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2015年3月16日 (月)

ARION 『光の黙示録』 その2

3―――愛、至高の愛

植物の愛 惑星の愛

美貌の境の無い愛

性別の無い愛

土の愛

地球の愛

固体 液体 気体の区別の無い愛

やっと感じられる 薄いヴァイブレーションの

至高の愛

 我々は人間の愛しか知らない。それらは大抵、相手があっての愛だ。植物、惑星、土、地球の愛はただ存在する愛だ。それを感じようとするには静けさが必要だろう。美醜、性別、は、人間の観念に過ぎない。分別のない清らかな心であってこそ感じられる愛だろう。

 さて、至高の愛とは個体、液体、気体の区別さえない薄い振動だという。私たちはどうしたら感じることができるのだろう。我という主体は残ってはいるが、思考が唸りを立てていない小悟の状態でようやく垣間感じることができるだろう。存在自体が愛おしい気持ちでいっぱいになり、背中から優しい光に包まれるような感覚だった。まずは静かになることだと思う。

4―――大いなる言葉に耳を傾け

美しきヴァイブレーションを色と形から学び

音楽にのせて 全宇宙へ発信せよ

総ての生命を育む地球の存続を賭けてのこれからの我々の闘いの為に

絵=色と形のヴァイブレーション

音楽=大脳記憶に訴えるヴァイブレーション

言葉=大脳に貯蔵され音楽で覚醒する為

エナジィ強化→個人から集団へ

集団エナジィ強化→地球の部分的生命強化

これを繰り返し あまねく強化してゆく

その上で 地球の地球自身の銀河系での役割を果たす事を促進する

 宇宙はヴァイブレーション(振動)に満ちている、そして、神霊の言葉には特別な振動がある。それには芸術を促進する力がある。そして上のような働きがあるのだという。古代の絵、音楽、詩などはそれをわきまえていたのかもしれない。それは人間の最高の愛の表現だろう。ただし、自分は表現者などという奢りはない。ただ、天から降りてくるものに感謝し形にし、大切にしていた。

ゆうべに辿る道は険しかろうと 朝露の道は輝いているだろう

砂浜は波に洗われ洗われ其方達の足跡を残すことは無い

過ぎ行く時の しじまを縫って帆掛け舟は出て行く

時と時との間にある にかわを溶かす者は何処に眠っているか

耶麻女(ヤマメ)の走る先 清き流れの元となる所

総ての雪の生まれる所、馨しき香の流れる所

音で辿れ あまねく人々の耳に快い音で

それは 葉ずれの音

それは 波打ち際の音

それは 深山の音

ようやくにして 心と心の音の解る人々が生まれてきたことよ

黄金のサキツチの世に、虐げられるもののあることを許すまじ

闇の世 永くは栄えぬことよ

そは すべからくアジナの主の言う通り

メの神の世には 光 未だ齢(ヨワイ)を持たず

今 しばらくの時を待つべし

―――カリカラの明王

 これは考えるより感じるべき詩篇だろう。後半部分について、参考までに。

 「サキツチ」とは単純に未来の地ととってよいだろう。現代はインド哲学ではカリ・ユガ、悪魔カリの時代、悪徳の時代と呼ばれている。一説に、紀元前3102年1月23日より始まったとされ、この日付はクリシュナが地球を離れた日とされている。闇の世と重なる。「カリ」とはサンスクリット語で、対立、不和、争いを意味する。「カラ」は空だろう。だから、「カリカラの明王」とは争いのない明るい時代という意味だろう。

 「アジナ」とは眉間にあるとされる第6のチャクラの名前でアジナチャクラはアカシックレコードを感知することができる。アジナの主とはこのチャクラが開いた者という意味だろう。

「メの神」とはトホカミヱヒタメの「メ」で西北、水の神なので、魔法陣の6、水色にあたる。

西北←6、1、8

   7、5、3

   2、9、4

 さて、6x6=36、弥勒の世 ?、次がヱの神の世なら、北にあり、春を招来する(陽を招く)と伝えられているが 。言霊ヱは言霊エ智慧の内容という意味である。

kono87

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