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2018年6月14日 (木)

「大量のお告げ」〜9月13日投稿より

投稿日:9月13日(水)  おばあちゃんに大量のお告げが降りてきた

【序その1】

すごい量の内容ですので、先におことわりしておきます。

今回は新たな、難解なお告げも含まれています。

構成は大きくは、

(1)海の神様(の使い)がおばあちゃんにお告げをした理由

(2)「和なる方の使い(神様の使?)」からのメッセージと短歌

(3)つきの短歌とその他の短歌になります。

 

【序その2】

今回おばあちゃんが思い出した事すべては、こんな感じで出てきたようです。

・頭が痛くなり、起きている時に、自動的に口が動いて腹から言葉が出そうになる。

・巻物に書かれた台本が映画の字幕のように頭にゆっくりと流れていき、かつ声で自動的に読み上げられるイメージ。「巻物」は全部で3つだった。

・すぐに隣に来ていたおかあさんに状況を説明し、記録してもらった。

・おばあちゃんが(院内なので小声で)読み上げて、おかあさんが仕事上得意の速記スキルを駆使して起筆。

・その後、言葉が上手く繋がっていないところの穴埋めというか平文化?と、言い回し統一などの手直し、大事そうな所と、短歌のところへの「 」入れを、おかあさんがおばあちゃんに確認しながら実施。なので少しおかあさんテイストが入ってます。

・おばあちゃんによれば、「字幕」にはところどころ漢字が思い浮かんだとの事。思い浮かんだすぐは旧字体や崩し文字だったが、頭の中で現代の字体に変換?されたとのこと。今まで通り、知らないはずの古文の意味も、頭の中で自動変換されたように意味がわかったとのこと。(以前の夢見と同じパターン?)

また今回、本文では詳細は書きませんが、大前提となる話として、おばあちゃん(「和なる方の使い(神様の使い?)」の方からおばあちゃん経由)からコメントが出ています。

(1)今までのお告げは全て繋がりを持っている。

(2)お告げは受け手の方の、それぞれの仕事、役割、土地との繋がり、先祖や守護される者との繋がり、「魂の」経験値により読み方は変わるが、元々幾重にも読めるような内容であり、それでよい。

(3)昔言葉と今言葉が混じっているものもあるが、不統一であるのは幾重にも読めるようにするためのものであり、意味がある。

(4)幾重にも読めるとはいえ、どんな読み方でもよいというわけではなく、それはそれで筋の通ったものが正しい読み方となる。筋の通らぬ誤った解釈は広めてはいけない。

(5)今後必ず、現世人には心を試される出来事が起こる。

そこで誤らないためにも、心ある人は今回の「和なる方の使い」からのお言葉に目を通し、心に留めて頂きたい。

理解できる人、出来ない人、納得いかない人、それぞれいると思うが、私(おばあちゃん)が強制しているものではないので、私からはただ、目を通して欲しいとお願い・お言付けするもの。

そこから先の判断は個々人にお任せ願う。

「和なる方の使い」からも、どうしても理解できない者、したくない者も必ず居る、悲しい事だがそれはやむなし、どうにかするのはおばあちゃんの役目ではない、と言われている。

(6)お告げの内容の全き(完全な)理解は事が現われてからになるかもしれないが、いずれにしても今回の「和なる使い(神様の使い?)」からのお言葉に目を通した者でなくては、「完全に」理解する事は不可能であるとの事だった。

また、お告げは単なる謎掛け遊びではないので、一人一人が内面に意識を集中させる事が大切と言われている。それもあり、お告げはそのまま聞いて誰でも理解できる内容とはなっていない。

すぐわかる内容では、今後出て来る「悪しき心の者(こころぎわあしきもの)」にお告げを利用されてしまうので、それを避けている。

 

【序その3

はじまりは次の言葉で、男女の声が入り混じって聞こえてきた。

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

次に、「たましず、お役大儀。」と、女性の声が聞こえてきた。

(いつもの波の女神様よりも少し低くて、おばあちゃんいわく、「どこかで聞いた事のある、女優さんに似た声」。この女性の声の持ち主は名を名乗らなかったが、何か懐かしい感じがした。)

そして、ここ最近の病気した後の一連のお告げの背景の説明と思われる言葉が続いた。

 

海の神様の使いがお告げをする理由

・海の神様の使い(地元の海の波の女神)は、太古からの大きな津波や荒天の出漁など、海の自然災害や、戦で海で失われた人々の命、子を無くした親、親を亡くした子、愛する伴侶を無くした者たちの願いや祈り、海への尊敬や畏怖から生まれ、大いなる意志から遣わされた力。

・これまで過去にも、受け取る事の出来る力を持つ人間(複数人)に、お告げを出してきて、救う事ができる(救われる)人を救ってきた。

・おばあちゃんにも過去に人間の前世があり、その時それぞれ、約900年前、700年前に大地震の除難のお告げを出した事がある。

その時おばあちゃんの「中身(魂)」は、どちらの時代も、本名ではないが、「珠滴女(たましずめ)」と呼ばれる、地方の、神に仕える仕事をする(官位のある神職ではない)方の娘であり、今のおばあちゃんはその「中身」を引継いでいる。

・今回も「珠滴」にお告げを出してきて、出来るだけ多くの、救う事が出来る(救われる)人を救いたい。

海の神様の使い、その背後にある「あのお方」の、人々を想う愛を素直に受入れて欲しい。受入れる・受入れないは最後は自分次第。

 

「和なる方の使い」からのメッセージと短歌

次に、以前にお告げで聞いた事のあるよく響く男性の声の持ち主からの言葉が続いた。

「我は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第3の使いなり。すなわち、和なる方の使いなり。」

解読その一

「我は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第3の使いなり。すなわち、和なる方の使いなり。」

7のうちの~7、5、3のラインが整う。

1の使いにあたり~7ー1=6より6のこと、6、7、2のラインが整う。

やがて8となり+2=8、2、5、8のラインが整う。

9となりてのち~+3=9、1、5、9のラインが整う。

現れる者のうちの第3の使いなり。~3番目に現れるのは4ということになり、+4=10、6、5、4のラインが整う。即ち和して10になる神の使いである。

「かつてうつつに生ける者より生まれ出た者であり、元は汝らの同胞なり。汝らの心や悩みを理解する者なり。しかし今うつつに、昔より生きたる者はおれど、我の事を知る者は誰もいないであろう。」

「汝らの手の届かぬ大いなる存在、その力であり御方を神と申す。今は汝らの世は峠、綱渡りの中なり。現世は神の世を遅れて反映した世であり、あらかた先の事は決まっているが、上手く渡るか渡れぬかでその先が変わるものなり。神の世と人の世は住む者が違うゆえ、神の世の通りには人の世はならないのであるぞ。」

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

解読その二

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

「あまかがみ」はARIONの解読でわかった月宮のことです。太陽宮の大外枠10が月宮の1にあたり、数霊11になります。従って月宮の大外枠は20ということになり、この二つの図をもってフトマニ(二十真似)です。数霊11は言霊「サ」にあたります。色霊は銀色です。

注;「白や灰色が金属光沢、つまり、強い指向性を持つことで銀色となる。ただし、完全な指向性を持てばそれは鏡面となる。」~wikiediaより引用。

Futomani_3

 

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

「天の鏡に映しだされる現世の現象には仕組みがある。現世の気(け)のものである数字を集めて、先に(「サ」の気に謎掛けしている)に回転。」という意味になります。

この「先」は色々な事を示唆しているのですが、わかりやすい部分だけを書き出します。

(1)言霊サが数霊11、言霊キが数霊10なので、この2つの図のことを示している。

(2)先に天界で起こった事が、地上界に現象として反映されるので、歌には「うつつの世は、天界の絵巻物。」という意味もあります。

(3)一から十まで、人の道を経て御霊磨きの進んだ人は天界に昇る事ができる。(仏教では、ブッダになった人達を「さきがけ」と言います。)

「仕組み」を、4、9、3に置き換えると4+9=13より言霊スを体感した身(3)という意味が出てきて、神(天御中主、人の中にある真の主)に至った人、仏教的には悟った人という意味になります。

全体としては、4+9+3=16となり、数霊16からは「気合い=キ(10)、ア(1)、イ(5)、数霊を足すと16」、という言葉が導かれます。数霊16は神の気が入ることを意味します。

また、数霊16は言霊は「タ」にあたり、音図を示しますが、人は何かをする時に「ター」と気合いを入れます。

ここでようやく、【序その3の意味が解釈できそうです。

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

最初の「ひらく」は1から9までの太陽宮の事(9と10)、次の「ひらくぞ」月宮の事。「かぎひらく。」は鍵は回転して開くの意味。

「いぶきふきたち」~言霊「イ」は風の要素であり創造神の気が立(数霊16)ち昇る。

「いわといわとを たたかはせ」~中央の5と周りの八つの数字からなる岩戸である太陽宮月宮を検討して照らし、数字を交わらせ、

「はなをもさくや、さかざるや」「はな」は8+7=15で、足して15のラインが咲き揃うかどうか

「いずるおしらせ みなしらせ」~鏡面の配置なので、二つの音図の同じ位置にある全ての数字が足すと10になる事を皆に知らせなさい。

「つぎのきしべへ はしわたせ」~次の岸辺である月宮「キ」(10)と「シ」(15)の「ベ」(部分)を(太陽宮と照らし合わせて)橋(端の数字と掛けている)を渡しなさい。(「ワタ」は和する音図、「セ」は瀬で数字の流れを謎かけしている。

「汝らの世の儚さを知るべし。今のうつつに生きる者は、既に空の果ての星々の世界の事を知っていようが、その中にあり、この世にいのちが生じ続いている事の有り難さ(…注;有り得ない、奇跡というニュアンス)は理解できるはずである。」

「汝らにこの先の事を知らせたいが、我も全てを知るものではないし、からくりの全てを知らせる事までは出来ない。」

「あのお方が皆を捨て置かない事を皆に知らせるためにも、我からもあのお方に乞いて、波響姫(なみのひびき)とともに、わかりづらくとも歌やカタ(型)にて残させたもの。」

「幾重にも重なる意味なれど、理解に努めれば、心構えし、心に火を灯す機会となろう。うつつのしるし(印)で気づく事も出来よう。ただし、歌を解き明かす事に知恵を絞るだけでなく、次なる方の言われることを理解し守るべし。」

「汝らがこの言付けを守ることが、汝らが生きるうつつを守る力を、天つ(津)の方々より呼ぶ。これが、しるし(印、知るし)を理解するよりも誠に重要な事なり。」

「いずれ先には光の御代待ちたり、悲しむことなかれ。しかし大峠では越えられぬ事になるかもしれぬ。みちえらびに残されたる時は少ないと思え。」

「正しき道を選べば、関(関所)から遠回りの道にて、関は遠くに。峠の坂を転げれば、関に近い道ゆえ、関はすぐそこに。関のお取調べ、誠に厳しきものなり。お取調べ近ければ、救われるたま(魂)少なし。まだまだ準備が足りぬ。正しき道選び、その間に魂磨けよ。」

「あめつちの しくみやはげし ねのとせき はるけしほどに はげしけれども」

解読その三

「あめつちの しくみやはげし ねのとせき はるけしほどに はげしけれども」

 

まず、数字を追ってみると、

 

「あめ」はアの目で1、「つち」は、2と5、「しくみや」は、4、9、3、7、8、「はげし」は8x8=64、ねのとせき」は6+4=10より導かれた10x10=100、はるけしほどに」は8の気、言霊しは15なので、足して15になる8、5、2を指す。はげしけれども」は8の下の4という意味なので、8=4x2を指す。

内容の意味は、天と地の仕組みは激(はげ=8の気の二乗で数霊64→出るの言霊「デ」)で、次の積に掛かる)しい 。音の十とその積(10x10)である百ほどに 激しく隔たっているけれど。

「しくみや」は「4+9+3+8=24」より次に出てくる数霊24の言霊「ネ」を導く。

当然、この歌はおばあちゃんを媒介に言霊がお口を通して神の言葉がでてくる時の激しい状態も示しています。本当にご苦労様です。神霊の感化を受けるだけの私でさえ、激しい頭痛と脈の圧迫があります。私の解読でわかる内容より神の降ろされた言葉の背後にある波動を感じる事の方が、よほど御魂磨きになりますよ。

 

メッセージ その2

(ここで一旦、おばあちゃんが放心状態になり、しばらくして言葉が出てきた。)

(「和なる方の使い」の声とは別の男性の声が聞こえた。一転して漢字のみの文章が頭に浮かびあがるが、言葉は自動的に?現代語訳された言葉が出てきた。)

和せよ、和せよ。

大いに和せよ。

神とも和せよ。

和が御代への一番の近道。

元の世のあるべき姿。

和とは静ではない。動を押さえるでもない。

和という括りの中に、静も動も在るものである。

和して先、諸々産み出されよ。

己が何者か、問うて生きられよ。

己よりも大きな存在に気付かれよ。

我が身を省み、謙虚であれ。

心を磨かれよ。

神を心の真中に、腹におけば、心静まる。

常より神に見られていると思え。

内なる神により自ら律されよ。

自らの静動を内なる和なる神により律されよ。

内なる神は自らの行い次第で外なる神より御霊分けられるようになるであろう。

外なる神を見誤らぬよう、気を付けられよ。

いずれ皆の前に試しが現れよう。

ダマシの偽神憑きたる者、現れよう。

偽神は人前に現れるが誠の神は今は姿見えぬ。

偽神を崇めるなかれ。

神の序列を人が論ずるなかれ。

偶像崇拝をするなかれ。

神の名の下に自らを選ばれた者と思うなかれ。

使いを受けたものはお役をしているだけなり。

神の名の下に商売をする事なかれ。

使いを受けたものは言葉を広めるのみである。

己を広めるものではない。

神の名の下にいたずらに群れる事なかれ。

心が群れる、心ひとつにはよし、一人一人役目あるから、体はそれぞれ別々の事をされよ。

心はバラバラ我良しで四散し、体だけ群れて団となすのは、ただ毒となるだけなり。

和せよ、和せよ。

我良しは悪、皆良しは善なり。

我良しの悪を皆が剋せねば、和は訪れず。

元の世のクズレで、汝らは生きんがために、我良しの悪の種を腹に入れてしまった。この先も我良しが汝らを苦しめるだろう。汝らが救われるには自ら我良しの種を吐き出す事なり。

皆良しの実を求め腹に入れよ。

皆良しの実、姿形は美しくなく、口には苦けれど、腹には甘く、物事良く見えるようになるぞ。

我良しの種、身体の外に出るぞ。やがて身体も心も強くなるぞ。

汝らのチカラはバラバラじゃ。

弱き者、強き者、やり方それぞれ。

ご苦労、お役目もそれぞれ。

できるところからでよい、はなから完全でなくてよい。

その足で一つずつ山登れ。

できぬできぬと言い訳を自分で作ることなかれ。

まずは喜怒哀楽、人は人らしくあってよいが、謙虚であれ。

我良しのう(無く)する山の頂を目指す事だけは忘れるな。

容貌も言葉も考え方も違えど、内なる神の愛の種は同じ。

人はみな同胞(はらから)なり。

同胞ならば助け、助けられよ。

同胞の苦しみを知り、己の苦しみを伝えよ。

同じたね(種)同士で争う事の何たる愚かさよ。

同じ同胞を、敵と思うは自らの内で敵を作るからなり。

敵は己より出ずるものなり。

己の思いと異なるもの、敵と思うからなり。

己の思いと異なる者は、己が持っていない物を持っている者とまずは尊重できないからなり。己が正しいと思っていても、己は全き者ではないではないか。

腹立て合うことなく、お互いの思いの裏にあるものを理解し、お互い、もしくはどちらか一方が傷つく事が無いように考えよ。

お互い痛み分けも答えなり。

知恵を使え。和せよ。

我良し無くせば、敵も無くなるぞ。

和さねばこの先、汝らの大いなる柵(しがらみ)にどうやって太刀廻るつもりか。

だが、今うつつ、光あれば影ある世界ゆえ、明らかなる善悪はあり。

和する心を我良しの悪しき思いで悪用するものは悪である。

その悪は悪と思うてよい。

腹に入れ大きく包み込むことができるものなのか、腹下しの毒になるものなのかは見極められよ。

和すができぬならば、大人しくこれからうつつに起こる事を受入れよ。

汝らは自らで自らを消すであろう。

大いなる親は悲しいことこの上なし。

一時は苦しい事になるが、そのあとは善悪なき光の世界来たり。

悩めることも無くなるものなり。

和せよ、和せよ。

うつつの物は皆、神からの預かりもの。

汝らの体も。

全てを大切に扱え。

全てを大切に扱う事が汝の心の滋養となる。

神を心の真中に、磨け。

石を磨いて玉とせよ。

和す事判りたら、神祀ってくだされよ。

子を持つ親であれば、子にも皆良しのこと、神を心の真中におくこと、教えてやれよ。

穢れが積もる前の純粋な子の心、大切に護ってあげなされ。

子、関のお取調べでも救われるぞ。

子は我が子の事のみでないぞ、我子も大切、他子も大切なるぞ。

この通り、お頼み申す。

 

次の短歌 その1

(またおばあちゃん、放心状態になり、しばらくして言葉が再開。)

次に、これまでとは別の、少し甲高い男性の声が聞こえた。

「これより詠むは、つきのうたなり。よいか、仕上げは先に一巻きぞ。」

「きたにはたから、ふた、たり、なり。みなみのたから、ふた、ここ、なり。ひがしにし、いつふたやにていずる。いまうつつ、みかづきやのいし。きたはおか、みなみはしま。」

(男性の声が急に低くなった。)

「犬啼く庭に連れ立つ金の鳥二羽、舞い来たらやしろに気を付けよ。」

「蛇の住処の中に犬に追われた鳥が見つかったら、チの嵐は一時止むであろう。」

このままいけば、申す通りになるぞ。

心入れ替えねば、申す通りになるぞ。

いよいよお土も海も生まれ変わる時ぞ。

人も我良しから生まれ変わらねばなるまいて。

たとうならば。

虎の頭に龍の体、鳥の尻尾、永き獣に苦しめられん。

天地鳴動、火に水に。

風も痛し、食うもの少なし。

天駆ける星に得体の知れぬ病。

国々それぞれに悩ましき事現る。

このうえ戦して如何にするつもりか。

現世に根の張る網、ちょいと悪繰りすればすぐ混乱。

あれよあれよと大逆転。

これだけではないかも知れぬぞ。

これを汝らが欲するや否や。

災いがいつ来るか、今か今かと気に病む愚かな心は捨てよ。

我良しの心のままでは、やがてその思い、災いを望む心に代わるぞ。

災い望めば早くやって来るぞ。

やって来てから後悔する事の愚かさよ。

災いの来たるを使いで知らすのは、汝らが自らを省みるきっかけとするためである。

そして時間が無い事を知らせるためである。

外国も災い、ここも災い、どこにも逃げられん事になるまでに己を省みないものは、それまでであるぞ。

もうお終いと捨て鉢になり諦めてはならんぞ。

省みれば、救いの道開けるぞ。

汝らの願いの力はかようなつまらぬことに使うでないぞ。日々無事の祈り、汝の子供たちが健やかなる事への願い、明日への願い、善き願い、受けたいものぞ。

珠滴日々ご苦労ぞ。

解読その四

「これより詠むは、つきのうたなり。よいか、仕上げは先に一巻きぞ。」

「きたにはたから、ふた、たり、なり。みなみのたから、ふた、ここ、なり。ひがしにし、いつふたやにていずる。いまうつつ、みかづきやのいし。きたはおか、みなみはしま。」

「きたにはたから」太陽宮の北にあるマス(田)は1、「から」は空色の6。ふた、たり、なり~「ふた」の2と足して10になるのは8。ここで、6、1、8のラインが揃う。

「みなみのたから、ふた、ここ、なり」~南の宝(多く数例のこと)は、2、9、そして空(から)の6と足して10になる4。

「ひがしにし」の示す3と7は「いつふたやにていずる いまうつつ」は、5、2、8のラインの5によって「い(言霊イ)ずるいま(真ん中の5。)によって位置が定まる。

「みかづきやのいし」「つきのうた」なので2と2の3乗の8、「いし」は5+4=9より宝である数霊のことである。北に置か(おか)れるのは言霊「カ」である6、南には「しま」である4のマス

「仕上げは先に一巻きぞ」

 

「仕上げは」太陽宮の最後の数字9の場所に、「先に」は言霊サ数霊11を意味する「一」=1が来るように太陽宮を、「巻き」=回転させて月宮を示しなさいという意味。また、「一巻き」は1+5+4=10も示すので、足して10なるようにという意味も含む。

 

「犬啼く庭に連れ立つ金の鳥二羽、舞い来たらやしろに気を付けよ。」

3xeto

「犬啼く庭に」~6、7、2、8

「連れ立つ金の鳥二羽」~2+7=9、「鳥二羽」は十理で7+3=10、2+8=10のこと

「舞い来たら」~「舞い」は真ん中の5、「来た」は、北で1

「やしろに気を付けよ」~「や」8、「しろ」は白で1、「気を付けよ」は黄色の4

これで数字は揃うのだけど、これ以外の意味はここでは書けません。理由は次回の記事で説明させていただきます。それより、解読以外のオリジナルの文章をよく読んで頂ければと思います。

「蛇の住処の中に犬に追われた鳥が見つかったら、チの嵐は一時止むであろう。」

「蛇の住処の中に」~巳(み)だから数霊4、は5

「犬に追われた鳥」は6なので、6+4=10(十理)

「チの嵐は」~5(ち)=1(あ)+4(し)

一時止む」「 一時」はそのまま1、「止む」は8、6

次の短歌 その2

(更に、別の甲高い女性の声が聞こえた。)

神の愛はいつもあなた方に届けられている。

昼に輝く日輪の如く、夜に輝く月の如く。

気づいたものから幸せになれる。

気づいたものから理(ことわり)に和せる。

神に感謝なさい。

愛する人に返歌を送るが如く。

互いを想う親子の如く。

神の示す御心は、寄せては返す波の如し。

「うみなげど かみのみこころ なぐはなし よせてはかえす みなみのごとし」

歌のもう一つの意味も考えなさい。

おおきみはおっしゃられる。

早く目覚めなさい、愛しい我が子らよ。

苦しむ姿を見たく無いが、もう甘やかし続ける事も出来ないぞ。

解読その五

「うみなげど かみのみこころ なぐはなし よせてはかえす みなみのごとし」

「海は風が止むことはあるけれと 神の御心の止むことはない。寄せては返す 南風のように」

もう一つの意味:

「うみ」の3、「なげ」は7の気、「かぜ」は5で、中断する事がある。7+3=10より「かみ」、「みこころ」は3、9、6で、弥勒である救世心を、「なぐはなし」投げだすことはないの意味だが、7と9和は16で、1と6を示唆する。「なし」は7+4=11→1+1=2を導く。

「よせてはかえす」は「よ」は4、せは数霊14で返すより414の並び。「みなみのごとし」は373と二つの数字の並びのように。

 上記の11が出たところで、月宮の1も指しており、太陽宮の414の配置は、月宮の696にあたるので、それぞれ裏表の数字の和が、4+6=10、1+9=10で10になることも指している。さらに、3の裏は7、7の裏は3で、表裏の数字を足すと10になる太陽宮月宮の関係も示している。

最後に、「和なる方の使い」とは別の、優しげな男性の声が聞こえた。

 

珠滴女(たましずめ)よ、魂鎮め(たましずめ)よ、ご苦労であった。少しの間ですが貴女を休ませよう。よく休みなさい。

「きざはしの たましずのきみ におろせど つぎはかすみか たまうみのきみ」

「つぎなるの つきかげくらみ きえゆれど あかりともせば みよはかかやく」

「かむろやま いわにさきたる ひがんばな つきにうつくし うえにもあかし」

「お囃子が聞こえる、潮と花の香りが混じっている、あと木と土の匂い、これは山の匂いがする」とおばあちゃん。

(ここで終わりの様子。おばあちゃんは「あー終わった」といって両手を合わせてお祈りをした後、ベッドに横たわりぐったり。そのまま寝てしまう。)

解読その六

「きざはしの たましずのきみ におろせど つぎはかすみか たまうみのきみ」

「きざはしの」~端に座す太陽宮の2、8、4、6の気に護られた

たましずのきみに」~中央に鎮る5のこと

「つぎはかすみか」つぎ月宮のこと、かすみは数霊6+13+3=22、そうフトマニのこと。

「たまうみのきみ」~天の3、6、9の中央に鎮る5の君

3、6、9は太陽宮の海も示している。そして月宮の3、6、9は、太陽宮の7、4、1を補足する。

意訳:天と地の階段(架け橋)のお役目をされる珠滴(たましず)様に言霊(元のエネルギー)を言葉に降されるども、次は霞みのような月宮を示してフトマニを完成される言霊「弥勒」の君。

「つぎなるの つきかげくらみ きえゆれど あかりともせば みよはかかやく」

「つぎなるの」~太陽宮の2の倍数である2、8、4、6は、

「つきかげくらみ きえゆれど」~「つきかげ」は2+7=9、「くらみ」は9、41→4+1=5、3、「きえゆれど」は黄色の4、3+4より「ゆ」は夢(ユの目)の7。

「あかりともせば」~色霊赤の2と足して10になる8があれば

「みよはかかやく」~8の下のマスの3と4が、「かかやく」は6+6=12→1と2が導かれ、6、1、8(や)のラインが整いつつ、1+9=10の神が顕現する。

意訳:次なる月宮の影(鏡面に映る図)は、暗くて見えないけれど、和して十になる神の光を灯せば、地上の世界も輝くだろう

「かむろやま いわにさきたる ひがんばな つきにうつくし うえにもあかし」

「かむろやま」~神々が集まる山の意だが、「かむろ」が、6、6、6を表すので、弥勒の3、6、9のこと。

「いわにさきたる ひがんばな」~5、8、3で、彼岸で死の4、花は8と7、7が出れば彼岸である月宮の3の位置にあたる、

「つきにうつくし」~上のように導かれた月宮の3、及び2、9、4で「うつくし」

「うえにもあかし」月宮の上段が揃って、鮮やかになったの意味。

意訳:神々が集う山の岩に咲いている彼岸花は、月あかりに照らされて天上から見ても鮮やかだ。

 神室山(かむろさん)は秋田県湯沢市と山形県新庄市、金山町の県境・市境上にそびえる山で大物忌神(おおものいみのかみ)が宿るとされている。饒速日尊のことである。修験道の霊場でもあり、これは.修験道の開祖とされる猿田彦神と被る。

終わり。

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