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2014年10月 9日 (木)

ARION 影の勢力 五芒星

「桓武の夢を一度は叶えた国民よ、此の度は思い留まれよ。」

桓武天皇(かんむてんのう)は、第50代天皇で、(784年)に長岡京を造営するが、天災や後述する近親者の不幸・祟りが起こり、その原因を天皇の徳がなく天子の資格がない事にあると民衆に判断されるのを恐れて、僅か10年後の同13年(794年)気学における四神相応の土地相より長岡京から艮方位(東北)に当たる場所の平安京へ改めて遷都した。また蝦夷を服属させ東北地方を平定するため、坂上田村麻呂を征夷大将軍とする軍を送った。

平成13年(2001年)12月18日、天皇誕生日前に恒例となっている記者会見において、今上天皇は翌年に予定されていたサッカーワールドカップ日韓共催に関する「おことば」の中で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。」との発言を行った。

(Wikipediaより)

チャネラーの北川氏によると、「このメッセージは過去、現在、未来の3つの話がある」そうです。

 まず、過去の話からしましょう。元明天皇の710年、奈良に平城京に遷都されました。この時、巨大な仏殿や沢山の仏像が建造され、五盤の目のような都市づくりでした。

 神道系の神示では、この時、仏魔が入ったとします。修行中に自分の姿でさえ、みえたらただちに殺せと言った仏陀が、偶像崇拝、ましてや権力を誇示するような建築物を建てろと言ったでしょうか? 仏教の名を借りた偽物文化です。

 そして五盤の目のようにならばれた都市づくりとは、古代イスラエルと同じ都市づくりです。中国や韓国系経由でその土地に帰化しながら入ってきた権力ユダヤ人であったことは明白であす。中国系、韓国系のユダヤ人が入り交じっていました。

神武天皇から入ってきた渡来系民族はついに日本の権力の中枢のすぐ近くまできたのでした。

 彼らの技術は快適に生活するという面もあり、すべてが悪いわけではありませんが、そこにあの日向の権力志向のアマテラスの義弟たちの霊的感化が入ったのです。その背後には支配する側と支配される側に分けて奴隷かするという概念があり、自然を恐れるとことはありません。こうして、日本の民は古代の出雲族や日向族がもっていた。自然と協調するような指向をもつ霊能力を失っていきました。しかしながら、信仰が厚いユダヤを基とするグループもあったようです。

 ここで注意が必要です。ヤーベという神は妬む神ではないと言いましたが、自分の故郷をおわれ、日本に来て、エルサレムを作ろうとす欲求を持ち、生存競争に打ち勝つために力を誇示しようとすることはむしろ自然なことです。モーゼのような指導者もそばになく、かつての神々のような人はそばにいない。聖なるものから離れ、物質的な欲望をかなえようとする指向が芽生えるのは当然なことではあります。そこに霊より物質を重んじるという悪気がはいる余地がうまれました。ユダヤ古来の智慧は人間の霊性、生気を封じ込めるために悪用されるようになりました。○○というなんのオリジナリティもない文化はともかく、本物であった老子や荘子の道教、禅を排除してしまった中国の言霊原理をねじ曲げた思想、教理も取り入れられていきました。霊(ヒ、魂)を信じない人は人間の本体は肉体(+心)だけと 捉えます。これを体主霊従といいます。

 そして、平安京の桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫ということです。この天皇は親族でさえ、闇に葬りその祟りを恐れて長岡京から平安京を遷都しました。このとき、坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北の蝦夷(えみし)を討ちましたが、ARIONによるとこの蝦夷が、出雲系アマ族の子孫だということです。

 東北に巨木建造物の遺跡が発掘されたことがありました。これは出雲を追いやられた大国主命の業績であったのは、ボツマツタヱに書いてありますので、蝦夷が、出雲系アマ族の子孫というのは納得できます。

 ここで、345の封印を人間で考えてみましょう。数霊では、3とは身で肉体、4は思考、5は意志を意味します。3次元では肉体を持つという制約があり、四角四面の理論をもち、強い意志を力を行使した場合、人間は弱いもので心は容易に無意識に従ってしまいます。そうでなくても忙しい仕事と生活で追われているため、何かおかしいことに、世の中は間違った方向に進んでいるのではないかとたまに気づくことはあるにしても、世の中がこうなんだから、従うしかないというようにそういう考え方に加担したり、自分の思考で自分の生気を閉じ込めてしまうのです。そして、自分五感の感覚に基づく欲求さえ満たされればよいということに慣れてしまいます。このようにして、だんだん、目覚めから遠のいていくのです。そこで、想念体やアスタラル体での霊的な負の感化があれば、容易に悪い方に向いてしまいます。

 ARIONは、「日本に影の存在からの圧力に対する防波堤の役目を期待している。」と宣べているそうですが、日本人は眠りに落ちているように思えます。しかし、潜在的に許せないと思っている日本人人もいるのではないでしょうか。この影の存在は神武天皇のときから、現在に至るまで、続いてきました。明確に誰とかこのグループとか言える者でなく、その時々に感化されて使われてしまうのです。そしてそれは霊という実態はなくても、ねたみ、そねみ、わだかまりなどの悪気の雲のようなものを作るに至りました。最近、わけのわからないような事件が多くないですか? 自分は悪魔のような者と自覚している人もいると聞きます。

 東京にいる時、○国の工作員と実際に話したことがあります。「世界平和のため」と言っていましたが、実際に行っていることは、広告媒体をつかって、自国をアピールし、○ちゃんんる等の掲示板で、日本を蔑むようなスレッドをたて、根拠のないおかしな論理を垂れ流してつづけています。そしてその国に加担したと思われるTVの○ちゃんねるがストの標的になり、視聴率を大きく落としているはご存知のとおりです。分かっている人は分かっているのです。(○数字をあの魔法陣でみてその位置をご覧ください。)

 五芒星の封印について、お話ししましょう。五行思想に基づいており、図のように相生と相克という関係で、エネルギー、気の流れをコントロールすることで、結界をはるという仕掛けです。しかしこれは、五芒星の各交点のエネルギーの循環を遮り、地上の自然なエネルギーの循環に重大な歪みを生じ、地にストレスをあたえるのです。だから、大きな自然災害を生むのです。しかしながら、言葉としては封印が解けたとか、神々の怒りという表現になるのです。人間の過ちのせいなんですよ。

 例として、近畿の五芒星を挙げましょう。これが何を引き起こしたか? 伊弉諾神宮は淡路島にあります…。地図つきのものは、Net上で容易に見つかります。例封印をしようとした闇の者は実際に存在したのです。そしてつい最近も…。

Kinnki5

 そして、東京の五芒星で、Net検索したところ、下記のような図がありました。著者によると、どうも明治維新のとき、都市計画に実際に五芒星が考慮されたらしいとありました。なぜ、この五芒星に注目するのかというと、五芒星の中心線がほぼ南北に垂直になっている点と星の頂点が近畿の五芒星と同じく南に向いているからです。私はこういうシンボルのことはあまり知らないのですが、この2点が意識的な封印かどうかのポイントになると思えます。その後何が起こったでしょう?

 

Photo

下記のPDFをより地図を引用しました。興味のある方はお読みください。

http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00044/1988/08-0073.pdf 

 そして未来とは、2003年○○○ヒルズが立った時、ある人はなぜ、皇居を見下ろすような位置にあんな大きな建物を建てたのだといいました。五芒星など抜きにしても、コンクリートとアスファルトで囲まれた都市づくりには、人間に対する影響、地熱を閉じ込めているという点で危険を感じています。もし、まだ、なにかを目論んでいる人が本当にいるのなら、すぐにやめることです。ARIONは、「東京はもう、手遅れ。」といっているようです。

 五行思想がいかに危険か分かって頂けたと思います。そして、それはホツマツタヱのア空、イ風、ウ火、エ水、オ土の○で自然の循環を象徴とする真理をねじ曲げたものであるのです。悪意ではなく、良いと思ってやった人間の過ちであったかもしれませんが。アマ族は火山の配置を考慮して日本にやってきました。それは太陽の道と十字の垂直の並びを意識して邪魔しないような建造物を建てていたと思われます。

 未来の予知に関しては、あまり言わないようにしています。言霊の力がありそれを言うと現実化が速くなってしまうことがあります。未来は決まってはいませんが、このままいくと悪化は避けられません。国の政策として、ある程度地域別にわけた最低限のライフラインの確保の供えが必要と考えます。自然への怖れを思い出すときです。

kono87

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