きく分けて2つの流れで出来ている。それは『人』の要素と全く同じで、つまり物質的な要素とより精妙な霊的物質とで出来ていて双方の方向性はプラスとマイナスになっている。物質的肉体はその細胞生命維持と保全の為に機能し、霊体はその母胎である宇宙生命の流れに沿って肉体を含む全人格の進化を促進するために機能する。

 多くの人々は物質的な体の機能のみに拘泥している様子だ。これは大変情けない事だが、人間が物質文明の栄華を追う事に奔走し続けた結果と言うほか無い。物質文明の栄華に奔走した結果、『見えるもの、触れる事が可能なもの』つまり物質的なものしか信じない人種が成立してしまった。太古の昔から綿々と流れてきた精神文明と、その担い手である魂、或は心と呼ばれる人間の霊的な体の方は軽視されているのが現状だ。霊的な体の持つ宇宙指向性が機能していない人間の行き着く先は、人間が最も恐れているであろう破滅でしかない。

 物質的生命の機能が霊的生命の機能を上回っている状態の人間にとっての『愛する』行為は細胞生命維持機能に則したものでしかない。つまり平たく言えば細胞生命の意図する子孫繁栄指向性に裏付けられた行為が中心に据えられたものでしかない。

 あなた方プロジェクト要員は、プロジェクト遂行の為に如何なる努力も惜しまないであろう。しかし、いつもこの本来の意味においての『愛する』という事を念頭においておかなければならない事を覚えておいて欲しい。あなた方が霊的にも物質的にも愛し合い励まし合う事、つまり全人格的にお互いに関わり合う事で、我々とのコミュニケーションも円滑に行われひいてはプロジェクトもうまく機能するのである。全的に認め合い、受け入れ合う事がコンタクトの意味するところであり、コンタクトとは部分接触では有り得ない。

少なくとも我々の方法では無い。我々は、あなた方の全人格的な成長を軸にプロジェクトを遂行しているからである。以上の事をコンタクト第2期の年頭の今、よく考えて貰いたい。

 そして、もう一度コンタクトの一番最初の自分の意識状態を思い出し現在の意識状態と較べてみて欲しい。

     宇宙連合・銀河連合地球救済計画進行委員会

1988年3月26日

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ARION語録  47 

 大衆は飼い慣らされた羊の群れだ。自分達には何もできないと思わされ教育されて来たが、決してそうではない。あなたがたが体制と呼ぶ怪物の中枢を握るのは、ほんのわずかな人達で実は体制の本体を支えるのは自分達ひとりひとりだと気付かなくてはならない。 それに気付いた時、自分達が動く事で体制を動かせる事に気付くだろう。ほんのひと握りの権力者達の意のままに動かされていると思っているが実は自分達こそ、それを支えて動かしているのだ。結局は、自分に帰る。

 個の話をするのに全体を話さなくてどうするのか? 個の確立が無い限り、全体の確立はあり得ない。それだからこそ、私達は、個人レベルのことを大きな命題としてとらえる。全体をとらえようとすれば、個の問題をこそ突きつめてゆかねばならない。しかし、盲点がある。個の問題を突きつめるという事は個の問題にこだわるという事では無く、ましてや個の問題に終わらすという事でも無い。

 この点を取り違えたのが欧米社会である。個人主義と利己主義の取り違えにつながるので大いに注意を促したい。個の問題の向こうに横たわる全体の問題を常に横目でチラチラとみながら、つまり常

に全体を意識して個としての問題という風にとらえなくては意味がない。個の問題から全体へとつなげる為にも。

 命とは個の問題であり全体の問題である。ほんの少しでいいから命の尊厳について沢山の人が考えてくれるなら、この地球はずっと良くなる。

5/22

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ARION語録  48 

  存在と時間と愛

  『今』のこと

 人は結果を追う時『今』を見失う

 『存在』とは『今』の連続

 『スタイル』は結果である

 創造力の飽和点で創造が行われ、創造力の賜物として何物かが産まれる。破壊の飽和点で破壊が行われ、破壊力の賜物として何物かが産まれる。飽和点に至るまでに膨大なエネルギーが消費される。

飽和点に至るまで膨大なエネルギーが消費されるにも拘らず、何も行われない、何も産み出さないのが『無』とそれに付随する関係である。

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 §中庸点、バランス点について

 物事を説明する時に人はよく一枚の紙上に図を描いて説明するが、例えば創造力の飽和点と破壊力の飽和点、そしてその中庸点を描くとしたら、どう描くだろうか? 恐らく紙の両端に創造力と破壊力を分けて描くだろう。

(A)が創造力の飽和点(B)が破壊力の飽和点だとすると中庸点はどこにあるか? 一般的に人は創造力と破壊力の双方から測って同じだけ離れている点を中庸点だと思うだろう。そしてそこがいわゆるバランス点だと思うだろう。

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│(A)創造力   中庸   (B)破壊 │

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 そしてこれが勘違いのもとだ。創造力の飽和点と破壊力の飽和点は、本来拡げた紙という二次元の世界の上で説明出来るものではない。紙を筒状に貼り合わせてみて初めて理解出来るようになるだろう。

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ARION語録  49 

  筒状に貼り合わせた紙を見てごらん、創造力の飽和点と破壊力の飽和点は隣合わせているのが理解出来るだろう。

 厳密に言うと、この創造力と破壊力の飽和点の間には『間(魔)』がある。この『魔』を理解することは一般的に必要ではないが一応説明しておこう。『魔』は聖邪併せ持つ場だ。創造力の飽和点と破壊力の飽和点との交わる『エネルギー域』で、これを使うことは普通の生き方をしている状態の個体には無理なことだ。生まれ持つエネルギーの量と質及びその個体の成長過程での訓練度によって『魔』を使いこなせるかどうかが決まる。非常に僅かな個体が『魔』を理解出来る。そしてその中でも些少の個体が『魔』を使いこなせる様になる。

 自分に素質があると思われる個体は自他共に気付いていることが多いものだ。素質を持つ個体は多くの試練と訓練(グルと呼ばれる師が携わる)を経て『魔』に接する。

 筒状のモデルによって、創造力と破壊力が隣合わせるものだということを理解して貰えたと思う。では先だって設けた中庸点はどこにあるか?そう、両方の飽和点から最も遠くに位置している筈だ。

完璧な中庸点は聖邪、創造・破壊、など相反するエネルギーから最も遠くに位置するものなのだ。簡単に『双方のバランスを取る』と人は言うが実は非常に難しい事であることが分かるだろう?

 ここで『飽和点』ということを考えて欲しい。飽和は最大限まで満たされた状態だということは既知のことと思う。では、その飽和から最も離れた『場』である中庸とは、どんな性質のエネルギー場なのだろうか?最大恨まで満たされた状態の反対側に位置するつまり最小限まで空いている状態、未だ創造エネルギーにも破壊エネルギーにも変換するという固定された流れを持たない状態という風に理解できるだろう。

 飽和とは最大限にまで満たされた状態で『充足』とは異なる。充足は欠乏との相互作用のエネルギーなのだ。充足と飽和とを間違えないように。中庸点の性質はこの様に無方向・無性質な為に『空』の状態とも呼ぶ。『空』は『悟り』の状態として知られる言葉だ。多くの人々が辿り着きたいと願っている状態でもあろう。

 人はこの『空』に近付きたいと思って『聖なる方向』と近付く。それを諦めても聖なる方向性から邪なる方向性へと少し変化するだけだ。その人が筒状の紙のどの辺りに位置しているかも問題だが、要は平面的な思考移動や感覚移動だけでは『空』に至ることは不可能だということを理解しなくては『空』から遠ざかるばかりだということなのだ。禅で『あなたはもう既に悟っている』『空を求めても手に入らない』といった類いの言葉を言うが、先程も述べた様にこの中庸点つまり『空』は無方向・無性格性のエネルギーなので、何かになろう、何かをしようと方向を自分で定めた時に、あなたは『空』から出発してしまうという事なのだ。

 方向を定めた途端に人はある到着点(結果)を求め、定めてしまう。存在とは『今』の連続なのだから『未来』に到着点を定めた途端に、その人の目は『今』の連続する時間帯から『未来の連続する時間帯と移行してしまう。『結果』を追い求めたら『今(存在)』の意味が見失われてしまう。過去・現在・未来という時間の流れは、あなたが『今居ること』を現在だとしたら両脇を流れる川の様なものだ。あなたの右側に『過去』という川が流れ、あなたの左側に『未来』という川が流れている。そしてあなたの前後には『今』という川が流れている。過去は終わり続ける時間、未来は始まり続ける時間。そして『今』は在り続ける時間なのだ。

 未来ばかりを見詰めようとすると『出発』の連続になり『過去』ばかりを見詰めようとすると『終結』の連続になる。だから『今』しかない。『今』が一番大事、『在り続ける今』を愛することだ。

これがつまり『存在』を愛することなのだ。『今は駄目だけど、将来にはできる』というのは『今』じゃなくもっと先に出発点を設けているのでいつまでたっても存在しないことになる。どんなに追い掛けても追いつかないのが未来であり過去なのだ。そしてどんなにそこに存在しようとしても存在できないのが未来であり過去なのだ。

 だから『今』できないことは『未来』にもできないし『過去』にもできなかったことなのだ。だから『今』愛せないと、どの時間にも愛せない。今は連続している。あなたの目の前、あなたの後ろ…あなたは一体どの辺りの『今』に居るのか知らない。知る必要もないだろう。『今』が一番大切なのだから…

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ARION語録  50 

 §出会い、今の共有=存在の共有

 人は人と出会い、各々の『今』を共有する。そこに愛の相互照射が行われ、お互いの自己確認行動が行われる。ここに仮に2本の針金があるとしよう。Aさんという人とBさんという人が居て出会う

ことにしよう。この針金を、それぞれAさんとBさんに当て嵌めて考えることにする。AさんとBさんとの出会いは針金の一番端に定める。3cm毎順番に、1、2、3…と印をつけておく。この針金が真っすぐで平行の場合にはAさんとBさんの付き合いは成立しない。針金を絡み合わせることでAさんとBさんとの付き合いが成立する。

 AさんとBさんとの出会った地点を1と定める。2本の針金の両方に同じ力を加えた時には綺麗な弧を描いて絡み合うが、どちらかの針金に力を余計に加えたり、反対に力を加えなかったりすると綺麗な弧は描けない。両方の針金に同じ様な力が加わった場合に、先だって付けた番号も同じ番号の所で双方が接触してゆくのが分かるだろう力が不均衡な場合には接触場所の番号もズレてゆくだろう。

 『今』の共有もこの針金と同じことで、AさんBさんの両方が『今』を共有しようと望み努力している場合には、一致点で愛が満たされ爽やかな喜びや透明感を感じることができる。どちらかが一方的に望んだり努力している場合やどちらかが自分のやり方を貫き通そうとしていて、相手のやり方を認めることが出来ない場合には一致点に間隙が生じる為に愛が満たされず、何となく不満足感や不透明感が残る。例えばAさんの努力がBさんの努力を上回る時、Aさんの成長進行速度とBさんの成長進行速度とにズレが生じてきて、その分共有時間の『今』の番号にもズレが生じる。針金で考えれば簡単だと思う。AさんがBさんと『今』を共有しようと努力しているのに、Bさんは努力をしない。つまりAの針金が曲がってゆこうとしているのに、Bの針金は真っすぐ伸びたままであるということは3cm刻みでつけた番号の位置も変わってくるということなのだ。

 例えばAの5番目の『今』とBの5番目の今とが重なると非常にしっくりした時間を共有できるが、Aの10番目の『今』とBの8番目の『今』とが重なると2個分のズレがあるために少し不満が残るだろう。共有時間の番号は最初は少し違うだけかも知れないが少しずつ少しずつ間隙が大きくなり、最後には『今』を共有することは全く不可能になってしまう。

 成長進行速度は人それぞれに異なるが、互いに相手を成長させよう、つまり『生かそう』という努力が、『今』の共有をなるべく同じレベルで続け少しのズレで抑えて続けてゆくことができる。

 §存在を愛することについて

 存在するというのは、心が状態を認め識ること、つまり心が『今在る状態』を認識することだ。

人間は実体を持っている。その実体の状態を曇りなく見詰め、心・魂がその状態をハッキリ認識する時に、存在していることの意味性や理由などのずっと以前に『在る』ことそのものを識るだろう。

『今』というのは、その認識した状態の連続する部分そしてそれら部分と部分との間の作っているエネルギー場である。理解の為に少し簡略化して言うと、『今』とは意識と意識の間の部分を含めた連続するエネルギー場である。

『今』

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│意識│間│意識│間│意識│間│意識│間│意識│

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 意識の部分にも間の部分にも実在することが『今』を形作ると言える。意識と間とは、間/意識/間というぐあいに1セットになっているのが普通で、まず『間』の部分で何かの対象を心・魂で感じ取り、それらを実体の大脳神経に伝える。この伝える部分が『意識』の部分だ。実体(大脳)に認識されたものを再び心・魂の部分に映すことで『今』の第1の部分が成立する。そしてこの連続が『今』なのだ。そしてこの連続を認識することが『存在』なのだ。

 存在を愛するということは、自分或いは自分以外の生命体の実体の場と心・魂の場の連続性を認め受け入れることだ。存在を愛することは『今』を大切にすることにつながる。何故ならば何度も述べた様に、存在とは『今』の連続に外ならないからだ。『今』を大切にできない人は、存在を大切にする方法が分からない。存在することを大切に出来ない人は、結局『無』の方向へとつながるエネルギー場に立つことになる。存在の対極にあるものが『無』だからだ。存在を丸ごと認めることの出来ない人は分断された『今』の破片と付き合うことになるだろう。存在を丸ごと認めない、愛せないということは自分或いは自分以外の生命体の『今』の連続性をも無視しかねないことなのだ。この存在の連続が『生命』であることから考えると、自分或いは自分以外の生命体の存在自体を愛せないということは積極的では無いにしても、自分や自分以外の生命体を『

無のエネルギー場』へと送り込む行為につながるだろう。そして、この行為は宇宙生命潮流からの逸脱を意味している。

 どんな生命体でも愛せる-もし愛せないと言う人が居るなら、その人は大切な事を誤解しているに違いない。愛は『無』から作るものではない。愛は元々、全ての生きとし生けるものの中にある定理なのだから。生かす、生きて行くというエネルギーの力として、愛がそこに在る。生命、愛の定理は大自然・大宇宙に偏在する生成エネルギーの法則なのだから『在る』わけなのだ。人は人と出会い、その人の中に光る愛を見付けるだけなのだ。

 生命体の個体差によって、見付け易い場合と見付けにくい場合とがあるが、決して『無い』わけではない。この点をよく覚えておいて欲しい。

15 JUL 1989

2017年8月 9日 (水)

ARION語録 31〜40

ARION語録  31 

 光よりの光、オリオンの神の座より来たりて伝える

 我が名はアーリオーン、愛と光の天使 

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 光の子らに伝える

 人間の進化に関わる問題について色々と取り沙汰されている様子だが、我々からの情報として話しておきたいことがある。人間の進化を話すのには方法がある。現段階の情報量では物質的進化と精神的進化に分けて話さなければ混乱するので、まず分けて話し、後に全てにわたって話そう。

  物質的進化については、この先は内的変化に顕著に現れるだろう。具体的には細胞の変化、それも変異と呼ぶほどのものでは無いが確実に変化するだろう。人体に有効な細菌と有害な細菌の区分が変化するだろう。そして最終的には細胞に変異をもたらすのも細菌だろう。

 精神的な進化は物質的な変化に一歩遅れをとっているが、確実に変化している。宇宙から間断なく降り注ぐ創造的な共振波動に対して共振する者と、そうでない者との差がハッキリしてくる。

共振する者の細胞変異は、そうでない者の変異より速やかに滞りなく行われるだろう。

 共振波動に共振する者は、より創造的に意識拡大の方向へと向かい、そうでない者はより不活動的に意識閉塞の方向へと向かう。

 今世紀の後半には、人間の進化は精神と物質の両面がクロスしてくるだろう。宇宙から間断なく降り注ぐ創造的な共振波動に共振する者は、より創造的な活動の為により創造的な細胞を持ち、共振しない者は結果的に細胞進化に遅れることで、地球の環境変化に対応出来ない者が増えるだろう。

 あなたがたに簡単に理解出来る様に言うと、自分の直観力や良心に従って行動出来ない人は結果的には地球の進化の途上から外れることになるだろうということだ。だからこそ、自分の心に正直でありなさいと何度も話しているのだ。

 今後地球は休みなく浄化作用を行ってゆくだろう。森羅万象の法則は人間にも生きている、このことをしっかりと胸に焼きつけて、何が自然としての自分達人間に必要なのかを考えて生きて行きなさい。何故、嘘をつくことがいけないのか? この答を探す前に思い出してご覧、森羅万象があなたがたに嘘をついたことがあっただろうか?

 森羅万象の生死流転の秘密は、人間がどんなに自分達の大脳知識を駆使して理論で構築しようとしても、絶対にときあかすことは出来ないだろう。人間は宇宙の秘密を解くことに躍起になっているが、自分達の細胞の変化の秘密さえ理解出来てはいない。自分達の心の奥の問題については、全くの暗闇から抜けてはいない。私達の言葉は、あなたがたのものだ。私達の言葉はあなたがたの心からのものだ。以上、情報制限があるので詳細は環境の変化に応じて話すこととする。

 

     ---ARION,O∴O---

MAY.30.1990

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ARION語録  32 

  光よりの光、オリオンの最上の帯として来たりて伝える、

  我が名はアーリオーン、愛と光の天使

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 これからの事について

 1988年11月28日よりアルファ太陽系第3惑星地球は、これから38年間続くであろう生態系変換期序章の為のシフトに入った。これは事実上、あなた方の『新年』に当たるだろう。何故ならば、ここからが本当の意味でのプロジェクト元年になるからだ。

 考え、思索に耽っている時期は過ぎなくてはならない。プロジェクトとは思索するものでは無いからだ。思索するプロジェクトは私達のものではない。それはアカデミズムの孤独な教授達の排他的な論理体系上の産物なのだ。私達のプロジェクトは行動するプロジェクトなのだ。私達のプロジェクトは『私達』と呼ぶ事の出来る全ての生命の為のものだ。これからの社会は、益々一握りの権力者のいい様にされようとしている。彼ら一握りの権力者の中には、あなた方日本が経験した例の恐ろしい戦争~第2次世界大戦と呼ばれる『核』の威力を見せ付けた戦争~で『死の商人』として暗躍した者や、その子孫・係累が含まれている。彼らの『選民思想』には恐ろしいものがあるのだ。この『選民思想』にはユダヤのそれに通ずるものがある事を知らせておこう。

 ユダヤの『選民思想』に通ずるものがある事は、ユダヤの知るところだ。この事が全世界でユダヤ系の財閥資本に牛耳られていない唯一の国、日本の資本体系にユダヤ系の食指を招く結果となっている。この傾向は既に始まっている事で、それを覆すのは非常に困難な事だ。

 昭和天皇の生命の灯が消えようとしている。そしてこの事実を消滅する事も不可能だ。昭和天皇は第2次世界大戦敗戦、原爆投下被災の重い十字架を背負って生きてきた天皇だ。彼の死と共に、その重い十字架を埋葬してしまおうと企んでいる者が背後で暗躍している。

 その者とは前述の『死の商人達』の子孫・係累で成立する財閥・派閥なのだ。彼らはユダヤ系大財閥と手をつなぐ事で、彼らの将来を確固たるものとして築く事が出来ると信じている。彼らの至福王国建設の為には、国民の大多数を指一本で動かせなくてはならない。彼らの至福王国には、それが巨大であればあるほどに王国を支える人々、つまり多くの国民の力が必要になってくる。

 そして、その国民は柔願でよく働き、国力隆盛につながる良い仕事をしてゆく国民でなくてはならない。ただ柔順なだけのロボットではだめなのだ。目的意識や向上心が無ければ良い結果は生まない。そして自分達が、一握りの権力者の至福王国の支えとなるコマに過ぎないなどと気付かないくらいに直観力が鈍い方が良い。問題意識を持つ様な『骨のある人間』では困る訳だ。そんな人間は『至福王国の土台になるなんて、まっぴら御免だね!』と言い出すからだ。

 だから国民には『あなた方は中流程度の幸福を手に入れた』と思わせる。自分達は決して貧しく惨めな生活をしているんじゃない…と思わせる。国民は上層部の人間の生活と自分達の生活の格差に気付かない様に教育されなくてはならない。あたかも全ての人間が平等の権利を持ち、それを行使出来る社会に生活しているかの様に思わせなくてはならない。その為に幼い頃から、一般的な国民の教育と支配者になる予定の者との教育は分けられるべきなのだ。

 今後、一層支配者層と非支配者層との格差が広がってゆくだろう。上層部の生活は、益々雲の上の世界の事として一般の人々の意識の外に位置されることになるだろう。一部の権力者は手の届かない遠い所から一般の人々とは隔離された世界に住む事になるだろう。

 そして一般の人々は『これでいいじゃないか』式の安易な生活の中で埋没してゆくだろう。自分達の生活の底辺を流れる、一部権力者の選民思想には気付かないだろう。

 気付かなくても当然だ。自分達の回りしか見えない、非常に狭く近視眼的な生活を甘受しているからだ。自分と自分の家族だけが良ければいいという考えが定着してしまっているので、その他の部分には全く注意を払わない。注意を払う理由が見当たらない。自分達の損得に直接関わる事にしか興味を持たない。『それ以上、その先までは考えても無駄だ、今のままで十分じゃないか、上を見れば

キリが無い、立身出世などと言うのは古い、そんなにアクセク働いても仕方がないじゃないか。適当に楽しく、明るく生きていれば、それでいいじゃないか。』という考えが定着してゆく。そういう人々だが、物欲イコール幸福取得欲の様な人々だからこそ、目の前においしいものをぶら下げられると、俄然欲しくなる。欲しいから働く、しかし何故、それが欲しいのかまでは理解出来ない。

理解力の低下が進行するからだ。そして手に入れると満足するが、一時的なものでしかない。彼らは満たされない心の空間を、物欲によって測る事しかできないので、満たされない気持ちを『物を手に入れる』ことで満足させる。

 しかし、何故満たされないか?を考えるところまで思考を深める事は出来ない。思考する方法を知らないからだ。幼い時から思考する訓練を受けてはいないからだ。大多数の働き蜂の予備軍達は思考し行動する様には教育されない。命令されて指導されて行動する様に教育される。

 この様に理解力が低下し直観力も低下した人だからこそ、一部権力者は操縦しやすいのだ。これでは一部のいわゆる『選民』だけが進化してゆく。ここで考えて貰いたい。選民とは誰が選んだのか?人間が自分達の欲に濁った目で選んだ『選民』じゃないのか?

宇宙の進化とは、そういったものでは無い。

 私達は『愚民』とされてしまった人々及びその予備軍とされてしまう人々の為に働くのだ。一部の『自称選民』の為ではない事を確認して欲しい。私達の出来る事はたくさんある。プロジェクト要員のひとりひとりが何が出来るかを知っている筈だ。これからの行動に於いて前述の事々を、しっかりと頭に入れておいて貰いたいと思って、このメッセージを作成した。

 あなた方の想念が、あなた方の一瞬一瞬を作ってゆくだろう。あなた方の想念の浮沈が、あなた方の視野に形を成すだろう。殊更に重く考えたり行動しなくても現実は、それなりに重いものだ。地球上に存在している以上、どのプロジェクト要員にも現実的な問題は大なり小なりある筈だ。しかし同じ目的に向かって歩いてゆくという意志を持っている者同志なのだから、全ての事を踏まえた上で、何事も相談しあい話し合いを深めて、相互に援助していって欲しい。

 私達の動きは動きでなくてはならない。思いを言葉に変換し、次に行動に変換してゆくという作業は地味だが、続けて欲しい。あなた方の思いに期待をしている。私達、神霊族の愛情を込めて,全ての生命に幸あれと願っている。宇宙進化の法則を心ない一部の人々に狂わされる事を望んではいない。

 

        ---ARION,O∴O---

DEC.6.1988

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ARION語録  33 

 命より来たりて、命を産むもの、命より来たりて、命を刈るもの

 我が名はアーリオーン、愛と光の存在を賭けて伝える…

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 あなたがた光の子らよ、よく聞きなさい…

黙示録に書かれたことは、凍結した未来よりの手紙

あなたがたは未来を凍結させない為に、この次元のこの地球に存在している。凍結した未来は、小さな衝撃で砕け散る運命にある。

 あなたがたは神々の愛の帯よりの光を受けて、過去何万年に渡って磁性化された時間流を変化させることの出来る存在だ。時間は光の粒子によって形成されている。この光の粒子が七色の変色光を周囲に投げ掛けていた頃、人間と呼ばれる存在と神霊と呼ばれる存在は、共に語り合い、愛し合うことが可能だったのだ。

 時間流が七色の変色光を放つことが出来なくなったのは、あなたがたの地球の最初の文化であるアトランティスそして2度目の文化であるサイリュート文化から現在の文化に移行する時のD-ジャンプ時に、時間流に歪みを起こした為である。

 これを修正するには、あなたがたの協力が必要だ。時間に対する考えかたを変えて欲しい。時間とは流れであって、この流れには電子が流れているのだということを知って欲しい。だから、地球以外の惑星では地球とは異なる時間流が存在するのだ。

 電子の流れを変化させるには、強力な磁場が必要なのだ。この地球で最も強い磁力を持つものは、モノリスの破片である岩石なのだ。そして、このモノリスを発振させることの出来る存在は、あなたがた人間なのだ。あなたがた人間が、心から「存在自体を愛する存在」になろうと努力し、直観力でモノリスを見分け発振させて欲しい。何処に行けば良いか、何をすれば良いかは今までのメッセージで理解出来る筈だ。又、個人個人で理解出来る範囲で活動し始めることが大切なのだ。

 遙かなる輝きから、今のこの邂逅に至るまでの累積された愛のカケラを全てつなげてゆこうじゃないか… 待っている、いつも…

 

       ---ARION,O∴O--

Feb.7.1990

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ARION語録  34 

 アーリオーンよりあなたがたへ

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 あなたがた現代人の多くは思いやりや優しさ、そして強さについて間違った動機を持っていることに気付いた。多くの場合、人は自分の好きなもの、得意になれるもの、自分が快く思えるもの、そ

してその対象から自分自身が何かを学べると感じている時、その対象に向かって自然に微笑みや優しい態度をとっているようだ。

 その反対の場合、つまり自分にとって不快なもの、自分にとって何物も学び得る可能性が無いと判断される場合、その対象に向かって微笑み優しさ、思いやりなどを示しているようには思えない。

なんと、この基本的な愛情相互関係の要素である、優しさ、思いやりそしてそれを支える強さといったものが、打算や個人的な欲望に裏打ちされているとは…。もう一度、これらのことをよく考えて見て欲しい。

 アリオンの言う「血の滲むような思いやり」とはこういったものとは異なる。光の戦士たちよ、防具や武器の調達に費やす時間と労力を、自分の内側を支えるものにこそ振り向けるべきでは無いのか?

 

        ---ARION,O∴O---

March.4.1990 pm.11:50~

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ARION語録  35 

 《KENさんのショート・ストーリイ》

 最終電車に乗り遅れた少年、こんな遅くなってしまってきっと母親は心配しているだろうと思って何とか夜道を駆け出す。1時間もかかって家にたどり着いた時には足は鉛の様に重く、心臓は今にも破れそう。でもやっと家にたどり付けた安心感で急におなかがグウッと鳴った。『お母さん、心配しただろうなあ。だってもう夜中過ぎてるもん』

 『ただいまあ』と大声を上げて少年は玄関の扉を開けた。でも誰も出て来ない。『おかしいなあ』と思いながら少年は家にあがった。『お母さん?』と声をかけても返事が無い。居間の方から賑やかな話し声が聞こえてくる。少年は訝りながら居間の扉を開けた。中では5~6人の男女が楽しそうにお酒を飲みながら歓談している。『あら、ぼうや遅かったわね』と一言母親は言って、再び歓談に戻った。客人に『今晩は』と挨拶をして少年は自分の部屋に引き上げた。少年は今日もこの独り芝居をやり終えて、疲れた身体をべッドに横たえた。この少年は毎日、ワザと電車に乗り遅れる。そして走って家に帰る。毎日『お母さんは心配しているだろうなあ』とつぶやく。

 そして毎日、母親は一言『ぼうや、遅かったわね』と言う。いつまで、この少年はこの独り芝居を続けるのだろうか? 何の為に独り芝居をするのだろうか?

 どうだKENさんのショート・ストー・リイは。いいだろう。

1 DEC 1988

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ARION語録  36 

  光よりの光、最上の帯としての光より来たりて伝える 

 我が名はアーリーオーン、愛と光の使者

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 全ては、遠い邂逅の時まで遡らねば解るまい。太陽系第三惑星地球からは1500光年離れた我々の星雲に答がある。あなた方がバーナード・ループと呼ぶ散光星雲の内側、つまりオリオン・アソシエーションとあなた方が名付けている場所とベテルギウスとの関連が、その答だ。

 我々がシリウスからオリオン・アソシエーションに派遣されてから100万年以上も経過した。あなた方が生まれたのは、それより少し後87万年位前だ。未だM42は形成途上だった。我々の波動と宇宙のエネルギー中枢である、あなた方の言葉で『神』との精妙なるハーモニーによって、あなた方は物質化した。この場所から地球に至るまでの経過を知りたいだろうが、アカシック規則に触れるので話せない。

 地球に転生してからも、何度も挫折を繰り返した。凍りそうな時代を経て、暴挙の時代を経て、今、やっと愛し合う時代を迎えてもなお、解り合うまでには時の経過を待たねばなるまい。

 夜空を見上げて星々のまたたくのを見詰める時、あなた方の胸に万感の思いが込み上げて来るだろう?その思いが私アーリオーンの囁やき。耳を傾けて聞いておくれ。あなた方を悲しませたくない、苦しませたくない。涙で瞳が曇るのを見たくない。

 私達の出会いは別離の無い出会い。それ故に悲しく、それ故に美しい。100万年の時空を超えて、1500光年の次元を超えての出会い。大切に大切に、この地球上での時間を過ごして欲しい。

 宇宙連合サーヴェイヤー、グループ・コード『アリオン12』

 プロジェクト、アート・ライン

 上三位ARION,O∴O

27 NOV 1987

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ARION語録  37 

 南からの脅威は、突然に現れるものではない。従って人為的な作業ではなく、自然の浄化とその磁力によって引き起こされるであろう人心の変化に因って、もたらされる社会変化という風に考えていると良いだろう。

 地殻変動エネルギーは、現在九州と壱岐対馬の日本海側海底を上昇中、一方、沖縄から四国を目指して上昇中のエネルギーは、少量が瀬戸内海に上昇、後は紀伊半島を回り太平洋側へと上昇中。アラスカ・千島列島側からの地殻変動エネルギーは東北奥羽の那須鳥海火山帯を刺激しつつ、関東に下降中。これらのエネルギーは、市町村の磁場に対応してゆくだろう。

 自分だけ良ければ他はどうでも…意識の強い人々が多く住む市町村は、当然ながら横の繋がりも少ないわけで、そういった市町村は面としての守護磁場が作りにくい。鎮守の社を中心に発達した町で、以前の風習の廃れた所などは、面磁場がズタズタになっている。

 そういった場所に、大きなエネルギーが作用する場合には崩壊か改新かのどちらかが選択される。風水火の影響というものは、自然界の出来事として人間の意思以外の部分で選択されると思われているが、実は密接な関連がある。また、風水火及び地震災害は人間の短い観点から見ると、迷惑な話であろうが、惑星単位の目で見た場合には必ずしも迷惑、と言い切ることは出来ないものだ。

 何が起きようと、自分たちの意志決定もそこに含まれているということと、単に災害、と人間側だけの価値判断をせずに事実をありのままに見ることが必要だ。

 

       ---ARION,O∴O--- 

1991/12/09 06:12

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ARION語録  38 

 光よりの光、オリオンの神の座より来たりて伝える 

 我が名はアーリオーン、愛により存在する天使 

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 光の子らに伝える

 とうとう、我々の望まなかった方向へと中東情勢は進み始めた。

我々は、出来る限りこの問題についてコメントを避け続け『予め用意された忌むべき未来』への扉を人々の目から遠ざけて来たのだが、サウジはアメリカの執劫な申し入れに、断り続ける材料も底をついた。アメリカはこの中東問題に、ことのほか熱心であらねばならない国内外の理由があった。ベトナム戦争景気以来、落ち込み続けた米国景気の巻き返しもさることながら、中米・南米に対しての示威行動の為、そして現在注目されているECとソビエトの合意などに対する米国国力のデモンストレーションなどがそうだ。

 しかし、今回の中東問題にべトナム問題の時の様に関わろうとすると、米国はアラブの底力に手痛い被害を受けるだろう。『予め用意された忌むべき未来』には、米国の中東での不当な権力が引いてはECとソビエト協力やパキスタン・インド問題、そして中国・アフガニスタン問題にまで口出しを始めることが書かれている。

アラブ人の伝統や意識に米国式の腐敗を押しつけ、中東はもはや、その土地で生まれ育った者のものではなくなる。アフリカの荒廃は、アフリカをアフリカで生まれ育つ者の手から奪った為に始まった。そして中東も…。

 アメリカの暴走は止まるところを知らず、土地をその土地の者から奪い続けるだろう。アメリカ・インディアンの土地に建国しただけではおさまらずに、世界中をその牙に懸けようとするだろう。しかし、ユダヤの民が放浪し続けるのと等しく、呪われた民は世界中どこに自分の旗を立てようが、心の休まる時はない。

 核搭載空母が撃墜されれば、一体どういう事態が起きるのか容易に想像できるだろう米国は自分の利益の為なら、アジアや中東の国や国民の運命など構わない気質の国だということを忘れてはならない。サウジは目の前のテーブルに盛られた、米国からの贈り物が如何に素晴らしかろうとその贈り物に手を出してはならなかったのだ。

 もうここまで来てしまったのだから、何も隠すことは無いと判断する。この中東問題は軽く済めば、米国の於中東権力の増大、悪く傾けばベトナム以上の関与と破壊があるだろう。そしてもし悪い方に転べば、米国の対ソビエト戦略も変化するだろう。

 

 悪い方に転ぶのは訳はない。イラク側がアメリカの煽動に乗って、ミサイルの発射をして、そして米艦隊或いは戦闘機に被害が出れば、アッというまに転んでゆく。イラクが賢明な措置を取ってくれることを、我々は今望んでいる。

つまり、米国人人質の即刻解放を先んじてやれば良いのだ。米国に中東侵攻の理由を持たせない様にすれば、世論が米軍を帰国させるだろう。

 我々は、未だに希望を捨ててはいない…が、かなり悪い方向へと向きを変えつつあるのも確かだ。我々もイラク及びヨルダン、クウェートの人々の意識に働きかけを続けるつもりだ。

 

 あなたがたも意識の上で参戦し、どうかイラクもアメリカも暴走をしない様にと願って欲しい。

 

        ---ARION,O∴O---

AUG.8.1990

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ARION語録  39 

 ARION⇒光の子ら

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 「闇」と「暗黒」は異なり、「影」と「闇」も異なる。

あなたの前に光がさしていれば、あなたの後ろ側は影になる。

しかし、あなたの前も後ろも「暗黒」にはいない。

『自分』という存在が「暗黒」にいる時は、『自分』の心の目が見えない時だけ。

 同時進行の「光の自分」と「影の自分」を、分け隔てなく扱うこと。私たち、アート・ライン・プロジェクト(以降ALPと称す)の成立は人類創世の時まで遡る。人類は生活の中に、創造性を持ち込みそれを評価、益用出来る存在だ。人類は創造性の為に自分自身の生活さえも、制限し得る存在だ。ALPは、この創造性を支える。

 具体的には、絵画・音楽・文芸・自然科学の一部とそれらに関連するマス・メディアに対しての啓示及び啓発を行って来た。光波動に因る、帯域性を持つ周波数の発振とエージェントを通じて、色々なことを伝えてきた。このエージェントには、地球上に同化した我々の仲間少数或いは、目的の為に同調した地球人とが、あたってきた。同調地球人の多くは、自分が何故一つの目的の為に衝き動かされているのかが理解できない者も多い。それぞれにコンタクトして、理由の説明を理解できる存在に教育するのは困難だ。しかしそれぞれに、自分の生き方として一つの目的の為に、我々からの周波数帯域に接触し、行動してゆくことを選ぶのは各個人の意思なのだ。

 宇宙連合・銀河連合、そして神霊としての存在が、地球上のあなたがたに何かを示唆することはあっても、命令したり催眠状態にして活動させるようなことは決して無いと断言しておこう。地球上の有機体の進化は、地球上の有機体の意思と決定に依る行動によってのみなし遂げられるからだ。自分の出自の惑星以外での過干渉は、重罰に処せられる。この法則は、この銀河系以外の銀河系にも行き渡っている。

 最近、この法則を平気で破る時空間ゲリラの様な存在が居るのは確かだが、彼らの目的は決して、この地球の進化や人類の進化では無い。銀河連合も宇宙連合も、彼らに対しての制裁を検討しているが、実際の被害者である筈の地球人からのクレームが少ないのと、実害の届けの幅に誤差が生じていて、制裁行動に移れないでいるところだ。

 実際問題として、彼らとコンタクトしてそれを喜んでいる人々が多く存在していて彼らの側の言い分としての「役にたっている」を満たしてしまうのだ。このことについては、これ以上の情報を今は流せないが、今後の展開状況により多くの事を伝えて行けるようにと願っている。

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 さて、ドン・ファンのことだが確かに彼は「マヤ」の流れを汲んでいる。私は、彼の師であった人間を知っている。彼らの伝えている内容に関しては、非常に古い伝え方であっても真実を見る操作の手順という意味では、非常に正しいやり方だと言える。

 「マヤ」と呼ばれている文明は、私たち(私たち⇒宇宙連合の人)の仲間が地球上に移植していた時の流れを汲んだ文明だ。その形跡は、ありとあらゆる遺跡と言われる場所へ行けば見つけることが出来る。「マヤ」文明は、一説に因るようにアズテックからの流れでは無く、アズテックが「マヤ」の流れというのが正しい。

 ユカタン半島の東部には、未だに埋もれたままの遺跡が2万箇所以上ある。それらの多くは、今から1万3千年前から2万年近く前のものまである。これらの時代の中で、私たちが関わったのは3回で、その初めが1万4千年前で、2回目が6千年前、そして3回目が2千年前だった。

 私たちは入植という形で、ユカタン半島東部に入った。その前居た、ある場所から海路ユカタンまで行ったのだ。当地の人間は、私たちに比べると背が半分位であったが、非常に素直な純粋な子供の

ようであった。

 彼らと共に暮らし、多くの事をお互いに伝えあった。私たちが入植を断念した理由は、私たちの身体細胞の何かが決定的にうまく作動せず私たちの生殖行動は殆ど不可能だったことだ。私たちは宇宙連合の規則通りに、地球上の有機体として存在するペく、ある種の適合手術を受けたにもかかわらず、私たちは2代までしか繁殖できないことが判ったからだ。

91/03/06 21:10

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ARION語録  40 

 光よりの光、最上の帯より来たりて伝える、

 我が名はアーリオーン、愛の存在を賭けて闘う

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 光の子らよ、聞きなさい。今年の春にまいた種が苅り取られる時期に入った。各々の心に照らし合わせ、ふさわしい苅り取りをすることを望む。

 太陽黒点活動の平常と異なることは1991年に入っていよいよ明らかになるだろう。銀河の果てからの使者である「すい星」は1991年にもやって来る。あなた方の知らない病気が多くの人をむしばむことになるだろう。死に至る病ではなく、恒常的に不安にさいなまれる病となるだろう。これは大地の不浄によってもたらされる。大地の不浄は即飲料水に影響を与えるからだ。山河の水だからと安心してはいけない。必ず2分間は煮沸してから口にする様に。

この病には、かんきつ系の干果物に含有されるものが一時的に有効だろう。

 私は、あなた方を不安におとしいれることをしたくはない。事実をありのままに見つめ、早く対処して欲しい。人は皆、環境問題を口にするが、実行する者は少ない。力のある者、権力のある者こそが気付いて実行してゆかねば手遅れとなるだろう。力のある者を動かすには力のない者の一致が必要だ。

 宗派や流儀や名前にこだわって目先の知識に溺れている者があまりに多い。私の言葉は誰が語っても良い。しかし、語る前にしっかりと理解した上で自分の意見として語ってもらいたい。1993年以降のことは、あまりにも人の口に上りすぎて、修正不可能となりつつある。今後は1993年までに、1993年以降の自分達の社会を住みやすくする方法を実行に移してゆくしかない。語っているヒマに、ひとつでも実行してゆくことを考えて欲しい。

 

        ---ARION,O∴O---

DEC.7.1990

2017年8月 7日 (月)

ARION語録 26〜30

ARION語録  26 

 光よりの光、オリオンの神の座よりの一条の光として来りて伝える、我が名はARION,O∴O、愛と光の戦士達に伝える

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 1989年9月3日より、環惑星エネルギー変換が始まった。いにしえの力と約束を得て新たなる『時間』へ向けての変換だ。心ある人々は『自らの内的衝動』によって、新たなるエネルギー表出へ向けて自己変換の用意を始めている。この動きは1989年11月~12月にかけて最も大きくなるだろう。

 簡単に説明すると惑星単位でのエネルギー変換が始まっているということだ。以前に人々をつき動かしていたエネルギーを、旧エネルギーと呼ぶとしよう。旧エネルギーの単位が1だとすると人々は1のエネルギーを受けて1の行動を起こしていたことになる。それが新エネルギーでは10の単位のエネルギーを受けて、10の行動を起こすことになる。

 『飛びたい』と言っていた人々の明暗が分かたれるのもこの時期だろう。変換しつつある環惑星エネルギーの波動の中で『旧エネルギー』の夢を追い続けたり、旧エネルギーの願いにしがみつく人は『飛べない』のではなく自らの意志で『飛ばない』だろう。1の単位の夢と行動の範囲でしか動けないと思う人は、10の単位での夢や行動について行けないからだ。また1の単位の夢は10の単位の行動を起こすには、衝動力、起爆力、行動力のどの点を取っても不均衡を起こすだろうからだ。

 世の中は長い間『1以下の単位』の夢を人々に与え続け、その範囲で収まるような規則や約束事を作って人々を規制してきたが、それらも変化して行かざるを得ないだろう。それらの規定内に収まらないエネルギーが動き始めたからだ。

 心ある人々及び戦士達よ、新たなるエネルギーの変換へ向けて用意しなさい。このエネルギー変換は1989年7月7日に神霊界でギア・チェンジが行われた結果の成り行きだ。今年1989年12月始めまでは変換の為の地ならしと用意に当てられるだろう。そして1990年からは新たなる創造の為の行動に入るだろう。

 想い願うこと、そしてそれを行動することによって実現させる。この法則は今後も同じだが、想い願う対象が1の単位群から10の単位群に変化している事を自覚せねばならない。想い願い、そして勇気をもって行動に移す。そこで恐らく今までに感じなかった新しい事実(自分の心の動きとしての)に出くわすだろう。1単位群の想いや願いに慣れている人々にとっては当然の事なのだが、まず驚くだろう。今まで自分が平気だと頭で思っていたことが実際の行動として成立しなかったりするだろう。しかし、ひるんではいけない。これは当たり前の事だと思うこと。多くの人はここで引き返してしまう。新たなるエネルギーは未知の事なので、怖じけづく人が多いのは当たり前なのだが、決して引き返したり舞い戻ってはいけない。

  怖じけづいたら、その場で留まっていること。前に進めない場合は後ろに戻ってはいけない。留まるのは辛い場合もあるだろう。人は前か後ろかを早く決めて安心したいと思うのが普通だからだ。しかし、留まって欲しい。そしてよく見るのだ。想い願ったという事実を、そこで吟味するのだ。何故、自分はそれを想い願ったかを思い出すのだ。その想い願いが自分の内よりのものであり、外的要因によって新たなる場面に遭遇した為に混乱してはいても、想い願った事実に相違が無いということならば勇気が出るまで、その場に留まることを薦める。つまり10単位のエネルギーの世界には行けないなどという結論を焦って出してはいけないということだ。そこで留まらずに舞い戻ってしまっては、10単位のエネルギーの世界から遠ざかってしまう。

 惑星単位で変革が起きていることを膚で感じている人々よ、新たなるエネルギーはあなたがたにとって未知のものであるがゆえに、あなたがたに征服欲と勇気を奮い起こすだろう。新たなるエネルギーの世界に飛ぶ為のチャンスは、各々のレベルによって強弱の差はあるものの大体3度ある。全て各々の生活の中で起きるだろう。何がチャンスで何がそうでないか、それは各々の直観力と判断力に任される。誰も強制したり勧誘したりしないだろう。各々の生活レベルの中で挑発者は現れるだろう。何故ならば今が『その時期』で挑発によって人は、多くの場合勇気を奮い起こすキッカケを掴むからだ。そして、その挑発は自分達が招くものだということを忘れてはならない。

 光の子達よ、起きなさい。起きて自分達が既に新たなるエネルギーの世界において輝こうとする意志をもっていることを確認しなさい。旧い夢や執着に惑わされずに勇気をもって新しい世界を見詰めなさい。

 私達神霊族はあなたがたと共に、この変革を大いなる創造へと導いてゆく。あなたがたのそばに、私達の愛と光を感じなさい。私達と共に光の方向へと飛ぶ者そしてそうでない者の全てに、この環惑星エネルギー変換は影響してゆく。1単位の世界に拘束されることは、これからの創造エネルギーの流れにそぐわなくなってゆくだろう。多くの人が「自らの内的衝動によって」私達と共に新たなるエネルギーの世界で創造に携わってくれることを望んで止まない。愛と光と存在、そしてそこへ導く勇気と希望…

 

     ---ARION,O∴O---

4 SEP 1989

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ARION語録  27

 アリオンより光の子らへ 

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 あなたがたに、日本の現状を分析して見せようと思う。1960年代~1970年代に掛けて、ダイアモンド社やその他の会社からの発行物の中に「成功する……」といったタイトルのものが増加した時期があった。何故、そのようなタイトルのものが、当時の労働年齢の中期にある者に受け入れられ、もてはやされたのかを考えて欲しい。そうしたタイトルのものが、当時の日本人に与えたものは「夢」であったのか? それとも、現実的に「成功するスベ」だったのか?そういったタイトルの刊行物が売れた背景には、日本人が「失敗した」と思い続ける要因が、確かにあったのだ。

 その要因の最大のものが第2次世界大戦での敗戦だった。昭和一桁代から昭和10年前後に生まれた人々にとって、敗戦の理由は「モノが無かったから」という言葉に代表されている。勿論、単に「モノが無かった」から敗戦したのでは無かったのだが。「モノが無かった」⇒「敗戦」⇒「失敗」⇒「不幸」と感じていた、当時の人々にとって、ジープの上からチョコやガムを惜しげも無くバラ蒔くアメリカ兵は、「モノがある」⇒「勝利」⇒「成功」⇒「幸福」の輝けるイメージを抱かせる対象として、大きく存在した。豊かなモノと一緒にアメリカは、あなたがたに「民主主義」を虹色の旗印の下に持ち込んで来た。

 ここで、ちょっと気付いて欲しいのは、アメリカはこのヤリ方を日本だけにしたのだろうか?ということだ。アメリカに代表される、欧米資本自由主義は自分たちのモノサシを、ありとあらゆる、未開発と彼らが断定した国々に対して押しつけてきた。未開発だが、この先彼らに色々な物資や労働力を提供出来ると思われる、ありとあらゆる国々に対して、行ってきた。最初は植民地政策として打ち出された、この方法は現在では「開発援助」と名を変えて生き残っている。現在、戦争中の湾岸に対してもアメリカは同じように、「豊かさと民主主義」を持ち込み、その代償として、アメリカの傘下に加わることを求めている。アメリカの傘下と言えば未だ聞こえはいいが、その実はアメリカ式の腐敗社会の輪出と言ってもいいだろう。

 日本は敗戦し、一股庶民は、その原因の多くに自分たちの物資不足だった点をあげ、戦後の日本の復興に力を入れた……自分たちの失敗の原因であると思われる物資の多寡をアメリカのそれに近づけようと、愚かにも国家を挙げて工業に力を入れて来た。その結果、自給自足出来た筈の農業国日本は、完全に他国依存の食料事情を抱える大国となった。

 アメリカはGHQを始めとする宣伝活動と、発達したマスコミの力、そして影なる団体のバックアップによって、日本人に「モノが豊富にある」⇒「成功」⇒「幸福」の公式が、家庭の隅々まで行き渡らせることに、成功した。

 「モノが豊富にある」⇒「成功」⇒「幸福」の公式が定着し、日本の状態は「モノが豊富にある」状態に変化した。当時の人々が望んでいた状態に近い今ではみんな公式通りに「幸福になれたのかと言えば、幸福になれていない…と感じている。では何か未だ足りないのか?気を付けなくてはならないのは、この何か未だ足りないのか?という疑問は何処から来たのか、というところだ。これまた、実はアメリカからやって来た…と言うと、あなたがたは驚くだろうか?

 日本式のやり方は「失敗」⇒「不幸」になると信じ込んでしまっていた日本人は、とにかく欧米の意見に耳を傾ける、という癖がついてしまっている。そういう意識構造が出来上がるということが、当初の彼らの目的でもあった訳で、そういった意味では、対日本攻略は半ば成功していると言っても過言ではない。物質至上主義こそ幸福への近道と、戦後の貧しかったあなたがたに対して教育し物質が溢れるほどに増えたら、今度は「物質だけでは、駄目だ」と説く教えが 主にアメリカ西海岸から、やって来た。ちょうど、日本でも物質的な幸福だけでは満足しない、いわゆるインテリ層の人々から疑問が発し始められていた頃だ。素直と言うには、あまりにも主体性の無い日本人の多くは、この西海岸産の「精神世界」という名の市民運動に身を投じた。

 この運動は、インテリを自他ともに認めるような層の人間が特に傾倒したのが特色であった。物質だけでは満足しない層の人々に対しての攻略はこうして実行された。

 この精神世界運動は、オマケとして薬物文化までも日本にもたらした。こういった流れの中で見て欲しいものが、アメリカの支配者階級の人間達の行動だ。果して彼らは、あなたがたに教育したようなことを実践しているだろうか?答はNONである。彼ら選りすぐりの一部の人間達は、頑に自分たちの伝統を守り、保守的な生活を続けているのだ。あなたがたや、アメリカの被支配者階級の者が興じている「教え」は、彼ら選りすぐり

の者達の「教え」では無い。

 あなたがた光の子らは、早く気付かねばならない。アメリカ式の民主主義の押しつけが、アジア・アフリカ・南米などの国の文化を如何に破壊してきたのかということを。そして、西海岸からやってきた「運動」は、何も生み出さずに社会腐敗の原因を作ってきた事実に目を背けてはならない。

 特に、薬物汚染は大麻・LSDから始まり、コカイン・ヘロインに至るまでの用意周到な道順と販売ルートがあることを知らねばならない。南米の政治の腐敗は、片側でこうした薬物売買での巨額な資金が支えていることも知らねばならない。日本の政治家達は、臆病者が多い為か未だ全汚染されているところまでは、行っていない。

 日本人が、今好きで使っている「POSITIVE」は「POISON」を、その中に隠している。POISON(毒)は少しずつ使われると、最初は「疲れやすい」感じから始まる。その内に「眩暈」「貧血に似た症状」となり「心臓発作に似た症状」で終わる。現在の日本人の判断力欠如、即断忌避、実行能力の欠如は、どこか中毒症状に似ている。一体、何の中毒か?昨今、言われている自家中毒では無い。決してそうではない。

 もっとハッキリ周囲を見渡しなさい。オカシイと思うことを、オカシイと言う勇気をあなたがたの周囲の人々に示しなさい。あなたがたの能力は、薬物や膨大な書物から得るものではなく、あなたがたの行動から得るものだということを、思い出して貰いたい。

 

     ---ARION,O∴O---

FEB.15.1991

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ARION語録  28

   本能的な信号に対する音声言語(言葉)表現について

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  人間の本能的表現の内、発声器官を使っての音声言語(言葉)表現は本能からの電波信号(波動)が、ある回路を通り言語中枢で処理されて初めて、音声言語(言葉)として表現可能になる。新皮質で既に学習・蓄積された情報からの信号は、その情報に関する事柄の入手経路として既に言語中枢で処理済みなので、いわゆるお馴染みの回路を通るので比較的楽に

迅速に思考となり、音声(言葉)として表現するにもたやすいのである。

 現代人の日常生活に於いては、本能からの信号は恐怖や驚き、強いショックを受けた時などにしか感じられない様になってしまった。恐怖時や危機に立った時に、思考→言語→音声(言葉)表現が迅速に出来ないのは、

信号回路が新皮質のそれと異なる事と、言語中枢への回路が現代人の場合、特に顕著に遮断されているからである。本能からの信号回路が本来の働きを回復し、言語中枢への回路を円滑に通り始めると、既知の信号に対する良い意味での『馴染み』が成立し、対処が迅速になる為に、危機感を感じた時にも恐怖や驚愕の為に言葉を失うことが少なくなってゆくのだ。

 本能にはいろいろの働きがあるが、我々の問題にしている働きは本能の潜在意識とつながる部分である。そこの覚醒、開発なくして『光の愛』を理解する事は不可能である。しかし、我々は一部の軍部の行っている様な『超能力開発』は行わない。人間の持てる能力の一部開発を行っても、危険な怪人を作り出すだけだ。我々は、全人開発教育を行う。時間は一部の超能力開発より懸かるのは確かだが、人類の尊厳と魂の尊厳を守る為には、やむを得ないと思う。

 日常的に交わされないタイプの『光の愛』に関する話を聞いて、本能からの呼び掛けに耳を澄まし、沈黙している人に対して行ってはいけない事は、新皮質の情報に訴え懸ける様な言葉を音声表現する事である。せっかく本能からの呼び掛けで、回路を探し始めた脳の働きを遮断してしまうからである。殆どの人の場合、長期間未使用であった回路を手探りで進んでいるような状態であるから、相手の状態を観察しないで突如として声を懸けると驚愕してしまい、一種のアルファ状態に近い脳波の活動を日常覚醒状態に引き戻してしまう。こういう状態の相手は、どこか遠い所を見ているような瞳をしていることが多い。

 相手の漏らした音声や言葉を、肯定する短い言葉をゆっくりと辿る様につぶやいてあげるのが一番良い方法と言える。相手が肉体的な動作を始めたり(身体の一部を動かしたりすること)或は話し懸けてくる様子だったら、既に『光の愛』を知っている我々のテンポでは無く、相手のテンポに合わせて聞いてあげるのが良い。誰もが情報開発の進んだ社会に生活している現状では、『光の愛』の思考回路は閉塞状態にあると見て、まず間違いないだろう。既に『光の愛』に触れた人々の回路使用状態は、そうでない人々のそれと比べると迅速で円滑である光の子供達同士の会話に慣れていない人々、つまり新参者の人々に対して最初は焦らずに観察しながら話し掛けないと、一旦恐怖心を抱かせると『心の奥の話=居心地の悪い状況に立たされる』という公式的な回路が成立してしまう。霊的な話やオカルト、精神世界的な話は苦手だと言う人の多くは『心の奥を覗かれたくない、心の奥は無防備なんだ、攻撃されたらひとたまりも無い』と感じている。こういう人の多くは過去に心を開こうとした時に、攻撃されたと感じて恐怖回路を成立させてしまったタイプだ。実際には攻撃されていなくとも、心を開くのが苦手な人というのは、普段から比較的臆病で防御癖の強い人なので、ほんの少し相手の語気が強かったり、相手の反応が早すぎたりしただけで攻撃されたと思って首を竦めてしまうケースが多い。

 『光の愛』に触れたことが無い人でも決して『敵』だと思わないこと。安心して話が出来る状況を作ってあげないと、心を開くことはできない。心を開くことができないと、本能的な信号に対する思考→言語→音声表現の回路を成立させることが困難になる。本能的な信号に対する上記の回路を成立させると真実の愛による人間関係を維持させるのに必要な要素のひとつであること、例えば過剰防衛に因る混乱や危機の際のパニック状態に陥ることが少なくなる。人間がより理性的、より自然に生きて行く上で、真実の愛=光の愛を感じ実践し、維持してゆくことは不可欠なのだから。

 光の愛に導く役目の『光の子供達』は、光の愛を初めて識る人々、それも特に気の弱い、臆病な性格の為に心を閉じているタイプの人々に対して恐怖心を抱かせるようなことをしないように気を付けて欲しい。力強く話すということは脅すこととは全く異なるということを理解して貰いたい。上記の事は人間の犯しがちなミスなのだが、愛を持って力強く話す時には相手は脅されているとは感じないものなのだ。相手に対して不愉快だと思う時に力が湾曲して脅しているように相手に伝わってしまう。常に相手を抱きかかえるようにして話すことを実行すれば、このミスは避け易い。

 

   ---ARION,O∴O---

JAN.13.1990

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ARION語録  29

 光よりの光、オリオンの神の座より来たりて伝える 

 我が名はアーリオーン、愛により存在する天使 

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 光の子らよ、あなたがたに『自分』について話そう。だれしも『自分』とは何か?と考えたことがあるだろう。あなたがたが『自分』と呼んでいる、あなたとは何だろうか? まず、あなたがたの身体が大まかに分けて、物質的な肉体の部分と精神的な心の部分と

で成り立っているという風に理解して欲しい。普段『自分』と呼ぶ時には、この物質的な部分と精神的な部分の両方を指している。

 では、例えば夢の中ではどうだろうか?夢の中で『自分』と呼んでいるのは、誰だろうか? 物質的な肉体の部分は眠っているが精神的な心の部分は夢の中で活動している。起きた時に鮮明に思い起こすことの出来る夢もあるだろう? そんな夢の中で、肉体抜きの自分でもやはり『自分』と認識してはいないか?ここに『自分』という意識の秘密がある。

 つまり、あなたがたが『自分』と呼んでいるものの実体は、あなたがたの心にあるのだ。あなたがたの心はあなたがたの魂の前庭(奥にある魂というエネルギー体の玄関という風に理解しても差し支えない)であることは以前にも伝えたが、その心が『自分』とい

う意識を作り保持しているのだ。

 魂は、それ自体は無色無臭であり、エネルギーとしては非常に純粋なものなのだ。その魂が、肉体という異なった周波数の帯域に入って来て初めて、個性を持った『心』という玄関を持つわけだ。

心は肉体と魂という周波数の大きく異なる双方を結ぶパイプ役の様なものだと言えば、分かりやすいかな? 電気の世界でも、電圧の異なったものを結ぶトランスというものがあるのと同じだ。精神というものは、心の働きや動きを肉体の大脳に理解しやすい様に、大脳言語に置き換えたものだと言える。精神が心では無い。また、心もそれ自体が魂では無い。これは言葉遊びでは無い。あなたがたの言語に置き換えて、出来るだけ正確に説明しようとすれば、かなりまどろっこしいことになるのは止むを得ないことと思う。

 魂は、あなたがたの肉体に入ってくる以前は集合エネルギー体として存在する。つまり、あなたがたの魂は個性を持つひとりひとりの肉体に入る前には、異なった形で存在することになる。魂の帰属する集合エネルギー体は、その傾向や目的によって大きさが異なる。幾つという風に数では示すことが出来ない。その数は不変だからだ。しかし、あなたがたが夜空に見つけることの出来る星の数ほどもあるのは確かだ。それらの数々の魂集合体は、ある周波数のもとにお互いにくっつきあっている。そして、一つの周波数の段階ごとにブルッと身震いのような感じで離散してゆく。この離散は、周波数の段階を上げるのに必要なものなのだ。そして離散したエネルギーの断片のひとつひとつが、それぞれの目的-周波数の段階を

上げる為に、顕現化-物質界に顕れることをする訳だ。

 周波数を上げる為に、なぜ物質界に顕現する必要があるのか?と質問されるだろうから、先に答えておくことにしよう。宇宙に存在するエネルギーには、色々な形のものがあり、またいろいろな活動をしている。それらの目的は、簡単に言うと『創造』なのだ。あなたがたの知識の及ばない、遠い先の宇宙の話をしても意味が無いので、あなたがたの知識内での話としよう。あなたがたの太陽系も、勿論『創造』の為に日々生死流転を繰り返している。大きな『

創造』という目的の為に小さな破壊と創造を繰り返しているとも言える。この太陽系を含む、この銀河系に偏在する魂集合体の殆どの周波数は、物質的に顕現することでのみ、個々のエネルギー周波数を変化させることが出来るのだ。(全ての魂集合体と言っているのではなく、殆どの魂集合体という点に気を付けるように)

 物質的に顕現する-あなたがたの流行の言葉で言えば『転生』-ことで、一体魂は何を得ようとしているのだろうか?あなたがたも知っての通り、あなたがたの心は肉体の規制を受けなければ飛ぶことだって可能な訳だ。夢の中で経験している人も多いだろう。

  実際、人間の心はとても軽く自由なのだ。しかし、肉体という規制、そして肉体の大脳の知識といった規制があって、心は本来の軽さや自由さを失ってゆく。そして、その規制に対して魂が心に働き掛ける-『あなたはもっと自由な筈だ、自分を解放しなさい』、そして、あなたがたは考える。どうすれば自分を解放できるのだろう

か?この大脳知識と、魂からの呼び掛けに応えようとする心との葛藤が織りなす様々なことがらから、あなたがたは多くのことに気づく。自分とは何か?といった質問を自分自身に発するのも、こういったときが多い。

 あの人もこの人も、自らを指して自分』と呼ぶ。全世界でこの地球人口と等しい数の『自分』が居る。自分と呼ぶのには理由がある。まず、『自分と呼ぶ個体』と『他人と呼ぶ個体』とは違うんだ…という認識の為に、つまり、あの個体とこの個体とには差

があることを学ぶ必要があるからだ。人間の自己確認行為は、他者との隔絶感から始まると言っても過言では無いだろう。他者との差をハッキリ認識した時に初めて『自分』という意識が認識される。サトリと言うのは、この他者との差を取ることにほかならない。自分が他者になるというのでは無く、自分と呼んでいる個体以外のすべてのモノとの差を取り払うことなのだ。(サトリについては、詳しく次回で述べようと思うので、ここでは詳しくは説明しないこととする)

 こういった一連の生活経験の全てを、心は変圧機能を使って魂に刻印してゆく。しかし、人間という肉体をまとっている間は大脳という中央政府の管轄下で生きているので、この魂の感覚は肉体へは伝わりにくい。身体の機能の一時休止下に於いては心を通じて、魂の感覚が伝わってくることもあるが、それも稀なことと言える。この刻み付けられた生活経験は、肉体が没した後にも魂の経験として保持される。こうして魂は、幾度かの生活経験を繰り返して、当初の目的の周波数域に達した時に集合体に吸い寄せられるように、帰ってゆく。

 あなたがたの呼んでいる『自分』とは、あなたがたの心のことだ。あなたがたの言う自分とは、その他多くの自分と目的を一つにするエネルギーの集合体なのだ。その目的とは、創造なのだ。小さな破壊と創造を含む大きな創造なのだ。あなたがたの心は、その他多くの自分と自ら呼んでいる個体の心と、一番奥の魂のところで繋がっている。それぞれに出自とする魂集合体が異なったとしても、この地球という惑星で物質界に顕現してきた点で、地球生命体という名前のエネルギー体として繋がっている。生命体として、それぞれに差が無いことを大脳知識としてではなく、心の発動である感動という方法で知った時に、人はサトリの瞬間を持つことが出来る。

サトリとは瞬間のことを言うのだが、多くの人は誤解しているようだ。また、自分という意識も瞬間のことなのだ。しかも、過ぎ去った瞬間のことしか人間は認知できない。今、この時を認知した瞬間に、もうこの『今』はさっきの『今』では無いからだ。これは、人間が肉体という物質的な生体を持つ為で、魂には逆に『今』しか存在しない。物質的な周波数の上での生死流転と、そうでない周波数の上での生死流転とは全く異なった時間の流れがある。あなたがたの意識する時間というのは過去から未来に向かって流れているように、認識されているのが普通だ。しかし、これも物質界での話だということを覚えておいて欲しい。

 

    ---ARION,O∴O---

Nov.25.1990

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 ARION語録  30

   光よりの光、最上の帯としての光より来たりて伝える

   我が名はアーリオーン、愛と光の天使

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  本当の旅を求めて

  今再び、甦る為に…

  アスファルトの道路が縦横に走る都会

  デパートの屋上庭園をそのまま拡張した様な街並

  道路の脇に植えられた街路樹に与えられた僅かな土

  血の通わない鉄骨を重ねて、高く高く

  空まで届け…と高く高く…

  摩天楼の底で蠢く唯一の生命体、人間は

  ギザギザに切り取られた空を見上げて、溜め息をつく

  他人との触れ合いは地下鉄での押しくらまんじゅう

  朝と夕方に繰り返される、駅に向かっての民族大移動

  ビルとビルとに挟まれたスリット状の夕焼け

  街を歩けば購買欲を煽る広告、電車に乗れば行楽広告

  情報提供というカンナで神経を削り取られる

  そんな毎日…

  無機物、無生命体の都会生活の中で

  それでも暖かいものを、触れ合いを求めて

  人は何か気付きを捜す…

  そして、そんな時に人は《旅に出たい…》と思う

  削り取られた神経叢から滲む血を押さえながら

  人は『自分自身』を取り戻す為に

  自分の心の在りかを見出す為に

  旅に出たいと願う…

  人は『旅』に出ると自分自身を取り戻せるのだろうか?

  本当に心の在りかを見出せるのだろうか?

   一体、都会には何が起きているのだろうか?

  都会に生活していると自分自身を見失うのだろうか?

  生命体とは血の通うものということ

  そして生命体は《生命の流れる境》に活きるもの

  全ての生きとし生けるものは《生命の流れ》を司る

  地球上だけでなく全宇宙の生命体は

 《命を生きること、生きる力の流れを流れること》を目指している

  アスファルトで固めコンクリートで囲われた場に

  草木は生きることが出来ない、虫も鳴くことが出来ない

  土も呼吸出来ない、そして人間も…

  自分自身を見失う、心の在りかを見出せないのは

  生きる力の流れに沿わない、囲われた場に生活しているから

  だから、人は旅に出ようとする

  生きる力の流れの残る場を求めて

  遮断された生命の流れを甦らせる為に

  人は土の生きている、鳥の鳴く、血の通う触れ合いを求めて

  …旅に出る

  遮断され密閉された生命閉塞状況に居れば居るほどに

  人は生きながら内部から鈍感になってゆく

  まずカンナで削り取られ続けている神経系続から

  そして神経叢の中枢であるところの『心』へ

  段々と鈍感になってゆく

  最終的には…

  自分達の生命にとって何が大切であるか、

  それさえも分からなくなる

  人間の身体の中には、宇宙生命潮流の流れから

  絶えず信号が送られている

  生命維持に危険なものは排除する様に、信号が送られている

  鈍感になってしまって、信号も感じなくなってしまう様な

  そんな生活空間から自分自身を取り戻す為に

  旅に出たいと願う人の身体の中で、何が起きているのか?

  宇宙生命潮流から《生命を維持する様に…》との信号が送られ

  キャッチされ、生きる力の流れを求める心が揺さぶられた

  旅に出た人は閉塞状況から解放され、ホッとするだろう

  身体の底から血液が巡るのを感じる

  呼吸を始めた『心』が躍るのを感じるだろう

  幼い頃の自分、生命力の流れに充分浸っていた自分

  そう、子供は全て宇宙の生命の流れに素直に生きていた

  何でもない普通の人々の生活の営みにも

  自然に頼が弛むだろう

  小川にメダカが泳いでいるのを見て、嬉しいと感じる

  夕餉の味噌汁の香りにフッと郷愁を感じる

  五感が開くのを感じるだろう?

  生きる力の流れない場に生活していると

  第六感はおろか、人間の五感も鈍くなる

  見る、聞く、味わう、嗅ぐ、触ることの

  鈍くなった人々…

  鈍くなったが為に何も信じることの出来ない人々

  生きる力の流れる場に居ると

  それら五感の中で損傷の少ないものから

  甦り始めるのを感じるだろう

  まず五感の統括である“気持ち”が弾んでくる

  血が通い始め、生命潮流からの信号もハッキリとしてくる

  そして、都会を生活の場にしている人は

  甦った自分自身を感じながら、再び都会へと帰ってゆく

  旅に出る前の自分ではない『新しい自分』を連れて

  そう、呼吸している血の通った身体を持った自分

  それだからこそ、信号をしっかりと受け取れる自分になって…

  生命の力の流れる場としての生活空間を…

  生命維持の為に何がいけないか、何が必要か分る自分

  五感が開いている状態で、何が都会に欠けているかを

  ハッキリと見つめ、ハッキリと表現出来る自分になって

  そう、旅から帰る人々が再び生命閉塞状態の中で

  少しずつ鈍感になる前に、是非、考えて欲しい

  自分達が何を旅に求め、旅先で何を得たか、どう感じたのかを

  この死にゆく大地の都会の中で、

  自分達の生命を維持させ、危険を排除してゆくには

  それら旅先での五感の開いた状態での経験を

  どういう風に活かしてゆくべきなのかを

  本当のことしか無い、本当のものしか存在しないのが自然の定理

  人間は《人》である為についてきた嘘を脱ぎ捨て、本当の自然と融合して

  生命を活かすことを、旅に出ることで学び、

  それぞれ自分達の生活空間に反映して貰いたい、

  それが宇宙の全ての生命の願いだから…

11.Dec 1989

2017年8月 6日 (日)

ARION語録 21〜25

ARION語録  21 

 平常心について

 私ARION,O∴Oは、宗教で教えている『平常心について』を話すつもりは無く、本来の意味での『平常心について』を話したいと思う。そこのところを了承して貰いたい。あなたがたは、どういう状況の時に平常心について考えるだろうか? 平常心でいる状況の時には、殆どと言っていいほど脳裏をよぎらないのが、この『平常心』という言葉だね? では、どんな状況の時に『平常心』という言葉が取り沙汰されるのだろうか? そこから考えてみたい。

 自分で自分がうまくコントロール出来ていないなあ…と感じられる時、或は、あなた以外の誰かがコントロール不能に陥っているように見える時、そんな時に『平常心』が取り沙汰される場合が多いだろう。外的或は内的な要因によって引き起こされる一時的な自失状態に陥った後に訪れる内省状態に於いて、人は初めて自分が平常心を保っていなかったと気付くことが多い。しかし、この気付いた時の状態は自分自身が平常心を保っていないことの続行中の状態であることには気付かせないことが多い。つまり『平常心』を云々している人の状態は即ち『平常心』を保っていない状態の人の姿と言える。少し回りくどい言い方になったが直観力を働かせて視ると理解出来る筈だ。

 平常心とは『流れる水の心』だ。澱み無く流れ続ける水、川と言ってもいい。水は一時的に形に嵌められることはあっても、水に恒久的に形を与えることは出来ない。平常心とは不動のものではなく、流動のものだ。平常心とは汚れも異物も全てをその中に内在させつつ、しかし、そのどれでもなく、かと言って聖なるもの清いものだけで成り立つものでもない。

全てを包含しつつ、そのどれにも長く留まらない。あなたがたが普段思っているような平常心の説明とは異なった説明をしてしまったかも知れないが、頭を使わずに胸で感じて貰えば幸いだ。

 よく『平常心』と言えば、普段の自分の心の状態だと思っている人が多いが、これは大いなる誤解だ。普段の自分、つまり興奮もしていなければ落胆もしていない、非常にアイマイなどっちつかずの状態を平常心と言う訳ではない。そんな状態は間隙状態としか言いようがない。平常心を取り戻すとか失うなとか言う前に、まず自分が果して平常心とやらを本当に体験したかどうかが問題とされるべきだろう。本当に味わっていないで、取り戻したり失ったりする訳がないだろう?平常心は辿り着くべき場所を指し示す心の動きであって、平常心自体が目的では無い筈だ。

 平常心は水であり同時に空(宇宙)だ。 たひらかに、ひろごりて在る心の状態だ。平常心は縦軸と横軸の間を波線で結ぶ。 平常心は裡に膨張と収縮を併せ持つ。平常心とは揺れ動く振動するもの。 平常心とは語るものではなく、感じるものだ。以上、今日はここまで話しておこう。

 

      ---ARION,O∴O---

'89 10/23   02:18

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ARION語録  22 

 霊的な事に携わる人に対する偏見について

 この社会の中で『霊的』な事というだけで、謂れのない差別や偏見がある。ここにある例をとって考えて見て欲しい。

 ある人が東芝の所有する土地を借りて住んでいる。この人は過去から現在に至るまで、東芝の物質的な援助を受けながら仕事をしてきた。東芝は彼の発明する電化製品を発表、販売する事によって発展してきた。彼は、ある時期からソニーとも深くかかわって仕事をしていた。ソニーは東芝とは異なり、彼の精神的な分野での成長に関連する事々での援助を引き受けてきた。斬新な電化製品の継続的な発明には精神的な安定が必要だったのだ。

 彼はソニーの精神的な援助がなければ、良い仕事は出来ないからと東芝に話したが東芝は、自社の製品がソニーのブレーンの力を借りていると世間に思われるのは困る、ソニーとの表立った付き合いは困ると譲らなかった。ソニーは彼の仕事を、精神的にバックアップする事自体に意義を見いだしていたので、彼の仕事の結果が全て東芝の方に還元されていても、文句は言わなかった。

 ある日、彼の家でソニーの人と彼が談笑している時に、東芝の人が突然やってきた。鉢合わせをしてしまったのだ。この事件で怒ったのは東芝だった。彼にソニーの存在は必要ないと東芝は主張した。彼は土地を借りて仕事をしているし、現在までの彼の発明品を発表してくれた恩があるので、あまり事を荒立てたくないと思って、その場を丸く治める為に『東芝さんのお陰で今までやって来れたんですよ。ソニーさんの為にやっている訳ではありません。ソニーさんは便利屋みたいなものですよ。』と言い訳した。

 彼の仕事の原動力となる、精神的な安定はソニーとの関係の中から生まれてくるので、絶交してしまう事は耐え難い苦痛となる。かと言って東芝の援助を受けないで、やってゆく自信は彼には無かったので、なるべく

東芝を刺激しない様に苦心しながら付き合ってゆく事にした。心のどこかで『東芝もきっといつかは分かってくれるだろう』と思いながら付き合っ

ていた。

 

数カ月経って東芝と彼の関係は元通り、波風の立たない関係に戻った。彼はソニーの精神的な援助に感謝しながらも、現実に物質的な援助をしてくれる、東芝の意向を気にしている自分が情けなかったが『背に腹は代えられない』と自分に言い聞かせていた。

 東芝は彼とソニーの付き合いが終わっていない事を知ってはいたが、彼をこれ以上刺激すると仕事に響くと思って、何も言わなかった。とにかく東芝は彼の発明能力が向上するなら、ソニーのブレーンであろうが松下のブレーンであろうが構わないという態度に出て来たのだった。この東芝の態度は彼にとっても都合は良かったが、彼の本質を東芝が理解しようとしない、いや理解したがらない事に寂しさを感じていた。

 彼の発明品を評価しても、彼自身を正当に評価していない東芝の態度に、彼が不満をもつのは当然であったのだ。

 ある日、国際家庭電化発明委員会から、彼の製品だけを集めた発明展を開催したいと申し出があった。彼は勿論、大喜びで受諾した。早速、東芝に話を持ち掛けた。東芝は『出来る事はしましょう。でも我々だけがスポンサーになるのではなく、ソニーにも半分出して貰うことにしましょう。』と言った。そして付け足して『だって、そうでしょう?あなたはソニーさんとも、仲良くやってらっしゃるんじゃあないですか?』と言ったのだった。

 彼はこの時、初めて自分自身を正当に評価していなかったのは、外でも無い自分だったと気付いた。何故ならば自分という心を持った人間を正しく評価していたソニーと付き合うのに、東芝に隠れて付き合う事しか出来なかったという事実は、実際に自分自身が東芝をソニーより評価していたという事になると気付いたからだ。

 東芝、つまり物質的な援助を、発明に欠かせない精神の拠り所としてのソニーより評価していた。これは取りも直さず自分が物質的な事を、精神的な事より優先していたという事実に突き当たるという事なのだった。彼は勿論、ソニーにスポンサーの話は持ち掛ける事は出来なかった。しかし東芝は強引にソニーに出掛けて行ってスポンサーの話を取り付けてしまったのだった。もう彼には、どうする事も出来なかった。ソニーと彼の友好関係は、東芝の一方的な物質的攻勢にあって崩れ去ってしまった。彼を正しく評価していなかった東芝の、援助を受け続けるのにも嫌気がさしてしまったが、今となってはどうする事も出来ないと彼は、過去の栄光に思いを馳せながら、惰性の毎日を過ごす事を余儀なくされている。

 何故、披が東芝に引け目を感じなくてはならなかったか? ソニーとの付き合いよりも、東芝との付き合いの方が長かったからだろうか? これはビジネスの世界では実際には起こらないだろうと思われる事だが、どうだろうか?

あなた方は、どうだろうか?彼の立場に立って考えて見てご覧?霊的な事、精神的な事とは根本的な事にも拘らず、軽視されているのが現状だ。しかし、これが現状だと手をこまねいていて良いものだろうか?これが、あなた方にもう一度よく考えてみて貰いたい大命題なのだよ。

20 DEC 1988

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ARION語録  23

 人は皆、真実を知りたがっていると思うのは間違いだ。真実を知りたくない、見たくない人は多い。真実どころか事実さえも目をそむける人は多い。その人達は「見たくない、知りたくない」人達だ。見れば、或いは知れば、その次の行動をしなくてはならないからだ。現状を維持していたい気持がどこかにある。しかし、同時に現状に不満ばかりを言っている場合もとっても多い。不満はいうけれど事実も真実も見たくない。現状を打破して良い方向にゆきたいというけれど事実も真実もフタをして見えなくしている。

 それは、見てしまったら自分が現状を改善してゆく行動に出なくてはならなくなるからだ。こういう人達は自分は何もしたくない。なんの努力もしたくないが、不満を言っているともしかしたら他人が自分の現状を良くしてくれるかもしれないと秘かに心の中で思っ

ている。

 事実や真実をあるがままに見るのは誰にとってもたやすいことではない。傷付く事も多い。ショックで口もきけなくなる時もあるだろう。しかし、自分が見なくては自分の思う通りに改善する事はできない。見たくない、知りたくない人達は一言で言えばズルイので

ある。万が一、他人がその人達の不満を聞いて何らかの行動に出て改善しようと努力したとしよう。その結果、その他人から見て改善されたとしても不満を言っていた本人の行動の結果ではないので彼らはその結果に満足できない時の方が多いだろう。そんな時、見たくない人達はその他人を攻撃する。「しなくても良い事をして悪くした」と言うだろう。

 あたり前だ。不満を持っている本人にしか改善する事は出来ないからだ。自分が行動に出なかった事が間違いだ。見たくない知りたくない人達は言いかえれば、傷付きたくない、努力したくない、良

くなりたくない人達だ。向上心の無い人達に他人は何も出来ないだろう。本人に気付きがなく他人の非を攻撃してばかりいる人達に何を言っても聞く耳を持たないだろう。

 たったひとつ出来るだろうことは、その人達の気付きを待つ事だ。耳を貸すと彼らの不満改善ゲームのコマにされてしまい、失敗などしたらこっぴどくやっつけられてしまう。あなたの意志、そして宇宙の意志、それらの方向性をあなたの本能の中の直観力で捜しなさい。

 これだ!_と思う事を信念でガードしながら進みなさい。見たくない知りたくない人達に構っていると知らない内に足を取られ彼らの仲間にされてしまう。

 自分の信じる道を信じる仲間と歩みなさい。人は不安を隠す為に必要以上に話したりするものだ。言葉で言葉を追いかけて、言葉で

言葉を隠し言葉で言葉を飾り、言葉で言葉を結論づける。そして、その言葉の羅列から他人はその人の不在を読みとる。本質から出た言葉は飾る必要がない。隠す必要もない。なぜならば、それが本質から出た以上、それは「在る」からだ。その言葉はただ「在る

」のだ。他に何も必要ない。在る事、それだけ。そして、その言葉に他人は感動する。本質から出た言葉は他人の本質にストレートに切りこんでゆくからだ。誰にどう言われようと、思われようと誰に何をされようと自分が決めて実行しようと思う。その意志の根底を成すものを「信念」と言う。信念は本質から来たものである以上、他人にどう言われようが、信じられようが、疑われようが、確かにそこにその人の信念が在るとしか言えない。信念がないと、他人の心ない言葉や行動に影響され、自分の道を見失う。自分のしている事が自分の意識と宇宙の意識つまり潜在意識とに照らし合わせて正しいと思えるなら、自信を持って進むべきだ。照らし合わせに自信がないなどと、言うのはもっての外だ。ほんの少しの直観さえあ

ればわかる筈だ。

 

     ---ARION,O∴O---

1988 10/7

 

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ARION語録  24

   光よりの光、オリオンの神の座よりの一条の光として来りて伝える、我が名はアーリオーン、愛と光の天使

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 私達の秘密としている情報を少し話そう。それは、この日本の神話だよ。日本書紀や古事記、いわゆる記紀は後の世の為に編纂されたもので正しい歴史書とは呼べないんだ。

 まず宇宙には『アメクモ族』と呼ばれた種族が居たことから話そう。彼らは、あなたがたの居るこの銀河系に遥かな昔にやって来て色々な惑星に植民していた。彼らの目的は『人型種族の繁栄と進化』だった。多くの惑星での入植、人種混合そして人型種族の進化を担ってきた。彼らの足跡は『モノリス』によって辿ることができるよ。地球にもやって来た、それは遺伝子操作によって地球原人が発生した後だけどね。他にも宇宙から植民した人型種族は居たけれど、今の段階では私達の流れを話すのが筋だから、他の種族については語らないこととするよ。

 アメクモ族は今で言うアジア中央高原に降り立った。そこから多くの国に向けて陸路と海路で渡って行ったんだよ。この種族は後の世にアメクモ族の名前を残す為に自分達の名前に『アメ』『マ』、つまりAとMで始まる音を配したんだよ。エジプトに伝わった名前にもあるね?キリスト教では最後にアメンと唱えるね? 日本では『アメノ…』という名前が多いね?ラテン語に至っては『アモール』は『愛』の言葉だ。みんな『アメクモ族』の印だよ。

 さて彼らは日本に向けても陸路と海路で渡って行った。(紀元前の話)スサノオとその父フツの曽祖父に当たる男は海路で行くグループの首領だった。陸路で渡った仲間は先に日本に到着した。海路で渡った仲間は東南アジアの島々で数々の仕事をこなしてから朝鮮に渡り休んでから日本の壱岐対馬に渡り、その後出雲に住んだ。

 スサノオの父フツは出雲でスサノオを生んだんだよ。陸路で先に入っていた仲間はイザナミ・イザナギと呼ばれる人々が有名だね? 彼らはヤマト原人を制定し、九州に強い国を築き始めていた。そして海路のグループが携えて来た、いわゆる『十種の神宝』を要求していた。何故ならば、この神宝を持つ者が日本のスメラとなる事が決まっていたからだよ。

 アメクモ族の当初の予定では陸路と海路との両方のグループが協力して、日本を制定し文化と人類進化の為に邁進する筈だったが、陸路の仲間は自分達の権利を優先したい為に協力を断る者も出て来たんだよ。

 そこで首領の血を引くフツはスサノオを諸国制定の雄として送り出すことにしたんだ。その頃、九州にはイザナミ・イザナギの国があった。彼らの長女はアマテラスという名前の、たいそう賢く強い女性だった。

 フツの死後、スサノオは彼の器量を全て受け継いで生まれた第5子のトシを伴い九州を制覇にかかっていた。イザナギ・イザナミはスサノオの強大な力と知恵に恐れを成して、娘であるアマテラス

をスサノオに差し出すことによって同盟を申し出てきた。アマテラスは既に結婚してはいたが当時には一夫一婦制の掟はなかったのでスサノオとの婚儀には問題はなかったんだよ。

 スサノオ、トシの親子は九州を制覇し瀬戸内海沿岸を制覇した。

成人し経験を積んだトシはオオトシと呼ばれる様になっていた。既に年を取っていたスサノオはオオトシに『十種の神宝』を手渡し、ヤマトの国に入る様に伝えた。

 ヤマトの豪族ナガスネヒコはスサノオ親子との親睦を深める為に、彼の妹をオオトシに差し出した。オオトシはヤマトに入り実質上の日本の王となる為に、名前を変えた。『オオトシ(大歳)』から『アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤ

ヒノミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日命)』と変えたんだ。

ニギハヤヒは奈良に入りヤマトの王としての地位を確立したんだよ。彼の御陵は三輪山なんだよ。三輪山はピラミッド建築になっているよ。

 そして今、あなたがたはこの日本での『アメクモ族』の2000年統治の証としてのモノリスを振動させるんだよ。これはその時になったら詳しく伝える予定だけど、実際に黒御影石を使ってモノリスを建造する時期になったんだ。大きさも形状も決まっているし、場所も決まっているけれど、これは芸術品として売買できるものでは無いので、その点を考慮して建造されなくてはならない。このことは、いずれ実現されるだろうとしか今は言えない…

 

        ---ARION,O∴O---

'89/11/15 01:39

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ARION語録  25   

<狼の禊の為に>

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1.我々は愛によって滅ぶことを望まない。

 愛によって創造することを望む。

 我々は情によって目が曇ることを望まない。

 我々は情によって解放されることを望む。

 我々は制度によって打ちひしがれることを望まない。

 我々は制度によって問題が明らかになることを望む。

 我々は人と、その魂のあるべき姿を見詰めたい。

 間違いと知りながら、なおざりにすることを望まない。

 自分の心の方向性さえも見失ってしまった人々に

 道を指し示すために、我々は光と愛を注ぐ。

2.形あるものは全て壊れる。しかし魂も心も形は持たない。その魂や心に、形を当て嵌めて成型し、形を持ってしまったが故に壊そうとする人々を許してはならない。また人々は魂や心を成型し、その故に『タイトル』としての名を付けたがるが、これは全ての物事を形状と名前でしか判断出来ない彼らの便宜の為である。

 一旦、形や名前を持ってしまうと突然、そこに『立場』などというものが現れて、魂や心を拘束し始める。かくて『あるべき姿』 『…でなくてはならない』などといった限界という名の水平線が見えてくるに至る。そして『責任』や『義務』といった名前の拘束の罠が、そこかしこに見え隠れするようになり、心や魂は本来の姿である自由を見失う。窒息状況に陥った成型化された心や魂は、『責任』や『義務』を果たしながら、限界という名前の水平線に向かって走りながら、空しく存在することを余儀なくされる。

3.人の心や魂は宇宙中枢エネルギーであるところの『カミ』に帰属するものだ。人の心や魂は『カミ』に名前が無いのと同じく、形や名前を持たない。それほど崇高であるべきものに、形や名前を当て嵌めようとするなどは『カミ』に対する暴挙としか言いようが無い。

4.我々天使族の末裔である者たちの魂に触れることは、ならない。物質至上主義者よ、その手を離しなさい。物質的なものしか受け入れず、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、そして、手に触れるものしか信じられない人よ、あなたがどう言おうとあなたの世界は闇の世界なのだ。そして、そういった物質的な充足を求める人に迎合する人々もまた自ら進んで光に背を向ける人々なのだ。光に背を向けた時、闇が始まる。

5.物質的充足は形の充足だ。心や魂を形に当て嵌め、名前を付け、その形、名前通りの充足を得ても実際には、心も魂も定まった形も名前も持たない為に、その充足は一瞬のものでしかない。

 次の瞬間には、再び充足を求めて心、魂は彷徨を始める。哀れなる欲望の放浪民、充足されない欲望のボヘミアン。彼ら欲望のボヘミアンにも等しくチャンスは訪れる。光の愛の充足への旅のチャンスは訪れる。しかし、そのチャンスを見下し、見過ごすことの多いのも彼らの特徴だ。

6.しばしば心優しき『魂の民』が彼らの道連れとなる。心優しき『魂の民』は、物質的なる者たちとの物質的結合を手放すことが出来ない為に、苦しみ嘆く心を犠牲にして、物質的なる者との魂の心中を図ろうとする。そしてカミの意志は抹殺される。

 

    ---ARION,O∴O---

1989/11/09 23:47

2017年8月 4日 (金)

ARION語録  16〜20

 もう少し掘り下げなければならないところもありますが、話題が、多岐に及ぶため、まずはそのまま掲載し、コメントはテーマごとにしたいと思います。とりあえず、16 から 20 まで。

ARION語録  16 

 あなたがたは、戦争という言葉で何を思い浮かべるだろうか?

過去何度もこの地球上で大小の戦争が行われ、その度に大地は荒れ人々の心は引き裂かれて来たのだ。人間は権力や権威、そして物的利益の為に戦争を起こしてきた。人間の文化遺産を全て、力の為に使うという愚を犯し続けた。

 戦争は、あってはならない。しかし、いさかいは、あるものだ。この違いは、国家と個人の違いだ。国家を挙げていさかう時に、戦争となる。個人のレベルで何とか、問題を解決してゆこうと努力するべきものだ。万が一、戦争が起こったら当事者同士のみを戦わせよ。これは、個人のいさかいのレベルにまで規模を落とす為に必要なことだ。

 現在、起きている湾岸戦争について、一方的に悪者扱いされているフセインを我々は悪者扱いしていないことを伝えておこう。あなたがたの一部で信じられているような、単なるクウェート侵略の是非を問うてこの戦争が起きているのでは無いからだ。アラブの地に欧米のルールを持ち込むことが、アラブを分裂させる原因になっている。

 あなたがた日本人は行動をしなさい。反対の行動をせよと言っているのではない。個人が束になって、一つの力となることだ。束になった力で、何をするか?

 実際に政治の現場へ行って抗議をしなさい。遠いところから叫んでいても、着実に政治家たちは参戦方向へと行動している。あなたがたが政治に無関心であった分だけ、今、政治に関心を持ちなさい。たった一人で何が出来るか?ではなく、たった一人でも理想を現実に変えてゆく行動力を持ちなさい。

 あなたがたは報道に対して真実を求める権利がある。歪められた情報に対して、抗議するだけの気力を持ちなさい。政治は財界と密接に関わっているから、財界人の動きと共に政界人の動きを監視しなくては、本当のことは分からないだろう。デモンストレーションの方法は従来通りにやりながら、考え方だけは違うと言っても周

囲には伝わらない。自分たちの枠の中だけで呼吸していると、周囲のことが見えなくなるだろう。

  既に60年代に使い古されたフレーズを繰り返すのが「精神世界」では無い。今、ここにあなたが居ること、これが精神世界の基本なのだ。全ては、「今、ここから」始まる。穏やかに微笑むだけの救世主は、今までも、これからも居ることは無いだろう。 もっと、見なさい! あなたの周りに何が起こっているのかを。

 身体に良いことが万能だろうか?身体に良いとされていることを実行する為に、犠牲になっているものは無いのか?あなたがたは、「これが良い」となると「これ」ばかりを望み、「あれが良い」となると「あれ」ばかりを望む。そして「あれもこれも良い」となると「どうでもよくなる」

 信じるものの為に生命を投げ出せる思いは、百万べん唱えられる反戦の叫びよりはるかに説得力があることを思い出して貰いたい。

武力に対して武力で戦うのは愚か者のやることだ。しかし武力に対して花で戦うのは、もっと愚かなことだ。武力に対して効果のあるものは、力だ。本当の力とは、花や微笑みといった、あなたがたの偽善的なフレーズに飾られた額縁の中の絵では無い。本当の力とは、血の滲む愛情だ。自分の生命を投げ出せることだ。

  あなたがたよ、目を覚ましなさい。あなたがたが対岸の火事だと思っている、その対岸にも、あなたがたは生きている。自分と呼んでいる、その小さな個体は世界中に生きている。あなたがたよ、起きて行動しなさい。今、行動しなければ、あなたがたの選ばない未来は、確実に少数の者の利益と引換えに、足音を忍ばせて近づいてくる。

 まず、自分自身から、自分の家族から、そして自分の住む地域から、自分の働く職場から、叫びなさい「私たちは本当のことが知りたいのだ!」と。そして、そのために何が出来るのかを、話し合いなさい。何が出来るかがわかったら、即、行動に移しなさい。ひとりひとりが「本当のこと」に目覚めようとする時に、国家も目覚めようとするだろう。その時こそ、初めて国民の為の政治が成立する。だから、ひとりひとりの目覚めを妨げてはならない。

 目覚めは気付きから始まる。気付いた時に、気付いたことをウヤムヤにしてはいけない。気付いたことを、ちゃんと記録しなさい。気付いたことについて、調べたり検証したりすることを怠っていては、気付きは目覚めにつながらない。目覚めにつながらないどころか、気付きの回路を鈍くしてしまう。

  だから、気付きを大切にしなさい。あなたの気付きも、別の人の気付きも大切にしなさい。 自分の起こした行為について、間違いを発見したら、なるべく早く訂正しなさい。小さな行き違いが、大きな亀裂に発展することは、よくあることだ。自分が間違っていた、と言えない人は自分を大切にしていない人だ。自分を大切に出来ない人は、結果的に他人を傷つけてしまう。どんなことでも、自分が最大の努力を払ったと言えるものがある人は、幸福な人だ。

  何をするにも慌てる必要は無い。慌てないで、しかし迅速に行動するべきだ。何事も熟考してからでないと行動出来ない人は、そういう癖を愛しているからに外ならない。大概、最初に考えていたことを行動に移す場合が多いのに、思考に時間を掛けないと気が済まない人も多い。これも、思考している自分が好きなだけだ。

 これからの世界は、白黒の決着の速い世界になってゆくだろうから長時間思考したり熟考したりしないと、行動する決断の出来ない人は、困る場面が増えてゆくだろう。いつも、自分にとって何が一番大切なのかを考えていれば、自分が行動に移す時に迅速に処理出来るようになるだろう。

現状維持は楽だという夢は捨てなさい。現状を維持しようとすれば、死に物狂いで活動して行かねば維持できないという現実を認識しなさい。死に物狂いで活動してゆくことで、現状維持を打開する道も見えてくる。楽しいことが、楽なことでは無い。人と話をする時に欺瞞的な自己満足で終わっていないか? キチンと自分の思いは伝わっているか? キチンと相手の言いたいことを把握出来ているか?

 分かったフリをすることは決して思いやりでは無い。理解できなかったら、キチンと聞きなおす態度を持ちなさい。理解出来るまで、相手に説明を頼みなさい。そうすることは、相手を傷つけたり、迷惑を掛けることとは決して同じではない。これらのことがキチンと出来ない人が、政治に携わる人達を駄目にするのだ。

 人と議論をすることは喧嘩をすることでは無い。論理の上でたたかうことがあっても、相手や自分の全人格とたたかうことと同じに感じてはいけない。あなたがたは、誰かの意見を聞く時にその人の肩書で判断してはいないか? そういう姿勢が、この世に権威の暴力を生むのだ。良いと思ったものを良いと言い、悪いと思ったものを悪いと言う。こんな当たり前のことが、全く作動しない社会を作ったのは、あなたがた一人一人の「間違った思いやり」と自分だけ良ければ、それでいい」の姿勢だ。

 あなたがたは個人的に善であっても、組織化すると不善になるという事実を見て見ぬフリをするが、何故だろう? 美しい断片を、全ての箇所に使って一つの像を組み立てても全体を見ると決して美しいものが出来ない時が多い。真実は、どの断片をとっても真実に変わりはない。真実は美しく快いものばかりでは無い。

Feb.12.1991

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ARION語録  17 

 証明は、それを必要とする心の持ち主にのみ有効なものだ。時間を追いかけ、消えゆく自己の破片を捜す。いつまで、この虚しいゲームを続けるのか。確認できることは、全て「過去」のものだと知りなさい。「今」は確認出来ず、ただ在るものだと知りなさい。全てのことに、全ての道があり、全てのことに全ての答がある。ゆえに、比較することは厳密には無理だと、私は言うのだ。

 

 善意によって成されたことが、全て善の結果を導く訳ではない。しかし、悪意によって成されたことに善の結果は決して訪れない。

 時のしじまを縫って訪れる光の繊維を縒り合わせ、一つの布を織りあげる。これは、あなたがたに与えられた課題の一つとして考えるべきではない。あなたがたが自らの決定により、あなたがたの楽しみの中でこそ実行されるべきことの一つなのだ。そうでなければ、この布は輝かない。あなたがたは、周囲を見回して「アレコレ」と比較して愚痴を言うが、比較対象として見ている者と自分が、決して同じ存在では無いことに気づいてはいない。

 行きなさい、話しなさい、行動しなさい。あなたがたの待っていた時は満ちたのだ。この日まで流された汗と涙が報われるかどうかは、あなたがた一人一人の、決断と行動によって決まるのだ。

 戦いの時に必要なのは、完壁な個人の自覚とそこに繋がる全体性の把握、そして、その双方を同時に知覚することの出来る、双方向性を持つ鋭敏な知覚だ。相手を傷つけないための思いやりと、あなたがたが言う時によくあることだが、単に自分が面倒なことに巻き込まれたくないという意味であったりする。

1991/06/02/22:8

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ARION語録  18

 愚痴や不平を多く言う人は、前進する勇気の無い人だ。愚痴や不平を言いながら、足踏みをしている。何にしろ、自分の置かれた境遇を変えるのは『自分』でしかない。

 ~イズムに陥るのは、自分に手かせ、足かせをはめているようなものだ。~イズムを主張する為に、どれほどの自己規制が行われていることか。或いは、他者に対する規制までが行われてはいないか? 現在、~主義、~イズムと呼ばれているものは、自己の為というより、他に主張する為のツールになっているキライがある。

信念と~イズム(主義)とは別個のものだ。信念は他に主張する必要は無い。そもそも、他に自分の主義を理解させようと思うことに疑問を感じて欲しい。理解させよう、という考え方が倣慢なのだから。

 あなたがたは、一体、どんな状態を思い浮かべて「平和」と呼ぶのだろうか? 戦争が無ければ、平和なのだろうか? 目の前で残虐な方法で人が殺されなければ、或いは一般に知られていなければ平和なのだろうか? 争いの無い世界を欲しているのか? 美しい花々に囲まれて、全ての人が幸福で満ち足りた笑顔を浮かべている状態は平和と呼ぶのだろうか?

 私は、それを「死」に近い状態と呼ぶ。人は、生まれてから死ぬまで葛藤から逃れることは無いだろう。その葛藤の中から、常に前進してゆくことを学ばねばならないからだ。一部の者の策略の為に多くの関係も無い人々の命が、犠牲にされる戦争は決して良くない。しかし、戦争という状態は、毎日の生活の中に隠された種子の芽生えでしかない。この芽を摘むだけでは、何も変わりはしないことを覚えておきなさい。

誰が種子を蒔いたのか?

何の為に?

誰が種子を育てたのか?

何の為に?

あなたがたは、気付かねばならない。

そして、その種子を蒔かせない為には何をするべきか?

  戦い続けなさい、それが「平和」なのだから。一瞬たりとも油断してはならない。「平和」とは、多くの人の想像を裏切って、苛酷な戦いの連続であることを私はここで明言しておこう。あなたがたの心の中にある「平和=「ユートピア」=「永遠の幸福」といったような幻想には終止符が打たれねばならない。

 この世にあるものを利用しなさい。あなたがたに必要なものは、全てある。それ以上に、それ以上に要求する心の全てをフロンティア精神とは呼べない。

 言葉も身体も飾りたてる必要は無い。本当の宝石は、その人の経験から学んだ心の中の宝石だ。人に不快を催させる風体をせよ、と言っているのではない。その程度のことは理解できる筈だ。

 自分自身を、よく見ることは大切なことだ。自分を『自分』以上に見せたり、感じたりすることは害になっても決して益にはならない。

 他者と話す時には、相手のモノサシについてまず知る必要がある。その為にも、まず相手の意見を聞く態度は必要だ。相手を威圧して、結論を導いても結果は自分だけの寂しい満足となるだろう。

 生きていても何か満足感が無い、つまらない、虚ろだ…と感じている人に是非、試して貰いたいことがある。まず、自分が嫌だ、キライだと思っていることを考えて欲しい。カテゴリーに分けて考えることを勧める。例えば、家事の中で自分がキライだと思うことを考えて、見つかったらまず、それをやる。とにかく、やろうとしてみるのだ。やりながら、何か他のことがしたくなったら、それをメモしておく。一応、キライなことをやり終えるまでは続行することを勧める。

 そして終了したら、先程メモしておいたことをやってみる。もし、他のことが見つからなかったら、再びキライだと思うことをもうひとつ考えて実行する。後は、先程の行程をリピートするだけだ。実際にやってみなければ、この行程のもたらす効果は理解できない。やってみれば、あなたはきっと何もかもつまらない…という気分からは開放されているだろう。

 怒りは分析されるべきだ。人が怒る時には理由があり、その理由の出所を抹消しなければ何度も同じ理由で怒ることになるからだ。憤懣と怒りは区別されるべきだ。ヤリ場の無い憤懣は、時として人の原動力となるからだ。しかし、怒りは百害あって一利なしと知るべきだ。

Mar.11.1991

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 ARION語録  19

○この世に起きることの全てを肯定することは、それらの存在を肯定することで、それらの所産物の影響を容認することではない。肯定と否定、これは共に同じものを語りながら現代人に二つの異なる感情を喚起する。肯定ならばOKで否定ならばNOという二つの感情を。あなたがたは、よく見なければならない。肯定も否定も、共に同じものの側面を語っているに過ぎない。

 冷静に客観的に『自分』を見る行為はあなたの心に黄金をもたらす。

 何かについて賛否両論があって初めて、その何かは「普通」の状態だと言える。賛成ばかりだとしたら、それは気味の悪いモノとなる。これは「明らかに人の可能性を奪うモノ」以外についての話だ。その何かが「明らかに人の可能性を奪うモノ」、例えば故意による殺人であった場合には賛否両論という余地は無いからだ。

 しかし、思想や哲学など人の生きる道について語ったモノは、賛否両論があって当然だ。もし賛否両論が無ければ、それはファシズムに近いモノと言えるだろう。あなたがたは口ではファシズムを嫌いながら、行動ではファシズムを求めていたりはしないだろうか?

 

 一つの塑(モノサシ)で全てを計ろうとしてはいないか?

○人は何者かであろうとする時に自分を見失う。例えば自分は山田洋二という名前だと意識した行動をしようとすると、一挙に山田家の重みや経歴があなたにおぶさってくる。自分を何と呼ぼうが根のところにあるものは何一つ変化しない。自分が夫であるとか父であるとか、或いは兄であるとかそういった分類上のネーミングによって何重にも縛られて一番奥の自分が見えなくなる。

○残る者と残される者、彼らの動機は異なるが行為は同じ。前者は自分で選び、後者は選ばないというプロセスの推移は異なっても結果は同じ。自分で選んだ筈の自分の家庭や環境は順境であれば「自分で選んだ」ことに満足しているが、逆境になれば途端に「自分で選んだ」事実を隠し、あたかも外部からの力によって「選ばざるを得なかった」かのように振る舞う。このような心の動きはズルく自分本位で幼児性の抜けきらない大人に見られる。未熟な精神の成せるワザだ。

○人は苦痛を和らげるために麻酔を用いるが、これは外科的手術のみの語ではない。心の痛みを和らげるためにも、人は同じ様なことをする。まさか心に麻酔注射をする訳にはゆかないので、それに替わるものを用いる。心の痛み用の心の麻酔注射とでも言うべきそれはあきらめと切り離しである。

 まず心の痛みにつながるものに対しての能動行為(例えば手に入れるとかつかむとか食べるとかの自分→外部への働きかけのこと)をあきらめようとする。

 心が痛むということは、こういった行為の結果が思わしくなく、少なからず失望を経験している筈だから、この能動行為そのものが良くなかったことにしてあきらめることで、心に痛みを再び与えないようにしようとするのだ。そして、それでも心に痛みが残るとき、人はその能動行為の基となった原因すらも、切り離そうとする。(例えば、食べたかったが食物を手に入れることが出来なくて失望したとすると、この失望から痛みを生じる。この痛みに対して麻酔を行う(あきらめる)為に、食物を手に入れる努力が良くなかった…と思う。それでも心に痛みが残るとき、人はそもそも空腹だったのが悪かったのだと思う。そして食欲という欲を自分の心から切り離そうとするだろう。

91/07/08

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 ARION語録  20

 人間淘汰論

 苦い記憶の持ち主である昭和8~13年位に生まれた人を親に持つ、現在20代から30代の人々に顕著に現れている傾向は、やはり「自分本位」傾向だ。DINKSと呼ばれる形態も別居結婚という形態も、友達夫婦という呼称も、これらの世代に始まった。これらの呼称に代表される人々は、自分で淘汰の道を選んだ。ワガママで勝手気儘な、放縦な生活は決して他人との共存を許さない。

『自分』と呼ぶ個体の欲するままの、『自分』しか目に入らない生活に他者は入り込めない。そうした考えの人間が寄り集まって、お互いの自由を尊重するという名前ばかり恰好の良い生活を始めた。

 そうした人々でも、ヒトリボッチは辛いから形だけでも、将来の保険の為に結婚するが、自分のしたいことを犠牲にしてまでも他者との生活を望む訳では無い、従って最低限の譲り合いは話し合いで決定しようということになる。子供は要らない。何故ならば子供は親に犠牲を強いるからだ。親のどちらかが犠牲を多く受け持つことになると不公平だから、要らない。

 仕事を持つという大義名分の名の下に、家庭での雑用分担をお互いに相手に押しつけようとする。または相手より稼がないからという、自己劣等扱いで家庭での雑用を引き受ける。稼いでいるということは、割に昔から優勢の立場をその人間に与えてきた。

勝手に生きていたいが、寂しくなるのはイヤという人々は、自分の大義名分の為に、そして、自分勝手な生活の自分勝手の部分を賄う為に、仕事を持つ方向を自分自身に課してきた。

 …と同時に自分勝手な生き方をする人間を淘汰する方向へと、自分が選んで生きていることを知っているのだろうか? 極論ではなく、今現在、あなたがたの周囲で起こっていることなのだ。DINKSに子供を持てとは、私は言わない。友達夫婦だと誇っている人々に対して、男と女のあり方について考えてみろとも私は言うつもりは無い。全てあなたがたが選ぶことなのだ。

 

注: DINKs(ディンクス)とは、共働きで子供を意識的に作らない、持たない夫婦、またその生活観のことを指すアクロニム(複数の単語から構成された合成語の頭文字を繋げて作られた語)。Double Income No Kids(2収入、子供なし)の頭文字などを並べたもの(Wikipediaより)

 自分の子孫が欲しいから、子供を生もうなどと考えるのも自分本位の性格の域から一歩も脱していない者の言い分だ。自分本位でワガママで、自分勝手で生きたい人に用意されている将来は「孤独」だ。結婚という形さえ持てば、将来「孤独」にならないという保険を手に入れたと、そう思うのなら、思えばいいだろう。形は全て壊れるというのが、この世の法則だ。相手を人間と認めることが、一体どういうことなのかが分からない人々は、自らが決定したように淘汰されるしか、道が無い。

 私や宇宙連合は、あなたがたに強制はしないし、出来ない。あなたがたの選ぶ将来に対してコメント出来る、それだけの立場なのだから。人間は淘汰されるのではなく、自らを淘汰する方向にある。しかも下らない一瞬の夢でしかない、『自分』と呼ぶその個体の欲望の為にね。

---ARION,O∴O---

 

MAR.21.1991