2018年4月 5日 (木)

「ドン・ファン」〜ARION語録 39より

ARION語録  39

 ARION⇒光の子ら

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 「闇」と「暗黒」は異なり、「影」と「闇」も異なる。あなたの前に光がさしていれば、あなたの後ろ側は影になる。しかし、あなたの前も後ろも「暗黒」にはいない。『自分』という存在が「暗黒」にいる時は、『自分』の心の目が見えない時だけ。

 ここで言う「暗黒」とは、仏陀の言う「無明」、智慧の光に照らされていない状態のことだ。

 同時進行の「光の自分」と「影の自分」を、分け隔てなく扱うこと。私たち、アート・ライン・プロジェクト(以降ALPと称す)の成立は人類創世の時まで遡る。人類は生活の中に、創造性を持ち込みそれを評価、益用出来る存在だ。人類は創造性の為に自分自身の生活さえも、制限し得る存在だ。ALPは、この創造性を支える。

 「影の自分」とは、人間の言動のことだろう。

 

 具体的には、絵画・音楽・文芸・自然科学の一部とそれらに関連するマス・メディアに対しての啓示及び啓発を行って来た。光波動に因る、帯域性を持つ周波数の発振とエージェントを通じて、色々なことを伝えてきた。このエージェントには、地球上に同化した我々の仲間少数或いは、目的の為に同調した地球人とが、あたってきた。同調地球人の多くは、自分が何故一つの目的の為に衝き動かされているのかが理解できない者も多い。それぞれにコンタクトして、理由の説明を理解できる存在に教育するのは困難だ。しかしそれぞれに、自分の生き方として一つの目的の為に、我々からの周波数帯域に接触し、行動してゆくことを選ぶのは各個人の意思なのだ。

 私にはあまり時間がない。これらの創造的行動を具体的に指摘するのは困難だが、例えば、映画やSF小説で、宇宙の一部の真実が明かされてきた。背後にはARIONらの周波数帯域における刺激、感化があった。しかし、それらを行動に移すことは、強制的なものではなく、各個人の自由意志によるものだ。

 宇宙連合・銀河連合、そして神霊としての存在が、地球上のあなたがたに何かを示唆することはあっても、命令したり催眠状態にして活動させるようなことは決して無いと断言しておこう。地球上の有機体の進化は、地球上の有機体の意思と決定に依る行動によってのみなし遂げられるからだ。自分の出自の惑星以外での過干渉は、重罰に処せられる。この法則は、この銀河系以外の銀河系にも行き渡っている。

 人間個人の自由意志は、こんなにも尊重されている。これは本当のことだ。いくつかの神霊との接触があったが、彼らが、私に無理に行動させようとすることは、決してない。

 少し脇道にそれるが、私がそれを告白するのは、そのようなこともあるという事実を知らせるためであって、霊能力を誇示するためではない。それは誰にでも起こりうることだ。それに怯えることの無いようにあるいは自分は特別な存在だと暴走しないようにと言っておきたい。

 また、様々なオカルト的知識は、人間を光明に向かわせるための補助になる時有効であって、知識自体は私の強調するところではない。悟りそのものは、静寂であって、むしろ「何も知らない」無垢な状態と言った方が近い。だから、たとえ文盲であっても起こり得た。

 過去の宗教は、個人の悟りだけで良かった。今や地球自体の危機なのだから(これについては別の機会に書くことになるだろう。)、言葉に表現したり、行動することが急務である。それらの指針となるのが、神霊たちの感化であり、言霊、数霊原理である。

 

 最近、この法則を平気で破る時空間ゲリラの様な存在が居るのは確かだが、彼らの目的は決して、この地球の進化や人類の進化では無い。銀河連合も宇宙連合も、彼らに対しての制裁を検討しているが、実際の被害者である筈の地球人からのクレームが少ないのと、実害の届けの幅に誤差が生じていて、制裁行動に移れないでいるところだ。

 実際問題として、彼らとコンタクトしてそれを喜んでいる人々が多く存在していて彼らの側の言い分としての「役にたっている」を満たしてしまうのだ。このことについては、これ以上の情報を今は流せないが、今後の展開状況により多くの事を伝えて行けるようにと願っている。

 これは、一時チャネリングがもてはやされた時期のことであるだろう。言葉を降ろしてくる存在のすべてが、地球の進化や人類の進化を目的としているわけではない。

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 さて、ドン・ファンのことだが確かに彼は「マヤ」の流れを汲んでいる。私は、彼の師であった人間を知っている。彼らの伝えている内容に関しては、非常に古い伝え方であっても真実を見る操作の手順という意味では、非常に正しいやり方だと言える。

 「ドン・ファン」は「カルロス・カスタネダ」の小説に出てくるヤキ・インディアンの指導者(ノワール)のことで、呪術師という言葉が与えられているが、実在するかどうかは、論議のマトであった。著者が彼に遭遇していたのは事実のようだ。非常に古い伝え方というのは、昔ながらの師と弟子という関係性のことだろう。

 それは秘教に関する部分(例えば、麻薬効果のある草やきのこ、酒などの摂取など)が、一般的に広まっては、非常に危険だからだ。クンダリーニ・ヨガやタントラもちゃんとした師につくことが必要であって、いたずらにそれらの知識が広まると誤った方向に暴走しがちだ。私がそういう技法を用いない仏教あるいは禅的な道を紹介するのもそれが主な理由だ。

 若い時に貪り読んだことがあったのだが、あまり覚えていないが、確か著者は「ドン・ファン」の本質は「空っぽ」という表現をしていたと思う。いちばん印象的に残ったのは「あらゆる瞬間が死だ」という記述だった。

 ここで、「ドン・ファン」が「マヤ」の流れを汲んでいることを明かしている。

 「マヤ」と呼ばれている文明は、私たち(私たち⇒宇宙連合の人)の仲間が地球上に移植していた時の流れを汲んだ文明だ。その形跡は、ありとあらゆる遺跡と言われる場所へ行けば見つけることが出来る。「マヤ」文明は、一説に因るようにアズテックからの流れでは無く、アズテックが「マヤ」の流れというのが正しい。

 ユカタン半島の東部には、未だに埋もれたままの遺跡が2万箇所以上ある。それらの多くは、今から1万3千年前から2万年近く前のものまである。これらの時代の中で、私たちが関わったのは3回で、その初めが1万4千年前で、2回目が6千年前、そして3回目が2千年前だった。

 私たちは入植という形で、ユカタン半島東部に入った。その前居た、ある場所から海路ユカタンまで行ったのだ。当地の人間は、私たちに比べると背が半分位であったが、非常に素直な純粋な子供のようであった。

 彼らと共に暮らし、多くの事をお互いに伝えあった。私たちが入植を断念した理由は、私たちの身体細胞の何かが決定的にうまく作動せず私たちの生殖行動は殆ど不可能だったことだ。私たちは宇宙連合の規則通りに、地球上の有機体として存在するペく、ある種の適合手術を受けたにもかかわらず、私たちは2代までしか繁殖できないことが判ったからだ。

91/03/06 21:10

 ここでは、宇宙連合のメンバーがおそらく遺伝子操作を伴うであろう「入植」をしていたという、また古典期マヤ文明の衰退がある種の適合手術を施されても2代までしか繁殖できなかったことにあったという驚くべき事実を明かしている。

2018年4月 3日 (火)

金星について

 今回は、金星に関するメッセージを集めてみよう。

ARION語録  2ー(4)

(4)金星には特殊な磁場発生装置があるので肉体のままでしばらく暮らせる。長期に亙る場合には、順応装置を使って少しずつ変化せる。

ARION語録 6ー(10)

(10) 太陽系の惑星に生物が存在しにくいと判断している科学者達はまず地球上の物質的な事象をモノサシとしてしか判断出来ない事実を知るべきだ。自分の家のやり方が隣の家のやり方と違うのと同じでこの小さな太陽系の中でさえ数々の惑星にその惑星毎に決まりがある。

 金星の都市は地球上のどんな天体望遠鏡でも見る事は出来ない。何故ならば可動性の都市なんて地球の人々からは想像できないからだ。殆どの惑星が持っている地下都市の話を聞いた事が無いか?地球上の人型生物だけが高等生物では無い。その惑星毎に適応し進化を遂げた生物が人型生物で無いとしたら高等生物が存在しないと言い切れるのだろうか?

 

 地球上で鉱物・植物と分顆されているものが他の惑星上では異なった分頬をされている事を考えられない科学者達はあまりにも偏狭な判断力しか持っていないのでは無いのだろうか?

 大体、金星の上空温度を計測して灼熱の星だと決定してしまうのだからね。 地球だって成層圏の辺りを計測したら灼熱の星だ。とにかく自分達のモノサシだけが万能・完壁だと思う事から止めなくてはならない。

ARION語録 10 ー(1)

(1)金星は2重構造の星なのだ。あなたがたから見て地表だと思われている所は地表では無い。簡単に言えば『地下に都市がある』のだ。しかもその地下都市の下に本当の地下がある。可動都市とは地下から地表に必要時に持ち上がる都市の事だ。大気の情況に合わせて上下する。

 金星の情況についてはあなたがたの科学ではどうしようもないだろう?金星の生命存在を否定している地球科学が何放フォボスに興味を持つのだろうか?金星が駄目ならフォボスなどとんでもない筈だが?

 

 大体、地球の一握りの人間は一体、何を考えているのか。彼らはコンタクトの事実無しに、宇宙科学を進行しているフリをしている。

 別のグループが彼らに接触している事は歴然たる事実だ。いつまでも隠し通せるものではない。彼らの代表者が月にやって来た時に我々との話し合いがあった事は、あなたがたもニュースで知っているのではないか?

 

 こういった事実を信じないと言ったり、そういうフリをしている者がいてもそれは臆病な為に表現できないだけでこういった事実が発表される現実が発生したことに変わりはない。

 

 我々としてはその事実が大事なのだ。何故ならば臆病なだけで表現出来ない人は潜在支持者として何か事があれば顕在支持者に一夜の内に変化出来るからだ。

 これらのメッセージは、金星人という種が実在することを示しているばかりか、一部の人間とコンタクトがあること、また、別のメッセージによりアトランティスの滅亡の時、助けられて金星に行った人々が約350人ほどいたとあり、過去のある時期、すでに地球に直接関わってきた事実を示している。

 金星の放つ反射光は、確かにメタリックで鋭く、地表と思われているのは地球より近い太陽光の緩和帯域である可能性はあるだろう。その下には、可動性都市があり、特殊な磁場発生装置があるので肉体のままでしばらく暮らせるとあるね。

 

 金星人とのコンタクティーといえば、アダムスキーが有名だろうが、あまりにも虚偽が多く、多少の能力はあったと思うが、その後の、この分野での悪影響は大変に残念なことである。アダムスキーの宇宙哲学は一部の真実を伝えており、興味がある方は、下記のサイトが良いだろう。

http://adamski.jp/cosmic_philosophy/

ARION語録 8 ー(4)より

 シャンバラの帝王は金星の王子と呼ばれた人(?)だ。彼はその体の発するオーラの為にまばゆく輝き、地球の人頬の視覚では、その姿は炎の様にしかとらえられない。宇宙連合は、シャンバラとの連係プレーを行っている。むしろ、シャンバラからの許可が無ければ働けないという方が正しいかも知れない。

 マイ・ミュート・アーテの滞在磁場は、シャンバラの作る磁場なのだ。

 まだ、シャンバラを幻視したことはないが、この人(?)の光りは、少し前から感じ取っている。あまりにまばゆく、ただ、翼があるとだけ言っておこう。注意深く読めば、誰か、わかるはずだ。

2018年3月 3日 (土)

メビウスの輪〜ARION語録 5-(2)より

 2月の真夜中の福岡は、まだ寒かった。そこに一人歩く者がいた。ただ歩くことがあった。見上げると頭上には月とシリウスが写った。凛とした空気の中、マインドは消え失せ、自分の内と外にただ、同じものがあった。

 仏教的に言うならは、何も無いと言うだろう。しかし、物では無い何かで満ち満ちている。ARIONはどこかで、「何者かと聞かれれば、『私は「ある」とか言えない。』と言っている。それは、言葉の表現上の違いだけで、その感覚はむしろ全面的にあると言った方が、近いかもしれない。

 そして、それは言う。「私は全てだ。」と。

 本日は、印象に残っていた次のメッセージについて、考察すると言うより、私が感じたことを書いておこうと思う。

ARION語録 5

(2)宇宙はメビウスの輪のねじりが沢山あるもの。その輪が幾つも交錯したもの。この状態を3次元の頭脳で理解するのは不可能。

 ARIONは「この状態を3次元の頭脳で理解するのは不可能。」と言うが、頭脳の構造が、「宇宙はメビウスの輪のねじりが沢山あるもの。その輪が幾つも交錯したもの。」という状態に近いのでは無いかと思う。

 皆さんもパラレルワールド(多次元宇宙と訳される)と言う言葉をよく耳にするでしょう。それと同じように脳も顕在意識と無意識のねじれの輪がたくさんあるように感じている。わかりやすいのは夢である。私の場合、ある特定の場所あるいは状況が、いくつかあり、例えば、目覚ましの音によって、無意識の領域が破られ、健在意識に戻ってくる。(つまりは目が醒める。)しかしながら、目を覚まさなければならない状況は夢の中でも、現実でも事実なのだ。

 だから、メビウスの輪のような永遠ループのような世界が宇宙にもたくさんあるのではないかと思う。そこから抜け出すには、覚醒だけだろう。

 ついでだが、最近見た夢で、印象的なものを書いておこう。夢は、多かれ少なかれ、精神および肉体の状態の影響を受けるものだが、腹式呼吸から瞑想に入った(出息から始めた方が、入りやすいと最近分かった。)睡眠で見た夢は、何か意味を持つことが多い。

 仕事が肉体的に過酷なものであるため、気候や温度による疲れが大きいのだが、最近、睡眠(昼寝にあたる)の癒しの効果が著しくなっていた。そして、ある時、診療台の上にいる夢を見た。若い医師がそこにいたのだが、なぜか、私は、彼は薬師如来の化身と思えた。彼は私に尋ねた。「どうやって、ここが分かったのですか?」と。「特に望んでいた訳でないが、気がついたらここにいた。」と答えた。彼が私に何か、薬のような粉を振りかけたところで、夢から醒めた。私の肉体は非常に軽やかになっていた。

 私は、薬師如来という存在を信じていたわけでは無いが、仏教的な神霊の庇護を受けていることを否定できない。癒しのエネルギーは、自分の中から、出てきているものでもあるが。

 また、最近の記事で、不動明王という言葉が出てきたが、その働きが、数霊76~80(無音)に当たると思う。これは、仏教以外の宗教においても、覚醒の働きを意味する。日本語でイエスに「五重巣」の文字が当てることができるのは、非常に不思議である。

2018年2月21日 (水)

鯨の夢~ 赤い月の形としての物語より

 前回、以下の節を三方陣の数字を追って解読したが、今回は、その内容の意味について考えてみたい。

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 意味を探るキーワードは「鯨の夢」であるだろう。9の二乗で真ん中に言霊(数霊41)が位置する九方陣(大マニ)であるとするならば、「鯨の夢」とは「米」の字である。

 考えられるのは、第41国大統領ジョージ・H・W・ブッシュ(1989年1月20日 – 1993年1月20日)時の湾岸戦争(1991年1月17日 - 2月28日)とその日本への影響である。もう一つは1993年の騒動であるだろう。だから、文章は二通りに解釈することができる。

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

 6頭立ての戦車(者)は、湾岸戦争の主戦国であるクェート、アメリカ合衆国、アラブ首長国連邦、イギリス、フランス(多国籍軍)そしてイラクを指すのではないかと思う。胸ポケットにしまうのは、財布、そして、日本政府が頭を叩かれて出るのはお足、この時、東京に拠点を置く日本政府は、のべで130億ドルの資金援助を行っている。大部分は、米国に渡ったようだが。そして、日本の頭部分数霊3で、東の真ん中にあたり、戦争の舞台である中東を指す。

参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/湾岸戦争

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

 海の水言霊ウ数霊3にあたり、ウの目、すなわち梅の水、6頭立ての戦車は1993年の六月から八月下旬まで、日本に停滞した梅雨前線のことだろう。この年の記録的冷夏のため、米の不作のため当時の細川内閣は、タイ王国、中華人民共和国、アメリカ合衆国から「緊急輸入を行う」と発表した。大いなる虐殺であった湾岸戦争の後、主にタイから、大量に輸入し、流通せざるをえなかったのである。

参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/1993年米騒動

 この時、日本に米を含む農産物の貿易の自由化を迫る主に米国の圧力が背景にあった。そして1990年9月11日にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』という演説があったのである。

 アメリカ大統領は、多かれ少なかれ、影の政府の影響を受けている。それは、真にユダヤ人であるかどうかはともかく、ARIONがユダヤ原理主義と呼ぶ一つの少数のグループである。ブッシュ大統領の時、その影響が最大限に発揮されていたのである。前述の「New World Order」は、彼ら以外の世界の人々を家畜化するという概念があり、それは、ある星からの波動を受けて地上にもたらされた『シオン賢者の議定書』の現実化の一環である。ARIONが闇のグループと呼ぶものの一つだ。

その波動は主にユダヤ、キリスト教をもじったような表現をする場合が多い。例えば、彼らの「ワン・ワールド」は、上記のような概念であるが、神智学会から始まったマイトレーヤ降臨招聘運動の言うそれは、元々世界資源の分配を提唱する公平、平等なあるべき世界を意味している。が、あくまでも、産地地産を踏まえた上でのバーター交易と私は理解している。単純に貿易の自由化というものではないのである。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

 というわけで、当時の日本は米国「鯨の夢」を貪らざるを得なかったのである。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 上記の『シオン賢者の議定書』の影響を受け、(Screen、映画)、セックス(Sex、性行為)、スポーツ(Sport、運動競技)の3S政策があったという意見があるが、残念ながら、現在の日本を見ると、この「愚民化」の波の影響を一番早く受けてしまったのはこの日本であるだろう。

参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/3S政策

 国賓の代表格である第41国大統領ジョージ・H・W・ブッシュは1992年1月7日の来日では、翌日、今上天皇と2回テニスのダブルスで対戦しているが、2回とも父ブッシュが負けている。その日の宮澤首相主催の晩餐会の最中、突然隣に座っていた宮澤の膝に嘔吐し、椅子から崩れるように倒れるというアクシデントがあった。不思議なことだが、日本は一筋縄ではいかないという印象を持ったのではないか?

 この詩篇は1991年3月21日に発表されていることを付記しておこう。今回はここまで。

 

2018年2月 2日 (金)

日常

 少々、日常的なことに触れておこう。

 ある朝、起き上がった瞬間、言霊ス(悟り)にストンと落ちた。寝床の上だったので、肉体は倒れたが、支障はなかった。しかしながら、出勤前には、自分の身体にしっかり根づかせて置かなければならない。

 厳寒の中、仕事は肉体的に結構過酷であり、首、肩、足の筋肉のつっぱりが日常的であるが、そんな時は手足の指を動かしたり、入浴中の足の股を開いたり、指の先を摘んで、パチンと引っ張り上げるようにすると、内臓の働きも良くなる。

 そして、仕事に入る前には、多少、糖分をとって、頭の働きを活性化し、パワーが足りないと感じたら、チーズを食べると即効性がある。身体も多少動かして、リラックスさせておく。後は頭と体が勝手に動くのである。

 少し、他の人と違うのは、マインドは識別機能として使い、寒いとか自分の気持ちとか仕事にとって余分なことは考えない。仏教では、何事にも左右されない言霊スを不動明王と呼んでいるようだ。

 心の御柱とは言霊アオウエイのことであるが、これをキチンと判別し、使いこなすには、言霊スが必要である。それは心棒あるいは心の柱と呼ばれることがある。言霊スが常にあれば、瞬間々が悟りである。

 あっ、指の先が冷たい。では、手袋を二重にしよう。これで良い。気づきは、結構実用的である。気づきは悟りの質なのだ。だから、道の途上では、気づくこと、気をつけることが重要である。気づいた内容を日常に生かすことが大事であって、そこで悩むことは無駄である。そこから抜け出せない人々をたくさん見ている。自虐的になる人、他にストレスを撒き散らす人が多い。

 また、人間観察、状況観察は自然に起こっているしまうため、何が問題か、すぐに気がついてしまう。イライラすることも多いが、辛抱強く気づきを貫けば、ゆっくりだが、状況はあるべき姿に変わっていく。真実の気づきは、場に影響をするものだ。しかしながら、問題点と解決策を言葉にする勇気もたまには必要である。

 あまり、問題ではないと思っていたので、書かなかったが、私はあまり、禁欲的ではない。タバコも吸うし、酒も飲む、性行為も問題ではない。音楽や娯楽も楽しむ。ただし、「過ぎない」ことだ。そして、バランスが良ければ、人生もより豊かに楽しめるだろう。

2018年1月19日 (金)

系譜

 さて、「別のもの」とは、「もののべ」の変形アナグラムだ。「の」が二つ重なるので、「つ」が入るだけだ。そして、その意味は「噐」だ。ほんの少人数でも、それの器になってほしい。あなた方を救えるのはあなた自身であるからだ。「それ」とは言霊「ス」において、魂が透明に至った時の発光である言霊「ラ」だ。

 Osho ラジニーシは、「覚醒に至らせる教えは全て、偽りの教えだ。」と言った。法華経で言えば、「三車火宅」の喩えに当たる。ブッダの働きとはは、覚醒に至らせる状況を作ることだ。あなたの魂を救うものは、あなた自身なのだから。

 さて、ラトナ・ブッダは、「妙音菩薩」の働きがあり、多分、北十字星あたりより、私の頭の左側に感じられる大きな光である。しかしながら、私自身ではなく、別個の存在である。法華経の絡みで、その名前「らとな」を使わせて頂いたが、「ブッダ」という称号は似合わないと感じていた。そして、私は既に言霊、数霊について語っている。

 Osho ラジニーシは晩年「ゾルバ・ザ・ブッダ」を提唱していた。ゾルバとはギリシャの作家ニコス・ カザンザキスの小説『その男ゾルバ(原題:Zorba the Greek)』から来ていて、快楽主義者、享楽主義者の代名詞のようではあるが、物語の終盤で、ゾルバはクレタ島の明るい太陽の下で悠々とダンスを踊り始める。つまりはアカデミックでない芸術家だ。

 私は現在、普通の仕事をしているので、芸術的というより実用的ではあるが、かといって仕事を超えている。なので、どの名前がふさわしいのかと少々悩んでいたが(笑)、そんな時「別のもの」という言葉が降りて来たのである。しかしながら、「もののべ通信」とタイトルをつけると、「ニギハヤヒ」に近寄り過ぎる。たとえ、私が彼の分霊であったとしても私は別のものだ。

 それで、どうしようと悩んでいると(笑)、「光であれ」という言葉が降りて来た。であれば、皆さんと分かち合おう。

 「光でありなさい。」…、花や星たちのように…。

2018年1月 1日 (月)

ひと枝の花

縁あって、一枝の花と共にある。

あまりに密やかで、あまりにも芳しい。

あまりにも弱々しく、あまりにも力強い。

冥想は、自然に始まり、やがて、ひとつになる。

私の肉体は単なる輪郭に過ぎない。

花びらも単に輪郭だ。

輪郭が無い時、ひとつになる。

存在とはそれぼどにかよわい。

星たちも同じようなものだが、何かを囁いている。

きらびやかに見えるが、芳香を感じ取れる者はわずかだ。

私は別のものだ。

2017年10月25日 (水)

細石神社参拝

10月3日火曜日に、細石神社に参拝することができた。

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本堂

 阿吽の狛犬が良い表情をしている。

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二つの神石

 

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そばにある築山古墳(つきやまこふん)

 

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 細石神社は福岡県糸島市三雲にある。「イトシマ」は、五十に仕切られた間という意味になり、言霊を指し、「ミク」三と九、「モ」は、守る、盛る、積み上げるなどの意味があり、数霊を表していると取ることもできるだろう。古代の神々はどうしてもそれを我々に伝えたいのだ。

 糸島といえば、桜井神社だが、その御祭神は、神直日神(かむなおひのかみ)・大直日神(おおなおひのかみ)・八十枉津日神(やそまがつひのかみ)である。その言霊的意味は

 

http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/02-fcb5.html

 を見て欲しい。

 糸島市志摩の二見ヶ浦は当社の宇良宮(うらのみや)として、伊弉諾命(いざなぎのみこと)と、伊弉冉命(いざなみのみこと)を祀ってあるが、三重県伊勢志摩の二見浦にある夫婦岩の間から日が昇り福岡県糸島市志摩の二見ヶ浦にある夫婦岩の間に日が沈むのだという。言わなくてもわかるよね。真のご祭神は太陽なのだ。太陽は日であり、言霊原理の象徴である。

 君が代は「国歌」であるし、言霊的な意味は前に書いたので、やはり、数霊的な解釈も書いておこう。神霊に対する感謝もある。

 まず、君は伊弉諾(数霊5で「イ」)と伊邪那美(数霊50で「ヰ」)で、足すと55で、言霊「ギ」が導かれる。これは前に述べた通り1から10まで、足した数字でもあり、「義」という意味が出てくる。現代は大義、正義があやふやになっている時代であることを肝に命じて欲しい。国常立命は、東北に隠遁されたのはその政ごとが厳しかったからという寓話がある通り、「義」を守るのは厳しい側面もある。

 

 前置きはこれくらいにして、解読に入ろう。アリオンの詩文と同じ方法である。前の記事の三方陣を見ながら読んで欲しい。

君が代は

「キ」は数霊10、「ミ」は数霊35、足すと45(言霊リ→理、理を通すことが、義である。)そして45の十と一の位を足すと9である。「ヨ」は四角形。三方陣において九つの数字が揃うことは、外枠の十を意味する。二桁以上のそれぞれの位の数字を足すというのは、9で割ったあまりの数がその二桁以上の数字の全体の数霊を示すからだ。従って、前置きに書いた55より、5+5=10→1なので、ここで、すでに神、上より1が上段、9が下段で、足して「十なりて」である。

千代に八千代に

は言霊チで数霊20、4で散らばすのだから、数霊5が導かれ、が542(伏線として、5を中心に2の二乗が4)、「八千代に」は、8542(伏線として5を中心に四隅に2の倍数、2の三乗が8)、2の倍数を四隅に置(「ち」と読める)くと示している。

さざれ石の

2の三乗の「3」を受けて、3x3=5+4=9

いわおとなりて

「いわお」は、岩が5と8、「お」は数霊2にあたり、5+8+2=15なのだが、「と」で5を除くと向かい合った数字は10になると強調し、「なりて」で7が、3の向かい側になることを示唆している。

こけのむすまで

「こけ」が「九つの気」である。「むすまで」は伏線にあった2の倍数であり、3の倍数でもある6が4の向かい側に入る。前置きにある伊弉諾と伊邪那美で55→5+5=10で、10は神の意味である。神は義を重んじ、九つの数字が揃うと十全である。6で「結す」んでいるのだ。

 出来過ぎのように感じる方もいらっしゃるでしょうが、私がこんな手の込んだことをし組めるはずもない。全ては神の御心のままに。あるいは、「あるがまま」に。

2017年9月27日 (水)

細石神社に行けなかった話

 昨日(9/26/2017)は、福岡県糸島市の細石(さざれいし)神社に行く予定だったのだが、中止になった。祭神は磐長姫と木花開耶姫。前に木花開耶姫を祀る富士山本宮浅間神社が、初めて神霊に呼ばれて行った神社であったので楽しみにしていた。

 私が昔、「ひふみ」という名を日輪さんからいただいて、最初に参拝した神社は、千葉県成田市の麻賀多神社(祭神は和久産巣日神)であった。和久産巣日神は音図のことであり、音図は田とも言う。成田(ナリタ)市にあることに気づいて欲しい。

 

 社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命(わかひるめのみこと)を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。

(https://ja.wikipedia.org/wiki/麻賀多神社)より引用

 これをわざわざ引用したのは、今はまだ詳しく言えないが、集まりつつある仲間たちに知らせるためである。

 その敷地内右側に隣接されているのがひふみ神示あるいは日月神示と呼ばれるものが降りた「天之日津久神社」である。参拝の時、私は「何か奇瑞をお見せください。」と「天之日津久神」にお願いすると、直ちに雉が3回鳴き、続いて犬が3回吠えた。そして、私は申年生まれである。これが意味するのはおとぎ話「桃太郎」であり、3x3に留意して欲しい。

 数日後、木花開耶姫の神霊により、富士山本宮浅間神社の参拝を依頼された。行って見ると、果たしてそこには、「桃太郎日本一」の「のぼり」が掲げられていたのである。そして、太鼓の音でもって迎えられたのを覚えている。

 さて、細石神社には、行けなかったが、神霊は直感を降ろしてきた。

君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで

 「さざれ」3X3を意味し、「石」は5+4で、9つの数字の目である。この部分が「木花開耶姫」である。「いわお」は、岩が5と8、「お」は数霊2にあたり、5+8+2=15になる。これは三方陣

「618

 753

 294」

の「米と井の字」の足して15になる8本のラインのことである。この部分が「磐長姫」である。

「こけ」が「九つの気」である。実は歌詞全体に数字が散りばめられているのが、分かる人には分かるであろう。全部は書かないでおこう。

 そして、日月神示にある「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」は「足して15になる8本のラインがある。」という意味も含んでいる。

2017年8月28日 (月)

ARION「赤い月の形としての物語」の解読

*赤い月の形としての物語*

 

〔プロローグ〕

銀色の舟の娘は、葦の夢の中に分け入る。

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

 先日、「セフィロトの樹について」の記事で、11の色霊が銀色であることをお話ししたところでした。ここでも三方陣を見ながら進めましょう。

Sanhoujin

 

「銀色の舟の娘」は、11の一と十の位を足して生まれた数字、すなわち「2」=フ(ゥ)音のことです。「葦の夢の中」は三方陣の下の段を足に喩えたところに分け入るという意味で、確かに2は、下段に位置します。

 

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

ゴーマは真ん中の「5」のことで、星の形は縦横斜め(足して15)✳︎で、布の国✳︎を縫う野(緑)の意味、国は枠の意味なので、やはり「5」を示しています。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

前述の2+5=7より暗い日々は「7」、夜明けは朝日の色の「3」。これで、三方陣の中段である、7、5、3が揃います。黒い羊の葬られた所へは2本の角をもち、霊2字(ひつじ)と読めるので、数霊「2」のこと。黒いは赤色を暗くすると紫になり、「8」を補足しているので、3+5=8を示唆しています。これで、2、5、8の斜めのラインが揃いました。黒いは9と6で、2+5+8が足して15になることも示しています。

 

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

「見よ」は、3と4で、3+4=7を示唆し、前項の8とともに8、3、4の縦のラインが揃いました。は十理で、5を挟んで7と足して10になる夜明けの町3の関係を示しています。こだまするは「見よ」に既に3を含んでダブっているからです。

 

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

は、霊十でやはり足して10になる関係を示し、赤い月は「2」ですから、「2」と表面、影の位置にある「8」は紫色であり、赤を紫に変える水色「6」が冥王です。2+6=8を示唆しています。ここで、6、7、2の縦のラインが揃いました。隠されていた嘆きは苦で「9」を示し、嘆きは「7」、壺はツボで「2」なので、2+7=9を示唆しています。

 時間があまりないので、本日はここまで。解読の過程をお見せするのも、良いかと思います。ARIONがなぜ、しつこく三方陣を取り上げるのかを考えますと次のような理由が考えられます。

1. 言霊、数霊は普通の勉強のように覚えていく必要があり、記憶(言霊オの領域)に働きかけている。

2. シャレで音の響きに対する感覚、自由な発想を磨き、直感を呼び起こそうとしている。

3. 日本人の血の中に流れる世界で一番芳醇な日本語の言霊、数霊を日本人に取り戻させようとしている。

4. これは蛇足だが、真言密教では、曼荼羅を目で追うことによって、感じていく観想という瞑想方法があるが、これに通じたところがある。座禅のように受動的ではなく能動的な瞑想である。

 それでは、次回より、解読を続け、文章を付け足していきます。

   1

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

その染みは、大人になっても残るだろう。

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

バビロンの夢は、シバの思い。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

 

8/31(金)追記

 

では、第1節に入りましょう。

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

子供は人(ヒト)を共に固めたで、11の十と一の位を足した2である。

「の」は野の緑色、肌は八田で8を指すので、子供の柔らかい肌は三方陣の2、5、8のラインを示す。柔らかい肌は8(や)と8(は)の和すなわち8+8=16を示しており、悲しみ(ブルー)の6、黒いは9+6=15、雨は言霊ア目で数霊1なので、足して15の6、1、8のラインを導き出す。

その染みは、大人になっても残るだろう。

 

染みはエピローグの項を受けて、青の6、大人は18を意味する。

 

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

岩屋は(イワヤ)で5+8=13を、向こうは6(ムこう)なので、獣は四つ足の4を意味する。数字の配置を見てほしい。

 

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

 

多くは9x9=81、口は枠のことなので、81の数霊、言霊を指している。何の力も持たないは無力で6なので、8、1、6のラインを示している。

また、多くの人は人々なので、11で、覚醒者たちも示す。だから意味的には染みは欲望のこと、4は死で、人類を滅亡に向かわせる闇のグループの波動について言っているのだが、それについてはまた別の時にまとめましょう。ちなみに数霊11は言霊サ、魁(さきがけ)の意味である。

 

バビロンの夢は、シバの思い。

バビロンは音感より、8、1、6のライン。夢は7。シバは、4と8。思いは田(音図)の中心で5のこと。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

イカヅチは、イ数地により5なので、、鷲の巣の「8と4」を分けるのは、3である。7、5、3と8、3、4のラインを示している。

   2

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

「さて」と娘は話す。

「私は何処に着くのでしょう」

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

「水の王」は娘のために舟を出す。

 

ここより、9/5(火)追記

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

フランスの「フ」が2、漢字で「仏蘭西」の、仏が1+6=7及びム6が1の隣に位置するため、三方陣の西側に位置する2、7、6を意味している。ジャンヌは「ジ」より2だが、「ャ」より8を予見させています。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

カリブは中米(*)で5であるので、9+6=15(黒い)より、足して15になるのは、旗は八田より8で、2、5、8のラインを示す。

「さて」と娘は話す。

 

「さて」は図の左側に位置する(11→1と1を結ぶという意味)という意味と三と二(手は2つ)で、3+2=5を示している。話すは「は」の「8」なので、再び2、5、8を補足している。

「私は何処に着くのでしょう」

 

は2、何処は「ナニ」と固(こ)で、2+7=9の数式を示している。着くは2と9を補足している。

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

娘の舟2は、(2)の影7、ヴィナスは金星の9、は7なので、2+7=9の位置関係を強調している。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

「海王」は海王星が太陽系の太陽に近い方から8番目の惑星であることもあり8で、「眠りの王」は宵闇色の7、大いなるは、8と7とそれぞれ足して10になる関係も示す。7と足して10になるのは3、8と足して10になる2したがって楕円の舞踏会は2、7、8、3を廻る。「火の王」は「ひ」より1、「木の王」はき=黄色より4、密談は3なので、1+3=4の数式を示す。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

 

楕円の内側の「土の王」、地である5は、足して15になるはずの、3と7、2と8の真ん中であるので、ひとり外れています。嘆くは9-7=2を予見させる。また、5は地球のことと思います。

「水の王」は娘のために舟を出す。

「水の王」は水色の6、は2、ためは多目なので、も2、2x2=4を6を足すと10である。と同時に2+4=6を示している。

この節では、太陽系の運行とその影響について、何か言っていますが、天文学に詳しく、何か気付かれた方はコメントよろしくお願いします。

最後に修正する必要があるかもしれませんが、次回は第3節に進みます。

   3

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

わざわいは、8=3+5、は宗で中心、ポケットの中で、5をさらに強調している。

苦しみは、海の水から来るだろう。

 

苦しみは9と3、海の水は6と3、来るは9で、3+6=9を示唆していると同時に、三つの数字繰り返すことで、3の倍数を強調している。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

 

ここで極めて直感を刺激する表現をしている。日本がどの数字か解れば、自ずと他の数字が判るだろう。日という字を三方陣に照らせば、三本の横棒があり、本という字は木(緑色)に横棒が入っているので、7、5、3のラインを意味している。だから、火(1)を吹く(2と9)、6頭立て(そのまま6)の戦車(シャが8と4)は、6、1、8と2、9、4のラインを意味する。日本の国の頭とは、三方陣の東(の境)に位置する3、東京のことだ。また、は線でラインを示す。

 

9/10(日)追記

日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

これは、7、5、3以外の数字は、3絡みの数式で示すことができるという意味で、6=9-3、1=3-2、8=2の3乗、2=3-1、9=6+3、4=1+3を示している。

 

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

 

日本(3、5、7のライン)の国(9と2で、下段のラインの4を予見させる)、大いなる(4と足して10になる6頭立てを示唆)、虐殺は死で4(3+5+7=15、9+2=11、15−11=4)、はア(数霊1)と、足して10になる9、アジアは1、は米より五音で5、自国は2、5、9なので、蒔くは5、9(9ー5=4)、1、5、9の縦のラインと4、9、2のラインを同時に示している。

 

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

 

「鯨の夢」は9-2=7、貪るは頭文字ムで6ので、6、7、2の縦のラインを示している。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

国賓は9、は7、人々は1+1=2なので、7=9-2を示し、手中は足して10になる数字3と7、及び5(中)で、日本の国である。2、7、及び貪る6のラインが西に位置することに注意されたし。

この節の内容については、やはり別の機会にまとめたい。

 

 

   4

銀色の 娘は、その形をもって判断する。

血と水を分ける。

鉛と銀を分ける。

風を空気から、分ける。

石を岩から散り出す。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

これより、9/10(日)追記

 

銀色の娘(11→1+1=2)、実はこれは我々の魂そのものことだ。

その形をもって判断する。形は方陣と色霊のこと。判断するは分別すること。

ここで、月宮が必要になるだろう。これと三方陣(太陽宮)を見比べながら、数字を追って欲しい。

4 9 2

3 5 7

8 1 6

 

注: 過去の解読で、月宮には太陽宮(三方陣)の足して10になる真裏の数字が並び、太陽宮の10(大外枠)が月宮の1になるとの記述があった。

血と水を分ける。

(2、赤)、(6、水色)で分けられたのは、8(紫色)だ。2の位置は月宮では8になる。2+6=8の数式を示唆。

鉛と銀を分ける。

(7、紺色)、(11は月宮の1で、銀は白金色ともいい、その白)で分けられたのは、6(水色)だ。7-1=6の数式を示唆。また、月宮の1の位置は太陽宮の9(金色)である。

 

風を空気から、分ける。

(言霊イ、数霊5、緑色)、(水色、6)、は黄色の4だ。6、5、4の斜めのラインを示唆。

石を岩から散り出す。

(5と4)、(5と8)、(サン)はこれらの数字に囲まれた3だ。8-5=3の数式と8、3、4のラインを示唆。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

太陽は、大10と日4、太陽の下にあるのは空(6)、10-4=6の数式を示唆。

 

〔エピローグ〕

地には這いずりまわる者の音が満ち、

天には炎が満ちる。

オメガはアルファであり、点であり線であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

火を吹く楕円には解答は無い。

線を描く卵にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

 

9/13(水)追記分;

地には這いずりまわる者の音が満ち、

地には(5、2、8)、這い(8)ずり(マイナス)まわる者の音が満ち(3)で、8-5=3

 

天には炎が満ちる。

天には(10-2=8)、炎(ヒ=1が二つで2)が満ちる(2の3乗は8)

オメガはアルファであり、点であり線であることを

太陽宮      月宮

6 1 8   4 9 2

7 5 3   3 5 7

2 9 4   8 1 6

オメガ(太陽宮の最後の文字9)はアルファ月宮の最初の文字1)であり、9+1=10(テン)であり、太陽宮の9、5、1の(ライン)は月宮1、5、9であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

 

黄金の火(太陽宮の数霊9)の(縦のライン、9、5、1)の(5)を中心にして、柱(端の数字を結ぶ)と人々1+1=2より、2、5、8、柱のハシで8、4を(3)いだすだろう。

「中に」は7と2も意味しているため、実は全てのライン(柱)を言っているのだが、6と4は「無視」されている。

また、これをいうとごちゃつくので、細かくは書かないが、四角錐(ピラミッド型)の底面(地面)に太陽宮があり、逆さまのピラミッドが宙に浮いていて、その上面が月宮で、それぞれのピラミッドが頂点を接点にして上下に向かい合っているのを想像すれば、人々が太陽宮の10である月宮1(銀色の11)も意味していることがわかるだろう。太陽宮と月宮の大外枠が共に大いなる10である。(立体的に感じる為の補助)

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

翼を切り取られた者たち、「翼」は2、8、3、足すと数霊13、言霊ス(澄、悟り)をほのめかしている。「切り取られた者たち」は人間のことだ。

火を吹く楕円(第2節より、2、7、5、8)には解答は無い。

線を描く卵(*を描く数霊のこと)5にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

自分たちの望み、願うものは、これらの図表にはなく、我々の中にある。

 

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

現実と呼んでいる夢の中及び図表を追って夢想していた我々の内側にある感受性を生かし、言葉に表すことによって、探し出しなさい。それより他には、銀色の船である覚醒への乗り物である(我々の肉体)に宿る神の形見分けである我々の透明な魂を取り戻す手だてはない。それによって、神のひかり(言霊ラ)も輝きを取り戻すだろう。

 

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1991年3月21日に 宇宙神霊ARIONの媒介者、北川恵子氏がA氏の詩(3/4)として発表された「赤い月の形としての物語」全文。

 

タイトル「3/4」は詩文の実(真実)のこと、副題「赤い月の形としての物語」の「赤い月」11(覚醒体あるいは神)の子としての人々フ音(1+1=2)の意味。「形としての物語」は漂う船(魂)の旅になぞらえた真型(地に転写された数霊の三方陣)=モノリス(モノに鎮まった理)。

最後に…、〔エピローグ〕

これらの解読は「らとな」の理解であり、現実界に隠された真実や別のことを言っている部分もあると見受けられる。また、詩文には一見関係のないあなたの直感を引き出すこともあるでしょう。少しでも参考にしていただければと思います。

9/8(金)19:30頃、福岡市の東の空のペガスス座のα星か、あるいはアンドロメダのα星か、一つしか星が見えなかったので断定できないが、その星が突如揺らいだ後、数分間、左側にUFOが赤、オレンジに輝きながらギクシャクと反の字に旋回していた。

同時に「これは我々ではない。」とARIONからのテレパシーがあった。この時期、天気が良い夜には夏の大三角形が見えるでしょう。「はくちょう座α星 デネブ、わし座α星 アルタイル、こと座α星 ベガ」、3星のうちベガとアルタイルは、七夕の伝説における「おりひめ(織姫)」と「ひこぼし(彦星)」というすごい顔ぶれである。(https://ja.wikipedia.org/wiki/夏の大三角より)

いずれにせよ、「すべの存在に感謝します。」と言うより、天地の区別なく、「ただ、感謝がある。」

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