2018年7月17日 (火)

4/9夢見 「いわはしる…」の短歌解読

 パスワード保護付ブログのメンバーのお一人である星怜さんから、以下のようなメールを頂きました(抜粋);

 ところで、広島の水害についてお告げに書かれておりました。気づくのが事後になって痛恨です。取り急ぎ訳だけ。

4/9 『いわはしる  なくねにさます  かきつはた あやめさくとて すそやほころぶ』

‥‥ 岩走る  鳴く音に覚ます  牡蠣津端  綾目裂くとて  裾や綻ぶ

 土石流の音に驚いて目覚める  牡蠣筏の海沿いの町は  着物の綾目を裂いて裾が綻ぶように 川裾が綻んで  氾濫している。織姫も天の川を渡れぬ七夕の日のことである。

 あからさまに「呉」と書いてはいないが、全て呉市を象徴する用語が使われていました。洪水の歌だという読みは適正でしたが。事前にUPできず残念です。呉市は機織りを連想させる市名なので、事象が現れやすい場所である可能性がありますね。

 以下、私の解読です;

 星怜さんは、事象の解読に長けていらっしゃいます。確かに今回の豪雨で、広島県の「呉市」の被害は大きいものがありました。

 この短歌は、数字で追っていくこともできますが、文字や響きで捉えていった方が良いかと思います。しかしながら、要所で、数霊を補助的に用いています。

「いわはしる  なくねにさます  かきつはた あやめさくとて すそやほころぶ」

 まず、二つの地名がパッと目につきました。石垣(島)、と綾部です。

わはる  なねにさます  かきつはた あやめさとて すそやほころ

 気象庁は7月9日(月)に一連の豪雨に関して、「平成30年7月豪雨」と命名しました。石垣島地方は7月5日、人的被害はありませんでしたが、記録的豪雨で、各地で道路の冠水や床上・床下浸水、車両の水没被害が発生しました。

5(イ)+4(シ(+6(カ)+10(キ)=25(ガでも51→6)また、「スソ」=13+12=25と一致し、日本列島の裾(下の方)にあたります。

 広島県呉市は、土砂災害が相次いだ周辺市町とつながる主要道路の大半や鉄道網が寸断され、中核市の市全体が「孤立状態」となる異常事態となりました。

「呉(クレ)」は数霊8+44=52で、言霊「ゴ」にあたり、これは呉の音読みになります。これは「コ」9の連なり(列)です。52→5+2=7、これも7を強調しています。 

また、短歌の中に「ク」の字が2回出てきており、これも「コ」9の連なり(列)です。その前には「21→3」と「→3」と3を示す数字があり、言霊ウに当たりますが、先ほどの「ゴ」とあわせて、豪雨(ゴウウ)が出てきます。

 

 カキツバタは沼地に生えるが、アヤメは乾燥した土に生えるなどの違いはありますが、似たものどうしの意味があり、これは、共に機織り物で有名な呉と綾部のことでしょう。

 

 京都府綾部市では、土砂崩れで住宅2棟が倒壊したり、農業に大きな被害がありました。

1+36+69=106、81を超える数字は81を引いて数霊を出します。106ー81=25、こちらは織物の裾の連想でしょう。108でも25でも、一と十の位を足すと7になります。上も併せて七夕の7を強調しているのでしょう。

 「いわはしる」の音感より「いわはばしる」=「滝」にかかる枕詞を連想させます。滝のような雨、「あやめさく」は矢のような雨が裂くを暗示しているようです。

 ここで、句の末の「ぶ」ですが何故「べ」としなかったのかの疑問が出てきました。何か別のことも言っているのではないかと思いました。

「ぶ」は2の二乗ととれ、4になります。石垣島が南の末ならば、北の末のことも言っているだろうと思いました。北海道の数霊は27(ホ)+18(ツ)+6(カ)+5(イ)+62(ド)+3(ウ)=121になり、1+2+1=4となります。先ほど説明した通り、81を引いても 121ー81=40→4となります。また、「ぶ」の前の「ろ」ですが、「ロ」は数霊1、白色の北と取れます。

「ぶ」は数霊68ですが、これはやはり被害の大きかった愛媛を示唆しています。4(エ)+30(ヒ)+34(メ)=68となります。前の文字「ロ」は四角形で、四国と取れます。

上記を踏まえ意訳しますと;

列島の南の裾、石垣島から始まる滝のような雨の音に目を覚まさせられる。豪雨の矢は 牡蠣の溜まり場、機織りで有名な広島県呉市、同じく織物で有名な京都府警綾部市、四国の愛媛県などを襲い、そのほこ先は遠く北海道まで突き抜けるだろう。

解説: 「さます」は地熱をさますの意味もあります。前回取り上げた

    「世の中を動かすは火と水。火が出れば水が出、水が出れば火

     が来るのと同じ道理です。」

     のお言葉が思い出されます。

 まだ、各地の復旧の最中であり、道の乾かぬうちに発表するのはどうかと躊躇しましたが、「たましずめ」様に降りたお告げの正しさをお知らせする義務があり、記事をUPすることにしました。

 全国各地の被害に遭われた皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。

 星怜さんの事象についての解読は鋭いものがあり、それで触発されて解読が進むことが多々出てくると思います。メンバーの中では、いち早く、すべての「お告げ」を読んでいます。星怜さんのTwitterを覗いて見ては如何でしょう?

https://twitter.com/seirei017?lang=ja

 また、我々3人は毎日午前10に揃って祈りに入ります。ご都合の良い方は、ご一緒にお祈りに加わってみませんか?

 

 

2018年7月12日 (木)

10/3夜の夢見

投稿日:10月5日(木) 10/3夜の夢見

いつもの浜辺に波の女神様が現われ、次のように言われた。

「たましず、お役目ご苦労です。あなたとあなたの娘、孫で和してお役目をしていますが、あなたの思うよう、続けていきなさい。」「今は小さな動きなれど、信じられないかもしれませんが、これはやがて大きな働きに繋がります。」

「今もあなたのお役目に力を貸してくれる者たちが既に出て来ている事は気付いていると思います。動きは少しづつ広がります。」「しかしこれから、それに反してお役目に力を貸さない者たちも現われて来るでしょう。既にその芽は出始めています。」「果ては、あなたを介して伝えた事を否定する者も出て来るでしょう。しかしそれはやむを得ない事。」

「世の中を動かすは火と水。火が出れば水が出、水が出れば火が来るのと同じ道理です。」「あなたはただ自分の考えるところを信じてお役目をし続けなさい。」

すると次の瞬間、女神様の左手の上には「中で火が燃えている透明な玉」、右手の上には「中で水が波打っている透明な玉」が現われた。「たましずめ、祠に向かいなさい。」と女神様に言われたので、(おばあちゃんは)祠へ登って行った。

祠に着くと、波の音が大きくなり、空の色が色々な色に光り始めた。しばらくして、女神様の声だけが聞こえた。「神在りの祀りの後、師走より静かにやってきます。はじめは気付く者は気付き、気付かない者は気付かないでしょう。」「助言をしておきましょう。今は大いなるお方の創りたもうた世の美しきものをしかと目に焼き付けておきなさい。」2つの短歌がそれぞれ3回、聞こえてきた。

「みやしろに ぬすびとのこえ そよきこゆ うばひたるたま あなみそかなり」「もみじなく ゆきのとけたる あかしやま こがらしふきぬ あかもしろとて」最後に、たましずよ、潮目はまた変わってしまっています。仮初めとはいえ、さんかい(山海?何故かここは平仮名で頭に入った)の和が揺らぐは悲しき事です。」と女神様がおっしゃって、夢見は終わった。

短歌の解読

 

「みやしろに ぬすびとのこえ そよきこゆ うばひたるたま あなみそかなり」

「みやしろに」~3(ミ)+8(ヤ)+4(シ)+6(ロ)+2(ニ)=23「言霊ヌ」

「ぬすびとのこえ」~23(ヌ)+13(ス)=36、3+6=9より369の代用、30(ヒ)x2(濁点)=60+10(ト)=70「言霊ビ」、70→7、22(ノ)→4より、7(コ)+4(エ)=11、70+11=9x9(コエ)=81。

なお、23(ヌ)+13(ス)+70(ビ)+17(ト)=123。これはオオマニの図において、赤いマスの数字(一の位が全て1の数字)の縦横斜めの和である。

51 71

…     …    …

61 4121

…     …    …

118131 

注:…」は間に3つずつ別の数字が入るという意味。

「そよきこゆ」~12(ソ)→3、3x4(ヨ)=12「言霊ソ」、37(ヨ)→3+7=10(キ)、3+4=7(コ)、3x10+7=37「言霊ヨ」「ユ」はユのメで7のこと。また、10(キ)→1+37=38「言霊ユ」

「うばひたるたま」~3(ウ)+8x8(バ)ー1(ヒ)=66「言霊」、また、64→6+4=10(後のタルに掛かる)より、3x10=30「言霊ヒ」。16(タ)+43(ル)=59→14、30-14=16「言霊タ」、3+10+30=43「言霊ル」、16(タ)+16(タ)ー1=31「言霊マ」。「うばひ」は「ー1」を意味している。

「あなみそかなり」~1(ア名)、3(ミ)+3(←12)=6(カ)、1+6=7(ナ)、35(ミ)+10(ナリ)=45「言霊リ」

数霊的はオオマニ図のことですが、大意は下の通りです;

身体(みやしろ)の内に、弥勒の声(81音)が彼方(11)より、かすかに聞こえる。陰性音(水)と陽性音(火)の響き。あゝ、盗人のように密やかなり。

解説;

3、6、9は海の領域であり、波の音を弥勒(救い)の声に喩えています。みそかは、「人に知られないようにこっそりとするさま。ひそか。」の意味があります。

女神様の左手の上には「中で火が燃えている透明な玉」、右手の上には「中で水が波打っている透明な玉」

これは言霊的には、陽性音と陰性音のことであり、うばひが陰性音、たるたまが陽性音と解釈しました。

50音の母音(アオウエイ)と半母音(ワヲウヱヰ)を除いた40音「カサタハ行」の20音を陽性音(潮満音)「ナマラヤ行」の20音を陰性音(引潮音)と呼びます。カサタハ行は。潮が満ちていくような性質を持ち、その完了を表す音が濁音のガザダバ行です。半濁音パピプペポは、清音が発するキッカケを示します。

この短歌をそのまま読むとどこかの神社に盗人が入って、宝珠を盗んだかのように見えますが、言霊解読では、上記のようになりました。なぜ、ぬすびとなどという表現をしたのでしょう。弥勒とは人の内なる「主である澄(言霊ス)」のことで、本当の盗人とはそれを抜く「我良しの心」のことではないでしょうか?

「もみじなく ゆきのとけたる あかしやま こがらしふきぬ あかもしろとて」

「もみじなく」~32(モ)+35(ミ)=67、67ー7(ナ)=60「言霊ジ」「なく」は7を引くの意味。

「ゆきのとけたる」~7(ユの目)+(せる)10(キ)=17(ト)、22(ノ)、17ー1(10ー9「トケ」)=16(タ)、38(ユ)ー22(ノ)=16(タ)、17+16+10(タル)=43「言霊ル」

「あかしやま」~1(ア)+6(カ)=7、7x4(シ)=28、28+8(ヤ)=36「言霊ヤ」、36ー5(マ)=31「言霊マ」

「こがらしふきぬ」~9(コ)x4(シ)=36「6(カ)の二乗」、51(ガ)=41(ラ)+10(キ)、51-36=15「言霊シ」、7(コ)x4(シ)=28「言霊フ、9+4=13、そしてまた、13+15(シ)=28。41(ラ)→5より28ー5=23「言霊ヌ」

「あかもしろとて」~1(ア)+6(カ)=7、7x(る)6(ロ)=42「言霊ロ」、32(モ)=15(シ)+17(ト)、42(ロ)ー32(モ)=10(ト)、32(モ)→5より、5+4(シ)=9、9+10(ト)=19「言霊テ」

大意;

紅葉もなく 雪の溶けたる 赤い山、木枯らし吹きぬける、赤い炎もやがて白い灰になるとしても。

これは、どなたがみても意味は分かると思います。

「神在りの祀りの後、師走より静かにやってきます。はじめは気付く者は気付き、気付かない者は気付かないでしょう。」「助言をしておきましょう。今は大いなるお方の創りたもうた世の美しきものをしかと目に焼き付けておきなさい。」

最後に、たましずよ、潮目はまた変わってしまっています。仮初めとはいえ、さんかい(山海?何故かここは平仮名で頭に入った)の和が揺らぐは悲しき事です。」と女神様がおっしゃって、夢見は終わった。

これはいくつかのことを言っています。昨年2017年(平成29年)の神在祭は、11月28日・12月2日、12月4日でした。

1, まず、一つ目は、同年12月8日の閣議で、今上天皇の退位を平成31年(2019年4月30日にすることに決定しました。確かに、潮目はまた変わってしまいました。2019年5月1日からの年号はどうなるのでしょう?

 

2. 次に太陽暦のみそかは大の月で30日、小の月で29日、これに一つ目の短歌の「あなみそかなり」を考慮しますと、「あな」は1と指して、太陽暦の大の月のみそかである31日が出てきます。

 

3. そして、2017年は平成29年でした。2018年今年は平成30年です。ここで、数霊30は、「言霊ヒ」であることを思い出してください。

1月23日、群馬県-草津白根山が噴火しました。2018年3月1日に新燃岳(霧島連山)が噴火、4月20日硫黄山(霧島連山)が噴火。

海外では、米ハワイ州のハワイ島キラウエア火山が5月3日に噴火、6月3日に中米グアテマラのフエゴ火山で大規模な噴火、 6月6日 パカヤ山(グアテマラ)噴火、6月21日トゥリアルバ山(コスタリカ)噴火、

6月21日 テリカ山(ニカラグア)噴火。

バリ島のアグン島は、6月28日から噴火が再開7月2日には短時間に3回の爆発的噴火、 6月17日ガラパゴス諸島のフェルナンディナ島という島にあるクンブレ山、6月26日、今度は、ガラパゴス諸島最大の島であるイザベラ島にあるシエラ・ネグラ火山(Sierra Negra)が噴火等々。

「仮初めとはいえ、さんかいの和が揺らぐは悲しき事です。」

まだ、仮始めの段階なのです。「さんかい」は次のような意味があると思います。

1.  空(1、4、7)、地(2、5,8)、海(3、6、9)のこと。それぞれの領域の和も1+4+7=12→3、2+5+8=15→6、3+6+9=18→9で、3、6、9になることに注意。

2.  仏教における欲界・色界・無色界の三つの世界のことであり、衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界をその三つに分けたもの。

3.  山海で、地球での現象面での現れ。

 ここで、2017年8月18日投稿のひいおばあちゃんの言葉が思い出されます。

「今年は水の年。来年からは火の年。その後しばらくは火と水が交互で人を悩ませる事があるそうな。地もこれまで通り毎年震えるが、本当に恐ろしいのはその先で、地だけでなく天も震える事になるかもしれないそうな。今は神様が人の性根を見きわめている。このまま何も変わらねば、人も神様もなく、全てが手を取り合わねば乗り越えられない事になる。(人が?)変われば、まだ先の事は変わる。良き未来となるよう、海も変わらぬよう、このまま祈りと感謝をささげんとな。」

「この国が無事でも、見えるものと見えないものに起こる、まことの一大事が元で、この国の無事を妬む者の目のかたきになるかもしれない。対岸の火事を対岸の火事と思わないように。人が自分本位な限り、前のように戦争はまた起ってしまうぞ。」

「ひ孫(わたしの事です)が子を産む頃には、末がどうなるかわかる。人がうまく峠越えをするようにとにかく願うのだ。」

本日はここまでです。

 
 

2018年7月 6日 (金)

祈り〜10月5日投稿文より他

 まず、前回の記事に若干の修正とバリ島情報の追記をしました。ご確認ください。

 今回は、予知に関することについて重要と思われる投稿文を引用します。

投稿日:7月26日(水)

(1)  前の知らせは、この国とその周りの海にいる、海に縁のある人全てへの知らせで、波が来る前に、船に乗らず言われた場所に行きなさい。

(2)  場所は知らせで伝えたような場所がその地域それぞれにある。知恵を使って考えなさい。

(3)  昔の言い伝えを信じなさい。これまで、神の住む所は守られてきている。

(4)  波が来る前に、地鳴りとツカイ?が知らせる。

(4)については、予兆も考えられるでしょう。

投稿日:7月31日(月) 追加情報

昨日の夢ではおばあちゃんのお祈りしていた祠の向こうの海から、いつもの女神様と、その遠く後ろに後光のようなものを受けた男?女ではないような神様?のような気配があり、その周りに光る大小の船があり、沢山の人が乗っていたようです。

おばあちゃんがそちらに向かって拝んでいると、女神様はにこやかにこんな事を伝えたみたいです

(1)いつも心を尽くして思いを伝える貴女に伝えます。私は波の神、人々の罪を背負われ見守られている方の御心に従い、この船にもっと多くの清き者を乗せ救いたいと思う。ここに乗っている者たちは、海にかえった清らかな魂たち。

(2)信じる者たち、救われるべき人々はどこにいても救われます。私が告げた事(たぶんオタマのヤシロ、サナルの神様の事)は忘れずにいるように。貴女のことは心配いらない。いつもの心、祈りを忘れずに。

(3)あのお方は、地の龍が一度に暴れ出さないようにしばりつけていらっしゃるが、頭、尻尾、手、腹の一部はいましめる事が難しくなってきている。もう少しはもつだろうが、それがいつまでなのか、私にはわからない。

最後のこの部分について触れておきましょう。

あのお方は、地の龍が一度に暴れ出さないようにしばりつけていらっしゃるが、頭、尻尾、手、腹の一部はいましめる事が難しくなってきている。もう少しはもつだろうが、それがいつまでなのか、私にはわからない。

 大本教の流れを引き継いだ人々は、日本列島は、国常立命の龍体であるということを聞いていました。これに地震多発地域などを踏まえた図を作りました。

 夢の幻視では、赤い鳥居と玉置神社に似た手水の石が出てきましたが、赤は言霊エで智慧を意味し、国常立命を示唆しています。また、玉置神社の祭神の筆頭に国常立命が掲げられています。

Ryutai

 最近の大阪府北部地震は、龍の胴にあたるわけです。目安としては琵琶湖が「ヘソ」、淡路島が肛門に当たります。

 また、「日本は世界の雛形(縮図)」であるという考え方があり、日本は世界と相似形をなしており、場所や出来事も反映されることがあります。場所や出来事は必ずしも厳密に一致するわけではありませんが、「日本に起こった事は、世界でも起こる」という考え方です。

後で役にたつかも知れないので、この図と世界の異変の予知と思われる投稿文を挙げておきます。

Hinagata_tairiku

投稿日:8月18日(金) 術後の夢の話と不思議な短歌

8/6におばあちゃんが見た夢です。おばあちゃんにとってすごく記憶に残る夢だったそうで、バッチリおぼえているそうです。

とはいえ心配だったので、すぐわたしがインタビュー記録していますが。結果を箇条書きにしますね。

・おばあちゃんの自宅の庭の横に、見たことのない赤い鳥居の神社があり、その先に海が見えた。

・鳥居をくぐった右側に大きな手水舎があり、その中には影絵のような小さな龍が沈んでいた。

・龍を見ていると、頭と尻尾、手だけが動いていたので、前に土地の海(波)の女神様がおっしゃっていた、地の竜の話を思い出した。

・龍が苦しそうに頭と尻尾を振ると、頭と尻尾の先の方向にある手水の石のふちが震え、ヒビが入った。

手水の石はよく見るとまわり全体を世界地図の模様にうすく彫られていて、ヒビは中国かその隣の国のあたり、アメリカの西側あたりに入った。

気になって石のまわり見ると、南の海やヨーロッパの方の海にも傷が入っていた。

・龍の胴体、真ん中から少しはなれた所から黒い泡が噴き出した。そのあと、頭のあたりからも泡が噴き出した。

・すると上の方から女性と男性の声で短歌が、時間差でそれぞれ3回づつ繰り返し聞こえてきた。

「はらえぼし ひみちきたりて やまうごき ねのとひらくは つちすえか(かん?)とり」

・声が止むと手水の石が2重にずれて見えるようになり、一つはだんだん龍の動きがおさまり、全体がピクッと何回か動く程度。

もう一つはだんだん龍が暴れ出し、手水の石全体が震えて黒い泡が頭・胴・尻尾全てから噴き出し、やがて水が赤い色に染まっていき、縦方向にグルンと回転して、手水石は黒い球体に変わってしまった。

・その後しばらくして手水舎は消え、目の前には黒っぽい石が地面に埋まっているのが見えた。

・また上の方から、よく通る男性の声で「その石はとても大きなものだ」「サナル様のお導き」と聞こえ、続けて、

「みつしおの いわおかくるる かんなづき さっきやよいの はつきなかつき」

と、短歌が2度聞こえてきた。

・短歌が終わると急に地面が揺れたので、そばの木の根元に倒れこむと、すぐに海の方から大きな音がしたので、そちらを見ると、目の前が真っ暗になった。

・怖くなり心の中でお祈りをしていると、だんだん、目の前が開けてすごく明るくなり、おばあちゃんが言うには、光の世界に包まれた。

なぜだかわからないが、すごく幸せな気分が湧き出てきて、うれしくなった。

・そこで夢が終わり、目が覚めると、今までかいだ事のない、花のような良い香りが残っていた。

 さて、巷では南海トラフ地震の危険が囁かれています。別のブログでいくつかの歌を解読してみたところ、残念ながら、地震と津波を示唆していました。また、次のような地震の予兆ではないかと思われる出来事も起きています。

(1)2017年11月21日夜、隕石が落下した。火球は、東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城・山梨・静岡・長野・名古屋・三重・京都・滋賀・石川・宮城などで目撃情報があったという。落下した場所は正確には分からないが、千葉沖ではないかとの推測情報もあった。

(2)今年の6月、東京湾で鯨の目撃情報が相次いだ。

(3)相模湾でアジの漁獲量が例年の5分の1に激減したが、古くから巨大地震の前兆とも言われ、1923年9月の関東大震災の直前にも、1944年12月に起きた昭和東南海地震の時も、アジが減ったという。

 そこで、皆様に事態を少しでも和らげるため、ご協力をお願いしたく思います。以下、「祈り」についての投稿を引用しておきます。

投稿日:10月5日(木) 「祈りの仕方」抜粋

 おばあちゃんの意見を聞いてみたところ「私の祈り方が正しいかどうか判らないけど、ご参考までに」といって教えてくれました。文面はおばあちゃんが最近病院で日記とかに書きとめていたものを含め、すべておばあちゃんによるものです。おばあちゃん自身は、ひいおばあちゃん、そして夢のお告げの「和なる方」から学んだようです。一言でいえば、「形ではなく心、本質を理解する事が重要」だそうです。心ある方は御一読頂ければ幸いです。

[1]本質

1.神様の望むもの

全ての生命は神様の愛する子供。子供同士で慈しみあい暮らして欲しいのが神様の望み。畏怖や正しい祀られ方を求めている訳ではない。人が感謝・謙虚・慈しみの「正しい心」を持って、祈りなどで神様に相対するならば、自然に言葉や行動に現われる。それがその人にとっての正しい作法。

今ある神道上の作法は、先人たちの経験からできているものであり、それに則るのが最善だが、完全に習得していなくては駄目な訳ではない。作法も、その成立背景と、何より「正しい心」を理解していなければ、作法を丸暗記して完全に真似る事が出来たとしても、何の意味も無い。

2.祈りとは

祈りは「得体の知れないものに向かって発する呪術的な何か」ではない。神様に超自然現象や奇跡を求める手段ではない。祈りとはイノリ、「意祝(のり)(=神様に敬意を示す)」「意乗り(=気持ちがこもっている)」「意宣り(=神様の前で宣言し自戒する)」であり、「神様に敬意や感謝を表して自分の真心を込めてそれをお伝えし、同時に自戒する事」が本意。

ちなみに神社の祝詞で「かしこみかしこみ…」とあるのは、神様への敬意の言葉。また、祈りは自分の心を鎮める。(魂を鎮める。たましずめ。)

3.願い事との違い

神様に対して何かを叶えて欲しいと願うのは誤り。なので、願いが叶わなくて神様を信じないというのは論外。願いは自分の力(周りの協力を得るのも自分の力の一つ)で叶えるもの。神様はサポート役。

「日々感謝申し上げます。自分はこうありたいので、(こうします。なので、)お見守り・お導き下さい。」とするのが正しい姿勢。そういう意味では願いと祈りは同じになる。そして、祈る事は、自分を磨く事と同じとも言える。

自分を「神様に、どのような人に相対しても恥ずかしい人間にはならないように」磨くために祈る、とも考えられる。魂を磨くには身体のあるうち。身体で感じる事を通じて魂を鍛える。

4.祈りの先にあるもの;悪い事が起こったら

神様に日々お祈りしているのに、身の回りに何か悪い事が起こってしまったら?それは神様と自分の間に繋がりが出来る前兆(繋がりが出来ると言っても、自由に相互通信できるという意味ではありません)、慶事。人間は元々良い面も悪い面も持ってこの世に生まれてきている。どんな善人にも悪心は有るし、逆にどんな悪人にも善心はある。

一方、神様の世界には善悪がない。世の中を成長させるために良い役割、悪の役割という事で役割区分はあるが、絶対的な悪は無い。(みひろん補記;ヒーローもののヒーローの役と悪役に近い考えのようです。悪役がプライベートではいい人だったりしますよね。)

悪神というのは、それを理解できない人間の想像上の産物。自分たちの心情を投影しているだけ。人間が神様の世界にお近づきになるには、禊(みそぎ)をしなくてはならない。この禊が「悪い出来事」であり、これを乗り越えれば自身の穢れを祓う事になる。

人間には前世からの罪もあるので、「悪い出来事」が酷ければ酷いほど、一気に禊を済ませる事になり、神様の世界に近づいているという事。(善人ほど悪い事をするとすぐばれる、というのは神様の世界に近いからすぐ悪事が露呈するという事。)

また「悪い出来事」は、禊だけでなく、それを通して自分自身を成長させることができる機会。人間を成長させる一番の薬は「逆境」。ちなみに、逆境を乗り越えるためには、自分一人で何とかするというのも正しくなく、一人で背負いきれない荷物は、他の人と「和して」協力を得て一緒に進めるのが正しい。周りの人にも成長の機会を与えることになる。但し、頼っているという謙虚な気持ちは忘れないようにする。

5.祈りの先にあるもの;悪い事が起きない人は

逆に悪い事が起きない方へ。ご本人というより、周囲の方、御先祖様のお陰。日々、感謝と謙虚さを忘れず、自分を向上させるように努める。能力のある人は、その能力を授かった事を感謝する。能力は自身の為ではなく、人の為に授けられたものである。

自分の努力で磨いた能力もあるが、そもそもそれを身につけられる土台は与えられたもの。実は一番罪に近いのは平穏無事に暮らしている有能な人。感謝と謙虚を忘れて、「我良し」に陥ってしまう可能性が高くなる。人一倍、日々気を付けねばならない。そういう意味では、幸運な人・不幸な人ともに実は平等なのである。

6.祈りの先にあるもの;自然災害の意味は

「可愛い子には旅をさせ」で、この世界は基本的に人間に任されているが、限度を超えると神様から災害など「警告」が入る。神様は人を不幸にするために災害を許しているのではない。災害が起こるたびに、自省をし、また被災した方に手を差し伸べる事で「和」の力を高める事が出来る。このことを忘れて、単に災害から助かろう、という心のみが働くと、恐らく「我良し」の人間が増えていってしまう。これは神様の本意ではないと考える。

一方、人為災害はそもそも「我良し」の心に拠るものなので、この世界は基本的に人間に任されている以上、基本的に人の知恵と心で解決する他ない。神様がもし介入する事になれば、それは究極的な事であり、これまでのお告げでも出てきたような究極の自然災害に繋がるのではないかと恐れるものです。そうならないよう、私は日々お祈りをしています。

7.補足(生き方…私の母が夢見で出てきた時の言葉から抜粋)

基本はあらゆるもののお陰で私は生かされている、と考える。(謙虚・感謝・和)人生は魂の修行の場、無傷が真の幸福であるとは思わぬこと。但し修業とは苦しさを感じる事ばかりではない。人生の素晴らしさを感じて修行に臨むのが真の修行。苦難のみが修行ではない。喜びを素直に受入れる事も修行。

楽しい事を楽しいと感じない、美しいものを見て美しいと言えないのは魂を殺す事。苦楽、喜怒哀楽、全てを使って魂を磨く。神様がそうするように、子供が生まれた時の喜びを忘れずにいなさい。あなたの子供には人生の素晴らしさを教えてあげなさい。あなたの子供の歩みを導き見守ってあげなさい。やがて自分の足で歩かせなさい。あなたの子供とはすなわちあなたの事。

神様から見れば、あなたも皆も、神様の子供。人は皆同じ命。命の繋がりを尊びなさい。他の命を食して命を繋ぐ事は罪ではない、命の繋がりの営み。ただ、心から感謝しなさい。

[2]実践

私が心掛けている事です。あくまでもご参考としてお扱い下さい。くれぐれも、この通りにできなくても正しく祈りが出来ていないと思わないようにして下さいね。まるさんなりに、心を込めて、お祈りをしてください。

1.心を整える

祈りの前、一旦心をカラッポに落ち着けて、全ての事への感謝の気持ちを高め、謙虚さを意識します。

2.集中する

他の事が考えに入らないよう、集中します。実はこれが結構大変で、ご自身の心を鍛えられる事にも繋がるかと思います。

3.対象を思い浮かべる

目を閉じて祈る先を思い浮かべ、そこに向けて念を発するような形で意識します。私の場合は眉間に意識を集め、そこから御祠(実在)と、その向こうにある大きな光の塊(私の意識の中の想像)に向けて、光線を放つような感じで祈り始めます。恐らく慣れが必要かと存じますので、皆様におかれましては例えば先ずはご先祖様に感謝のお祈りをされる事をお勧めします。

目を閉じなくても、お仏壇・ご位牌・お墓、などなど何かそれにまつわる実在の物に向けてされてはいかがでしょう。慣れたら目を閉じ、物を見ずとも、まぶたの裏に実在の物を思い浮かべ、という形になろうかと思います。神様に対しても方法変わらず、対象が社、祠、神棚、御札、などとなり、その先の神様(実際の神様は人型とは限らないでしょうが、ご本人が感情移入できる神様の絵などがあれば、そちら)に向かってお伝えすることになります。

4.祈りの内容

大きくは「ご挨拶、神様やご先祖様への感謝、(あれば誓い(願い)、)、お見守りお導きのお願い」になろうかと存じます。時間の長短は関係ないかと存じます。但し割合で言えば、私の場合は感謝が最低でも7割にはなるかと思われます。

5.言葉に発する

勿論、心の中でしっかり念じるだけでもよろしいかと存じますが、神社で言えば祝詞、仏教であれば読経、という事になるでしょうか。「可能な限り」で結構ですので、言葉に発するのが、なおよろしいかと存じます。余談ですが、ただ読み上げているだけ、正しい心で読まれていない祝詞や読経には力は無いと存じます。

6.補足

神社にてお参りする際に、よく「神様が祈りの主が誰なのか混乱するので」、先ずは住所と名前をお伝えするよう言われておりますが、あれは「神様が混乱する」のではなく、神様に対して、自分は何者であるかを名乗る「礼儀」と考える方がよろしいかと存じます。普通、人に対してもそうですよね。突然目の前に現れて、挨拶も無く用件だけを述べるのは失礼ですよね。

[3]心の平穏と平和

これは私が様々なお告げを受けて最近考えている事です。

・祈りは心を平穏にする(たましずめ、とお告げで言われた)。

・平穏な心であれば他に目が行き→自分にばかり目がいかず自身に執着せず、我良しでなくなり寛容になれる。

・平穏な心であれば間違った心は起きない。

・間違った心が起きなければ間違った行動は起こさない。

・一人一人間違った行動が起きなければ、節理は保たれる。

・一人一人の行動が世界を形作っている。

・自分は世界の一部であり、他人から見ればあなたは世界である。

・自分が罪を犯さず1日を終えた、自分は1日何かを産み出した

・人助けをした、これであなたは世界の1日分の平和を作った事になる。

・皆がその思いを持てば平和はやってくる。一人の思いや行動はやがて皆に伝わる。

・気付いた人から一人づつ、やっていけばよい。それが大きな力となり、世の中を動かす。

・今の世の中は、勝手にできたのではない。自分たちが作っているのだという自覚を持つ事が必要。

・今進むべき正しい道を、「正しい心を持って」「良く考える」事が必要。

・よく考えもせず、人から言われたままを鵜呑みにして生きていくのは操り人形、白痴の世の中に。

・自分が他人を間違っていると蔑んで、自分が正しい、自分の事ばかり考えているのであれば、人を尊重しない世の中に。

・話し合い、理解し合う事が必要。

 上の文章は何度でも読み返されてください。祈り方はその人なりの方法で良いのですが、謙譲、純真、柔和が大切だと思います。一例ではありますが、簡単な組み立ては次の通りです。発声することが望ましいのですが、心の中で唱えても結構です。

1.「かしこみ、かしこみ、かしこみ申す。」「浄め給え、祓い給え、我が心を鎮め給え。」

2.「日頃の無事を感謝致します。」「願わくば、本日の無事をお祈りいたします。」これは一例ですが、ご先祖様、神様に感謝とお願いを申し上げます。

3.最後に、「地球を胸に思い浮かべ、大事にいたりませんように、本来のあるべき姿で輝きますように。」とお祈りします。

 地球は様々な理由によって地軸がズレて公転がブレており、地殻の変動が激しくなっています。慢性的に危険な状況にあり、心ある皆様のお力添えをお願い申し上げます。

 

以上。 

 

 

 

2018年7月 1日 (日)

「記憶のお告げ」〜9/22〜25/2017投稿文より

投稿日:9月22日(金) 「言付け」

20日の夜、おばあちゃんまた波の女神様のお使いの方からお告げを受けたそうです。

「石の柱の砂の使い」「ときしらす」様のお知らせが、「あきわかつ時」「たましず」より開き、もたらされるでしょう。」

だそうです。

序;

「石の柱の砂の使い」~5(イ)+15(シ)=20、26(ハ)+15(シ)=41(ラ)、13(ス)+7(ナ)=20、20+41+20=81、81の言霊・数霊を使う

「ときしらす」~十気(一から十までの数字)を使って知らせるの意。

「あきわかつ時」~1(ア)から10(キ)までの数字の経過を分析する時の意。

「たましず」~言霊を鎮めるの意。

投稿日:9月25日(月)より抜粋~ 新たな「記憶のお告げ」

おばあちゃん、23日の日が変わってすぐ、あらたな「記憶のお告げ」を受けたそうです。

先日の投稿通り、以前わたしもおばあちゃんとの夢のシンクロで見たあの石の柱から、人の形をした「お使い」の方が現れておばあちゃんに語ったそうです。

今回も巻物が頭の中で開き、お使いの方が音声で読み上げると同時に、字幕のように頭に文字が刻まれるイメージだったそうです。前回と違うのは、夜に夢の中で現れたこと、でも夢見とはまた違う感覚だったということのようです。

今回はお告げが語られた後におばあちゃん、目を覚まして、頭に残っている内容を自分でノートに書き取ったそうです。それを今回、おばあちゃんのところに行ってきたわたしがそのまま書き写してメールしています。

・一面夕焼けの中にいるような世界で、青白斑の石の柱が目の前に見え、その真ん中あたりが白砂に変化し、男の人の形になった。仙人様のような容姿。

・その方は「時白砂(ときしらす)」と名乗り、時を知らせる役目とおっしゃった。

・「やがて来たりし時を知らすぞ。」とおっしゃって、「お告げ」が始まった。

・「お告げ」は3つの歌のようになっていた。

(1)「ひかりやすんず ふじのよに、はれたるおとし なれるきみ、ふなのちわとわ そろいしに、せちわけさきたり かむさくら、あけてひらけん かなたより、かえすひがのよ ためしのかねとり」

(2)「ひらきひらきて ときわすれ、うつつもうつろも ひとしれず、いうにいわれぬ もどかしさ、たつにたたれぬ ふがいなさ、やがてふきたる いぶきうけ、たねあるみたま ひかりもえいず」

(3)「まことのつちの たつおりて、はじまるみよは ひかりのよ、いたるみちのり きびしけれど、わしてねぎれば みちはひらけん おどろくなかれ たまてばこ、つちうみそらも ひちへんげ やがてしるべし きんのむなしき、やがてくゆべし いくさむなしき」

解読その1

(1)「ひかりやすんず ふじのよに、はれたるおとし なれるきみ、ふなのちわとわ そろいしに、せちわけさきたり かむさくら、あけてひらけん かなたより、かえすひがのよ ためしのかねとり」

「ひかりやすんず」~30(ヒ)+6(カ)+45(リ)=81(ン)→9、9(ンの代用)+36(ヤ)+13(ス)=58(ズ)

「ふじのよに」「ふ」「ジ」4の二乗=16、2+16=18「の」22→4、18+4=22「言霊ノ」「よに」4+2=6、22+6=28「言霊フ」

「はれたるおとし」「はれ」8+8=16「言霊タ」、16=20(おと)ー4(し)

「なれるきみ」~7x7=49、4+9=13、10(き)+3(み)=13

「ふなのちわとわ」~2(フ)x7(ナ)=14→5「の」は乗、また22→4より5x4=20「ち」、「わとわ」46(ワ)→10より10+10=20

「そろいしに」~12(ソ)+42(ロ)=54「いし」→5x4=20、20で揃った。20→2(ニ)

「せちわけさきたり」~14(セ)、1+4=5(チ)、「わけ」は和の毛で14+5=19、これを分けた差(サ)は9(ケ)ー1=8(ワ)、1と9の和は10で言霊(キ)に足る。

「かむさくら」「かむ」は6+6=12、「さく」は、3との差の意で、12-3=9、「ら」は41で、4と1の差も3。

「あけてひらけん」~1(ア)+9(ケ)+10(←19)=30「言霊ヒ」、1+9+1(←10)=11、30+11=41「言霊ラ」、ケ(9)が2回出てくるので、9x9=81(ン)の音図「オオマニ」のこと。

「かなたより」~6(カ)+21(ナ)+16(タ)=43→7、7+4(ヨ)=11→2、43+2=45「言霊リ」

「かえすひがのよ」「かえす」は6の二乗で36、「言霊ガ」は51→5+1=6、濁点がついているの6の二乗で36、36→3+6=9が2回で、9の二乗81の「よ」は四角形。

「ためしのかねとり」~16(タ)+34(メ)+4(シ)=54→5+4=9、「かね」は重ねる9音で9x9=81の四角形。「とり」は10(ト)→1、言霊リは45→9、1+9=10で十理。

数霊的な大意;

光りが八方に輝く(*)、81言霊の四角形 晴れて明らかになった音の仕掛けに括られた数理の音図。附された名すなわち数霊の智慧の輪である和を揃わせて、数値の流れを分けて柵にして、神の咲く言霊ラ明らかに開らけるだろう。神名(ここでは数霊)の図表より、音図の目の四角形は9(金色)を重ねた9x9=81の金の音。ここでは、オオマニとして捉えたが、フトマニとして捉えることもできるが省略する。

内容的な大意;

ひかり安らかな不死の世に 晴れやかな 神の落とし子なれる君(御歳より饒速日命を示唆か?)アメノトリフネ(言霊・数霊原理)の智慧(茅の輪と永久の意味もある)を持って、人々を和してそろえ 世俗の知恵を分析して、咲かせる(政に生かす)神のひかり(*)。非我(言霊ス)の世に帰す 試しの鐘、十理。

茅の輪: 夏越祓(なごしのはらえ)の時、神社の参道に設ける、チガヤで作った輪。これをくぐれ(9x9)ば病気が避けられるという。

(2)「ひらきひらきて ときわすれ、うつつもうつろも ひとしれず、いうにいわれぬ もどかしさ、たつにたたれぬ ふがいなさ、やがてふきたる いぶきうけ、たねあるみたま ひかりもえいず」

「ひらきひらきて」~30(ヒ)、41(ラ)、10(キ)、和は81、一と十の位を足すと9、二回なので9x9=81、「テ」は19→10で十理

「ときわすれ」~10(十)+10(キ)+8(ワ)+8+8(すれ)=44(レ)

「うつつもうつろも」「うつつ」3の二乗で9、3(ウ)+18(ツ)+42(ロ)=63→9、9が二回で、9x9=81、数霊63は「言霊ヅ」で図を意味する。

「ひとしれず」~30(ヒ)+17(ト)=47→11、11x4=44(レ)「ひとし」は14も意味しているので、44+14で58「言霊ズ」

「いうにいわれぬ」~順に5、3、2、5、8、「レ」は連なる数字を足せの意味で、和は23「言霊ヌ」 

「もどかしさ」~32(モ)+52(ド)ー6(カ)=78→15(シ)「しさ」は4との差で15-4=11の「言霊サ」

「たつにたたれぬ」~16(タ)+18(ツ)+2(ニ)=36→9、(タ)16→1+6=7、「たた」7の二乗で49、「れ」は44「ぬ」は抜くの意で、49-44=5も示し、「言霊ヌ」は23→5。

「ふがいなさ」~28(フ)+51(ガ)+5(イ)=84→12→3、は7で、3x721「言霊ナ」、「なさ」より7-3=4、4+7=11「言霊サ」

「やがてふきたる」~36(ヤ)+51(ガ)+19(テ)+28(キ)=134→8、8に2の気を足すと10「言霊キ」

「いぶきうけ」~5(イ)+68(ブ)=73→10「言霊キ」、10→1、うけは3の化で3x3=9、1+9=10

「たねあるみたま」~16(タ)+30(ネ)=46→1(ア)、1+43(ル)+35(ミ)=79→16「言霊タ」(マ)31→4、31+4=35「言霊ミ」

「ひかりもえいず」~30(ヒ)+6(カ)+45(リ)=81→9=4(エ)+5(イ)、=13、45+13=58「言霊ズ」

今回の解読は非常に手間取りました。この歌の内容はこのまま、私のことでもあるし、他の解読に関わる方々もそうではないでしょうか? しかしながら、この歌は「言霊・数霊照合表」の正しさを証明してくれました。後は「やがてふきたる いぶきうけ、たねあるみたま ひかりもえいず」となれば良いのですが。

(3)「まことのつちの たつおりて、はじまるみよは ひかりのよ、いたるみちのり きびしけれど、わしてねぎれば みちはひらけん おどろくなかれ たまてばこ、つちうみそらも ひちへんげ やがてしるべし きんのむなしき、やがてくゆべし いくさむなしき」

「まことのつちの」~5+7+10=22、18+20=38→11、「の」が2回で、2を掛けて22

「たつおりて」~16=18ー2、16+18+2=36、3+6=9、36+9=45(言霊リ」テは19→10で十理。

「はじまるみよは」~8、60→6、5、43→7、8+6+5+7=26 言霊ハ

「ひかりのよ」~30(ヒ)→3、6(カ)、45(リ)→9、3+6+9+4(ヨ)=22言霊ノ。

「いたるみちのり」~5(イ)、16(タ)→7、7x5=35「言霊ミ」、35→8、35+8=43「言霊ル」、43→7+3(ミ)=10→1、チ20→2、2x10=20「言霊チ」、20+2=22「言霊ノ」、1+20+22=

45「言霊リ」 

「きびしけれど」「キ」は10、「ヒ」が30x2=60、10+60=70「言霊ビ」、70→7、7の気を「れ」二乗すると49より4「シ」と9「ケ」、4+9=13、49+13=62「言霊ド」

「わしてねぎれば」~46(ワ)+4(シ)+19(テ)=69→15→6、「ワ」46→4と6より4x6=24「言霊ネ」、69ー15=55「言霊ギ」「レ」は44、55ー44=11、55+11=66「言霊バ」。「ねぎれば」は、値を切って分けるの意。

「みちはひらけん」~35(ミ)→8(ハ)、20(チ)→2、8+2=10、は3も意味するので、3x10=30「言霊ヒ」を1と取ると10+30+1=41「言霊ラ」となるだろう(けん)。 

「おどろくなかれ」「オ」は2、62(ド)→8、2+8=10、2+10x6=62「言霊ド」。62→8「言霊「ク」「言霊ロ」42=7(ナ)x6(カ)

「たまてばこ」~16(タ)→7、5(マ)、「テ」19→10→1、7+5+10=22でフトマニ、5+1+66バ+9=81の音図(田)がオオマニ。

「つちうみそらも」~2+5+3=10、10+8=18「言霊ツ」、2(ツ)+18=20「言霊チ」「ウミ」3x3=9、ソ12→3、9+3=12「言霊ソ」「ラ」41→5、「モ」32→5、9+41+32=82、82はオオマニの41を中心に向き合う数字を足した数である。 

「ひちへんげ」~1(ヒ)+5(チ)=6、5x6=30「言霊ヒ」、30-1=29「言霊へ」、5+30+29=54「言霊ゲ」、54→9、6x9=54。

「やがてしるべし」「言霊ヤ」36、カは6なので「が」は6x6=36、36+15(シ)=51「言霊ガ」、テ19=15(シ)+4(シ)、51ー(19より引く)8(シルより4+4)=43「言霊ル」、51+10(1+9テ)+8=69「言霊べ」、69→6+9=15「言霊シ」

「きんのむなしき」~金色は9、「ン」は81→9、9x9=81「言霊ン」、22(ノ)→4、33(ム)→6より、4+6+7+4=21「言霊ナ」「言霊シ」は15ー(差)4(シ)=11「言霊サ」

「やがてくゆべし」~36(ヤ)=6(カ)の二乗は「言霊ガ」、テ19→10+9(ク)=19「言霊テ」「ユ」38→11、「ベ」69→15「言霊シ」、また11+4(シ)の和も15。 

「いくさむなしき」~5(イ)+9(ク)ー3(サ)=11「言霊サ」、11x3=33「言霊ム」、3x7=21「言霊ナ」、3の表記が5回で3x5=15「言霊シ」、15→6+4=10「言霊キ」

言霊的な大意;

オオマニ図の目(16タ+18ツ=34言霊メ)が降りて、新しく始まった4角形の図はひかりを放つ。完成させる道のりは厳しいけれど、音を和したり切ったりすれば、道は開けるだろう。驚くなかれ、言霊と数霊の表は、土(2、5、8)、海(3、6、9)、空(1、4、7)の要素も自在。やがて知るだろう。81の数字の式、やがて導かれる369になる式。

 歌の内容は、弥勒の世についてのようです。

 修正する余地があるかもしれませんが、先を急ぎますので、これくらいにしておきます。

・お告げが終わると、時白砂様は「たましずめよ、またの時に。」と告げられ、柱に吸い込まれるように消え、夢が終わった。

おばあちゃん、まだ今も少しだけ頭が痛いみたいですが、一応、体調は大丈夫のようでした。

以前、おばあちゃんの夢見で、手水舎の石のヒビのお話を投稿させていただきましたが、その中で、ヒビは中国の西側や、アメリカの西岸側のほか、南の島とヨーロッパにも入っているのを見たとお伝えしました。

この南の島、どうもバリ島の辺りのようなんです...。

きのうの朝、おばあちゃん、バリ島の噴火の可能性のウェブニュースをたまたま看護師さんから聞いて知ったようなんですが、すごく気になっているようなんです。

おばあちゃんは、島の人達の無事を祈ると言っていましたが、できればできるだけ多くの人達の祈りの力を借りたいと思っているようなんです。

それで投稿を早く、と言われたみたいなんですが、、、。

何か、このままでは噴火が起きて、それによって日本やそれ以外にも、色々な悪い影響が出るような予感がするとのこと。

まずは、噴火が起きないことと島の人達の無事を祈って欲しいとのことでした。

投稿日:9月25日(月) 「記憶のお告げ」の続き」

おばあちゃんの「記憶のお告げ」、まだ続きがあるようです。

24日の夜(25日に日付が変わる前)、おばあちゃんが寝ていると、耳元?で「たましずめよ」と声が聞こえ、「ザザーン」か「ドドーン」か、大きな波?のような音がしたので、おばあちゃん目が覚め、次の瞬間に「記憶のお告げ」が前のように(巻物、頭の中の字幕と文字の刻印、音声)、よみがえったようです。

前回のように、おばあちゃんメモを取って記録したようです。

今回は、別の「和なる方の使い」、「那佳智加楽 月珠(なかちからのつきたま)」という、女性の方のメッセージのようです。

「たましず、私は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第5の使い、すなわち、和なる方の使いで「那佳智加楽(なかちから)の月珠(つきたま)」と呼ばれる者です。」

解読その2

「たましず、私は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第5の使い、すなわち、和なる方の使いで「那佳智加楽(なかちから)の月珠(つきたま)」と呼ばれる者です。」

私は7のうちの1の使いにあたり、

7-1=6

やがて8となり9となりてのち

6+2=8

6+3=9

6+4=10

現れる者のうちの第5の使い、

6+5=11

すなわち、和なる方の使いで

11は月宮の1になるので、太陽宮の6は、月宮の4との和が10になり、やはり神(10)の使いということになる。

「那佳智加楽(なかちから)月珠(つきたま)」

7、6、5、6、41、すべて足すと65でで一と十の位を足すと11→2で月。「の」は22、「つきたま」は2(つ)+4(黄色)=6で、数霊6を指す。

『これより遠くない先、海と空より乗り物に乗った者たちが訪れます。これはあなたたちにとって、一つのタメシ(試し)となるでしょう。』『鳥と大将に注意しなさい。』

「海」は3、6、9、「空」は1、4、7で、その和は12→3となり、「乗った者たち」は倍数の意で、すなわち3の倍数。

「タメシ」は言霊的には、田の目の四角形すなわち音図のこと。

「鳥と大将」は「十理」と大小で、1から9までの数字を指している。

そのあと、囃子(はやし)の音が聞こえてきて、それに乗って言葉が聞こえてきた。

「かしこみ、かしこみ、かしこみ申せ。」「浄め給え、祓い給え、我が心を鎮め給え。」

「かしこみ、かしこみ、かしこみ申せ。」の数霊的意味は;

「かしこみ」~「6、4、9、3」すべての和は、22、これは2+2=4を導き、三回繰り返しているので、4の三乗で、64より6+4=10で「十理」。「申せ。」は漢字の形より1、5、9の縦のラインの流れで和は15。言霊「セ」は数霊14にあたり、15から「申」の字の縦に突き出た1を引くと14が得られる。瀬は数字の流れを示す。また、「畏み(かしこみ)」の漢字は「田の衣」と書き、音図を示唆する。6(カ)+4(シ)+9(コ)+3(ミ)=22でフトマニのこと。

「浄め給え、祓い給え、我が心を鎮め給え。」はまず仮名に変換する。

「きよめたまえ」「きよめ」は十の四角形の目、「たまえ」言霊エは智慧の意。

「はらい」~8(ハ)+41(ラ)+5(イ)=54→9より九つの数字。「わがこころを」「わ」は46→10より十理、「が」は6x6=36、3+6=9が導かれ、「こころ」は、9x9=81、「ろ」はロで、四角形。

「しずめ」~鎮座した数字の目。

もちろん、そのままで立派な祝詞です。そして次の「お告げ」が続きます。何度も読み返えされるべきものです。

「祈りなさい、祀りなさい、心に光が灯る事を信じなさい。」「悪しき世を想うのはやめなさい。苦悩の無き世を想い信じなさい。」「素直な心でいなさい。我(が)と執着を手放しなさい。心の目の曇りを払いなさい。」「和せよ、和せよ。明(あ)、和(わ)、弥(や)の和。この先の心得。和なる方が次のようにおっしゃっております。」

「和せよ、和せよ。」「和の中の平等、覚え違いすることなかれ。」「現(うつつ)世のいのちは皆平等、人も、草木も、鳥獣魚虫も、岩土も。」「現世の魂も皆平等、生きとし生ける者たち、物言わぬ物ですら。」「現世のものは全て同胞(はらから)、平等(たいら)かに和すは正しき道。」「しかし現世の者のお役目と力は平等にあらず。これを無理に平等にせんとするは正しき道にあらず、覚え違いすることなかれ。和の道よりそなたを遠ざける。」

「お役目は人それぞれ。力もそれぞれ。海には海の役目があり、山には山の役目がある。お互いお役も力も異なるものなれど、お互いがありてそれぞれに働きて、はじめて現世がある。人も同じなり。異なるものがあるからこそ、現世が生きる世となる。違いを尊べ。違いに貴賤を付けることなかれ。力の差はお役目の差。人の力を差別する事はお役目を差別する事と同じ。あしくなら、お百姓見下す者は食うに事欠く事になるぞ。平等平等と言いて海の力も山の力も同じにしてしまえば、どろどろの世。現世は存在できない事は道理なり。人も同じなり。」

「良く考えよ、人それぞれにお役目がある。物を産み出す事、心を繋ぐ事、人や子を育てる事、仕事も大切なお役目。金(きん)は利他の心で仕事をした褒美と思え。金を産み出すが目的の利己の心のみでハタラク事はお欲目。お欲目は悪心ぞ。お役目はご苦労ぞ。しかし、金の仕組みが働かなくなる世が近づきよるぞ。」

「人の力に上下無し。ただお役目の違いがあるのみ。自らを鍛え、お互いが他人を尊び伸ばす事こそ弥栄の道。自らを鍛えても、他人を蹴落とすは獣の道。他人を蹴落として自らを上に見せるは虚無の道。現世をつきの世より位下げする道。考えれば判る事。そなたの力は他人の為に与えられたのだから、他人の為に使えよ。他人を陥れる事に使うなど言語道断。関の調べで没収じゃ。」

「切磋琢磨は良き競争なれど、行き過ぎると競争は狂想(きょうそう)となり凶争(きょうそう)となるぞ、気を付けよ。」

「和せよ。和せよ。他者とも話(わ)せよ。お互いを知る事が和への近道。智を加えれば楽になるぞ。那佳智加楽の使い、遣わしたぞ。謙虚第一。」

解読その3

最後に、短歌が1度だけ聞こえてきた。

『かれはおち しょうせつたいせつ のりこえて ゆきとまかれん うみのしおはな』

「かれはおち」「かれ」は6の二乗で36、8(は)、2(お)、5(ち)

「しょうせつたいせつ」しょうせつは、前句の「はおち」を受けて、8(は)+2(お)+5(ち)=15で足して15になるラインのこと。「たいせつ」は、「かれ」を受け、36だが、読みはミロクで、足して369になるラインのこと。

 

また、「しょうせつ」は、15+37+5+14+18=89→17、「たいせつ」は16+5+14+15=50、これは言霊における先天17音と、清音の50音のことである。これは難しいが言霊百神カテゴリーを見て頂きたい。

 

「のりこえて」~22(の)、リは理で十理、22+10=32、9(コ)+4(エ)+19(テ)=32。ちなみに数霊32は言霊「モ」、言霊の後天32音のことである。3と2を足した5は、言霊「イ」である。

「ゆきとまかれん」「ゆき」は7と黄色の4、足して11。「まか」は31と6で3+1+6=10、「れん」は、裏表を足して10になり11が裏の1となる太陽宮と月宮の繋がりのこと。

「うみのしおはな」「うみ」は3、6、9の大節、「の」は22、「しお」は4x2で8より「は」を導く。「な」は7で8と7を足すと15で小節を意味する。従って、オオマニとフトマニの図を示唆している。

大意;

枯葉が落ちる冬のように厳しい小節、大節の局面を大いなる意志を持って乗り越えて、共に行こう。弥勒の潮の初め。

 

そしてなぜか、以前おばあちゃんが前に見た手水舎の石のヒビの映像がいきなり再び目の前に現われ、「再度アメリカの西海岸側と、バリ島付近ではない(バリ島のヒビが無くなったというより、その他に新たにというイメージ)南方の島々のあたりにもヒビが入る」のが見えたそうです。

とっさにおばあちゃん、何も起こりませんようにと心の中で祈ったそうです。その後、おばあちゃんは目を覚ました。

以上です。

 幻視されたヒビの場所を世界地図で示すことが必要でしょう。今は言霊による解読を急ぎます。

 

追記;

バリ島の「BALI」はサンスクリット語で「神様への捧げもの」を意味する「ワリ(WALI)」という言葉が由来。昨年11月から噴火中の「アグン山」は「火の神の宿る山」という意味だそうです。

また、2018年7月4日の朝日デジタルで、「バリ島で投資」不正に集金の疑い 14億円以上集める」の記事が出ました。現地に迷惑がかからないとよいのですが…。

位置だけ確認しておきましょう。

Bali

 

グーグルマップより引用

 

 

2018年6月19日 (火)

ひがこころ〜9月15日投稿より

 最初に…、「オタマノヤシロ」のシリーズを書き始めた矢先に大阪北部地震が発生し解読を急がなければならないと痛感致しました。残念ながら天に召された方々のご冥福をお祈りし、負傷された方々にお見舞い申し上げます。

投稿日:9月15日(金) 「またまた霧の鳥居でのお告げ」

またいつもの霧の鳥居の前に立っていた。ただ、白い鳩とカラスが隣の巨木の根元にいた。

鳥を見ていると、霧が体を包んで、女性の声で歌が聞こえてきた。

「ひがこころなる かじとりの ふねにのりたるふなびとの めしひかなしや いかりぐも ことなしいのれ はらからに かむかぜきたれよ きのくにに」

「うましとき たまよりいずる たまてばこ あけておふでし ひらけてうれし」

今回は共に2回ずつだったようです。最後に、「たましず、大変でしょうが今しばらくお頼みしますよ」と言われて、霧も鳥も消えたそうです。

「ひがこころなる かじとりの ふねにのりたる ふなびとの めしひかなしや いかりぐも ことなしいのれ はらからに かむかぜきたれよ きのくにに」

ここから解読に入りますが、これまで最近掲載した図を全てダウンロードして、デスクトップにでも保存して、見ながら数字を追っていくと便利です。

「ひがこころなる」「ひ」は1、「こころ」は中心の5で、1+5=6を導く。「が」は6の二乗で36、3+6=9を導き、「ここ」は9の二乗で81、1+8=9を補足、「ろ」は6、最初の1と6を足して7「なる」

「かじとりの」~ 6(カ)+4(2の二乗)=10(十理)

「ふねにのりたる」「ふね」は2音、「のりたる」2の二乗で、4

「ふなびとの」~2+7+1=10

「めしひかなしや」「めしひ」は目の41の4と1を足して、真ん中の5、「かな」は1+6を足して7、「しや」は4と1と7を足して8。1と4は何度も召されて、愛しいという意味である。

「いかりぐも」「いか」は前節を受けて、1+5=6、言霊リは45より4+5=9、「も」は目の意味。

「ことなしいのれ」~9と10、7+4=11、井の字に並べられた列のことで、太陽宮と月宮を指す。

「はらからに」~言霊は26で2+6=8、言霊ラは41で4+1=5、言霊カは6、言霊ラは41で4+1=5、「に」は5+6=11より1+1=2で導かれる。

「かむかぜきたれよ」「かむか」は6、6、6で弥勒の瀬(流れ)の気、足して369になるように。

「きのくにに」~言霊キは10、「くに」は9+2=11だが、「にに」で、22「フトマニ」も指している。

この歌の大意;

81からなる言霊の九方陣の図表と十理を舵とり(目印)として、船に同乗する舟人の、召された霊は愛しい。九の目からなる十一の理の月宮を目指して(目覚めることを示唆)、大事ないことを祈れ、腹を空にして。神風吹いて弥勒の世来たれ。

同時に、「神風の369の流れよ来い、十、十一の示す二桁の数字の括りへ」の意を持たせている。早速、オオマニの図を示唆しているのである。

禅の始祖、達磨大使は、「ズバリ、一言で何か?」と尋ねられ、「腹に一物もなし。」と答えたという。

「うましとき たまよりいずる たまてばこ あけておふでし ひらけてうれし」

「うましとき」~干支の午で9と子(ここではシと読む)の1、足して数霊10の言霊「キ」

「たまよりいずる」~言霊「タ」は数霊16より6ー1=5。

「たまてばこ」~数霊16、5、16-1=15より、数霊15の言霊「テ」「ばこ」~8x8=64より、6+4=10の十理を示す九つの目の図

「あけておふでし」~言霊アの1と言霊ケの9、で導かれる言霊テ19、言霊シは15だが、シの音より、4なので、15-4=11で導かれる月宮の図。

「ひらけてうれし」「ひ」1、「ら」41、「け」9より、+「4+1=」+=15で言霊「て」の15を導く。「う」は3、「れ」は足して15になる列である、「し」四角形の図。

大意;

良いタイミングで、言霊より5を中心とする数霊の十理を示す九つの目の図を示す言葉が降ろされた。御筆さき(神のお告げ)が明らかになって、玉手箱が開けて嬉しい。

この場で、解読を終えて、喜びを共にすることができて、感謝致します。

 

弥勒の花

 前回の記事では、【序その3の歌の大意を書きましたが、今回は厳密に数字を解読していきます。非常にややこしいので、再度、フトマニの図を挙げます。

Futomani

 

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

「ことはじめ」~9、10、「はじめ」端の目の2の倍数を意味するので、2、4.6、8

「もうすぞ。」~「申」の字よりロ(四角形)に交わる1、5、9と7、5、3、のラインを示す。

この一行で太陽宮の全ての数字を出して、さあ、新たな事を始めるぞとしている。

最初の「ひらく」は1から9までの太陽宮の事(9と10)、次の「ひらくぞ」月宮の事。「かぎひらく。」は「鍵」は金辺に建てるなので、数字の仮名(ひふみよいむなやこと)の一と九をひっくり返して開くの意味。なお、言霊ラには右回転の意味がある。

「いぶき」~5x2=10で神の気、

「ふきたち」「ふ」は2、言霊「き」は数霊10なので、20を示す田(音図)の地が、立つの意。なお、言霊「チ」数霊20であるのでフトマニの事。

「いわといわとを」~中央の5と周りの八つの数字を「いわと」~180度、

「たたかはせ」「たた」はそれぞれの数字の目を、「かはせ」は6+8=14(数霊14は言霊セ)

「はなをもさくや「はな」は8+7=15で、足して15のライン、「さくや」3+9+8=20

「さかざるや」「さ」3、「か」6、「ざ」9で「弥勒」、言霊「や」も数霊36なので、「ミロク」と読める。フトマニは弥勒の花の意。

「いずるおしらせ」~5x2+4=14で言霊セ。

「みなしらせ」~3+7+4=14でこれも言霊セ。瀬はここでは数字の流れの意。

「つぎのきしべへ」「つぎ」2x2=4、「きし」4の二乗で16。「べ」は言霊69より、6+9=15で縦横斜めのラインの和である。「へ」は言霊29より、2+9=11より、月宮の1を導く。

「はしわたせ」~端の数字である太陽宮2、4、6、8と月宮の2、4、6、8が、それぞれの宮の中で縦横斜めのラインの和が「言霊タの数霊16」と「言霊セが数霊14」の二つの数字を渡す真ん中の「15」になるように。

 これは、日月神示でいう正に「最後の一厘」「グレンとひっくり返る」の一つの意味になります。

「最後の一厘」~言霊リは数霊45より4と5の和は図の最後の9、言霊ンは特殊ですが、1としても機能します。

「グレンとひっくり返る」~グレンは9と1をひっくりした月宮

 また、「岩戸開き」の一つの意味になります。イワト=180で180度開くは1、と9を回転すること。これはあなたが自分だと思い込んでいる「あなたの主であった自我」が引っくり返って、あなたの「内なる神の僕となる」ことも意味しています。それが「さとり」、11と10の理です。

そして、本日取り上げるのは、この投稿です。

投稿日:9月15日(金)毒鯨」

今朝(15日)は物を届けに、わたしが通学途中におばあちゃんのところへ行ったのですが、おばあちゃん、また昨晩、夢見があったそうです。

夢見ですが、いつもの浜辺で、波の女神様のお使いと名乗られる方(ややこやしいですが、こちらも女性の方、藍がかった色の着物を着ていた)がお出でになられて、おばあちゃんに語りかけられたそうです。

内容は、このところ人の愚かな行いで禍しき大魚が海にやって来ているが、人がこれ以上海を穢さないよう、祈りなさい、海の神様が怒っている、というものだったようです。

そしてまだまだそれはやって来るだろう、との事ですが、海の神様が一番(祈りで?)阻止したいと考えているのは、望む望まないに関わらず、「毒鯨」が海で死ぬことだそうです。

もし毒鯨が死ねば、毒で海の中の命の多くが断たれてしまい、人にも影響があるそうです。

おばあちゃんも、恐らく北の国の事だな、と直感し、改めて今日からお祈りするつもりだそうです。

わたしも最悪の事態をイメージせず、おばあちゃんにならってただ無事をお祈りしようと思います。

ところで鯨って、かなり大きいですよね...?

 「恐らく北の国の事だな。」という珠滴女様の直感は正しく、当時、TVニュースで、「毒鯨」が示す4文字、あるいは9文字の言葉がしきりにアナウンスされました。その言葉を直接書かれなかったのは、実に適切なことだと思います。

 『海の神様が一番阻止したいと考えているのは、望む望まないに関わらず、「毒鯨」が海で死ぬこと。』という懸念があるからです。

 そして、 近未来の予知に関するであろう部分をこのプログで書かない他の理由は、下記の通りです。

1. 前回の投稿文の中で珠滴女(たましずめ)様が語られたように「すぐわかる内容では、今後出て来る「悪しき心の者(こころぎわあしきもの)」にお告げを利用されてしまうので、それを避けている。」と同じく解読を悪用されるのを避けるため。

2. 予言は、概して当たった、当たらなかったと面白おかしく取られがちですが、災害を避ける、あるいは大難を小難に抑えようとする試みは、かつて為された事がありませんでした。

 しかしながら、この時節に生まれてきた方々は、今は皆バラバラですが、潜在的に霊能力を持った人々がたくさんいらっしゃると感じています。一人でやるより、複数人で効果的に良い波動を拡げ、祈りのパワーをある程度集結させたいのです。

 それなので、名前とパスワード保護されたブログが必要と考えました。現在、同調してくださる方はお二人ですが、既に色々なシンクロが始まっています。たとえ少人数でも、試みる価値は十分あると思っています。

3. 災害の危険地帯は、大まかに把握していますが、それを無防備に晒すことは、危険なのです。言霊を繰り返し使用すると世の中にも、個人の想念にも磁場を作ってしまい、災害の実現を速めてしまうのです。

 前回の投稿の中で、神様のお使いの次のようなお言葉がありました。

「汝らにこの先の事を知らせたいが、我も全てを知るものではないし、からくりの全てを知らせる事までは出来ない。」

 スターウォーズの中で、ヨーダが言ったように、「未来は揺れ動く。」からです。それは人間の波動により大きく変わってるきます。

 また、カラクリの全てを知らせることも呪術的に悪用される恐れがあるため、言ってはいけない部分もあります。従ってこちらのブログでは、光りの方を見る事を強調してきました。御魂磨きが大切なのです。

 ある程度のタブーに触れながらも神示を検討し、率直に語り合いながら同調していただける真面目な方は、閲覧希望のコメントを頂けますよう再度、お願い申し上げます。神霊に対する敬意、真理を喜ぶ方であれば、特に大袈裟な霊能力は必要でありません。波の女神様のお言葉を借りれば、欲望のまま生きることが描く未来のシナリオを「書きかえたくありませんか?」

 そして「毒鯨」は重要な図表を示唆しています。

「毒」は解くと読(ドク)で、解読の意です。「鯨」9の二乗で真ん中に言霊(数霊41)が位置する九方陣(大マニ)のことです。

2018年の2月22日の「鯨の夢」の記事で、すでに書いていますが、「鯨」という謎かけが共通するという事実により、「お告げ」はARIONのメッセージを受けたものであることに気がつかれるでしょう。

Ohomani

図の特徴

1.  41を真ん中にして縦横斜めの和が全て369(ミロク)になります。縦と横のマスの和も3全て369になります。

2.   赤いマスの数字の和が369になります。

    51+1+71+61+41+21+11+81+31=369 

3.  赤いマスの数字の縦横斜めの和は、123(ひふみ)になります。

  51+1+71=123、1+41+81=123、71+41+11=123

4.  赤いマスの数字の一の位はすべて1です。

5.  真ん中の41以外の向かい合う数字の和は全て82になります。

6.   向かい合う数字の一と十の位を足していくと、すべて1になります。一と十の位を足すのは、数字が九つ揃うと十を意味するので、9で割った余りの数を意味します。

   たとえば6の向かい合う数字は76ですが、6+7+6=19、1+9=10、1+0=1

   12の向かい合う数字は70 なので、1+2+7+0=10→1

   16の向かい合う数字は66 なので、1+6+6+6=19、1+9=10、1+0=1 etc.

7.   赤、黄色のマス目が米の字になっています。→なぜ「四国八十八ヶ所」なのか? の答え

8.   赤、黄色のマス目は全部で33あります。→なぜ「三十三間堂」なのか? の答え

9.  真ん中は41で言霊「ラ」になります。木花咲耶姫は九の花咲くや(八方)秘めで、その花は、さくら(咲くラ)です。

10.  一と十の位の和の図は、真ん中のブロックを例にとると、5+0=5, 5, 6+8=14→1+4=5, 5+9=14→5, 4+1=5などのように全て5になるわけです。他のブロックも九の魔法陣と同様になる事を示しています。

11. 下段右側の図は九つのブロックの数字の和です。

  例: 50+5+68+59+41+23+14+77+32=369

  どのブロックも、百、十、一の位を足すと9になります。

 この図表も「弥勒の花」です。この図においては先ほど引用した語句はこのような意味になります。

「最後の一厘」~九分九厘は、9x9=81の九方陣、一厘を足すと100パーセント「一輪の花」

「グレンとひっくり返る」~「グレン」は9の二乗で81の数霊、「ひっくり」は1(一と十の位を足して1となるブロックのこと、以下同)+9=10で、「かえ」は数霊6と4で、やはり和は10だが数字は1と9から6、4に「変え」ている。しかし、中央の5は変わらない。

「岩戸開き」~「イワト」=5+8=13、すなわち言霊スの扉を「ひらき」は霊ラの気で、数霊41で言霊ラである神を(カ6+ミ35=41)を引っ張り出すこと。言霊スは天御中主神ででわが身の中の魂を澄ませて、輝かせること。その光が言霊ラ。

 

2018年6月14日 (木)

「大量のお告げ」〜9月13日投稿より

投稿日:9月13日(水)  おばあちゃんに大量のお告げが降りてきた

【序その1】

すごい量の内容ですので、先におことわりしておきます。

今回は新たな、難解なお告げも含まれています。

構成は大きくは、

(1)海の神様(の使い)がおばあちゃんにお告げをした理由

(2)「和なる方の使い(神様の使?)」からのメッセージと短歌

(3)つきの短歌とその他の短歌になります。

 

【序その2】

今回おばあちゃんが思い出した事すべては、こんな感じで出てきたようです。

・頭が痛くなり、起きている時に、自動的に口が動いて腹から言葉が出そうになる。

・巻物に書かれた台本が映画の字幕のように頭にゆっくりと流れていき、かつ声で自動的に読み上げられるイメージ。「巻物」は全部で3つだった。

・すぐに隣に来ていたおかあさんに状況を説明し、記録してもらった。

・おばあちゃんが(院内なので小声で)読み上げて、おかあさんが仕事上得意の速記スキルを駆使して起筆。

・その後、言葉が上手く繋がっていないところの穴埋めというか平文化?と、言い回し統一などの手直し、大事そうな所と、短歌のところへの「 」入れを、おかあさんがおばあちゃんに確認しながら実施。なので少しおかあさんテイストが入ってます。

・おばあちゃんによれば、「字幕」にはところどころ漢字が思い浮かんだとの事。思い浮かんだすぐは旧字体や崩し文字だったが、頭の中で現代の字体に変換?されたとのこと。今まで通り、知らないはずの古文の意味も、頭の中で自動変換されたように意味がわかったとのこと。(以前の夢見と同じパターン?)

また今回、本文では詳細は書きませんが、大前提となる話として、おばあちゃん(「和なる方の使い(神様の使い?)」の方からおばあちゃん経由)からコメントが出ています。

(1)今までのお告げは全て繋がりを持っている。

(2)お告げは受け手の方の、それぞれの仕事、役割、土地との繋がり、先祖や守護される者との繋がり、「魂の」経験値により読み方は変わるが、元々幾重にも読めるような内容であり、それでよい。

(3)昔言葉と今言葉が混じっているものもあるが、不統一であるのは幾重にも読めるようにするためのものであり、意味がある。

(4)幾重にも読めるとはいえ、どんな読み方でもよいというわけではなく、それはそれで筋の通ったものが正しい読み方となる。筋の通らぬ誤った解釈は広めてはいけない。

(5)今後必ず、現世人には心を試される出来事が起こる。

そこで誤らないためにも、心ある人は今回の「和なる方の使い」からのお言葉に目を通し、心に留めて頂きたい。

理解できる人、出来ない人、納得いかない人、それぞれいると思うが、私(おばあちゃん)が強制しているものではないので、私からはただ、目を通して欲しいとお願い・お言付けするもの。

そこから先の判断は個々人にお任せ願う。

「和なる方の使い」からも、どうしても理解できない者、したくない者も必ず居る、悲しい事だがそれはやむなし、どうにかするのはおばあちゃんの役目ではない、と言われている。

(6)お告げの内容の全き(完全な)理解は事が現われてからになるかもしれないが、いずれにしても今回の「和なる使い(神様の使い?)」からのお言葉に目を通した者でなくては、「完全に」理解する事は不可能であるとの事だった。

また、お告げは単なる謎掛け遊びではないので、一人一人が内面に意識を集中させる事が大切と言われている。それもあり、お告げはそのまま聞いて誰でも理解できる内容とはなっていない。

すぐわかる内容では、今後出て来る「悪しき心の者(こころぎわあしきもの)」にお告げを利用されてしまうので、それを避けている。

 

【序その3

はじまりは次の言葉で、男女の声が入り混じって聞こえてきた。

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

次に、「たましず、お役大儀。」と、女性の声が聞こえてきた。

(いつもの波の女神様よりも少し低くて、おばあちゃんいわく、「どこかで聞いた事のある、女優さんに似た声」。この女性の声の持ち主は名を名乗らなかったが、何か懐かしい感じがした。)

そして、ここ最近の病気した後の一連のお告げの背景の説明と思われる言葉が続いた。

 

海の神様の使いがお告げをする理由

・海の神様の使い(地元の海の波の女神)は、太古からの大きな津波や荒天の出漁など、海の自然災害や、戦で海で失われた人々の命、子を無くした親、親を亡くした子、愛する伴侶を無くした者たちの願いや祈り、海への尊敬や畏怖から生まれ、大いなる意志から遣わされた力。

・これまで過去にも、受け取る事の出来る力を持つ人間(複数人)に、お告げを出してきて、救う事ができる(救われる)人を救ってきた。

・おばあちゃんにも過去に人間の前世があり、その時それぞれ、約900年前、700年前に大地震の除難のお告げを出した事がある。

その時おばあちゃんの「中身(魂)」は、どちらの時代も、本名ではないが、「珠滴女(たましずめ)」と呼ばれる、地方の、神に仕える仕事をする(官位のある神職ではない)方の娘であり、今のおばあちゃんはその「中身」を引継いでいる。

・今回も「珠滴」にお告げを出してきて、出来るだけ多くの、救う事が出来る(救われる)人を救いたい。

海の神様の使い、その背後にある「あのお方」の、人々を想う愛を素直に受入れて欲しい。受入れる・受入れないは最後は自分次第。

 

「和なる方の使い」からのメッセージと短歌

次に、以前にお告げで聞いた事のあるよく響く男性の声の持ち主からの言葉が続いた。

「我は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第3の使いなり。すなわち、和なる方の使いなり。」

解読その一

「我は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第3の使いなり。すなわち、和なる方の使いなり。」

7のうちの~7、5、3のラインが整う。

1の使いにあたり~7ー1=6より6のこと、6、7、2のラインが整う。

やがて8となり+2=8、2、5、8のラインが整う。

9となりてのち~+3=9、1、5、9のラインが整う。

現れる者のうちの第3の使いなり。~3番目に現れるのは4ということになり、+4=10、6、5、4のラインが整う。即ち和して10になる神の使いである。

「かつてうつつに生ける者より生まれ出た者であり、元は汝らの同胞なり。汝らの心や悩みを理解する者なり。しかし今うつつに、昔より生きたる者はおれど、我の事を知る者は誰もいないであろう。」

「汝らの手の届かぬ大いなる存在、その力であり御方を神と申す。今は汝らの世は峠、綱渡りの中なり。現世は神の世を遅れて反映した世であり、あらかた先の事は決まっているが、上手く渡るか渡れぬかでその先が変わるものなり。神の世と人の世は住む者が違うゆえ、神の世の通りには人の世はならないのであるぞ。」

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

解読その二

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

「あまかがみ」はARIONの解読でわかった月宮のことです。太陽宮の大外枠10が月宮の1にあたり、数霊11になります。従って月宮の大外枠は20ということになり、この二つの図をもってフトマニ(二十真似)です。数霊11は言霊「サ」にあたります。色霊は銀色です。

注;「白や灰色が金属光沢、つまり、強い指向性を持つことで銀色となる。ただし、完全な指向性を持てばそれは鏡面となる。」~wikiediaより引用。

Futomani_3

 

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

「天の鏡に映しだされる現世の現象には仕組みがある。現世の気(け)のものである数字を集めて、先に(「サ」の気に謎掛けしている)に回転。」という意味になります。

この「先」は色々な事を示唆しているのですが、わかりやすい部分だけを書き出します。

(1)言霊サが数霊11、言霊キが数霊10なので、この2つの図のことを示している。

(2)先に天界で起こった事が、地上界に現象として反映されるので、歌には「うつつの世は、天界の絵巻物。」という意味もあります。

(3)一から十まで、人の道を経て御霊磨きの進んだ人は天界に昇る事ができる。(仏教では、ブッダになった人達を「さきがけ」と言います。)

「仕組み」を、4、9、3に置き換えると4+9=13より言霊スを体感した身(3)という意味が出てきて、神(天御中主、人の中にある真の主)に至った人、仏教的には悟った人という意味になります。

全体としては、4+9+3=16となり、数霊16からは「気合い=キ(10)、ア(1)、イ(5)、数霊を足すと16」、という言葉が導かれます。数霊16は神の気が入ることを意味します。

また、数霊16は言霊は「タ」にあたり、音図を示しますが、人は何かをする時に「ター」と気合いを入れます。

ここでようやく、【序その3の意味が解釈できそうです。

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

最初の「ひらく」は1から9までの太陽宮の事(9と10)、次の「ひらくぞ」月宮の事。「かぎひらく。」は鍵は回転して開くの意味。

「いぶきふきたち」~言霊「イ」は風の要素であり創造神の気が立(数霊16)ち昇る。

「いわといわとを たたかはせ」~中央の5と周りの八つの数字からなる岩戸である太陽宮月宮を検討して照らし、数字を交わらせ、

「はなをもさくや、さかざるや」「はな」は8+7=15で、足して15のラインが咲き揃うかどうか

「いずるおしらせ みなしらせ」~鏡面の配置なので、二つの音図の同じ位置にある全ての数字が足すと10になる事を皆に知らせなさい。

「つぎのきしべへ はしわたせ」~次の岸辺である月宮「キ」(10)と「シ」(15)の「ベ」(部分)を(太陽宮と照らし合わせて)橋(端の数字と掛けている)を渡しなさい。(「ワタ」は和する音図、「セ」は瀬で数字の流れを謎かけしている。

「汝らの世の儚さを知るべし。今のうつつに生きる者は、既に空の果ての星々の世界の事を知っていようが、その中にあり、この世にいのちが生じ続いている事の有り難さ(…注;有り得ない、奇跡というニュアンス)は理解できるはずである。」

「汝らにこの先の事を知らせたいが、我も全てを知るものではないし、からくりの全てを知らせる事までは出来ない。」

「あのお方が皆を捨て置かない事を皆に知らせるためにも、我からもあのお方に乞いて、波響姫(なみのひびき)とともに、わかりづらくとも歌やカタ(型)にて残させたもの。」

「幾重にも重なる意味なれど、理解に努めれば、心構えし、心に火を灯す機会となろう。うつつのしるし(印)で気づく事も出来よう。ただし、歌を解き明かす事に知恵を絞るだけでなく、次なる方の言われることを理解し守るべし。」

「汝らがこの言付けを守ることが、汝らが生きるうつつを守る力を、天つ(津)の方々より呼ぶ。これが、しるし(印、知るし)を理解するよりも誠に重要な事なり。」

「いずれ先には光の御代待ちたり、悲しむことなかれ。しかし大峠では越えられぬ事になるかもしれぬ。みちえらびに残されたる時は少ないと思え。」

「正しき道を選べば、関(関所)から遠回りの道にて、関は遠くに。峠の坂を転げれば、関に近い道ゆえ、関はすぐそこに。関のお取調べ、誠に厳しきものなり。お取調べ近ければ、救われるたま(魂)少なし。まだまだ準備が足りぬ。正しき道選び、その間に魂磨けよ。」

「あめつちの しくみやはげし ねのとせき はるけしほどに はげしけれども」

解読その三

「あめつちの しくみやはげし ねのとせき はるけしほどに はげしけれども」

 

まず、数字を追ってみると、

 

「あめ」はアの目で1、「つち」は、2と5、「しくみや」は、4、9、3、7、8、「はげし」は8x8=64、ねのとせき」は6+4=10より導かれた10x10=100、はるけしほどに」は8の気、言霊しは15なので、足して15になる8、5、2を指す。はげしけれども」は8の下の4という意味なので、8=4x2を指す。

内容の意味は、天と地の仕組みは激(はげ=8の気の二乗で数霊64→出るの言霊「デ」)で、次の積に掛かる)しい 。音の十とその積(10x10)である百ほどに 激しく隔たっているけれど。

「しくみや」は「4+9+3+8=24」より次に出てくる数霊24の言霊「ネ」を導く。

当然、この歌はおばあちゃんを媒介に言霊がお口を通して神の言葉がでてくる時の激しい状態も示しています。本当にご苦労様です。神霊の感化を受けるだけの私でさえ、激しい頭痛と脈の圧迫があります。私の解読でわかる内容より神の降ろされた言葉の背後にある波動を感じる事の方が、よほど御魂磨きになりますよ。

 

メッセージ その2

(ここで一旦、おばあちゃんが放心状態になり、しばらくして言葉が出てきた。)

(「和なる方の使い」の声とは別の男性の声が聞こえた。一転して漢字のみの文章が頭に浮かびあがるが、言葉は自動的に?現代語訳された言葉が出てきた。)

和せよ、和せよ。

大いに和せよ。

神とも和せよ。

和が御代への一番の近道。

元の世のあるべき姿。

和とは静ではない。動を押さえるでもない。

和という括りの中に、静も動も在るものである。

和して先、諸々産み出されよ。

己が何者か、問うて生きられよ。

己よりも大きな存在に気付かれよ。

我が身を省み、謙虚であれ。

心を磨かれよ。

神を心の真中に、腹におけば、心静まる。

常より神に見られていると思え。

内なる神により自ら律されよ。

自らの静動を内なる和なる神により律されよ。

内なる神は自らの行い次第で外なる神より御霊分けられるようになるであろう。

外なる神を見誤らぬよう、気を付けられよ。

いずれ皆の前に試しが現れよう。

ダマシの偽神憑きたる者、現れよう。

偽神は人前に現れるが誠の神は今は姿見えぬ。

偽神を崇めるなかれ。

神の序列を人が論ずるなかれ。

偶像崇拝をするなかれ。

神の名の下に自らを選ばれた者と思うなかれ。

使いを受けたものはお役をしているだけなり。

神の名の下に商売をする事なかれ。

使いを受けたものは言葉を広めるのみである。

己を広めるものではない。

神の名の下にいたずらに群れる事なかれ。

心が群れる、心ひとつにはよし、一人一人役目あるから、体はそれぞれ別々の事をされよ。

心はバラバラ我良しで四散し、体だけ群れて団となすのは、ただ毒となるだけなり。

和せよ、和せよ。

我良しは悪、皆良しは善なり。

我良しの悪を皆が剋せねば、和は訪れず。

元の世のクズレで、汝らは生きんがために、我良しの悪の種を腹に入れてしまった。この先も我良しが汝らを苦しめるだろう。汝らが救われるには自ら我良しの種を吐き出す事なり。

皆良しの実を求め腹に入れよ。

皆良しの実、姿形は美しくなく、口には苦けれど、腹には甘く、物事良く見えるようになるぞ。

我良しの種、身体の外に出るぞ。やがて身体も心も強くなるぞ。

汝らのチカラはバラバラじゃ。

弱き者、強き者、やり方それぞれ。

ご苦労、お役目もそれぞれ。

できるところからでよい、はなから完全でなくてよい。

その足で一つずつ山登れ。

できぬできぬと言い訳を自分で作ることなかれ。

まずは喜怒哀楽、人は人らしくあってよいが、謙虚であれ。

我良しのう(無く)する山の頂を目指す事だけは忘れるな。

容貌も言葉も考え方も違えど、内なる神の愛の種は同じ。

人はみな同胞(はらから)なり。

同胞ならば助け、助けられよ。

同胞の苦しみを知り、己の苦しみを伝えよ。

同じたね(種)同士で争う事の何たる愚かさよ。

同じ同胞を、敵と思うは自らの内で敵を作るからなり。

敵は己より出ずるものなり。

己の思いと異なるもの、敵と思うからなり。

己の思いと異なる者は、己が持っていない物を持っている者とまずは尊重できないからなり。己が正しいと思っていても、己は全き者ではないではないか。

腹立て合うことなく、お互いの思いの裏にあるものを理解し、お互い、もしくはどちらか一方が傷つく事が無いように考えよ。

お互い痛み分けも答えなり。

知恵を使え。和せよ。

我良し無くせば、敵も無くなるぞ。

和さねばこの先、汝らの大いなる柵(しがらみ)にどうやって太刀廻るつもりか。

だが、今うつつ、光あれば影ある世界ゆえ、明らかなる善悪はあり。

和する心を我良しの悪しき思いで悪用するものは悪である。

その悪は悪と思うてよい。

腹に入れ大きく包み込むことができるものなのか、腹下しの毒になるものなのかは見極められよ。

和すができぬならば、大人しくこれからうつつに起こる事を受入れよ。

汝らは自らで自らを消すであろう。

大いなる親は悲しいことこの上なし。

一時は苦しい事になるが、そのあとは善悪なき光の世界来たり。

悩めることも無くなるものなり。

和せよ、和せよ。

うつつの物は皆、神からの預かりもの。

汝らの体も。

全てを大切に扱え。

全てを大切に扱う事が汝の心の滋養となる。

神を心の真中に、磨け。

石を磨いて玉とせよ。

和す事判りたら、神祀ってくだされよ。

子を持つ親であれば、子にも皆良しのこと、神を心の真中におくこと、教えてやれよ。

穢れが積もる前の純粋な子の心、大切に護ってあげなされ。

子、関のお取調べでも救われるぞ。

子は我が子の事のみでないぞ、我子も大切、他子も大切なるぞ。

この通り、お頼み申す。

 

次の短歌 その1

(またおばあちゃん、放心状態になり、しばらくして言葉が再開。)

次に、これまでとは別の、少し甲高い男性の声が聞こえた。

「これより詠むは、つきのうたなり。よいか、仕上げは先に一巻きぞ。」

「きたにはたから、ふた、たり、なり。みなみのたから、ふた、ここ、なり。ひがしにし、いつふたやにていずる。いまうつつ、みかづきやのいし。きたはおか、みなみはしま。」

(男性の声が急に低くなった。)

「犬啼く庭に連れ立つ金の鳥二羽、舞い来たらやしろに気を付けよ。」

「蛇の住処の中に犬に追われた鳥が見つかったら、チの嵐は一時止むであろう。」

このままいけば、申す通りになるぞ。

心入れ替えねば、申す通りになるぞ。

いよいよお土も海も生まれ変わる時ぞ。

人も我良しから生まれ変わらねばなるまいて。

たとうならば。

虎の頭に龍の体、鳥の尻尾、永き獣に苦しめられん。

天地鳴動、火に水に。

風も痛し、食うもの少なし。

天駆ける星に得体の知れぬ病。

国々それぞれに悩ましき事現る。

このうえ戦して如何にするつもりか。

現世に根の張る網、ちょいと悪繰りすればすぐ混乱。

あれよあれよと大逆転。

これだけではないかも知れぬぞ。

これを汝らが欲するや否や。

災いがいつ来るか、今か今かと気に病む愚かな心は捨てよ。

我良しの心のままでは、やがてその思い、災いを望む心に代わるぞ。

災い望めば早くやって来るぞ。

やって来てから後悔する事の愚かさよ。

災いの来たるを使いで知らすのは、汝らが自らを省みるきっかけとするためである。

そして時間が無い事を知らせるためである。

外国も災い、ここも災い、どこにも逃げられん事になるまでに己を省みないものは、それまでであるぞ。

もうお終いと捨て鉢になり諦めてはならんぞ。

省みれば、救いの道開けるぞ。

汝らの願いの力はかようなつまらぬことに使うでないぞ。日々無事の祈り、汝の子供たちが健やかなる事への願い、明日への願い、善き願い、受けたいものぞ。

珠滴日々ご苦労ぞ。

解読その四

「これより詠むは、つきのうたなり。よいか、仕上げは先に一巻きぞ。」

「きたにはたから、ふた、たり、なり。みなみのたから、ふた、ここ、なり。ひがしにし、いつふたやにていずる。いまうつつ、みかづきやのいし。きたはおか、みなみはしま。」

「きたにはたから」太陽宮の北にあるマス(田)は1、「から」は空色の6。ふた、たり、なり~「ふた」の2と足して10になるのは8。ここで、6、1、8のラインが揃う。

「みなみのたから、ふた、ここ、なり」~南の宝(多く数例のこと)は、2、9、そして空(から)の6と足して10になる4。

「ひがしにし」の示す3と7は「いつふたやにていずる いまうつつ」は、5、2、8のラインの5によって「い(言霊イ)ずるいま(真ん中の5。)によって位置が定まる。

「みかづきやのいし」「つきのうた」なので2と2の3乗の8、「いし」は5+4=9より宝である数霊のことである。北に置か(おか)れるのは言霊「カ」である6、南には「しま」である4のマス

「仕上げは先に一巻きぞ」

 

「仕上げは」太陽宮の最後の数字9の場所に、「先に」は言霊サ数霊11を意味する「一」=1が来るように太陽宮を、「巻き」=回転させて月宮を示しなさいという意味。また、「一巻き」は1+5+4=10も示すので、足して10なるようにという意味も含む。

 

「犬啼く庭に連れ立つ金の鳥二羽、舞い来たらやしろに気を付けよ。」

3xeto

「犬啼く庭に」~6、7、2、8

「連れ立つ金の鳥二羽」~2+7=9、「鳥二羽」は十理で7+3=10、2+8=10のこと

「舞い来たら」~「舞い」は真ん中の5、「来た」は、北で1

「やしろに気を付けよ」~「や」8、「しろ」は白で1、「気を付けよ」は黄色の4

これで数字は揃うのだけど、これ以外の意味はここでは書けません。理由は次回の記事で説明させていただきます。それより、解読以外のオリジナルの文章をよく読んで頂ければと思います。

「蛇の住処の中に犬に追われた鳥が見つかったら、チの嵐は一時止むであろう。」

「蛇の住処の中に」~巳(み)だから数霊4、は5

「犬に追われた鳥」は6なので、6+4=10(十理)

「チの嵐は」~5(ち)=1(あ)+4(し)

一時止む」「 一時」はそのまま1、「止む」は8、6

次の短歌 その2

(更に、別の甲高い女性の声が聞こえた。)

神の愛はいつもあなた方に届けられている。

昼に輝く日輪の如く、夜に輝く月の如く。

気づいたものから幸せになれる。

気づいたものから理(ことわり)に和せる。

神に感謝なさい。

愛する人に返歌を送るが如く。

互いを想う親子の如く。

神の示す御心は、寄せては返す波の如し。

「うみなげど かみのみこころ なぐはなし よせてはかえす みなみのごとし」

歌のもう一つの意味も考えなさい。

おおきみはおっしゃられる。

早く目覚めなさい、愛しい我が子らよ。

苦しむ姿を見たく無いが、もう甘やかし続ける事も出来ないぞ。

解読その五

「うみなげど かみのみこころ なぐはなし よせてはかえす みなみのごとし」

「海は風が止むことはあるけれと 神の御心の止むことはない。寄せては返す 南風のように」

もう一つの意味:

「うみ」の3、「なげ」は7の気、「かぜ」は5で、中断する事がある。7+3=10より「かみ」、「みこころ」は3、9、6で、弥勒である救世心を、「なぐはなし」投げだすことはないの意味だが、7と9和は16で、1と6を示唆する。「なし」は7+4=11→1+1=2を導く。

「よせてはかえす」は「よ」は4、せは数霊14で返すより414の並び。「みなみのごとし」は373と二つの数字の並びのように。

 上記の11が出たところで、月宮の1も指しており、太陽宮の414の配置は、月宮の696にあたるので、それぞれ裏表の数字の和が、4+6=10、1+9=10で10になることも指している。さらに、3の裏は7、7の裏は3で、表裏の数字を足すと10になる太陽宮月宮の関係も示している。

最後に、「和なる方の使い」とは別の、優しげな男性の声が聞こえた。

 

珠滴女(たましずめ)よ、魂鎮め(たましずめ)よ、ご苦労であった。少しの間ですが貴女を休ませよう。よく休みなさい。

「きざはしの たましずのきみ におろせど つぎはかすみか たまうみのきみ」

「つぎなるの つきかげくらみ きえゆれど あかりともせば みよはかかやく」

「かむろやま いわにさきたる ひがんばな つきにうつくし うえにもあかし」

「お囃子が聞こえる、潮と花の香りが混じっている、あと木と土の匂い、これは山の匂いがする」とおばあちゃん。

(ここで終わりの様子。おばあちゃんは「あー終わった」といって両手を合わせてお祈りをした後、ベッドに横たわりぐったり。そのまま寝てしまう。)

解読その六

「きざはしの たましずのきみ におろせど つぎはかすみか たまうみのきみ」

「きざはしの」~端に座す太陽宮の2、8、4、6の気に護られた

たましずのきみに」~中央に鎮る5のこと

「つぎはかすみか」つぎ月宮のこと、かすみは数霊6+13+3=22、そうフトマニのこと。

「たまうみのきみ」~天の3、6、9の中央に鎮る5の君

3、6、9は太陽宮の海も示している。そして月宮の3、6、9は、太陽宮の7、4、1を補足する。

意訳:天と地の階段(架け橋)のお役目をされる珠滴(たましず)様に言霊(元のエネルギー)を言葉に降されるども、次は霞みのような月宮を示してフトマニを完成される言霊「弥勒」の君。

「つぎなるの つきかげくらみ きえゆれど あかりともせば みよはかかやく」

「つぎなるの」~太陽宮の2の倍数である2、8、4、6は、

「つきかげくらみ きえゆれど」~「つきかげ」は2+7=9、「くらみ」は9、41→4+1=5、3、「きえゆれど」は黄色の4、3+4より「ゆ」は夢(ユの目)の7。

「あかりともせば」~色霊赤の2と足して10になる8があれば

「みよはかかやく」~8の下のマスの3と4が、「かかやく」は6+6=12→1と2が導かれ、6、1、8(や)のラインが整いつつ、1+9=10の神が顕現する。

意訳:次なる月宮の影(鏡面に映る図)は、暗くて見えないけれど、和して十になる神の光を灯せば、地上の世界も輝くだろう

「かむろやま いわにさきたる ひがんばな つきにうつくし うえにもあかし」

「かむろやま」~神々が集まる山の意だが、「かむろ」が、6、6、6を表すので、弥勒の3、6、9のこと。

「いわにさきたる ひがんばな」~5、8、3で、彼岸で死の4、花は8と7、7が出れば彼岸である月宮の3の位置にあたる、

「つきにうつくし」~上のように導かれた月宮の3、及び2、9、4で「うつくし」

「うえにもあかし」月宮の上段が揃って、鮮やかになったの意味。

意訳:神々が集う山の岩に咲いている彼岸花は、月あかりに照らされて天上から見ても鮮やかだ。

 神室山(かむろさん)は秋田県湯沢市と山形県新庄市、金山町の県境・市境上にそびえる山で大物忌神(おおものいみのかみ)が宿るとされている。饒速日尊のことである。修験道の霊場でもあり、これは.修験道の開祖とされる猿田彦神と被る。

終わり。

2018年6月10日 (日)

9月7日投稿より 浜辺に聞こえる曲

投稿日:9月7日(木)  浜辺に聞こえる曲

2つ目の夢見です。今日9月7日は、漁師をしていたおじいちゃんの命日なのですが、夢の中ではまだおじいちゃんが生きていて若く、漁に出る前、海で見送りをする景色から夢が始まったそうです。

・船着き場で船を見送り後、上にあがってほこらでいつものようにお祈りをしていると、急に浜の方が光ったので、何ごとかとあわてて浜の方へ下りて確認しに行った。

・浜に下りる階段の前に到着すると、浜の光はおさまっていたが、それまで空に出ていなかった明けの明星?が急に強く光り、出ていなかったはずの月も、満月になって現れて光りだし、月明かりに照らされてすぐ下の浜辺に女の人がこちらを向いて笑って立っているのが見えた。

・女の人は黄色っぽい着物を着て、綺麗なかんざしで髪を整えていて、いつもの波の女神様とは少し違った感じに見えたが、雰囲気は同じだった。二股に分かれた笛で片方に弦が付いた、見た事の無い楽器を持っていた。

・次の瞬間海から風が吹き付け、おばあちゃんは浜辺に瞬間移動したように立っていた。女の人はいなかったが、やわらかい気配を感じた。

・木琴と弦楽器と笛のような音色で、少し明るい感じの祭囃子のような曲がかすかに聞こえ、それに乗って耳元で女性の歌声が繰り返し聞こえた。しばらく音楽が続き、歌が終わると子供の笑い声がして、潮とキンモクセイのような香りの風が吹いて、夢が終わった。

・歌詞の内容

 

『しまがうまれて ひだりみぎ ひつじがはるで なつはさる』

『ゆれてまわって ふゆすぎて とりがないたら よがあける』

『なにもせんでは くらいみち みなでてらして たがえるな』

『ひとのふりみて わがふりなおせ ひとのよきこと われまねよ』

 歌詞の解読に入りましょう。

「しまがうまれて ひだりみぎ ひつじがはるで なつはさる」

「ゆれてまわって ふゆすぎて とりがないたら よがあける」

「なにもせんでは くらいみち みなでてらして たがえるな」

「ひとのふりみて わがふりなおせ ひとのよきこと われまねよ」

 ここで三方陣に方角と干支を照らした図を掲載します。ある閲覧者の方とのメールのやり取りの中で作ったものですが、ここで役立つとは思っていませんでした。

3xeto

 

「しまがうまれて ひだりみぎ ひつじがはるで なつはさる」

「しま」は「し」4、「ま」は5

618

29

「うまれて」の「う」は卯にあたる3を指し、同時に4の左隣の「午(うま)」の9を指す。「ひだりみぎ」は図表の数字を左、右の順番で追っていきますよという意味。

618

「ひつじがはるで」~「ひつじ」のあるのは2、「はる」は、3の上の8を指し、同じく2の「さる」の上はなつが指す7である。ややこしいが、実はひつじの「ヒ」は8の左隣の1も示している。

「ナツ」には、7+2=9の数式が隠れている。そして、「ヒ」を1と取ると8+1=9の数式も出てくる。

18

「ゆれてまわって ふゆすぎて とりがないたら よがあける」

「ゆれてまわって」~数字を追う目線は左右に揺れて回って、「ふゆ」はフで2ユは夢のユ、あるいは喩が示す7。

「とりがないたら」とりは7、ないが6を示すが、十理が成ったらという意味でもある。

ないは「いぬ」に掛けてもいる。

よがあける~宵闇色の7と、その向かいの数字である朝日のオレンジ色の3で、3+7=10で、すべての数字も揃って、十理は成った。なお、3は2度出てくるが、3x3=9マスの魔法陣を示している。

「なにもせんでは くらいみち みなでてらして たがえるな」

「なに」は、7と2、「せ」は数霊14なので2x7=14の数式が隠れている。

くらいは「く」は9、「い」はここでは「いち」の1、言霊「ら」は数霊41で、先ほどの14のうら返しであり、4+1=5を導く。

「みな」は3と7で十理を示唆する。言霊「て」は数霊19で、先ほどの1と9を補佐する。3+7=1+9=10である。

753

「てらして」~ここまでを図示すると再びの字が照らされる。

「たがえるな」は「くい違いの無いようしなさい。」という意味だが、「田である音図を間違えないように」と謎掛けしている。

言霊「ら」は数霊41で、神~「カ」(6)と「ミ」(35)を和すると41、米~コ(7)と「メ」(34)を和すると41なのは偶然ではない。神は「*」ひかりなのだから。

「ひとのふりみて わがふりなおせ ひとのよきこと われまねよ」

これはこのままでもごもっともな意味が通るが、こんなところにも言理、数理が隠されている。

「ひとのふりみて」「ひと」は十、言霊「フ」が数霊28なので2と8に割り振って見なさいの意味。「ふり」は10を示している。

「わがふりなおせ」~和が「ふり」である10の意を示しながら、「な」が7、「お」が2、「せ」14なので、7x2=14を導き、言霊「フ」は二倍の28になることを謎かけしている。そして2と8を足すと10である。

ひとのよきこと~言霊ヨが数霊37なので3と7を割り振りし、10=3+7を導く。

「われまねよ」~言霊ワが数霊46なので、4と6に割り振りし10=4+6が導かれる。「まね」とは足して10になることを真似なさいという意味と、真ん中の音(ね)である5を示す。

 今回は、物凄い変化球と応用で、難しいと思いますが、前回の言霊・数霊照合表を見ながら、楽しんで、言霊、数霊の原理を少しずつ覚えて頂ければと思います。日本の神々はそれをお望みです。

 言うに憚ることを一つだけ明かしておきますと「サナル」は、素盞嗚尊とそのお働きである弥勒(3の倍数である3、6、9)を示しています。そして素盞嗚尊が海神の数霊8なので、金比羅さまの別名もある数霊9の饒速日尊が大きく関わっていることを言っておきましょう。8の隣でありやがて、十となって、数霊11を導びかれた饒速日尊は素盞嗚尊の御子息であり、ヤマトの初代「スメラノミコト」でいらっしゃいます。名前は「トシ」で、「年が明けたら」トシが明らかになったらの意味もあります。

 キンモクセイのような香り」ですが、金木犀で有名な神社があります。静岡県三島市大宮町にある三嶋大社(みしまたいしゃ、三島大社)です。ここの祭神は大山祇(オオヤマヅミ)命ではないかと言われていますが、それは、饒速日尊の別名です。奈良には彼を祭る三嶋神社があります。金比羅とは平仮名のことです。

 また、「みひろん」さんが、三重県鈴鹿市にある椿大社(つばきおおかみやしろ)に祀られる猿田彦大神についてどこかで話しておられましたが、これも饒速日(にぎはやひ)尊と重なるところがあり、同一人物ではないかとの説もあります。八衢(やちまた)の神とも言われますが、これは米の字のことでしょう。ツバキは、2、8、5(木の緑色)とも、2+8=10の気とも取れますから、オタマノヤシロ、言霊の置かれた社の一つである可能性が高いです。

 ここにあげた二つの神社の地名が三島、三重と3がつくことも注目されます。

 もう一柱の神様をあげておきましょう。ホツマツタヱの中で「人(十)は神。」と言ってのけた日本武尊(やまとたけるのみこと)です。素盞嗚尊から受けついだという草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)が有名ですが、これが九つのマス、3、7の気(3+7=10)と読めるので、白鳥(十理)神社など彼を祀る社も注意が必要です。

 実は5月17日の「オタマノヤシロ」の記事は、このブログの369件目の記事でした。また、今思い出したのですが、この日付は私の先生だった日輪師(大本の出口王仁三郎聖師から弥勒の流れを受け継ぐ方の一人)の誕生日でした。この数字には5、6、7が見え隠れしていますが、この数字の並びも大本教の流れをくむ人々には、弥勒のことだと伝わっていました。「おばあちゃんのお告げ」も私の解読も弥勒「救世の働き」なんですよ。

 最後に、饒速日尊はあまり知られていないので、歴史的背景を語るARIONのメッセージを引用しておきましょう。きっと皆さんは大変驚かれるでしょう。

 ARION語録  24

 光よりの光、オリオンの神の座よりの一条の光として来りて伝える、我が名はアーリオーン、愛と光の天使

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 私達の秘密としている情報を少し話そう。それは、この日本の神話だよ。日本書紀や古事記、いわゆる記紀は後の世の為に編纂されたもので正しい歴史書とは呼べないんだ。

 まず宇宙には『アメクモ族』と呼ばれた種族が居たことから話そう。彼らは、あなたがたの居るこの銀河系に遥かな昔にやって来て色々な惑星に植民していた。彼らの目的は『人型種族の繁栄と進化』だった。多くの惑星での入植、人種混合そして人型種族の進化を担ってきた。彼らの足跡は『モノリス』によって辿ることができるよ。地球にもやって来た、それは遺伝子操作によって地球原人が発生した後だけどね。他にも宇宙から植民した人型種族は居たけれど、今の段階では私達の流れを話すのが筋だから、他の種族については語らないこととするよ。

 アメクモ族は今で言うアジア中央高原に降り立った。そこから多くの国に向けて陸路と海路で渡って行ったんだよ。この種族は後の世にアメクモ族の名前を残す為に自分達の名前に『アメ』『マ』、つまりAとMで始まる音を配したんだよ。エジプトに伝わった名前にもあるね?キリスト教では最後にアメンと唱えるね? 日本では『アメノ…』という名前が多いね?ラテン語に至っては『アモール』は『愛』の言葉だ。みんな『アメクモ族』の印だよ。

 さて彼らは日本に向けても陸路と海路で渡って行った。(紀元前の話)スサノオとその父フツの曽祖父に当たる男は海路で行くグループの首領だった。陸路で渡った仲間は先に日本に到着した。海路で渡った仲間は東南アジアの島々で数々の仕事をこなしてから朝鮮に渡り休んでから日本の壱岐対馬に渡り、その後出雲に住んだ。

 スサノオの父フツは出雲でスサノオを生んだんだよ。陸路で先に入っていた仲間はイザナミ・イザナギと呼ばれる人々が有名だね? 彼らはヤマト原人を制定し、九州に強い国を築き始めていた。そして海路のグループが携えて来た、いわゆる『十種の神宝』を要求していた。何故ならば、この神宝を持つ者が日本のスメラとなる事が決まっていたからだよ。

 アメクモ族の当初の予定では陸路と海路との両方のグループが協力して、日本を制定し文化と人類進化の為に邁進する筈だったが、陸路の仲間は自分達の権利を優先したい為に協力を断る者も出て来たんだよ。

 そこで首領の血を引くフツはスサノオを諸国制定の雄として送り出すことにしたんだ。その頃、九州にはイザナミ・イザナギの国があった。彼らの長女はアマテラスという名前の、たいそう賢く強い女性だった

引用者注;  

このアマテラスは天照大日孁尊(あまてらすおおひるめのみこと)別名「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)」のことと思われます。

 フツの死後、スサノオは彼の器量を全て受け継いで生まれた第5子のトシを伴い九州を制覇にかかっていた。イザナギ・イザナミはスサノオの強大な力と知恵に恐れを成して、娘であるアマテラスをスサノオに差し出すことによって同盟を申し出てきた。アマテラスは既に結婚してはいたが当時には一夫一婦制の掟はなかったのでスサノオとの婚儀には問題はなかったんだよ。

 スサノオ、トシの親子は九州を制覇し瀬戸内海沿岸を制覇した。成人し経験を積んだトシはオオトシと呼ばれる様になっていた。既に年を取っていたスサノオはオオトシに『十種の神宝』を手渡し、ヤマトの国に入る様に伝えた。

 ヤマトの豪族ナガスネヒコはスサノオ親子との親睦を深める為に、彼の妹をオオトシに差し出した。オオトシはヤマトに入り実質上の日本の王となる為に、名前を変えた。『オオトシ(大歳)』から『アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト(天照国照彦天火明櫛玉饒速日命)』と変えたんだ。ニギハヤヒは奈良に入りヤマトの王としての地位を確立したんだよ。彼の御陵は三輪山なんだよ。三輪山はピラミッド建築になっているよ。

 そして今、あなたがたはこの日本での『アメクモ族』の2000年統治の証としてのモノリスを振動させるんだよ。これはその時になったら詳しく伝える予定だけど、実際に黒御影石を使ってモノリスを建造する時期になったんだ。大きさも形状も決まっているし、場所も決まっているけれど、これは芸術品として売買できるものでは無いので、その点を考慮して建造されなくてはならない。このことは、いずれ実現されるだろうとしか今は言えない…

 

        ---ARION,O∴O---

'89/11/15 01:39

2018年6月 8日 (金)

9月7日(木)投稿〜 「新たに3つの短歌」より

投稿日:9月7日(木) 「新たに3つの短歌」より抜粋

今日(7日)の朝、病院から、おばあちゃんの調子があまり良くないとの事で連絡があったので、先にわたし一人で、昼過ぎにおばあちゃんのところに行って来ました。

おばあちゃん、今日は手術跡が気になり少し調子が悪く、明け方からほとんどベッドで寝ていたみたいでしたが、頭は痛いけどとりあえず大変なことになったわけではないようで(むしろ記憶力が増して頭がさえているそうです)、夢の話をしてくれました。

昼前まで寝ていた時におばあちゃんは再び、女神様?の夢を二つ、見たそうです。

●またまた、鳥居前の短歌

 

この前、短歌を2首聞いた時と同じ状況で、明け方に新しい短歌を3首、聞く夢を見たそうです。

また目の前に鳥居が現れて、おばあちゃんはそこに立った状態で短歌を聞き、聞き終わると1度目の夢見が終わったそうです。

・霧で前が見えづらい中、鳥居が現れ、澄んだ女性の声で最初のは3度、後の2つは2度、短歌が聞こえた。聞こえ終わると霧が晴れて、夢が終わった。

短歌は、

「かんすばる さくらさきたる あさまかな ちるははかなし いずるはうれし」

「ねぎられよ みつちつかわす くものひや かみかぜふくや きくはほらのね」

「ときつかみ あめよりいずる おきつふね みたまわしたる はごろもうれし」

次回へ続く

*     *     *     *     *     *

 

 

ここから、短歌の解読です。

「かんすばる さくらさきたる あさまかな ちるははかなし いずるはうれし」

「かんす」は神の住で10のこと。ばるは晴れるで、日に青いと書くので、4(日=黄色の太陽)+6(青)=10(神)を示す。

「さくらさきたる」~さが2回で、3x3=9の数式を満たす。

「あさまかな」~言霊「あ」は数霊1で10-9=1で導かれる。「さ」は3なのだが、「かんす」の言霊「す」の数霊13にも掛かっている。「ま」の5を真ん中にして、「な」は7なので、10=3+7を示唆している。

「ちるははかなし」~中に留まる5(地)は、足して10なる相手がなくはかない。

「いずるはうれし」~真ん中5の外にある数字は、足して10になる相手がいるので、うれしい。

次の短歌です。

 

「ねぎられよ みつちつかわす くものひや かみかぜふくや きくはほらのね」

「ねぎられよ」~音を区(9)切りなさい。

「みつち」~3、2、5を使って和すと10が導かれる。そして、2+5=7、10-3=7より、3の向かいにある7も導かれる、

「くものひや」~9-1=8を示しながら、九の数霊を盛る霊家、外枠は10を意味する三方陣のことを言っている。

「かみかぜふくや」かみ10、かぜの言霊「か」は数霊6にあたることから、「せ」は、瀬で、足して10になる流れである4を導く。「ふく」は、9と2で、下段の4、9、2の並びを補佐し、2を出すことで、足して10になる「や」である8を導く。

「きくはほらのね」~言霊「き」は数霊10にあたるので、「きく」は数霊10を表す九つのマスという意味でやはり三方陣を意味する。「ほらのね」は足して10になる数霊たちの穂の音である。

三つ目の短歌です。

「ときつかみ あめよりいずる おきつふね みたまわしたる はごろもうれし」

「ときつかみ」は時(十期)を司る神の意だが、ここでは「つかみ」より2、6、3を示し数式2x3=6が隠されている。

「あめよりいずる」の「あめ」は「アの目」で数霊1、「出ずる」は言霊イで数霊5だが、雨は空から落ちるので、図の上段で空色の6ー1=5より導かれる。

「おきつふね」は通常は、沖の船という意味だが、言霊オ「つ」また「ふ」音が示す数霊2を示し、三回使われているので、2の三乗である8を導く。ここで、2、5、8のラインが整い、2+5=7で、7が導かれる。「みたまわしたる」の「み」で7、5、3のラインが整う。

「つ」は津で「船着き場」の意味がある。「船着き場」である真ん中の5から見回す「はごろも」=八つの数字はさぞかし楽しいだろう。

 このブログに初めて来られた方は、『言霊「カ」は数霊6にあたる』とか『言霊「キ」は数霊10にあたる』など、何を言っているのか分からないと思いますので、過去に古事記を解読して作った言霊・数霊照合表をアップしておきます。

 照合表の解読の過程は、左側中段のカテゴリーの 数霊、言霊 よりご覧ください。

 

Kana_2

2018年6月 6日 (水)

みひろんさんの投稿抜粋その1

 この辺で、7/20~9/2/2017の「みひろん」さんの投稿より、おばあちゃんが直接おっしゃったことを中心に抜粋したものを掲載しておきます。

 私の役目は言霊による解読だと思いますので、こちらのブログには解読したものを公開していきますが、全体の流れを把握するため、少しずつ投稿のまとめも適宜、アップしていきます。すでに解読のため引用した部分は青字にしておきます。

投稿日:2017年7月20日(木)

わたしのおばあちゃん、今入院中なんですが、昨日お見舞いに行った時に不思議な事を言っていました。

夢の中で海から神様?が出て来て、年が明けて「オタマのヤシロ」がれたら波が襲うから、船に乗るなと言われたそうです

おばあちゃんは東海地方の海沿いに住んでいて、おじいちゃんは漁師をしていました。

オタマのヤシロが何かはわからないそうです。

投稿日:7月23日(日) 追加情報

(1)オタマのヤシロは、おばあちゃんの直感では、オタマは地名か神様か神社、寺社か祠の名前の一部で、何かその地元の方がそこを呼ぶ愛称のようにも感じた。

(2)おばあちゃんの地元にはそういう名前のところはなく、どこか遠くにある神社か祠のように感じた。

(3)オタマのヤシロが崩れたら波が襲うから船に乗るな、の後に、「隣の繋がりがあるサナル?の神様のいる所は大丈夫」、と言われたのを、(わたしに言っていなかったのを)思い出した。

ちなみに、サナル、という名前?は記憶に自信がないようです。

(4)ヤシロが崩れる原因は、地震かもしれんけど、山崩れや土砂崩れかもしれんし、事故かもしれんし、何とも言えんなぁ...だそうです。

投稿日:7月26日(水) 追加情報

(1)前の知らせは、この国とその周りの海にいる、海に縁のある人全てへの知らせで、波が来る前に、船に乗らず言われた場所に行きなさい。

(2)場所は知らせで伝えたような場所がその地域それぞれにある。知恵を使って考えなさい。

(3)昔の言い伝えを信じなさい。これまで、神の住む所は守られてきている。

(4)波が来る前に、地鳴りとツカイ?が知らせる。

投稿日:7月31日(月) 追加情報

昨日の夢ではおばあちゃんのお祈りしていた祠の向こうの海から、いつもの女神様と、その遠く後ろに後光のようなものを受けた男?女ではないような神様?のような気配があり、その周りに光る大小の船があり、沢山の人が乗っていたようです。

おばあちゃんがそちらに向かって拝んでいると、女神様はにこやかにこんな事を伝えたみたいです

(1)いつも心を尽くして思いを伝える貴女に伝えます。私は波の神、人々の罪を背負われ見守られている方の御心に従い、この船にもっと多くの清き者を乗せ救いたいと思う。ここに乗っている者たちは、海にかえった清らかな魂たち。

(2)信じる者たち、救われるべき人々はどこにいても救われます。私が告げた事(たぶんオタマのヤシロ、サナルの神様の事)は忘れずにいるように。貴女のことは心配いらない。いつもの心、祈りを忘れずに。

(3)あのお方は、地の龍が一度に暴れ出さないようにしばりつけていらっしゃるが、頭、尻尾、手、腹の一部はいましめる事が難しくなってきている。もう少しはもつだろうが、それがいつまでなのか、私にはわからない。

そしてひれ伏していると辺りが真っ暗になって、病室の天井が見えて目が覚めたみたいです。

しばらく、潮の香りがしてたんですって!

8月18日(金) 「8/1の夢」

手術の前日の夜(8/1)、おばあちゃんは昔ながらの小さな木の船の上で、あおむけに寝てゆらゆら揺られていた夢を見たそうです。

しばらくすると空がものすごく明るくなり、真っ白以外は何も見えなくなった時、何人か人のような気配を周りに感じ、両手をそっと誰かに握られ、おばあちゃんの手術する首を別の誰かが下からそっと支えて少し持ち上げ、頭の周りにやわらかい帽子をかぶせられたような感覚がしたそうです。

すぐに手と首、頭が温かくなり、体が浮いたような感覚になり、思わず目を閉じると頭の中に以前夢に出た土地の海(波)の女神様の声が聞こえてきたそうです。

これから3つの話をします、と言われた上で、次の話をされたそうです。

(1)首の後ろにそえられた手?が少し熱くなり、「約束した通り、これであなたはもう少し長くこの世を見届ける事になるでしょう。」

(→お医者さんが、切開したら腫瘍が想定より小さくなっていて、簡単に手術が終わった、と不思議がっていました。)

(2)頭の周りが少し熱くなり、「あなたの中に大切な知らせをのこしました。しるしは月があと2度満ち、欠け始める頃にあらわれるでしょう。その後、あなたはこの知らせの中身を思い出すでしょう。」

(3)おかあさんと、わたしのこれからについて。

投稿日:8月18日(金) 「8/4の夢」

おばあちゃんの手術から2日後(8/4)、わたしとおばあちゃんの夢のシンクロがありました。

わたしの夢の中におばあちゃんが出てきて、おばあちゃんの夢の中にもわたしが出てきて、というシンクロで、お互い夢の中で会話をしてその内容をしっかり覚えているというものです。

そのあと、起きている時にお互い確認しました。

実はわたし、相手がおかあさんの場合も含めて、これまでで何回かこういうのを経験しています。ただ、日常生活の延長のような内容ばかりだったので、こういう中身は初めてですが。

おかあさんが言うには、わたしが生霊を飛ばしているんじゃない?って・・・。

夢の中身は次のようなものでした。

わたしは砂浜を歩いていて、向こうにおばあちゃんがいるのに気づき、走っていきました。おばあちゃんは向こうからわたしが走ってくるのが見えたそうです。

おばあちゃんは岩の奥にあるほこらにお祈りをしていると、下の浜に降りるように声が聞こえて、砂浜に降りるとわたしが見えたそうです。

海がすごくきれいだったので沖の方を見ると、ほんの少し先の海の上に、何か柱のようなものが2本、見えました。

おばあちゃんと、なんだろうね、と言っていると、すごい速さで潮が引いていって、ついに柱のところまで歩いて行けるようになりました。

わたしはおばあちゃんの手を引いて、一緒に柱まで歩いていきました。

手を握って気付いたのですが、夢の中ではおばあちゃんは少し若返っているような雰囲気で元気でした。

最初、柱は2本かとおもったら、その真裏にも2本あり、全部で4本でした。それぞれ材質?色が違い、

・鉄のような感じの赤黒っぽい銀色の柱

・石でできたような青と白の斑色の柱

・擦りガラスのような淡い金色に光る半透明の柱

・緑のツタのような植物がからまった木の柱でした。

それぞれの柱はわたしの身長の倍以上は有った感じなので、少なくとも3m以上はあって、円に近い八角形で、両手で1人では抱えられないほどのかなりの太さでした。

・一番きれいなガラスの柱には何か記号のようなものがびっしりときざまれて?いました。

・木の柱には何か筆で書かれたような漢数字と漢字が赤い字で刻まれていたのが所々確認できましたが、なにしろ字の部分はほとんど植物におおわれて読めませんでした。

読むために植物をどかそうとも考えましたが、トゲがびっしりでさわる気が起きませんでした。

・石の柱は、よく見ると一部が砂のように細かな粒にバラバラに分解し、うずを巻いて宙に浮き、それがまた石のように固まったりという変化を続けているところがあり、ほかにも小さな数字や記号のような模様が浮き出たり消えたりしていました。

柱の下の方には、方位が彫られていました(実際には子、艮、卯、午、酉の5文字のみが読めたのですが、八角形の柱なので、おばあちゃんはたぶん時刻か方位が書かれているのではないかと言っていました)

・鉄の柱には、不吉な感じしかしないさまざまな模様が描かれていました。

その時思いついたのですが、となりに立つ石の柱が方位をあらわしているとすると、こんな組合せになりました。

内容は、おばあちゃんと確かめ合ったのでたぶん合っているはずです。

 

(1)北側… 足の長い、頭に3本のトゲがあるクモが、クモの巣の中心にいて、その周りに小さいクモがたくさんいる。上の方には、3つの鬼(?ツノがあった)の顔が息を吹いていて、息の中で小さく描かれた人々が(たぶん)倒れていた。

(2)、(3)、(4)北東、南東、南西側… 高い波に船が飲み込まれかけている。その上に、北東には鬼?と、南西には蛇、南東には○の中に何かが書かれた、よくわからない模様。

(5)東側… 山が崩れ、大きな鳥が下に向かって飛んでいる?落ちている?模様。上の方には何本もの刀。

(6)南側… 星型と三日月、太陽の模様が下にがらくたのように積み重なっていて、上の方には彗星?と、波?それとも強風が吹いている?ような模様。

(7)西側… 山と、山が噴火しているような模様、その後ろに赤い目(目が赤い石)の龍と、その上に太い刀。

(8)北西側… いろいろな模様が混じっていて、よくわからない。上の方には人?がたくさん乗った船。

柱を観察していると、急に日が沈みかけて潮が満ちてきたので、おばあちゃんと浜に戻り、振り返ったところでわたしは夢が終わりました。

振り返った時、柱はガラスの柱1本になっていました。

おばあちゃんはその後も夢を見ていたようで、わたしがいなくなったので、ほこらの所へ戻り、手を合わせ、今見たものは何だったのでしょうと心の中で土地の海(波)の女神様にたずねると、

「今この時に、うつつに生けるものが見る世界です。あなたたちは書きかえたくありませんか。」

という答えが頭の中に返ってきて、泡のようなものが目の前に広がり、目を覚ましたそうです。

投稿日:8月18日(金) 「8/6の夢」

・おばあちゃんの自宅の庭の横に、見たことのない赤い鳥居の神社があり、その先に海が見えた。

・鳥居をくぐった右側に大きな手水舎があり、その中には影絵のような小さな龍が沈んでいた。

・龍を見ていると、頭と尻尾、手だけが動いていたので、前に土地の海(波)の女神様がおっしゃっていた、地の竜の話を思い出した。

・龍が苦しそうに頭と尻尾を振ると、頭と尻尾の先の方向にある手水の石のふちが震え、ヒビが入った。

手水の石はよく見るとまわり全体を世界地図の模様にうすく彫られていて、ヒビは中国かその隣の国のあたり、アメリカの西側あたりに入った。

気になって石のまわり見ると、南の海やヨーロッパの方の海にも傷が入っていた。

・龍の胴体、真ん中から少しはなれた所から黒い泡が噴き出した。そのあと、頭のあたりからも泡が噴き出した。

・すると上の方から女性と男性の声で短歌が、時間差でそれぞれ3回づつ繰り返し聞こえてきた。

「はらえぼし ひみちきたりて やまうごき ねのとひらくは つちすえか(かん?)とり」

・声が止むと手水の石が2重にずれて見えるようになり、一つはだんだん龍の動きがおさまり、全体がピクッと何回か動く程度。

もう一つはだんだん龍が暴れ出し、手水の石全体が震えて黒い泡が頭・胴・尻尾全てから噴き出し、やがて水が赤い色に染まっていき、縦方向にグルンと回転して、手水石は黒い球体に変わってしまった。

・その後しばらくして手水舎は消え、目の前には黒っぽい石が地面に埋まっているのが見えた。

・また上の方から、よく通る男性の声で「その石はとても大きなものだ」「サナル様のお導き」と聞こえ、続けて、

「みつしおの いわおかくるる かんなづき さっきやよいの はつきなかつき」

と、短歌が2度聞こえてきた。

・短歌が終わると急に地面が揺れたので、そばの木の根元に倒れこむと、すぐに海の方から大きな音がしたので、そちらを見ると、目の前が真っ暗になった。

・怖くなり心の中でお祈りをしていると、だんだん、目の前が開けてすごく明るくなり、おばあちゃんが言うには、光の世界に包まれた。

なぜだかわからないが、すごく幸せな気分が湧き出てきて、うれしくなった。

・そこで夢が終わり、目が覚めると、今までかいだ事のない、花のような良い香りが残っていた。

投稿日:8月18日(金)「お墓詣りの夜の夢」

おばあちゃん、お盆は一時退院で家に帰りたいというので、お医者さんに相談して、わたしの両親と一緒に、連れて帰ってあげました。

おばあちゃんはいつもの女神様のほこらに久しぶりにお祈りし、わたしたちと一緒に、ご先祖様のお墓にもお参りに行って来ました。

そしてその夜、夢の中で、亡くなったひいおばあちゃんと再会したそうです。

ひいおばあちゃんは若い頃の姿で、薄水色の着物を着て、海の沖の方から、淡く銀色に光る小舟のようなものに乗ってやってきたそうです。

そして、「静江(おばあちゃんの事です)がほこらに帰ってくるのは知らされとった」と言って喜び、色々と話をしたそうです。

その中で気になったのは

「今年は水の年。来年からは火の年。その後しばらくは火と水が交互で人を悩ませる事があるそうな。地もこれまで通り毎年震えるが、本当に恐ろしいのはその先で、地だけでなく天も震える事になるかもしれないそうな。今は神様が人の性根を見きわめている。このまま何も変わらねば、人も神様もなく、全てが手を取り合わねば乗り越えられない事になる。(人が?)変われば、まだ先の事は変わる。良き未来となるよう、海も変わらぬよう、このまま祈りと感謝をささげんとな。」

「この国が無事でも、見えるものと見えないものに起こる、まことの一大事が元で、この国の無事を妬む者の目のかたきになるかもしれない。対岸の火事を対岸の火事と思わないように。人が自分本位な限り、前のように戦争はまた起ってしまうぞ。」

「ひ孫(わたしの事です)が子を産む頃には、末がどうなるかわかる。人がうまく峠越えをするようにとにかく願うのだ。」

という話だそうです。

 

 

投稿日:9月2日(土) 「これからの戦争」

●ひいおばあちゃんと「これからの戦争」の話

すこし話がそれますが、ひいおばあちゃんはハレー彗星が来た時に生まれ、おばあちゃんが生まれた時には日中戦争が起こったりと、色々象徴的な出来事があったようです。

おばあちゃんがまだ小さい時にひいおじいちゃんが亡くなってしまったので、ひいおばあちゃんは女手一つでおばあちゃんを育てたそうです。

戦時中、まだおばあちゃんが小さい頃、ひいおばあちゃんはおばあちゃんを連れ、ひいおじいちゃんの弟さんの供養の話で神戸の親戚の家まで行っていた時に、空爆にあって街は焼け野原になったそうです。

しかしその前日に神様?からのお告げで神戸の市街を離れるように言われ、親戚の方を説得して色々なお告げに従い山あいに避難し、火事や飛行機からの攻撃、爆撃などから全員難を逃れたそうです。

戻ると親戚の家は跡形もなくなっていたそうです。島根への帰りの移動は大変だったようですが、何とか帰ることが出来たそうです。

ひいおばあちゃんは世界恐慌も世界大戦も経験した苦労人だったようですが、(前置きがすこし長くなってしまいましたが、)以前ご質問にあったこれから先に起こる戦争の話、おばあちゃんはひいおばあちゃんから話を聞いているようです。

ただなぜか、おばあちゃんには「それはまた今度ね」と言われてしまいました。

というわけで、また今度聞いてきます…。

投稿日:9月2日(土) 「香取神社の要石とアメリカのヒビ」

こぶたさん、情報ありがとうございます。手水石の話の方に出てきた石はどうも玉置神社の石の方が近いようですが、似たような石があるんですね!

短歌の「つちすえか(ん?)とり」が香取神社だとして、その要石と手水石の話の石がイコールであるとは限らないかも知れないですね。それはそれで意味があるかも…??

「アメリカのヒビ」の位置ですが、おばあちゃんにスマホで地図を見せて確認してもらったのですが、カリフォルニアの海側と、アラスカの東側の島があるあたりはハッキリヒビが見えたそうです。

イエローストーンは、もっと内陸なんですね。ここはヒビは見えなかったようですが…

水の中の龍の状態が変わったのでそちらを見て目を離していたので、良く見えなかったそうです。実は入っていたのかも…??

投稿日:9月2日(土) 「日月神示について」

●日月神示の話(miumiuさんへ)

教えて頂いてありがとうございます。おばあちゃんもわたしも、ぜんぜん知りませんでした。

おばあちゃんによると、ひいおばあちゃんは生前、おばあちゃんに神様の話をする時に、よく「峠越え」という言葉を使っていたようです。

ひいおばあちゃんが日月神示を知っていたかどうかはもうわかりませんが、おばあちゃんは、それを見聞きできるような環境にいなかった(身内や友人にそれに詳しそうな人もおらず、書物?もない)はずなので、たぶん知らないんでは、と言っていました。

日月神示は、また時間ができたらわたしも見てみますね!(量が多くない事を祈って…。)

投稿日:9月2日(土) 「オタマのヤシロの話について」

●オタマのヤシロの話(藍結さんへ、回答その②)

藍結さんのオタマのヤシロの考察(ありがとうございます)について、もう一度おばあちゃんに聞いてみました。

おばあちゃんの受けたお告げの内容や受けた時の感覚では、オタマのヤシロには2つの意味合いがあって、1つは地震や津波の始まりを知らせる場所である「オタマのヤシロ」と、もうひとつはその時(か他の災害の時?)の避難場所(サナルの神様の…)を探す目安となる「オタマのヤシロ」との事です。

前のはおばあちゃんの家から離れたどこか1ヶ所の事で、後のは全国それぞれに場所があるようです。(前のについて、わたしの友人の御朱印ガールが、伊勢の「二見玉輿神社」じゃない?って言っていましたが、そこはおばあちゃんも知っている所だし、正解なのかどうかはなんとも言えないそうです。)

後の方は、お告げでも「隣の『つながりがある』」という言い回しだったようなので、真横にある、という限定された言い方ではなかったようですよ。

なので、石の写真もおばあちゃんにはピンと来たようですし、教えて頂いた玉置神社が「オタマのヤシロ」でないとしても、レオさんのコメントのように、全く何も関係ないということはないと思います。

前のほうの意味がわかったら、おばあちゃんは地元の方に声を掛けて避難させるつもりのようです。

投稿日:9月2日(土) 「東南海地震とほこらの話」

昨日もおばあちゃんの所へ行ってきて、ついでにまた色々話を聞きました。今回も多くてすみません。前みたいに、1つづつ送らせていただきます。全部で6通になります。よろしくおねがいします。

●おばあちゃんと東南海地震とほこらの話

藍結さんのご投稿への、回答その①です。

おばあちゃんの家は三重南部のやや伊勢寄りですね。熊野の海に面した、小さな町の小さな船着き場と浜のあるところです。確かに、もしかしたら藍結さんと生活圏が近いかもしれませんね。

で、おばあちゃんは東南海地震は経験していないようです。

ただ、おじいちゃんのお母さんは経験されたようで、町もぐちゃぐちゃになって知合いの方も多く亡くなられ、本当に大変だったと教えられたみたいです。

実はおばあちゃんは生まれ育ちは三重ではなく島根で、不思議な縁(ここでは説明省きます)で、三重に住む漁師のおじいちゃんのところへ嫁いで、今の家に暮らし始めたそうです。(東南海地震の年はまだ小さかったし、三重にも来ていなかったという事でした。)

そして嫁いできた時に、おじいちゃんのお母さんから、敷地内の岩の奥にある「ほこらのお世話役」を若くして引継いだそうです。(引継いだその年に、チリ地震の津波がおばあちゃんの家のところにも来て、そちらの方では大変な経験をしたようです。)

おじいちゃんのお母さんの家系は、代々その地区の神事を取り仕切る役をしていたようです。

おばあちゃんは、ひいおばあちゃんが島根の神職の家系だったこともあって、その教えで神様を昔から敬っていたので、喜んでお世話役を引受け、おじいちゃんが出漁する日もしない日も毎日、お祈りを欠かさず、そして今に至るようです。

ほこらの由来はかなり古いらしく、海の守り神様なので本当に大切にするように言われているそうです。

おじいちゃんのお母さんも、戦時中でほこらのお世話やお祈りを欠かしてしまったから、あの時期に東海地方の海沿いに地震が集中してしまったのかな、と言っていたそうです。

 

今はおばあちゃんの地元も人が少なくなって、神事はやっていないようですが、かわりにおばあちゃんは毎日きちんと、病院にいても、お祈りをしているそうです。

投稿日:9月2日(土) 「9/1の夢」

●また短歌が聞こえた夢

昨日9/1におばあちゃんが見た夢です。すごく短い夢だったそうです。

以前に夢に見た手水舎のある場所の、入口にあった鳥居が目の前にあって、また短歌がそれぞれ2度、聞こえてきたそうです。

澄んだ女の人の声で、

「わたつみの こえのきこゆる はくろかな こらをおもいて なみだこぼるる」

次によく通る男の人の声で、

「ほきたちて あわじまなかに めぐりける ふしたるりゅうの なるとのともえ」

そして潮の香りのする風が吹いて、夢が終わったそうです。

 

 

投稿日:9月4日(月) 「命」「喜」「輝」「守」

おばあちゃん、木の柱に描かれていた漢字をいくつか思い出したそうです。

「命」、「喜」、「輝」、「守」

わたしと違って、おばあちゃんはなんか良い意味合いの漢字を見ていたようです...。

あと、鉄の柱でおばあちゃんがクモの模様を見ていた時に、クモの子に目をやった時、「(クモの?)子は散らすが如く」と、声が頭に響いて、模様全体が赤く光ったみたいです。

以上です。

投稿日:9月7日(木) 「おかあさんが聞いてきた話」

皆様も、色々な考察をいただいているようで、ありがとうございます…。

最新の更新を拝見しました。でも、なんか近々悪い事が起こる…的な解釈の流れになってしまっている感じでしょうか…。

そんな中ですが、「今時点では悪い事は起こらないだろう、でも無難を皆で祈るように」という内容の「ひいおばあちゃんからの?メッセージ?」を一昨日、おばあちゃんが受けたようですので、投稿させて頂きます。

ここのところ、おばあちゃん、お告げ三昧ですごい事になっています…。本当にわたしのおばあちゃん??って感じです…。

いつものホンワカ感が抜けて、ちょっと人相も変わってきている気がするんですよね…。気のせいかもしれませんが…。

今回は9/5(火)の話です。

その日はおかあさんがおばあちゃんのところに行っていたのですが、そこでおかあさんが聞いてきた話です。

朝におばあちゃんがいつものようにお祈りをしていると、窓の外の木の枝に白い鳥(鳩?)が飛んできていて、それを見た時に鳥と目が合い、鳥はじっとおばあちゃんの目を見ていたそうなのですが、その瞬間なぜか「神風が…」というひいおばあちゃんの声が聞こえて、同時に、昔ひいおばあちゃんがおばあちゃんに伝えていたことを思い出したそうです。

おばあちゃんが「お母様?(ひいおばあちゃんのこと)」と鳥に語りかけると、鳥はしばらくそのままそこにたたずんでから、飛び去って行ったようです。

思い出したという話の中身は大昔の戦争の話、「元寇と神様への祈り」の話です。歴史が苦手だった私が昔の教科書を引っ張り出して調べましたところによりますと、元寇は鎌倉時代、当時中国大陸を支配していたモンゴル帝国起源の元王朝が2度にわたって日本に攻め入り、日本は対馬・壱岐などを一時占領されるも、最終的には元軍の船団が海上で神風(台風)に巻き込まれて壊滅し、撤退に追い込まれて日本が勝った、というものです(よね?)。

ひいおばあちゃんによると戦時中はよくこの話が引合いに出され、日本は神国で神に守られているから、太平洋戦争の時も日本が必ず勝つ、とか、特攻にも神風を冠して呼んでいたようです。

昔、ひいおばあちゃんがおばあちゃんに伝えたのは、

「元寇から日本が守られたのは、神風によるものだけではない。その前に武士が神がかり的な力と知恵と勇気を出して戦った事、その後何度も計画されていた日本への遠征を敵国内で王に諌める者が出た事、敵国の中で混乱が起きた事など、色々な出来事がつみかさなって、日本は守られたんだそうな(神様のお使いからひいおばあちゃんが若い頃教えてもらったそうです)。」

「日本は神様が守ってくれているのはその通りなんだけど、神様のお力を導いたのは人の祈りだよ。放っておいても神様が守ってくれる、というのは大間違いだよ。」

「元冦の時は武士や、当時の権力者、その周りにいる僧侶や神職が心からの救国の願いをもって必死に神様にお祈りしたから、それが通じて神様の力が現わされ、武士たちに力を貸して、他にも敵国内に不利な事件を呼び寄せて、結果として日本にとって悪い事を回避していくように、色々な事が向かっていったんだよ。」

「人間の祈りの力は神様から与えられたものだ。悪い事が起きようとしていても、謙虚な心で願い、祈る事で、神様の力が現わされ、人や物に返ってくるんだよ。」

「静江(おばあちゃん)も神様を心から信じ、謙虚な心で日々のお礼を欠かさず、人間の祈りの力を信じて神様に祈り続けるんだよ。」

というものだそうです。

おかあさんが真っ先にその話を聞いて思ったのが、北朝鮮の件だったそうです。

それをひいおばあちゃんがおばあちゃんに伝えに来たんじゃないか、って。

おばあちゃんは、「確かに心配だけど、今までお告げを受けてきた感じでは、お告げの中身がどうだから、という話ではなくて、感覚的に、きっと北朝鮮の一件で今すぐにこの国が直接戦争に巻き込まれる事はないと思う。悪いお告げも今すぐに起こる話のようには感じない。」(わたし追記: 最初の頃のお告げで、地震や津波の話も、年が明けて...、と言われてましたしね。)

「でも、(おかあさんがピンときたように)悪い方向に物事が進まないよう、今こそ祈りをささげなさい、そうしないと悪い事も近々起きてしまう、というお母様(ひいおばあちゃん)からのお知らせかね。」と受け止めたそうです。

おばあちゃんがそう思ったなら、今回はそれが正解…なのかな?わたしもおかあさんも、「日々ありがとうございます。北の国が馬鹿な事をしませんように。お守りください。皆が平和に過ごせます様に。」的な内容で真剣にお祈りしてみようかと思います。

最後に、おかあさんがわたしに「今週は色々な意味でおばあちゃんが心配だから、毎日行ってあげようか」といつもの謎の第6感、性格まんまの男気あふれる唐突な鶴の一声を掛けたので、今週はおかあさんとわたしでおばあちゃんのところに押しかける予定です。

 

何か話が聞けたら、できるだけその日のうちに投稿させて頂きます。

 

投稿日:9月7日(木) 「新たに3つの短歌」

今日(7日)の朝、病院から、おばあちゃんの調子があまり良くないとの事で連絡があったので、先にわたし一人で、昼過ぎにおばあちゃんのところに行って来ました。

おばあちゃん、今日は手術跡が気になり少し調子が悪く、明け方からほとんどベッドで寝ていたみたいでしたが、頭は痛いけどとりあえず大変なことになったわけではないようで(むしろ記憶力が増して頭がさえているそうです)、夢の話をしてくれました。

昼前まで寝ていた時におばあちゃんは再び、女神様?の夢を二つ、見たそうです。

●またまた、鳥居前の短歌

 

この前、短歌を2首聞いた時と同じ状況で、明け方に新しい短歌を3首、聞く夢を見たそうです。

また目の前に鳥居が現れて、おばあちゃんはそこに立った状態で短歌を聞き、聞き終わると1度目の夢見が終わったそうです。

・霧で前が見えづらい中、鳥居が現れ、澄んだ女性の声で最初のは3度、後の2つは2度、短歌が聞こえた。聞こえ終わると霧が晴れて、夢が終わった。

短歌は、

「かんすばる さくらさきたる あさまかな ちるははかなし いずるはうれし」

「ねぎられよ みつちつかわす くものひや かみかぜふくや きくはほらのね」

「ときつかみ あめよりいずる おきつふね みたまわしたる はごろもうれし」

●浜辺に聞こえる曲

2つ目の夢見です。今日9月7日は、漁師をしていたおじいちゃんの命日なのですが、夢の中ではまだおじいちゃんが生きていて若く、漁に出る前、海で見送りをする景色から夢が始まったそうです。

・船着き場で船を見送り後、上にあがってほこらでいつものようにお祈りをしていると、急に浜の方が光ったので、何ごとかとあわてて浜の方へ下りて確認しに行った。

・浜に下りる階段の前に到着すると、浜の光はおさまっていたが、それまで空に出ていなかった明けの明星?が急に強く光り、出ていなかったはずの月も、満月になって現れて光りだし、月明かりに照らされてすぐ下の浜辺に女の人がこちらを向いて笑って立っているのが見えた。

・女の人は黄色っぽい着物を着て、綺麗なかんざしで髪を整えていて、いつもの波の女神様とは少し違った感じに見えたが、雰囲気は同じだった。二股に分かれた笛で片方に弦が付いた、見た事の無い楽器を持っていた。

・次の瞬間海から風が吹き付け、おばあちゃんは浜辺に瞬間移動したように立っていた。女の人はいなかったが、やわらかい気配を感じた。

・木琴と弦楽器と笛のような音色で、少し明るい感じの祭囃子のような曲がかすかに聞こえ、それに乗って耳元で女性の歌声が繰り返し聞こえた。しばらく音楽が続き、歌が終わると子供の笑い声がして、潮とキンモクセイのような香りの風が吹いて、夢が終わった。

・歌詞の内容は

『しまがうまれて ひだりみぎ ひつじがはるで なつはさる』

『ゆれてまわって ふゆすぎて とりがないたら よがあける』

『なにもせんでは くらいみち みなでてらして たがえるな』

『ひとのふりみて わがふりなおせ ひとのよきこと われまねよ』だった。

投稿日:9月9日(土) 「鍵が外れた」

取り急ぎご報告です。

おばあちゃんの頭の中に女神様が残したメッセージ、今日、「鍵が外れた」みたいです。

今日はおかあさんがおばあちゃんのところへ行って聞いてきたということと、内容的にも扱いが難しいことから、中身は明日、まとめます。

投稿日:9月15日(金)  「毒鯨」

今朝(15日)は物を届けに、わたしが通学途中におばあちゃんのところへ行ったのですが、おばあちゃん、また昨晩、夢見があったそうです。

夢見ですが、いつもの浜辺で、波の女神様のお使いと名乗られる方(ややこやしいですが、こちらも女性の方、藍がかった色の着物を着ていた)がお出でになられて、おばあちゃんに語りかけられたそうです。

内容は、このところ人の愚かな行いで禍しき大魚が海にやって来ているが、人がこれ以上海を穢さないよう、祈りなさい、海の神様が怒っている、というものだったようです。

そしてまだまだそれはやって来るだろう、との事ですが、海の神様が一番(祈りで?)阻止したいと考えているのは、望む望まないに関わらず、「毒鯨」が海で死ぬことだそうです。

もし毒鯨が死ねば、毒で海の中の命の多くが断たれてしまい、人にも影響があるそうです。

おばあちゃんも、恐らく北の国の事だな、と直感し、改めて今日からお祈りするつもりだそうです。

わたしも最悪の事態をイメージせず、おばあちゃんにならってただ無事をお祈りしようと思います。

ところで鯨って、かなり大きいですよね...?

投稿日:9月13日(水)  おばあちゃんに大量のお告げが降りてきた

ものすごい大量のご投稿がみひろんさんから送られてきました。更新作業に時間がかかりましたが、読むだけでも多分20分くらいかかると思いますよっ!

投稿名:みひろん さん

投稿日:9月13日(水)

【序その1】

すごい量の内容ですので、先におことわりしておきます。

今回は新たな、難解なお告げも含まれています。

構成は大きくは、

(1)海の神様(の使い)がおばあちゃんにお告げをした理由

(2)「和なる方の使い(神様の使?)」からのメッセージと短歌

(3)つきの短歌とその他の短歌になります。

 

【序その2】

今回おばあちゃんが思い出した事すべては、こんな感じで出てきたようです。

・頭が痛くなり、起きている時に、自動的に口が動いて腹から言葉が出そうになる。

・巻物に書かれた台本が映画の字幕のように頭にゆっくりと流れていき、かつ声で自動的に読み上げられるイメージ。「巻物」は全部で3つだった。

・すぐに隣に来ていたおかあさんに状況を説明し、記録してもらった。

・おばあちゃんが(院内なので小声で)読み上げて、おかあさんが仕事上得意の速記スキルを駆使して起筆。

・その後、言葉が上手く繋がっていないところの穴埋めというか平文化?と、言い回し統一などの手直し、大事そうな所と、短歌のところへの「 」入れを、おかあさんがおばあちゃんに確認しながら実施。なので少しおかあさんテイストが入ってます。

・おばあちゃんによれば、「字幕」にはところどころ漢字が思い浮かんだとの事。思い浮かんだすぐは旧字体や崩し文字だったが、頭の中で現代の字体に変換?されたとのこと。今まで通り、知らないはずの古文の意味も、頭の中で自動変換されたように意味がわかったとのこと。(以前の夢見と同じパターン?)

また今回、本文では詳細は書きませんが、大前提となる話として、おばあちゃん(「和なる方の使い(神様の使い?)」の方からおばあちゃん経由)からコメントが出ています。

(1)今までのお告げは全て繋がりを持っている。

(2)お告げは受け手の方の、それぞれの仕事、役割、土地との繋がり、先祖や守護される者との繋がり、「魂の」経験値により読み方は変わるが、元々幾重にも読めるような内容であり、それでよい。

(3)昔言葉と今言葉が混じっているものもあるが、不統一であるのは幾重にも読めるようにするためのものであり、意味がある。

(4)幾重にも読めるとはいえ、どんな読み方でもよいというわけではなく、それはそれで筋の通ったものが正しい読み方となる。筋の通らぬ誤った解釈は広めてはいけない。

(5)今後必ず、現世人には心を試される出来事が起こる。

そこで誤らないためにも、心ある人は今回の「和なる方の使い」からのお言葉に目を通し、心に留めて頂きたい。

理解できる人、出来ない人、納得いかない人、それぞれいると思うが、私(おばあちゃん)が強制しているものではないので、私からはただ、目を通して欲しいとお願い・お言付けするもの。

そこから先の判断は個々人にお任せ願う。

「和なる方の使い」からも、どうしても理解できない者、したくない者も必ず居る、悲しい事だがそれはやむなし、どうにかするのはおばあちゃんの役目ではない、と言われている。

(6)お告げの内容の全き(完全な)理解は事が現われてからになるかもしれないが、いずれにしても今回の「和なる使い(神様の使い?)」からのお言葉に目を通した者でなくては、「完全に」理解する事は不可能であるとの事だった。

また、お告げは単なる謎掛け遊びではないので、一人一人が内面に意識を集中させる事が大切と言われている。それもあり、お告げはそのまま聞いて誰でも理解できる内容とはなっていない。

すぐわかる内容では、今後出て来る「悪しき心の者(こころぎわあしきもの)」にお告げを利用されてしまうので、それを避けている。

 

【序その3】

はじまりは次の言葉で、男女の声が入り混じって聞こえてきた。

「ことはじめ、もうすぞ。」

「ひらく、ひらくぞ かぎひらく。いぶきふきたち かぎひらく。いわといわとを たたかはせ。はなをもさくや、さかざるや。いずるおしらせ みなしらせ。つぎのきしべへ はしわたせ。」

次に、「たましず、お役大儀。」と、女性の声が聞こえてきた。

(いつもの波の女神様よりも少し低くて、おばあちゃんいわく、「どこかで聞いた事のある、女優さんに似た声」。この女性の声の持ち主は名を名乗らなかったが、何か懐かしい感じがした。)

そして、ここ最近の病気した後の一連のお告げの背景の説明と思われる言葉が続いた。

 

海の神様の使いがお告げをする理由

・海の神様の使い(地元の海の波の女神)は、太古からの大きな津波や荒天の出漁など、海の自然災害や、戦で海で失われた人々の命、子を無くした親、親を亡くした子、愛する伴侶を無くした者たちの願いや祈り、海への尊敬や畏怖から生まれ、大いなる意志から遣わされた力。

・これまで過去にも、受け取る事の出来る力を持つ人間(複数人)に、お告げを出してきて、救う事ができる(救われる)人を救ってきた。

・おばあちゃんにも過去に人間の前世があり、その時それぞれ、約900年前、700年前に大地震の除難のお告げを出した事がある。

その時おばあちゃんの「中身(魂)」は、どちらの時代も、本名ではないが、「珠滴女(たましずめ)」と呼ばれる、地方の、神に仕える仕事をする(官位のある神職ではない)方の娘であり、今のおばあちゃんはその「中身」を引継いでいる。

・今回も「珠滴」にお告げを出してきて、出来るだけ多くの、救う事が出来る(救われる)人を救いたい。

海の神様の使い、その背後にある「あのお方」の、人々を想う愛を素直に受入れて欲しい。受入れる・受入れないは最後は自分次第。

 

「和なる方の使い」からのメッセージと短歌

次に、以前にお告げで聞いた事のあるよく響く男性の声の持ち主からの言葉が続いた。

「我は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第3の使いなり。すなわち、和なる方の使いなり。」

「かつてうつつに生ける者より生まれ出た者であり、元は汝らの同胞なり。汝らの心や悩みを理解する者なり。しかし今うつつに、昔より生きたる者はおれど、我の事を知る者は誰もいないであろう。」

「汝らの手の届かぬ大いなる存在、その力であり御方を神と申す。今は汝らの世は峠、綱渡りの中なり。現世は神の世を遅れて反映した世であり、あらかた先の事は決まっているが、上手く渡るか渡れぬかでその先が変わるものなり。神の世と人の世は住む者が違うゆえ、神の世の通りには人の世はならないのであるぞ。」

「あまかがみ うつつにめぐるは しくみあり けものあつめて さきにひとまき」

「汝らの世の儚さを知るべし。今のうつつに生きる者は、既に空の果ての星々の世界の事を知っていようが、その中にあり、この世にいのちが生じ続いている事の有り難さ(…注;有り得ない、奇跡というニュアンス)は理解できるはずである。」

「汝らにこの先の事を知らせたいが、我も全てを知るものではないし、からくりの全てを知らせる事までは出来ない。」

「あのお方が皆を捨て置かない事を皆に知らせるためにも、我からもあのお方に乞いて、波響姫(なみのひびき)とともに、わかりづらくとも歌やカタ(型)にて残させたもの。」

「幾重にも重なる意味なれど、理解に努めれば、心構えし、心に火を灯す機会となろう。うつつのしるし(印)で気づく事も出来よう。ただし、歌を解き明かす事に知恵を絞るだけでなく、次なる方の言われることを理解し守るべし。」

「汝らがこの言付けを守ることが、汝らが生きるうつつを守る力を、天つ(津)の方々より呼ぶ。これが、しるし(印、知るし)を理解するよりも誠に重要な事なり。」

「いずれ先には光の御代待ちたり、悲しむことなかれ。しかし大峠では越えられぬ事になるかもしれぬ。みちえらびに残されたる時は少ないと思え。」

「正しき道を選べば、関(関所)から遠回りの道にて、関は遠くに。峠の坂を転げれば、関に近い道ゆえ、関はすぐそこに。関のお取調べ、誠に厳しきものなり。お取調べ近ければ、救われるたま(魂)少なし。まだまだ準備が足りぬ。正しき道選び、その間に魂磨けよ。」

「あめつちの しくみやはげし ねのとせき はるけしほどに はげしけれども」

 

メッセージ その2

(ここで一旦、おばあちゃんが放心状態になり、しばらくして言葉が出てきた。)

(「和なる方の使い」の声とは別の男性の声が聞こえた。一転して漢字のみの文章が頭に浮かびあがるが、言葉は自動的に?現代語訳された言葉が出てきた。)

和せよ、和せよ。

大いに和せよ。

神とも和せよ。

和が御代への一番の近道。

元の世のあるべき姿。

和とは静ではない。動を押さえるでもない。

和という括りの中に、静も動も在るものである。

和して先、諸々産み出されよ。

己が何者か、問うて生きられよ。

己よりも大きな存在に気付かれよ。

我が身を省み、謙虚であれ。

心を磨かれよ。

神を心の真中に、腹におけば、心静まる。

常より神に見られていると思え。

内なる神により自ら律されよ。

自らの静動を内なる和なる神により律されよ。

内なる神は自らの行い次第で外なる神より御霊分けられるようになるであろう。

外なる神を見誤らぬよう、気を付けられよ。

いずれ皆の前に試しが現れよう。

ダマシの偽神憑きたる者、現れよう。

偽神は人前に現れるが誠の神は今は姿見えぬ。

偽神を崇めるなかれ。

神の序列を人が論ずるなかれ。

偶像崇拝をするなかれ。

神の名の下に自らを選ばれた者と思うなかれ。

使いを受けたものはお役をしているだけなり。

神の名の下に商売をする事なかれ。

使いを受けたものは言葉を広めるのみである。

己を広めるものではない。

神の名の下にいたずらに群れる事なかれ。

心が群れる、心ひとつにはよし、一人一人役目あるから、体はそれぞれ別々の事をされよ。

心はバラバラ我良しで四散し、体だけ群れて団となすのは、ただ毒となるだけなり。

和せよ、和せよ。

我良しは悪、皆良しは善なり。

我良しの悪を皆が剋せねば、和は訪れず。

元の世のクズレで、汝らは生きんがために、我良しの悪の種を腹に入れてしまった。この先も我良しが汝らを苦しめるだろう。汝らが救われるには自ら我良しの種を吐き出す事なり。

皆良しの実を求め腹に入れよ。

皆良しの実、姿形は美しくなく、口には苦けれど、腹には甘く、物事良く見えるようになるぞ。

我良しの種、身体の外に出るぞ。やがて身体も心も強くなるぞ。

汝らのチカラはバラバラじゃ。

弱き者、強き者、やり方それぞれ。

ご苦労、お役目もそれぞれ。

できるところからでよい、はなから完全でなくてよい。

その足で一つずつ山登れ。

できぬできぬと言い訳を自分で作ることなかれ。

まずは喜怒哀楽、人は人らしくあってよいが、謙虚であれ。

我良しのう(無く)する山の頂を目指す事だけは忘れるな。

容貌も言葉も考え方も違えど、内なる神の愛の種は同じ。

人はみな同胞(はらから)なり。

同胞ならば助け、助けられよ。

同胞の苦しみを知り、己の苦しみを伝えよ。

同じたね(種)同士で争う事の何たる愚かさよ。

同じ同胞を、敵と思うは自らの内で敵を作るからなり。

敵は己より出ずるものなり。

己の思いと異なるもの、敵と思うからなり。

己の思いと異なる者は、己が持っていない物を持っている者とまずは尊重できないからなり。己が正しいと思っていても、己は全き者ではないではないか。

腹立て合うことなく、お互いの思いの裏にあるものを理解し、お互い、もしくはどちらか一方が傷つく事が無いように考えよ。

お互い痛み分けも答えなり。

知恵を使え。和せよ。

我良し無くせば、敵も無くなるぞ。

和さねばこの先、汝らの大いなる柵(しがらみ)にどうやって太刀廻るつもりか。

だが、今うつつ、光あれば影ある世界ゆえ、明らかなる善悪はあり。

和する心を我良しの悪しき思いで悪用するものは悪である。

その悪は悪と思うてよい。

腹に入れ大きく包み込むことができるものなのか、腹下しの毒になるものなのかは見極められよ。

和すができぬならば、大人しくこれからうつつに起こる事を受入れよ。

汝らは自らで自らを消すであろう。

大いなる親は悲しいことこの上なし。

一時は苦しい事になるが、そのあとは善悪なき光の世界来たり。

悩めることも無くなるものなり。

和せよ、和せよ。

うつつの物は皆、神からの預かりもの。

汝らの体も。

全てを大切に扱え。

全てを大切に扱う事が汝の心の滋養となる。

神を心の真中に、磨け。

石を磨いて玉とせよ。

和す事判りたら、神祀ってくだされよ。

子を持つ親であれば、子にも皆良しのこと、神を心の真中におくこと、教えてやれよ。

穢れが積もる前の純粋な子の心、大切に護ってあげなされ。

子、関のお取調べでも救われるぞ。

子は我が子の事のみでないぞ、我子も大切、他子も大切なるぞ。

この通り、お頼み申す。

 

次の短歌 その1

(またおばあちゃん、放心状態になり、しばらくして言葉が再開。)

次に、これまでとは別の、少し甲高い男性の声が聞こえた。

「これより詠むは、つきのうたなり。よいか、仕上げは先に一巻きぞ。」

「きたにはたから、ふた、たり、なり。みなみのたから、ふた、ここ、なり。ひがしにし、いつふたやにていずる。いまうつつ、みかづきやのいし。きたはおか、みなみはしま。」

(男性の声が急に低くなった。)

「犬啼く庭に連れ立つ金の鳥二羽、舞い来たらやしろに気を付けよ。」

「蛇の住処の中に犬に追われた鳥が見つかったら、チの嵐は一時止むであろう。」

このままいけば、申す通りになるぞ。

心入れ替えねば、申す通りになるぞ。

いよいよお土も海も生まれ変わる時ぞ。

人も我良しから生まれ変わらねばなるまいて。

たとうならば。

虎の頭に龍の体、鳥の尻尾、永き獣に苦しめられん。

天地鳴動、火に水に。

風も痛し、食うもの少なし。

天駆ける星に得体の知れぬ病。

国々それぞれに悩ましき事現る。

このうえ戦して如何にするつもりか。

現世に根の張る網、ちょいと悪繰りすればすぐ混乱。

あれよあれよと大逆転。

これだけではないかも知れぬぞ。

これを汝らが欲するや否や。

災いがいつ来るか、今か今かと気に病む愚かな心は捨てよ。

我良しの心のままでは、やがてその思い、災いを望む心に代わるぞ。

災い望めば早くやって来るぞ。

やって来てから後悔する事の愚かさよ。

災いの来たるを使いで知らすのは、汝らが自らを省みるきっかけとするためである。

そして時間が無い事を知らせるためである。

外国も災い、ここも災い、どこにも逃げられん事になるまでに己を省みないものは、それまでであるぞ。

もうお終いと捨て鉢になり諦めてはならんぞ。

省みれば、救いの道開けるぞ。

汝らの願いの力はかようなつまらぬことに使うでないぞ。日々無事の祈り、汝の子供たちが健やかなる事への願い、明日への願い、善き願い、受けたいものぞ。

珠滴日々ご苦労ぞ。

 

次の短歌 その2

(更に、別の甲高い女性の声が聞こえた。)

神の愛はいつもあなた方に届けられている。

昼に輝く日輪の如く、夜に輝く月の如く。

気づいたものから幸せになれる。

気づいたものから理(ことわり)に和せる。

神に感謝なさい。

愛する人に返歌を送るが如く。

互いを想う親子の如く。

神の示す御心は、寄せては返す波の如し。

「うみなげど かみのみこころ なぐはなし よせてはかえす みなみのごとし」

歌のもう一つの意味も考えなさい。

おおきみはおっしゃられる。

早く目覚めなさい、愛しい我が子らよ。

苦しむ姿を見たく無いが、もう甘やかし続ける事も出来ないぞ。

最後に、「和なる方の使い」とは別の、優しげな男性の声が聞こえた。

珠滴女(たましずめ)よ、魂鎮め(たましずめ)よ、ご苦労であった。少しの間ですが貴女を休ませよう。よく休みなさい。

「きざはしの たましずのきみ におろせど つぎはかすみか たまうみのきみ」

「つぎなるの つきかげくらみ きえゆれど あかりともせば みよはかかやく」

「かむろやま いわにさきたる ひがんばな つきにうつくし うえにもあかし」

「お囃子が聞こえる、潮と花の香りが混じっている、あと木と土の匂い、これは山の匂いがする」とおばあちゃん。

(ここで終わりの様子。おばあちゃんは「あー終わった」といって両手を合わせてお祈りをした後、ベッドに横たわりぐったり。そのまま寝てしまう。)

投稿日:9月15日(金)  「毒鯨」

今朝(15日)は物を届けに、わたしが通学途中におばあちゃんのところへ行ったのですが、おばあちゃん、また昨晩、夢見があったそうです。

夢見ですが、いつもの浜辺で、波の女神様のお使いと名乗られる方(ややこやしいですが、こちらも女性の方、藍がかった色の着物を着ていた)がお出でになられて、おばあちゃんに語りかけられたそうです。

内容は、このところ人の愚かな行いで禍しき大魚が海にやって来ているが、人がこれ以上海を穢さないよう、祈りなさい、海の神様が怒っている、というものだったようです。

そしてまだまだそれはやって来るだろう、との事ですが、海の神様が一番(祈りで?)阻止したいと考えているのは、望む望まないに関わらず、「毒鯨」が海で死ぬことだそうです。

もし毒鯨が死ねば、毒で海の中の命の多くが断たれてしまい、人にも影響があるそうです。

おばあちゃんも、恐らく北の国の事だな、と直感し、改めて今日からお祈りするつもりだそうです。

わたしも最悪の事態をイメージせず、おばあちゃんにならってただ無事をお祈りしようと思います。

 

ところで鯨って、かなり大きいですよね...?

 

投稿日:9月15日(金) 「またまた霧の鳥居でのお告げ」

昨日(14日)もおかあさんが、おばあちゃんのところへ行ったのですが、一昨晩、5日ぶりに夢見があったそうです。

おかあさんから報告がありましたので、投稿させていただきます。

あの後、おばあちゃんはリハビリ再開し、一応元気にしていますよ。元気になったら、昔ひいおばあちゃんから聞いた話を色々してくれるみたいです。

おばあちゃん、「神様のお使い様も、なかなか私からお役を離してくれないねー、死ぬまでやるのかねー」って、笑いながらため息混じりだそうです。

●またまた霧の鳥居でのお告げ

またいつもの霧の鳥居の前に立っていた。ただ、白い鳩とカラスが隣の巨木の根元にいた。

鳥を見ていると、霧が体を包んで、女性の声で歌が聞こえてきた。

「ひがこころなる かじとりの ふねにのりたるふなびとの めしひかなしや いかりぐも ことなしいのれ はらからに かむかぜきたれよ きのくにに」

「うましとき たまよりいずる たまてばこ あけておふでし ひらけてうれし」

今回は共に2回ずつだったようです。最後に、「たましず、大変でしょうが今しばらくお頼みしますよ」と言われて、霧も鳥も消えたそうです。

投稿日:9月17日(日)

昨日もおばあちゃんのところに行き、最新の投稿をおばあちゃんにも大型タブレットで(笑)見せてあげました。

先日の「記憶のお告げ」の投稿、おばあちゃんも気にしていたのですが、(きっと批判的なご意見もあったとは思うのですが、)ご理解を頂いた方のコメントも掲載頂いて、一先ずおばあちゃんはほっとしていました。

今回お名前を挙げていない、コメント投稿頂いた方、全ての読んで頂いた方に対して、心から御礼申し上げます、とのおばあちゃんコメントでした。

(1)艶夜さんのご投稿について

おばあちゃんが気にしていたことの一つ、実はまさに艶夜さんの投稿の事なのです。つまり、一部読む方によっては「頭に入ってこない」こと。

実はこれは「和なる方の使い」の方もおっしゃっていたことだったそうですが、読み手の方の混乱を防ぐために、おばあちゃんからの依頼で、おかあさんがその詳細部分を起筆原稿から除いていた事なのです。

詳細は省きますが、現象がお使いの方のおっしゃっていた通りだったので、おばあちゃんもすごくびっくりしていました。(使いの方は、「あまねくふみ読み違へたり」というところまでおっしゃっていたそうなので…。)

この現象についてのおばあちゃんの見解です。

1.そもそも、おばあちゃんが、おかあさんに代理で起筆させたことで、使いの方の言われた事を「まったくそのまま」には文章化できていなかったので、皆様に伝えられなかった?

→これを一番おばあちゃんは気にしていました。そういう声が多ければ、もう一度お祈りの中で神様にお伺いをしてみるとのことでした。

2.読み手の方の守護様(霊)の方の力が働いた。

おばあちゃんが言うには、現世の人には大きな影響力を持つ守護様(霊)がついておられる事があり、その守護様の生前の思いや考えが読み手の方に影響を与える事がある(特に同じ霊的なものからの言葉には)。

3.読み手の方の「今」の「魂の」理解度によって入ってくる内容が異なる。

なので、同じ人が読んでも、読む時期が変われば、その時の魂の成長度合や状態によって、入ってくる内容が異なる。

4.読み手の方の将来の「必要性」に応じて入ってくる内容が変わってくる。これには読み手の潜在意識の影響もあり、どちらの影響か切り分けが難しい。

5.ちなみに、最初から読む気が起きない、読み飛ばしてしまう人や「全く」入ってこない人は、今はまだ読む時期ではない。(…魂の状態がそこに至っていない。それがダメというわけではないですが。)

人生(魂)の経験に応じ、その「時期」は変わってくる。

ということで、1.は今回のわたしの投稿方法原因説、2.~5.は読み手起因説、ということになります。

1.でなければ、皆様の広い意味での内面の状況に応じて、当然理解は変わる、という事のようです。

ちなみに、スッキリ入って来られた方は、言い方が難しいのですが、「ハナマル」だそうです。ハナマルじゃなきゃダメ、という意味ではないので、そこは誤解なきようお願いいたしします。

今、読み手の方が読める内容でご理解頂き、このお告げの内容を気にとどめておいて頂き、日々の生活で色々な経験・苦楽を過ごされる中で、またどこかで読み直してみて下さい、との事です。

余談ですが、2.の守護様(霊)に関連して、基本的に人の魂は死んでからは磨けないそうです。

魂は肉体の経験から鍛錬・精錬される鉄や火のようなもので、生きている間にしか磨けないので、もしご苦労の多い人生を送られている方は、それは神様が修行のチャンスを与えてくれたわけで、それを乗り越えれば魂が成長し、必ず現世、来世でプラスになっていくようです。

ご苦労が少ない方は、ご先祖や守護様のお陰の場合が多く、そちらに感謝して謙虚に生きていくのが良いそうです。(ひいおばあちゃん情報だそうです。)

 

(2)カルさんへ

いつもコメントご投稿ありがとうございます。

和歌の件ですが、解いて知らせる必要なし、ということではなく、「悪意ひやかしで明らかにこじつけとなるような解釈をして広めないように」という意図だそうです。そういう悪い人が今後出て来るかもしれないようです。(このサイト内なら、レオさんが掲載をブロックしてくれているかもしれませんが…。)

先の艶夜さん向けのご回答の1.の話ではないですが、「お告げの中身を上手く文章化できていないフシもあり、文章化する際に誤解を与えてしまっていたら申し訳ないです(おかあさんより)。」

なので、ぜひ引続きお力をお貸しください。色々な考察から答えが導き出されると思います。

「お告げの中でも、「自分は助かりたい」と、「いつ災害が起きるかという事ばかりを気にして考察する」のでなければ、「時間が無い事を知る(いつ?)」「内容を知る(何?)」ことは、わたしたちが「心を磨く事」のご褒美?で、わたしたちに神様?が与えて下さった機会なので、良い事。」

「興味本位や不幸を喜ぶ心持ちではだめだが、正しい心持ちで考察するのはむしろ必要な事」、とおばあちゃんが申しておりました…。神様のお使いはおばあちゃんに、「本当は知らせてはいけないが、それでは心構えが出来ずに誰も助けられないかもしれないので、何とか出来る限りの形で知らせている」とおっしゃっているそうですので…。

最後に、先日のマミーさんのご投稿された写真の件です。

おばあちゃん、「右上の3本の光が虹色に見える(私が白色と言ったら、え?って言ってました)ことと、その光の先に、人の形になろうとしているような何かの力、気配が感じられる、それに何か見られている感じがする」ことがより気になる、といっていました。

おばあちゃんにも、わたしは「まだ」判らないだろうね、といわれました!霊感はあるはずなのですが、まだ力が磨けていないようです…。(何かを見ることに関していえば、その場にいる霊しか見たことがなくて…。この力も封印したいと考えているほうなので…。)

写真、それもWeb画像でも感じる人は感じるんだな…。って思いました!

 

(3)単身赴任中さんへ

いつもコメントご投稿ありがとうございます。そして、すばらしいまとめをありがとうございます!!

実はわたしもまとめをしようとしていたのですが、おばあちゃんから、それはみひろの役割ではないからしてはいけない!と前から言われてしまっていたので…。

おばあちゃん、単身赴任中さんのまとめのご投稿を見て、これから先、もし同じようにまとめて頂く事になるぐらい多くのお告げが出るなら、「この方がさしつかえなければこの方にまとめをお願いしたい」、と言っておりまして…。わたしには教えてくれないのですが、何か思うところがあるようです。

で、変なこと聞いてすみません。どこまで本気かはわかりませんが、それにあたっておばあちゃんがちょっと確認したいというか知りたがっていることでして…。(わたしは「おバカ」なので聞いてしまってますが、無理にお答えいただかなくて結構です。)

「もしかして、海沿いご出身で身内の方に漁師の方がいらっしゃり、もしくは身内のどなたかが三重出身ではないですか?(さらにいえば、ご本人が今中部から近畿の間にお住まいではないですか?)」

ということで、おばあちゃんが、他の方では感じなかった何らかのつながりをすごく感じるそうです。もし霊とか前世とかそういう話がお嫌いなら、おゆるしください。

 

(4)謎解きにお力添えいただいている全ての皆さまへ

いつもありがとうございます!おばあちゃんもすごく、感謝の気持ちをあらわしております。

ご提起いただいた解釈など、ちゃんとおばあちゃん筆頭で我が家の女系全員、拝見させていただいております。

すばらしい視点で、どれもなるほど、と井の中のカワズ?のわれわれには思われるものばかりです。

いろいろな考察がこの先必ずパズルのピースがそろった時のように解読されると思いますし、なにかそれにおばあちゃんの「何か」が反応した場合は、すぐにご連絡させて頂きます。

おばあちゃんからコメントですが、もしかして正しい解釈がすでに出ているかもしれないが、「時期」が来るまでそれは判らない、そうです。

おばあちゃん、「例の(北の)件で、最悪の事態にならないよう、お祈りして下さい。神様のイメージががわかない人は、御先祖様でもいいのでお祈りして下さい。例の国にも現状を強制されているだけの無垢な市民、子供がたくさんいます。特に子供たちは、どの国も子供であっても私たちの未来です。その人たちの無事も祈ってあげて下さい。」「皆さまの「サナルの神様の守護地」もぜひお探しください」とのことです。

また、どなたかが、ミスリードでおばあちゃんの心に負担をかけないように、とお気づかいをいただいておりました。ありがとうございます、大丈夫ですよ!

なぜなら・・・(おばあちゃんは病気リハビリ中ですが、とはいえ)我が家の女系は、みんな明るい性格の人々です!おばあちゃんは、本当は明るいホンワカさんです!悪意のある解釈投稿は困りますが、そうでなければどんどんみなさまのお知恵をお貸しください!

さいごに。わたし(たち)は、「神様のお告げ」を投稿し続けていますが、宗教団体を起こそう! とかは、いっさい、考えていません。

おばあちゃんは、自分はお役目を果たすだけで、表には絶対出るつもりもない、との事です。お告げをただみなさまにお伝えするだけで、読み手にお任せし、強要も何もしませんのでご安心ください。

投稿日:9月22日(金) 「言付け」

おかあさん経由で、おばあちゃんから言付けがありました。

20日の夜、おばあちゃんまた波の女神様のお使いの方からお告げを受けたそうです。

「石の柱の砂の使い、「ときしらす」様のお知らせが、「あきわかつ時」に「たましず」より開き、もたらされるでしょう。」

だそうです。

おばあちゃん、この前の記憶のお告げの時のような感覚がよみがえっているようです。(少し頭が痛いとか…。)

またわかりましたら、投稿させていただきます。

 

投稿日:9月25日(月) 新たな「記憶のお告げ」&バリ島の噴火について

おばあちゃん、23日の日が変わってすぐ、あらたな「記憶のお告げ」を受けたそうです。

先日の投稿通り、以前わたしもおばあちゃんとの夢のシンクロで見たあの石の柱から、人の形をした「お使い」の方が現れておばあちゃんに語ったそうです。

今回も巻物が頭の中で開き、お使いの方が音声で読み上げると同時に、字幕のように頭に文字が刻まれるイメージだったそうです。

前回と違うのは、夜に夢の中で現れたこと、でも夢見とはまた違う感覚だったということのようです。

今回はお告げが語られた後におばあちゃん、目を覚まして、頭に残っている内容を自分でノートに書き取ったそうです。

それを今回、おばあちゃんのところに行ってきたわたしがそのまま書き写してメールしています。

・一面夕焼けの中にいるような世界で、青白斑の石の柱が目の前に見え、その真ん中あたりが白砂に変化し、男の人の形になった。仙人様のような容姿。

・その方は「時白砂(ときしらす)」と名乗り、時を知らせる役目とおっしゃった。

・「やがて来たりし時を知らすぞ。」とおっしゃって、「お告げ」が始まった。

・「お告げ」は3つの歌のようになっていた。

(1)「ひかりやすんず ふじのよに、はれたるおとし なれるきみ、ふなのちわとわ そろいしに、せちわけさきたり かむさくら、あけてひらけん かなたより、かえすひがのよ ためしのかねとり」

(2)「ひらきひらきて ときわすれ、うつつもうつろも ひとしれず、いうにいわれぬ もどかしさ、たつにたたれぬ ふがいなさ、やがてふきたる いぶきうけ、たねあるみたま ひかりもえいず」

(3)「まことのつちの たつおりて、はじまるみよは ひかりのよ、いたるみちのり きびしけれど、わしてねぎれば みちはひらけん おどろくなかれ たまてばこ、つちうみそらも ひちへんげ やがてしるべし きんのむなしき、やがてくゆべし いくさむなしき」

・お告げが終わると、時白砂様は「たましずめよ、またの時に。」と告げられ、柱に吸い込まれるように消え、夢が終わった。

おばあちゃん、まだ今も少しだけ頭が痛いみたいですが、一応、体調は大丈夫のようでした。

以前、おばあちゃんの夢見で、手水舎の石のヒビのお話を投稿させていただきましたが、その中で、ヒビは中国の西側や、アメリカの西岸側のほか、南の島とヨーロッパにも入っているのを見たとお伝えしました。

この南の島、どうもバリ島の辺りのようなんです...。

きのうの朝、おばあちゃん、バリ島の噴火の可能性のウェブニュースをたまたま看護師さんから聞いて知ったようなんですが、すごく気になっているようなんです。

おばあちゃんは、島の人達の無事を祈ると言っていましたが、できればできるだけ多くの人達の祈りの力を借りたいと思っているようなんです。

それで投稿を早く、と言われたみたいなんですが、、、。

何か、このままでは噴火が起きて、それによって日本やそれ以外にも、色々な悪い影響が出るような予感がするとのこと。

まずは、噴火が起きないことと島の人達の無事を祈って欲しいとのことでした。

「ときしらす」とは時白砂だったんですネ!

ボクは「時知らす」だと思い、何か起こる日時などを教えてくれる方なのかと思っていました

新たなお告げも短歌調とのことで、考察は優秀なみなさんにおまかせしますっ!

バリ島の噴火は非常に気になります。

連日ニュースで報道されていますが、バリ島のアグン山(3,031メートル)が50年ぶりに噴火が起きる可能性が高いとのことで、3万5千人(25日現在)が避難を開始したとのことです。

地元住民の方の安全はもちろんのこと、リゾート地で有名なバリ島なので、もし噴火となれば被害の大きさ次第では、今後の観光事業への影響は大きなものとなる可能性があります。

ちなみに、アグン山は「神宿る山」としてバリの島民にとって神聖な場所とされているとのことです。

投稿日:9月25日(月) 「記憶のお告げ」の続き」

おばあちゃんの「記憶のお告げ」、まだ続きがあるようです。

24日の夜(25日に日付が変わる前)、おばあちゃんが寝ていると、耳元?で「たましずめよ」と声が聞こえ、「ザザーン」か「ドドーン」か、大きな波?のような音がしたので、おばあちゃん目が覚め、次の瞬間に「記憶のお告げ」が前のように(巻物、頭の中の字幕と文字の刻印、音声)、よみがえったようです。

前回のように、おばあちゃんメモを取って記録したようです。

今回は、別の「和なる方の使い」、「那佳智加楽 月珠(なかちからのつきたま)」という、女性の方のメッセージのようです。

「たましず、私は7のうちの1の使いにあたり、やがて8となり9となりてのち、現れる者のうちの第5の使い、すなわち、和なる方の使いで「那佳智加楽(なかちから)の月珠(つきたま)」と呼ばれる者です。」

『これより遠くない先、海と空より乗り物に乗った者たちが訪れます。これはあなたたちにとって、一つのタメシ(試し)となるでしょう。』『鳥と大将に注意しなさい。』

そのあと、囃子(はやし)の音が聞こえてきて、それに乗って言葉が聞こえてきた。

「かしこみ、かしこみ、かしこみ申せ。」「浄め給え、祓い給え、我が心を鎮め給え。」「祈りなさい、祀りなさい、心に光が灯る事を信じなさい。」「悪しき世を想うのはやめなさい。苦悩の無き世を想い信じなさい。」「素直な心でいなさい。我(が)と執着を手放しなさい。心の目の曇りを払いなさい。」「和せよ、和せよ。明(あ)、和(わ)、弥(や)の和。この先の心得。和なる方が次のようにおっしゃっております。」

「和せよ、和せよ。」「和の中の平等、覚え違いすることなかれ。」「現(うつつ)世のいのちは皆平等、人も、草木も、鳥獣魚虫も、岩土も。」「現世の魂も皆平等、生きとし生ける者たち、物言わぬ物ですら。」「現世のものは全て同胞(はらから)、平等(たいら)かに和すは正しき道。」「しかし現世の者のお役目と力は平等にあらず。これを無理に平等にせんとするは正しき道にあらず、覚え違いすることなかれ。和の道よりそなたを遠ざける。」

「お役目は人それぞれ。力もそれぞれ。海には海の役目があり、山には山の役目がある。お互いお役も力も異なるものなれど、お互いがありてそれぞれに働きて、はじめて現世がある。人も同じなり。異なるものがあるからこそ、現世が生きる世となる。違いを尊べ。違いに貴賤を付けることなかれ。力の差はお役目の差。人の力を差別する事はお役目を差別する事と同じ。あしくなら、お百姓見下す者は食うに事欠く事になるぞ。平等平等と言いて海の力も山の力も同じにしてしまえば、どろどろの世。現世は存在できない事は道理なり。人も同じなり。」

「良く考えよ、人それぞれにお役目がある。物を産み出す事、心を繋ぐ事、人や子を育てる事、仕事も大切なお役目。金(きん)は利他の心で仕事をした褒美と思え。金を産み出すが目的の利己の心のみでハタラク事はお欲目。お欲目は悪心ぞ。お役目はご苦労ぞ。しかし、金の仕組みが働かなくなる世が近づきよるぞ。」

「人の力に上下無し。ただお役目の違いがあるのみ。自らを鍛え、お互いが他人を尊び伸ばす事こそ弥栄の道。自らを鍛えても、他人を蹴落とすは獣の道。他人を蹴落として自らを上に見せるは虚無の道。現世をつきの世より位下げする道。考えれば判る事。そなたの力は他人の為に与えられたのだから、他人の為に使えよ。他人を陥れる事に使うなど言語道断。関の調べで没収じゃ。」

「切磋琢磨は良き競争なれど、行き過ぎると競争は狂想(きょうそう)となり凶争(きょうそう)となるぞ、気を付けよ。」

「和せよ。和せよ。他者とも話(わ)せよ。お互いを知る事が和への近道。智を加えれば楽になるぞ。那佳智加楽の使い、遣わしたぞ。謙虚第一。」

最後に、短歌が1度だけ聞こえてきた。

『かれはおち しょうせつたいせつ のりこえて ゆきとまかれん うみのしおはな』

そしてなぜか、以前おばあちゃんが前に見た手水舎の石のヒビの映像がいきなり再び目の前に現われ、「再度アメリカの西海岸側と、バリ島付近ではない(バリ島のヒビが無くなったというより、その他に新たにというイメージ)南方の島々のあたりにもヒビが入る」のが見えたそうです。

とっさにおばあちゃん、何も起こりませんようにと心の中で祈ったそうです。その後、おばあちゃんは目を覚ました。

以上です。

投稿日:9月30日(土)

●単身赴任中さんへ

質問させていただいた内容、あたっていたんですね!すごい…!おばあちゃん、霊視はできないみたいです。ただ、何かつながりがあると直感しているようです。

で、単身赴任中さんが夢で見た老婦人は、ほぼまちがいなくおばあちゃんだと思います。特徴がそのまんまなんです!

おばあちゃんに伝えると、そうだったんだね、と言って、ただうなずいて微笑んでいました(ミステリアス・・・)。あ、また一度お墓参りに行ってあげて下さいね、だそうです。

あと、「和なる方のお言葉」のまとめ、誤解はないとのことでしたよ。いつもありがとうございます。

追伸:単身赴任中さんと同じく、わたしもPCの早打ちは得意ですよ! あと、スマホ早打ちも!

●チョココルネさんへ

おばあちゃんからです…。「いつもご考察を拝読させて頂いておりますが、凄い読解と鋭い考察ですね、脱帽でございます。細かな情報にも、きっと意味があって解読には大切、また、それぞれのお告げや短歌にはお互いなにか関連性がある、と直感しております。そういった点で、今にも何か繋がって答えが出てきそうな雰囲気を感じています。何卒引続き、よろしくお願いいたします。」ありがとうございます!

●みなさまへ

おばあちゃんからです。「お知恵を拝借している全ての皆様。ともすれば狂言とも思われかねない、一老婆の夢見事をお受入れ頂き、また、お力添え頂く事で、お時間を頂戴してしまい、大変恐縮です。ご考察頂いております内容も、孫や娘と拝見させて頂いており、私にとりましても、頭の整理にも大いに活用させて頂いております。有難うございます。ご心配頂いているお声掛けも含め、全ての皆様に、お礼申し上げます。どうか皆様に、今日も(大いなる方々からの)ご加護がありますよう。ご多幸のありますよう。日々ささやかではございますが、お祈り申し上げます。」わたしからも、、、いつもありがとうございます。

●さいごに、おばあちゃんの(お告げではない)直感的なコメントなどです。

(1)「最近、波の女神様(お使いの方ではなく)にお会いする事は少なくなっているけど、いつもの微笑みが少し曇っているように感じる。」

(2)「『海』がつく言葉が1週間前から気になっている。」(みひろん補足;海外、海底、海里、○○海、とかそういった感じのようです。)同じ感覚で、『温』の文字も気になるのだそうです。

(3)「『毒鯨』のお告げもまだ気になっている。」

(4)「『神有月に…』という言葉が何か頭の中に引っかかっている。(良い悪い半々のイメージ)」

(5)北の国の件も大震災クラスの地震の件も、何かあっても今年に起こるものではないと思う。

(6)(5)に関連して、今の世の中は親が子に諭しているイメージが頭に浮かんでいるとのこと。周辺国が北の国に(結局、周辺国のトップは開戦する事のリスクをちゃんとわかっているように写るそうです)、そして神様が人間に。

あと、おばあちゃんの留守中のほこらの掃除などは、おかあさんとわたしが遠路はるばる(笑)出向いて、交代で2週間おきぐらいにはやっています(いちおうご報告デス。)

投稿日:10月5日(木)

(1)チョココルネさん、藍結さん、なたろうさん、最新投稿ありがとうございます。

他の皆様も…ご考察、あいかわらずすごいですね…。そろそろ、ものすごい考察数になってきました。まとめていかないといけないのでしょうか??

(2)ともともさん、方位石、Web検索して拝見しました。

おばあちゃんの家、三重ですが、わたしまだ見たことなくって!確かに八角形ですね!サナル様は、スサノオ様というご意見が多数…でも最近、おばあちゃんのお告げには波の女神様だけでなく、色々な神様のお使いが出て来るようになったので、猿田彦様も入ってくるのでしょうか??

(3)単身赴任中さん、いつもありがとうございます。

柱の件も、おばあちゃん食いついていました。日本の地殻変動が渦巻き型の件、なかなか検索で出てこなかったのですが、おばあちゃん突然、「私の家の近くは載ってるのかね?それとも尾鷲の方は?」と言い出したので、「近畿地方の地震」「津波」「地震本部」に「尾鷲」で検索すると!なんと!出て来ました!5ページ目の左下ですよね!

その部分だけをこのサイトでどうやってアップロードするかも、そもそも勝手に載せていいのかもわかりませんので、見ることが出来ました、とだけご報告します。

これ、ちょっとすごくないですか?? 日本列島?が本当にキレイにうずまき!ばあちゃんも、びっくりしていました!確かに図の見方はよくわからないので、見たままなのかどうかは不明ですが…。レオさんやほかの方、(特段コメントなかったですが、)見つけられたんでしょうかね?

(4)あささんへ(「10年後滅亡?」)

ご質問ありがとうございます。まず、10年後、というのは、あくまで「わたしが子供を産む」のが10年後ぐらいに感じた、というだけで、きっちり10年なのかどうかはまだわかりません。

で、おばあちゃんのニュアンスでは「世の行く末がわかる」ということなので、そのタイミングでそこから先に世の中がどう進むのか、(神様の?)見きわめが付く、ということのようです。

また、そこから先、すぐに世の中が良くなる、とか破滅する、とかいう事でもないようです。そこから何年か掛けて、ジワジワとわかってくるのでしょう…。それが破滅的な未来でないことを祈ります。(すでに結構こわい短歌などが出ているようなので、気になるところですが…。)

(5)まるさんへ(「祈りの仕方」)

ご質問ありがとうございます。おばあちゃんが、この方には正しくお伝えしたい、との事ですので、、、長くなりますが、よろしいですか?

おばあちゃんの意見を聞いてみたところ「私の祈り方が正しいかどうか判らないけど、ご参考までに」といって教えてくれました。文面はおばあちゃんが最近病院で日記とかに書きとめていたものを含め、すべておばあちゃんによるものです。おばあちゃん自身は、ひいおばあちゃん、そして夢のお告げの「和なる方」から学んだようです。一言でいえば、「形ではなく心、本質を理解する事が重要」だそうです。まるさん、そして心ある方は御一読頂ければ幸いです。

[1]本質

1.神様の望むもの

全ての生命は神様の愛する子供。子供同士で慈しみあい暮らして欲しいのが神様の望み。畏怖や正しい祀られ方を求めている訳ではない。人が感謝・謙虚・慈しみの「正しい心」を持って、祈りなどで神様に相対するならば、自然に言葉や行動に現われる。それがその人にとっての正しい作法。

今ある神道上の作法は、先人たちの経験からできているものであり、それに則るのが最善だが、完全に習得していなくては駄目な訳ではない。作法も、その成立背景と、何より「正しい心」を理解していなければ、作法を丸暗記して完全に真似る事が出来たとしても、何の意味も無い。

2.祈りとは

祈りは「得体の知れないものに向かって発する呪術的な何か」ではない。神様に超自然現象や奇跡を求める手段ではない。祈りとはイノリ、「意祝(のり)(=神様に敬意を示す)」「意乗り(=気持ちがこもっている)」「意宣り(=神様の前で宣言し自戒する)」であり、「神様に敬意や感謝を表して自分の真心を込めてそれをお伝えし、同時に自戒する事」が本意。

ちなみに神社の祝詞で「かしこみかしこみ…」とあるのは、神様への敬意の言葉。また、祈りは自分の心を鎮める。(魂を鎮める。たましずめ。)

3.願い事との違い

神様に対して何かを叶えて欲しいと願うのは誤り。なので、願いが叶わなくて神様を信じないというのは論外。願いは自分の力(周りの協力を得るのも自分の力の一つ)で叶えるもの。神様はサポート役。

「日々感謝申し上げます。自分はこうありたいので、(こうします。なので、)お見守り・お導き下さい。」とするのが正しい姿勢。そういう意味では願いと祈りは同じになる。そして、祈る事は、自分を磨く事と同じとも言える。

自分を「神様に、どのような人に相対しても恥ずかしい人間にはならないように」磨くために祈る、とも考えられる。魂を磨くには身体のあるうち。身体で感じる事を通じて魂を鍛える。

4.祈りの先にあるもの;悪い事が起こったら

神様に日々お祈りしているのに、身の回りに何か悪い事が起こってしまったら?それは神様と自分の間に繋がりが出来る前兆(繋がりが出来ると言っても、自由に相互通信できるという意味ではありません)、慶事。人間は元々良い面も悪い面も持ってこの世に生まれてきている。どんな善人にも悪心は有るし、逆にどんな悪人にも善心はある。

一方、神様の世界には善悪がない。世の中を成長させるために良い役割、悪の役割という事で役割区分はあるが、絶対的な悪は無い。(みひろん補記;ヒーローもののヒーローの役と悪役に近い考えのようです。悪役がプライベートではいい人だったりしますよね。)

悪神というのは、それを理解できない人間の想像上の産物。自分たちの心情を投影しているだけ。人間が神様の世界にお近づきになるには、禊(みそぎ)をしなくてはならない。この禊が「悪い出来事」であり、これを乗り越えれば自身の穢れを祓う事になる。

人間には前世からの罪もあるので、「悪い出来事」が酷ければ酷いほど、一気に禊を済ませる事になり、神様の世界に近づいているという事。(善人ほど悪い事をするとすぐばれる、というのは神様の世界に近いからすぐ悪事が露呈するという事。)

また「悪い出来事」は、禊だけでなく、それを通して自分自身を成長させることができる機会。人間を成長させる一番の薬は「逆境」。ちなみに、逆境を乗り越えるためには、自分一人で何とかするというのも正しくなく、一人で背負いきれない荷物は、他の人と「和して」協力を得て一緒に進めるのが正しい。周りの人にも成長の機会を与えることになる。但し、頼っているという謙虚な気持ちは忘れないようにする。

5.祈りの先にあるもの;悪い事が起きない人は

逆に悪い事が起きない方へ。ご本人というより、周囲の方、御先祖様のお陰。日々、感謝と謙虚さを忘れず、自分を向上させるように努める。能力のある人は、その能力を授かった事を感謝する。能力は自身の為ではなく、人の為に授けられたものである。

自分の努力で磨いた能力もあるが、そもそもそれを身につけられる土台は与えられたもの。実は一番罪に近いのは平穏無事に暮らしている有能な人。感謝と謙虚を忘れて、「我良し」に陥ってしまう可能性が高くなる。人一倍、日々気を付けねばならない。そういう意味では、幸運な人・不幸な人ともに実は平等なのである。

6.祈りの先にあるもの;自然災害の意味は

「可愛い子には旅をさせ」で、この世界は基本的に人間に任されているが、限度を超えると神様から災害など「警告」が入る。神様は人を不幸にするために災害を許しているのではない。災害が起こるたびに、自省をし、また被災した方に手を差し伸べる事で「和」の力を高める事が出来る。このことを忘れて、単に災害から助かろう、という心のみが働くと、恐らく「我良し」の人間が増えていってしまう。これは神様の本意ではないと考える。

一方、人為災害はそもそも「我良し」の心に拠るものなので、この世界は基本的に人間に任されている以上、基本的に人の知恵と心で解決する他ない。神様がもし介入する事になれば、それは究極的な事であり、これまでのお告げでも出てきたような究極の自然災害に繋がるのではないかと恐れるものです。そうならないよう、私は日々お祈りをしています。

7.補足(生き方…私の母が夢見で出てきた時の言葉から抜粋)

基本はあらゆるもののお陰で私は生かされている、と考える。(謙虚・感謝・和)人生は魂の修行の場、無傷が真の幸福であるとは思わぬこと。但し修業とは苦しさを感じる事ばかりではない。人生の素晴らしさを感じて修行に臨むのが真の修行。苦難のみが修行ではない。喜びを素直に受入れる事も修行。

楽しい事を楽しいと感じない、美しいものを見て美しいと言えないのは魂を殺す事。苦楽、喜怒哀楽、全てを使って魂を磨く。神様がそうするように、子供が生まれた時の喜びを忘れずにいなさい。あなたの子供には人生の素晴らしさを教えてあげなさい。あなたの子供の歩みを導き見守ってあげなさい。やがて自分の足で歩かせなさい。あなたの子供とはすなわちあなたの事。

神様から見れば、あなたも皆も、神様の子供。人は皆同じ命。命の繋がりを尊びなさい。他の命を食して命を繋ぐ事は罪ではない、命の繋がりの営み。ただ、心から感謝しなさい。

[2]実践

私が心掛けている事です。あくまでもご参考としてお扱い下さい。くれぐれも、この通りにできなくても正しく祈りが出来ていないと思わないようにして下さいね。まるさんなりに、心を込めて、お祈りをしてください。

1.心を整える

祈りの前、一旦心をカラッポに落ち着けて、全ての事への感謝の気持ちを高め、謙虚さを意識します。

2.集中する

他の事が考えに入らないよう、集中します。実はこれが結構大変で、ご自身の心を鍛えられる事にも繋がるかと思います。

3.対象を思い浮かべる

目を閉じて祈る先を思い浮かべ、そこに向けて念を発するような形で意識します。私の場合は眉間に意識を集め、そこから御祠(実在)と、その向こうにある大きな光の塊(私の意識の中の想像)に向けて、光線を放つような感じで祈り始めます。恐らく慣れが必要かと存じますので、皆様におかれましては例えば先ずはご先祖様に感謝のお祈りをされる事をお勧めします。

目を閉じなくても、お仏壇・ご位牌・お墓、などなど何かそれにまつわる実在の物に向けてされてはいかがでしょう。慣れたら目を閉じ、物を見ずとも、まぶたの裏に実在の物を思い浮かべ、という形になろうかと思います。神様に対しても方法変わらず、対象が社、祠、神棚、御札、などとなり、その先の神様(実際の神様は人型とは限らないでしょうが、ご本人が感情移入できる神様の絵などがあれば、そちら)に向かってお伝えすることになります。

4.祈りの内容

大きくは「ご挨拶、神様やご先祖様への感謝、(あれば誓い(願い)、)、お見守りお導きのお願い」になろうかと存じます。時間の長短は関係ないかと存じます。但し割合で言えば、私の場合は感謝が最低でも7割にはなるかと思われます。

5.言葉に発する

勿論、心の中でしっかり念じるだけでもよろしいかと存じますが、神社で言えば祝詞、仏教であれば読経、という事になるでしょうか。「可能な限り」で結構ですので、言葉に発するのが、なおよろしいかと存じます。余談ですが、ただ読み上げているだけ、正しい心で読まれていない祝詞や読経には力は無いと存じます。

6.補足

神社にてお参りする際に、よく「神様が祈りの主が誰なのか混乱するので」、先ずは住所と名前をお伝えするよう言われておりますが、あれは「神様が混乱する」のではなく、神様に対して、自分は何者であるかを名乗る「礼儀」と考える方がよろしいかと存じます。普通、人に対してもそうですよね。突然目の前に現れて、挨拶も無く用件だけを述べるのは失礼ですよね。

[3]心の平穏と平和

これは私が様々なお告げを受けて最近考えている事です。

・祈りは心を平穏にする(たましずめ、とお告げで言われた)。

・平穏な心であれば他に目が行き→自分にばかり目がいかず自身に執着せず、我良しでなくなり寛容になれる。

・平穏な心であれば間違った心は起きない。

・間違った心が起きなければ間違った行動は起こさない。

・一人一人間違った行動が起きなければ、節理は保たれる。

・一人一人の行動が世界を形作っている。

・自分は世界の一部であり、他人から見ればあなたは世界である。

・自分が罪を犯さず1日を終えた、自分は1日何かを産み出した

・人助けをした、これであなたは世界の1日分の平和を作った事になる。

・皆がその思いを持てば平和はやってくる。一人の思いや行動はやがて皆に伝わる。

・気付いた人から一人づつ、やっていけばよい。それが大きな力となり、世の中を動かす。

・今の世の中は、勝手にできたのではない。自分たちが作っているのだという自覚を持つ事が必要。

・今進むべき正しい道を、「正しい心を持って」「良く考える」事が必要。

・よく考えもせず、人から言われたままを鵜呑みにして生きていくのは操り人形、白痴の世の中に。

・自分が他人を間違っていると蔑んで、自分が正しい、自分の事ばかり考えているのであれば、人を尊重しない世の中に。

・話し合い、理解し合う事が必要。

以上です。偉そうな事を申して誠に申し訳ございません。不快に思われた方、どうかお忘れ頂ければと思います。

<10/3夜>

いつもの浜辺に波の女神様が現われ、次のように言われた。

「たましず、お役目ご苦労です。あなたとあなたの娘、孫で和してお役目をしていますが、あなたの思うよう、続けていきなさい。」「今は小さな動きなれど、信じられないかもしれませんが、これはやがて大きな働きに繋がります。」

「今もあなたのお役目に力を貸してくれる者たちが既に出て来ている事は気付いていると思います。動きは少しづつ広がります。」「しかしこれから、それに反してお役目に力を貸さない者たちも現われて来るでしょう。既にその芽は出始めています。」「果ては、あなたを介して伝えた事を否定する者も出て来るでしょう。しかしそれはやむを得ない事。」

「世の中を動かすは火と水。火が出れば水が出、水が出れば火が来るのと同じ道理です。」「あなたはただ自分の考えるところを信じてお役目をし続けなさい。」

すると次の瞬間、女神様の左手の上には「中で火が燃えている透明な玉」、右手の上には「中で水が波打っている透明な玉」が現われた。「たましずめ、祠に向かいなさい。」と女神様に言われたので、(おばあちゃんは)祠へ登って行った。

祠に着くと、波の音が大きくなり、空の色が色々な色に光り始めた。しばらくして、女神様の声だけが聞こえた。「神在りの祀りの後、師走より静かにやってきます。はじめは気付く者は気付き、気付かない者は気付かないでしょう。」「助言をしておきましょう。今は大いなるお方の創りたもうた世の美しきものをしかと目に焼き付けておきなさい。」2つの短歌がそれぞれ3回、聞こえてきた。

「みやしろに ぬすびとのこえ そよきこゆ うばひたるたま あなみそかなり」「もみじなく ゆきのとけたる あかしやま こがらしふきぬ あかもしろとて」最後に、たましずよ、潮目はまた変わってしまっています。仮初めとはいえ、さんかい(山海?何故かここは平仮名で頭に入った)の和が揺らぐは悲しき事です。」と女神様がおっしゃって、夢見は終わった。

●霧の鳥居前の夢見と短歌(10/5夜)

・おばあちゃんの夢に、いつもの霧がかった鳥居が現われた。

・今回は鳥居の少し奥に大きなキンモクセイの木があって、花が咲いていい香りがしていた(キンモクセイの木ははじめて)。

・鳥居の向こうから、太鼓をたたくような音が聞こえてきて、それに乗って短歌が聞こえてきた。男の人の声と、女の人の声が交互に聞こえた。

・聞こえてきた回数は全部でそれぞれ3回だった。2番目の歌は、1番目の歌の続きに感じた。

・歌が終わると、霧が晴れ、キンモクセイの木がなぜか桜の木に変わっていた。そして「夢見」が終わった。

(1)「あまぎやま かがみうつすは たつのみや はしよりいずる むらさきのくも」

(2)「たなびくは あまのくもじか よみのみち まちたるすくひ にじのきざはし」

[1]波の女神様(10/1夜の夢見)

女神様によると、「たましずめ」のお役目はまだ残っていて、また、おばあちゃんの中にまだお言葉が眠っており、時が来れば使いの方の知らせによって開かれるとの事でした。

あと、これまで伝えられてきた事は、歌に隠さないと伝えられないのが辛いが、この先も「伝えるべき者」に伝わるまで、人づてで伝わるので、今のまま伝えていくように言われ、歌に込められた意味を解くヒントを教えてもらったそうです。

(1)歌を読み解くヒント

1.歌の読み方は一つではなく、歌の中には事柄のほかに、起きる時期が詠まれているものもある。

2.ヒント

・『「おんべのはらから」よ、こちらに来なさい。』と女神様が言うと、後ろの遠くの山の方から、利発そうな顔立ちで着物を着た3人の子供が走ってあらわれた。一番背が高い姉、それより少し小さな弟、一番小さな妹の、姉妹のようだった。

・「わらじたちよ、これを解いてみなさい。」と言うと女神様は「つき」、「ふね」、とそれぞれ2回づつ言った。

・姉が『「つき」は「月」と「次」、「ふね」は「海の船」と「空の舟」ですね。』

・女神様はうなずくと、次に「かむろやま」と3回同じ単語を言った。

・弟が言った。「かむろやまという名前のお山です(たぶん神室山)。」

・妹が「かまやむろ?」と読み違えた。その後で直ぐ続けて姉が言った『「か・む・ろ・や・ま」は「か・ま・や・む・ろ」で、かま(竈)やむろ(室)、の事か、かま(鎌)や(矢)むろ(窟)、でしょうか。』

・姉が言った。 『「かむろ(禿)の山」は山の木々がかむろ(禿)となる時節の事です。』

・「3つの答え、それでよろしい」女神様は言うと、ではこれは? と言って、「とり」と4回言った。

・妹;「空を飛ぶの。」

・弟;「酉の年や刻、鳥の飛ぶ時期など時節のことです。」

・弟;「とりの方角もでしょうか。」

・姉;「十里(とり)、十理(とり)のことでしょうか。」

・「4つの答え、それでよろしい、ご苦労、お山にお帰りなさい。」女神様が兄弟に綺麗な貝殻を渡して言うと、姉妹は「なみのひびき、しらなみさまのおぼしめし」と言って帰っていった。

・その後女神様は「読み方だけでなく、知恵や知識も必要です。これからも、和して多くの者の力を借りなさい。」と言われた。

(2)おばあちゃんの気になっているイメージ

(前回投稿の追加更新になります!)

今回も、おばあちゃんの頭の中に浮かぶものを教えてもらって、書いています。(おばあちゃん、「記憶のお告げ」以来、なんかこんな能力にも目覚めつつある? のでしょうか??)

今回はおかあさん経由での情報です。単なる妄想かもしれませんが…との事です。

1.バリ島の噴火懸念の件

今、なにかの力が大きな噴火をとどめているように感じる。うまくいけば、小噴火が数回続いておわり。うまく行かなければ大噴火してしまう。

大噴火の場合、各国政府の協力も得て復興はするだろうが、後々、思いもよらないところで日本と他数か国に悪い影響を及ぼす原因を作ってしまうように感じる。

2.大きな蜘蛛が通路を逃げる

大きな蜘蛛が、誰も知らないような通路を、移動というよりは何かに追われて逃げている。蜘蛛の向かう先で、何かが手引き案内している。

3.蜘蛛その2

蜘蛛の巣を、誰か人が大きくするのを手伝っている。その人の後ろでは、隠れた小部屋で何人かが刃物を研いでいる。

4.「策」「乱」「女」

「策」「乱」「女」という単語が、消えているテレビの画面に浮かび上がるように見える。

投稿日:10月10日(火)

●10/7(土)夜「かんろ…」

30代ぐらいに見えた「わたし」が夢の中で着物を着てお姫様のような格好で出てきて(めっちゃ恥ずかしいですが)、「かんろ…かんろ…」とおばあちゃんに伝えた。(わたしがおばあちゃんの寝ている耳元で「かんろ」とささやいたわけではありませんので、あしからず!)

●10/8(日)夜「玉手箱」

・おばあちゃんの夢に、亡くなった漁師のおじいちゃんがまた出てきた。

・おじいちゃんは漁から帰ってきたところで、出迎えたおばあちゃんに、「土産だ。竜宮の乙姫様から玉手箱をもらった。ちゃんと開けずにお前に渡すように言われたので持ってきた。」と言って、箱を渡した。

・おばあちゃんが笑って3重に重なった小さな箱を受け取ると、頭の中に女性の声が聞こえてきた。

・言われた事は「目の見える者には見えず、見えた者でも理解できぬ物を見せましょう。」「上の2つだけは開けてもよろしい。残り1つはまだ開く事が許されていません。」「開ける時はあなたひとりで開けるのですよ。」

・おばあちゃんは一人でほこらの前に箱を持って行き、一番上の箱をまず開けた。すると、ものすごい量の黄色い煙が立ち上り、おばあちゃんは煙に巻かれて空に浮かび上がった。

・次の瞬間、見える景色がぼやけ、上中下にずれて3つ現われ、次に上と下がそれぞれ紫色と緑色の透明なフィルムに焼き付けられたように変わり、それぞれが空の方向と地面の方向にずれて消えて行った。

・しばらく何も聞こえなくなった後、急にさっき隠れた2枚のフィルムが上と下から猛スピードで現れて重なり、ものすごい音がしたような気がした。

・そして一瞬、天地が逆転したように感じ、光で目が開けられず、声も出せず、おばあちゃんはさらに高いところへ飛ぶように上がって行った。

・光がおさまったので目を開けると、目の前に箱は浮いており、自動的に2つめの箱が開いた。

・箱が開くと辺り一面が真っ暗闇になり、しばらくすると景色が一変しており、おばあちゃんがいたところがものすごい高さになっていた、か、周りがものすごく低くなっていたか、とにかく大きく地形が変わっていた。目の前にあったはずの海が見えなくなっていた。

・箱はまた目の前にあったが、3つめの箱はフタがカタカタと動くのみで開かなかった。フタが動くたびに、光がもれていた。

・また頭の中に女性の声が聞こえてきた。「人が変わるのではない。あなたたちの知る天地の理があなたたちにとっては変わり、変わることができた者がそこに存在しているのです。」

・後ろから気配がしたので振り返ると、以前石の柱から出てきた「時白砂(ときしらす)」様が立っていた。「今は失われし、きいずる(紀出、と頭の中で変換された)の命が絶たれて後、大いなる方が手を加えられる事、4度の作り直し。この次の建て直しは人には計り知れまいて。」と言われた。

・「時白砂、ときしらず。ときのうずはいまだ定まらず、ただ、みこころのみに従うものなり。」と言われて、次の歌を2回、詠まれた。

・「ときつなみ ひかりのなみと まじわりて あたらしきみよ はしよりひらく」

 

・最後に、なぜかまた「昨日の夢見に出てきたわたし」が背後に現われて、「さあ、戻りましょう」といっておばあちゃんの手を取り、そこで夢が終わった。(ちなみにわたしはおばあちゃんが寝ている時に、手をとって「さあ戻りましょう」とは耳元でささやいてはいません。)

 

 

 

 

 

«わたつみの…、9月2日(土)投稿文より