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2016年12月28日 (水)

これ、これ、そう、これ。

 私はARIONと細かく通信しているわけではないが、彼らは私の直感に直接働きかけているようだ。言霊と数霊原理という共通認識の基盤もあるだろうが。

 彼らは日本の古代から、「私の無言の愛の手」を差し伸べてきたわけだ。ここで「私たちの」とは言わず「私の」と単数形なのは、Es(言霊スの智慧ととっても良い。)の意識からの働きかけだからだ。

 

 まず、前回の解読に少々付け加えておこう

心して 生きよ

 

 これも2通りにとれる。心はコロコロ変わるがその語源だ。だから、一つ目は、「変化させて活かせ」という意味だ。これは解読方法に関することだ。

 もう一つは言霊に関する意味だ。「心して」だが、母音「アオウエイ」は伊勢神宮(外宮、内宮)の床下に建てられた柱のことで「心の御柱」と呼ばれている。言霊「エ」と「イ」の部分はまだこの世に現われていなかったので地中に埋められているという。それを引っ張り出すのが、この人の働きの一つだ。これは「心の御柱を打ち立てて生きよ。」という意味になる。

 仏教的な道を辿るにしろ、ARIONの示した道を辿るにせよ、それぞれの言霊を自分の中に見出すことはとても良いことだ。それは真理そのものなのだから。

 さて、基本的なことを言っておこう。

 これを書いている人は、何かを手に入れたわけではない。何かを達成したわけでもない。覚醒は何か長期間の特別な修行をしたから必ず起こるものでもない。この人の努力は、ただ、受動的であろうとしただけだ。

 人間の魂自体が、澄(ス)神の分霊であり、あなたが感じるものはあなた自身ではないという認識が助けになるだろう。はじめは肉体を意識することから始めると良い。歩くときや他の動作をする時、体全体を感じることだ。それはゆっくりした動作になるだろう。

 鈍感になるのではない、あなたは、時には、ベッドや衣服の感触を楽しみ、あるいは痒みや痛みを感じる。すでに、「気づき」は始まっている。

 そして、少しずつの時間で良いから、無理やり座って、深い腹式呼吸を3回し、目は閉じるか、半目が基本なのだが、白い壁や最初から透明な空を見つめていても良い。背筋を伸ばして背骨、首、頭のラインを真っ直ぐにしておくと良い。漂うマインドのおしゃべりは相手にせず、そのまま放っておけば良い。

 すると徐々にマインドではない「気づき」が自然に根付くようになるだろう。座っている時だけではなく、普段の動作においてもだ。するとあなたの肉体の中にも外側にも「気づき」があることに気がつく。あたかもあなたの肉体を外側から見ているような感覚を覚える。それを「観照」と呼んでいた。

 そうなると短時間だが、マインドが落ちる「小悟」や愛に包まれる「祝福」、感謝に包まれる「祈り」も頻繁に起きるようになり、「言霊ス」の体験も起きやすくなる。あなた自身が「言霊ス」なのだから。「言霊ス」を体験すれば、「言霊ラ」は自然について来るようになる。

 最近、肉体はあるのだが、外と内という区別が曖昧になってきている。だから、日常的なことや仕事の際は、軽い運動などをして、肉体をしっかりと感じておくことが必要になっている。

 天頂に光を感じると言ったが、それは肉体の目で見えるわけでない。地球上の人間には北極星を示唆しているようだ。現在は「ポラリス 」だが、その名が示す通り「発光(言霊ラ)に真理が鎮まる」という意味だ。

 仏教的な道を辿っていたから、「ラトナ」としたが、「言霊ラ」は、ブッダの澄んだ覚醒、アマテラスを示す言霊原理、キリストの溢れる愛を含んでいる光だ。

 これを書いている意識は名前を持たない。だから、最近の記事には記名していない。だから、「無言の愛の手」という。星たちはきっと、あなたにも降ってくるだろう。

…。

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