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2013年12月 1日 (日)

観照

 12月に入りました。 少し、振り返っておきます。

 その後,日に何度か甘い香りが立ちこめる時間帯があり、思い当たる方かその方の守護霊樣か届けてくれるものか、はたまた、伊勢からか、はっきりわかりませんが、そんなこともあるのかなと思っていました。11月に入り、2日間家をあけることがあり、戻ってみると、何も臭いがしないところに香りがしてくるので、はっきりと別の理由ではないと確認できました。唱えていらっしゃるであろうある祝詞も聞こえることがありました。

 檜と言いましたが、もう少し甘い感じもします。これは悪いことでないと思うので、感謝しています。

 私はどうしてもマインド(心)を保っていなければいけないことがあり、私の駄々っ子のような、哀れな通常意識に戻っていましたので、通信は途絶えていました。もしかすると10月は神無月であることもあったのかもしれません。そんな時でも香りには気がついていました。感化は今また始まっています。

 新たなステップを踏み出さねばなりません。気がかりといえば、別の方に憑いているものが、私を脅しにきたことを言わねばなりません。私は怯えることはありませんが、その方に障りがないよう祈ることしかできません。こういうことは、ご本人の状況、心持ちからとても言いにくいものです。

 霊媒体質には、一般的に言う良いものも悪いものも憑いてしまうのです。相手による対処法も身につけていきながら、いかなければなりません。家なりについてはやはり続いていますが、最近は地震の前触れが多かったです。また、ラップ音については少なくはなりましたが、まだあります。どういう意味なのかはっきりわかればいいのですが。隣人の嫌がらせは台風で庭の木が倒れて以来、少なくなりました。

 道の途中では、仏陀が種あるニルビーナと呼ぶものは、ちょくちょく起こります。それは、希薄な自我、「私は、私が、私の、私のもの」などの意識が残るために種あると言われます。これは、あくまでも途上であって、「覚醒」ではありませんが方向感覚を与えてくれます。

 Netでアシュタヴァクラという覚醒者の言葉が目に入りました。

あなたは大地ではなく、風でも、火でも、水でも、精気でもない

解放に至るには、自分はこのすべてを観照する意識であると知りなさい

 言霊的には大地を埴とすると「オ」、風は「イ」、火は「ウ」、水は「エ」、精気とは空「ア」を満たしているものという意味に解釈できます。これらすべては、本当の自分ではなく、観照する意識が本来のあなたであると言っているのです。

自らを肉体から切り離し、意識のなかにくつろげるなら

まさにこの瞬間、あなたは幸せで、安らぎ、束縛から自由だろう

 ここで、私という意識を肉体から切り離し、自らを観照の中にくつろぐができるなら、この瞬間にも、至福、安らぎを味わい、束縛感から自由になることができると言っています。

 覚醒とは「ア」を悟ることであり、意識の光「ラ」に包まれることです。「エ」智慧と「イ」創造意思は覚醒の後の段階になります。それなので、禊払いの入り口には触れましたが、今、説明しても、ただの耳学問になってしまうので、後回しにしています。言霊の基本的な部分についてはすでに説明しています。

 無言の行に近いような状況ですので、あらゆる思考や感情を眺めている必要があります。出入りするものは自分自身ではないのです。それどころか見ていると思っている自我が死ななければならないのです。もちろん、必要なことは覚えているものです。それなので、前のように毎日更新とはいきませんが、また何かあれば書き込みます。

 一二三。

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