« MultiWriter 5600C | トップページ | 元素の周期表とフトマニ図 »

2014年3月 1日 (土)

煩悩百八つ

 煩悩は智慧を妨げる心の働きをいうが、漏と同義だといいます。これはエネルギーが漏れることを言っていると思います。

 前にも言いましたが、覚醒への道はエネルギーの変換が伴うと言いました。その道のりが進めば進むほど、性的な欲求に気付くようになります。人間には性エネルギーしかないからです。それに覚めていることができれば、覚醒へのエネルギーとなり、愛と慈悲となるのです。そうでないとエネルギーが漏れることになります。愛と慈悲は漏れるものではなく、溢れるものなのです。 

 これはなにも性エネルギーが悪いといっているのではなく、その本能は生命の循環には必要なものなのですが、性的な欲求に心乱されることは仏陀の言葉を借りれば「ニルヴァーナ(涅槃)に資っすることではない。」ということです。

 ブッダたちは、性的なものばかりでありませんが、欲望そのものについてあまり言及しません。それは、離れていれば、取るに足らないことだからです。欲望に心を乱されることが、エネルギーが漏れることなのです。それだから、不断の気づきが大切なのです。

 煩悩といえば、百八つとはどういう意味だろうと思っていました。数字を並べかえれば岩戸とか180度とかでてきますが、どうもしっくりこなかったのですが、ずばり如来が前の言霊数霊表で計算すると二25+ヨ37+ラ41+イ5=108になるのです。

 煩悩の発生に気付くから智慧があることが、即座にわかるのです。ちょうど、闇というものはなく、光の不在であるように。無明とは光明の不在であり、到達とか達成など言葉の上では使うこともありますが、最初から今ここにあるものであり、それになじんでいくことが道なのです。
 
琴月

« MultiWriter 5600C | トップページ | 元素の周期表とフトマニ図 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 煩悩百八つ:

« MultiWriter 5600C | トップページ | 元素の周期表とフトマニ図 »