2018年1月19日 (金)

系譜

 さて、「別のもの」とは、「もののべ」の変形アナグラムだ。「の」が二つ重なるので、「つ」が入るだけだ。そして、その意味は「噐」だ。ほんの少人数でも、それの器になってほしい。あなた方を救えるのはあなた自身であるからだ。「それ」とは言霊「ス」において、魂が透明に至った時の発光である言霊「ラ」だ。

 Osho ラジニーシは、「覚醒に至らせる教えは全て、偽りの教えだ。」と言った。法華経で言えば、「三車火宅」の喩えに当たる。ブッダの働きとはは、覚醒に至らせる状況を作ることだ。あなたの魂を救うものは、あなた自身なのだから。

 さて、ラトナ・ブッダは、「妙音菩薩」の働きがあり、多分、北十字星あたりより、私の頭の左側に感じられる大きな光である。しかしながら、私自身ではなく、別個の存在である。法華経の絡みで、その名前「らとな」を使わせて頂いたが、「ブッダ」という称号は似合わないと感じていた。そして、私は既に言霊、数霊について語っている。

 Osho ラジニーシは晩年「ゾルバ・ザ・ブッダ」を提唱していた。ゾルバとはギリシャの作家ニコス・ カザンザキスの小説『その男ゾルバ(原題:Zorba the Greek)』から来ていて、快楽主義者、享楽主義者の代名詞のようではあるが、物語の終盤で、ゾルバはクレタ島の明るい太陽の下で悠々とダンスを踊り始める。つまりはアカデミックでない芸術家だ。

 私は現在、普通の仕事をしているので、芸術的というより実用的ではあるが、かといって仕事を超えている。なので、どの名前がふさわしいのかと少々悩んでいたが(笑)、そんな時「別のもの」という言葉が降りて来たのである。しかしながら、「もののべ通信」とタイトルをつけると、「ニギハヤヒ」に近寄り過ぎる。たとえ、私が彼の分霊であったとしても私は別のものだ。

 それで、どうしようと悩んでいると(笑)、「光であれ」という言葉が降りて来た。であれば、皆さんと分かち合おう。

 「光でありなさい。」…、花や星たちのように…。

2018年1月 1日 (月)

ひと枝の花

縁あって、一枝の花と共にある。

あまりに密やかで、あまりにも芳しい。

あまりにも弱々しく、あまりにも力強い。

冥想は、自然に始まり、やがて、ひとつになる。

私の肉体は単なる輪郭に過ぎない。

花びらも単に輪郭だ。

輪郭が無い時、ひとつになる。

存在とはそれぼどにかよわい。

星たちも同じようなものだが、何かを囁いている。

きらびやかに見えるるが、芳香を感じ取れる者はわずかだ。

私は別のものだ。

2017年10月25日 (水)

細石神社参拝

10月3日火曜日に、細石神社に参拝することができた。

Sazare01_2

本堂

 阿吽の狛犬が良い表情をしている。

Sazare02_2 Sazare03_2

二つの神石

 

Sazare04_2 Sazare05

 

そばにある築山古墳(つきやまこふん)

 

Tsukiyama_kofun01_2

 細石神社は福岡県糸島市三雲にある。「イトシマ」は、五十に仕切られた間という意味になり、言霊を指し、「ミク」三と九、「モ」は、守る、盛る、積み上げるなどの意味があり、数霊を表していると取ることもできるだろう。古代の神々はどうしてもそれを我々に伝えたいのだ。

 糸島といえば、桜井神社だが、その御祭神は、神直日神(かむなおひのかみ)・大直日神(おおなおひのかみ)・八十枉津日神(やそまがつひのかみ)である。その言霊的意味は

 

http://kono87.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/02-fcb5.html

 を見て欲しい。

 糸島市志摩の二見ヶ浦は当社の宇良宮(うらのみや)として、伊弉諾命(いざなぎのみこと)と、伊弉冉命(いざなみのみこと)を祀ってあるが、三重県伊勢志摩の二見浦にある夫婦岩の間から日が昇り福岡県糸島市志摩の二見ヶ浦にある夫婦岩の間に日が沈むのだという。言わなくてもわかるよね。真のご祭神は太陽なのだ。太陽は日であり、言霊原理の象徴である。

 君が代は「国歌」であるし、言霊的な意味は前に書いたので、やはり、数霊的な解釈も書いておこう。神霊に対する感謝もある。

 まず、君は伊弉諾(数霊5で「イ」)と伊邪那美(数霊50で「ヰ」)で、足すと55で、言霊「ギ」が導かれる。これは前に述べた通り1から10まで、足した数字でもあり、「義」という意味が出てくる。現代は大義、正義があやふやになっている時代であることを肝に命じて欲しい。国常立命は、東北に隠遁されたのはその政ごとが厳しかったからという寓話がある通り、「義」を守るのは厳しい側面もある。

 

 前置きはこれくらいにして、解読に入ろう。アリオンの詩文と同じ方法である。前の記事の三方陣を見ながら読んで欲しい。

君が代は

「キ」は数霊10、「ミ」は数霊35、足すと45(言霊リ→理、理を通すことが、義である。)そして45の十と一の位を足すと9である。「ヨ」は四角形。三方陣において九つの数字が揃うことは、外枠の十を意味する。二桁以上のそれぞれの位の数字を足すというのは、9で割ったあまりの数がその二桁以上の数字の全体の数霊を示すからだ。従って、前置きに書いた55より、5+5=10→1なので、ここで、すでに神、上より1が上段、9が下段で、足して「十なりて」である。

千代に八千代に

は言霊チで数霊20、4で散らばすのだから、数霊5が導かれ、が542(伏線として、5を中心に2の二乗が4)、「八千代に」は、8542(伏線として5を中心に四隅に2の倍数、2の三乗が8)、2の倍数を四隅に置(「ち」と読める)くと示している。

さざれ石の

2の三乗の「3」を受けて、3x3=5+4=9

いわおとなりて

「いわお」は、岩が5と8、「お」は数霊2にあたり、5+8+2=15なのだが、「と」で5を除くと向かい合った数字は10になると強調し、「なりて」で7が、3の向かい側になることを示唆している。

こけのむすまで

「こけ」が「九つの気」である。「むすまで」は伏線にあった2の倍数であり、3の倍数でもある6が4の向かい側に入る。前置きにある伊弉諾と伊邪那美で55→5+5=10で、10は神の意味である。神は義を重んじ、九つの数字が揃うと十全である。6で「結す」んでいるのだ。

 出来過ぎのように感じる方もいらっしゃるでしょうが、私がこんな手の込んだことをし組めるはずもない。全ては神の御心のままに。あるいは、「あるがまま」に。

2017年9月27日 (水)

細石神社に行けなかった話

 昨日(9/26/2017)は、福岡県糸島市の細石(さざれいし)神社に行く予定だったのだが、中止になった。祭神は磐長姫と木花開耶姫。前に木花開耶姫を祀る富士山本宮浅間神社が、初めて神霊に呼ばれて行った神社であったので楽しみにしていた。

 私が昔、「ひふみ」という名を日輪さんからいただいて、最初に参拝した神社は、千葉県成田市の麻賀多神社(祭神は和久産巣日神)であった。和久産巣日神は音図のことであり、音図は田とも言う。成田(ナリタ)市にあることに気づいて欲しい。

 

 社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命(わかひるめのみこと)を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。

(https://ja.wikipedia.org/wiki/麻賀多神社)より引用

 これをわざわざ引用したのは、今はまだ詳しく言えないが、集まりつつある仲間たちに知らせるためである。

 その敷地内右側に隣接されているのがひふみ神示あるいは日月神示と呼ばれるものが降りた「天之日津久神社」である。参拝の時、私は「何か奇瑞をお見せください。」と「天之日津久神」にお願いすると、直ちに雉が3回鳴き、続いて犬が3回吠えた。そして、私は申年生まれである。これが意味するのはおとぎ話「桃太郎」であり、3x3に留意して欲しい。

 数日後、木花開耶姫の神霊により、富士山本宮浅間神社の参拝を依頼された。行って見ると、果たしてそこには、「桃太郎日本一」の「のぼり」が掲げられていたのである。そして、太鼓の音でもって迎えられたのを覚えている。

 さて、細石神社には、行けなかったが、神霊は直感を降ろしてきた。

君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで

 「さざれ」3X3を意味し、「石」は5+4で、9つの数字の目である。この部分が「木花開耶姫」である。「いわお」は、岩が5と8、「お」は数霊2にあたり、5+8+2=15になる。これは三方陣

「618

 753

 294」

の「米と井の字」の足して15になる8本のラインのことである。この部分が「磐長姫」である。

「こけ」が「九つの気」である。実は歌詞全体に数字が散りばめられているのが、分かる人には分かるであろう。全部は書かないでおこう。

 そして、日月神示にある「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」は「足して15になる8本のラインがある。」という意味も含んでいる。

2017年8月28日 (月)

ARION「赤い月の形としての物語」の解読

*赤い月の形としての物語*

 

〔プロローグ〕

銀色の舟の娘は、葦の夢の中に分け入る。

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

 先日、「セフィロトの樹について」の記事で、11の色霊が銀色であることをお話ししたところでした。ここでも三方陣を見ながら進めましょう。

Sanhoujin

 

「銀色の舟の娘」は、11の一と十の位を足して生まれた数字、すなわち「2」=フ(ゥ)音のことです。「葦の夢の中」は三方陣の下の段を足に喩えたところに分け入るという意味で、確かに2は、下段に位置します。

 

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

ゴーマは真ん中の「5」のことで、星の形は縦横斜め(足して15)✳︎で、布の国✳︎を縫う野(緑)の意味、国は枠の意味なので、やはり「5」を示しています。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

前述の2+5=7より暗い日々は「7」、夜明けは朝日の色の「3」。これで、三方陣の中段である、7、5、3が揃います。黒い羊の葬られた所へは2本の角をもち、霊2字(ひつじ)と読めるので、数霊「2」のこと。黒いは赤色を暗くすると紫になり、「8」を補足しているので、3+5=8を示唆しています。これで、2、5、8の斜めのラインが揃いました。黒いは9と6で、2+5+8が足して15になることも示しています。

 

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

「見よ」は、3と4で、3+4=7を示唆し、前項の8とともに8、3、4の縦のラインが揃いました。は十理で、5を挟んで7と足して10になる夜明けの町3の関係を示しています。こだまするは「見よ」に既に3を含んでダブっているからです。

 

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

は、霊十でやはり足して10になる関係を示し、赤い月は「2」ですから、「2」と表面、影の位置にある「8」は紫色であり、赤を紫に変える水色「6」が冥王です。2+6=8を示唆しています。ここで、6、7、2の縦のラインが揃いました。隠されていた嘆きは苦で「9」を示し、嘆きは「7」、壺はツボで「2」なので、2+7=9を示唆しています。

 時間があまりないので、本日はここまで。解読の過程をお見せするのも、良いかと思います。ARIONがなぜ、しつこく三方陣を取り上げるのかを考えますと次のような理由が考えられます。

1. 言霊、数霊は普通の勉強のように覚えていく必要があり、記憶(言霊オの領域)に働きかけている。

2. シャレで音の響きに対する感覚、自由な発想を磨き、直感を呼び起こそうとしている。

3. 日本人の血の中に流れる世界で一番芳醇な日本語の言霊、数霊を日本人に取り戻させようとしている。

4. これは蛇足だが、真言密教では、曼荼羅を目で追うことによって、感じていく観想という瞑想方法があるが、これに通じたところがある。座禅のように受動的ではなく能動的な瞑想である。

 それでは、次回より、解読を続け、文章を付け足していきます。

   1

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

その染みは、大人になっても残るだろう。

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

バビロンの夢は、シバの思い。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

 

8/31(金)追記

 

では、第1節に入りましょう。

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

子供は人(ヒト)を共に固めたで、11の十と一の位を足した2である。

「の」は野の緑色、肌は八田で8を指すので、子供の柔らかい肌は三方陣の2、5、8のラインを示す。柔らかい肌は8(や)と8(は)の和すなわち8+8=16を示しており、悲しみ(ブルー)の6、黒いは9+6=15、雨は言霊ア目で数霊1なので、足して15の6、1、8のラインを導き出す。

その染みは、大人になっても残るだろう。

 

染みはエピローグの項を受けて、青の6、大人は18を意味する。

 

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

岩屋は(イワヤ)で5+8=13を、向こうは6(ムこう)なので、獣は四つ足の4を意味する。数字の配置を見てほしい。

 

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

 

多くは9x9=81、口は枠のことなので、81の数霊、言霊を指している。何の力も持たないは無力で6なので、8、1、6のラインを示している。

また、多くの人は人々なので、11で、覚醒者たちも示す。だから意味的には染みは欲望のこと、4は死で、人類を滅亡に向かわせる闇のグループの波動について言っているのだが、それについてはまた別の時にまとめましょう。ちなみに数霊11は言霊サ、魁(さきがけ)の意味である。

 

バビロンの夢は、シバの思い。

バビロンは音感より、8、1、6のライン。夢は7。シバは、4と8。思いは田(音図)の中心で5のこと。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

イカヅチは、イ数地により5なので、、鷲の巣の「8と4」を分けるのは、3である。7、5、3と8、3、4のラインを示している。

   2

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

「さて」と娘は話す。

「私は何処に着くのでしょう」

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

「水の王」は娘のために舟を出す。

 

ここより、9/5(火)追記

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

フランスの「フ」が2、漢字で「仏蘭西」の、仏が1+6=7及びム6が1の隣に位置するため、三方陣の西側に位置する2、7、6を意味している。ジャンヌは「ジ」より2だが、「ャ」より8を予見させています。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

カリブは中米(*)で5であるので、9+6=15(黒い)より、足して15になるのは、旗は八田より8で、2、5、8のラインを示す。

「さて」と娘は話す。

 

「さて」は図の左側に位置する(11→1と1を結ぶという意味)という意味と三と二(手は2つ)で、3+2=5を示している。話すは「は」の「8」なので、再び2、5、8を補足している。

「私は何処に着くのでしょう」

 

は2、何処は「ナニ」と固(こ)で、2+7=9の数式を示している。着くは2と9を補足している。

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

娘の舟2は、(2)の影7、ヴィナスは金星の9、は7なので、2+7=9の位置関係を強調している。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

「海王」は海王星が太陽系の太陽に近い方から8番目の惑星であることもあり8で、「眠りの王」は宵闇色の7、大いなるは、8と7とそれぞれ足して10になる関係も示す。7と足して10になるのは3、8と足して10になる2したがって楕円の舞踏会は2、7、8、3を廻る。「火の王」は「ひ」より1、「木の王」はき=黄色より4、密談は3なので、1+3=4の数式を示す。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

 

楕円の内側の「土の王」、地である5は、足して15になるはずの、3と7、2と8の真ん中であるので、ひとり外れています。嘆くは9-7=2を予見させる。また、5は地球のことと思います。

「水の王」は娘のために舟を出す。

「水の王」は水色の6、は2、ためは多目なので、も2、2x2=4を6を足すと10である。と同時に2+4=6を示している。

この節では、太陽系の運行とその影響について、何か言っていますが、天文学に詳しく、何か気付かれた方はコメントよろしくお願いします。

最後に修正する必要があるかもしれませんが、次回は第3節に進みます。

   3

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

わざわいは、8=3+5、は宗で中心、ポケットの中で、5をさらに強調している。

苦しみは、海の水から来るだろう。

 

苦しみは9と3、海の水は6と3、来るは9で、3+6=9を示唆していると同時に、三つの数字繰り返すことで、3の倍数を強調している。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

 

ここで極めて直感を刺激する表現をしている。日本がどの数字か解れば、自ずと他の数字が判るだろう。日という字を三方陣に照らせば、三本の横棒があり、本という字は木(緑色)に横棒が入っているので、7、5、3のラインを意味している。だから、火(1)を吹く(2と9)、6頭立て(そのまま6)の戦車(シャが8と4)は、6、1、8と2、9、4のラインを意味する。日本の国の頭とは、三方陣の東(の境)に位置する3、東京のことだ。また、は線でラインを示す。

 

9/10(日)追記

日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

これは、7、5、3以外の数字は、3絡みの数式で示すことができるという意味で、6=9-3、1=3-2、8=2の3乗、2=3-1、9=6+3、4=1+3を示している。

 

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

 

日本(3、5、7のライン)の国(9と2で、下段のラインの4を予見させる)、大いなる(4と足して10になる6頭立てを示唆)、虐殺は死で4(3+5+7=15、9+2=11、15−11=4)、はア(数霊1)と、足して10になる9、アジアは1、は米より五音で5、自国は2、5、9なので、蒔くは5、9(9ー5=4)、1、5、9の縦のラインと4、9、2のラインを同時に示している。

 

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

 

「鯨の夢」は9-2=7、貪るは頭文字ムで6ので、6、7、2の縦のラインを示している。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

国賓は9、は7、人々は1+1=2なので、7=9-2を示し、手中は足して10になる数字3と7、及び5(中)で、日本の国である。2、7、及び貪る6のラインが西に位置することに注意されたし。

この節の内容については、やはり別の機会にまとめたい。

 

 

   4

銀色の 娘は、その形をもって判断する。

血と水を分ける。

鉛と銀を分ける。

風を空気から、分ける。

石を岩から散り出す。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

これより、9/10(日)追記

 

銀色の娘(11→1+1=2)、実はこれは我々の魂そのものことだ。

その形をもって判断する。形は方陣と色霊のこと。判断するは分別すること。

ここで、月宮が必要になるだろう。これと三方陣(太陽宮)を見比べながら、数字を追って欲しい。

4 9 2

3 5 7

8 1 6

 

注: 過去の解読で、月宮には太陽宮(三方陣)の足して10になる真裏の数字が並び、太陽宮の10(大外枠)が月宮の1になるとの記述があった。

血と水を分ける。

(2、赤)、(6、水色)で分けられたのは、8(紫色)だ。2の位置は月宮では8になる。2+6=8の数式を示唆。

鉛と銀を分ける。

(7、紺色)、(11は月宮の1で、銀は白金色ともいい、その白)で分けられたのは、6(水色)だ。7-1=6の数式を示唆。また、月宮の1の位置は太陽宮の9(金色)である。

 

風を空気から、分ける。

(言霊イ、数霊5、緑色)、(水色、6)、は黄色の4だ。6、5、4の斜めのラインを示唆。

石を岩から散り出す。

(5と4)、(5と8)、(サン)はこれらの数字に囲まれた3だ。8-5=3の数式と8、3、4のラインを示唆。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

太陽は、大10と日4、太陽の下にあるのは空(6)、10-4=6の数式を示唆。

 

〔エピローグ〕

地には這いずりまわる者の音が満ち、

天には炎が満ちる。

オメガはアルファであり、点であり線であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

火を吹く楕円には解答は無い。

線を描く卵にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

 

9/13(水)追記分;

地には這いずりまわる者の音が満ち、

地には(5、2、8)、這い(8)ずり(マイナス)まわる者の音が満ち(3)で、8-5=3

 

天には炎が満ちる。

天には(10-2=8)、炎(ヒ=1が二つで2)が満ちる(2の3乗は8)

オメガはアルファであり、点であり線であることを

太陽宮      月宮

6 1 8   4 9 2

7 5 3   3 5 7

2 9 4   8 1 6

オメガ(太陽宮の最後の文字9)はアルファ月宮の最初の文字1)であり、9+1=10(テン)であり、太陽宮の9、5、1の(ライン)は月宮1、5、9であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

 

黄金の火(太陽宮の数霊9)の(縦のライン、9、5、1)の(5)を中心にして、柱(端の数字を結ぶ)と人々1+1=2より、2、5、8、柱のハシで8、4を(3)いだすだろう。

「中に」は7と2も意味しているため、実は全てのライン(柱)を言っているのだが、6と4は「無視」されている。

また、これをいうとごちゃつくので、細かくは書かないが、四角錐(ピラミッド型)の底面(地面)に太陽宮があり、逆さまのピラミッドが宙に浮いていて、その上面が月宮で、それぞれのピラミッドが頂点を接点にして上下に向かい合っているのを想像すれば、人々が太陽宮の10である月宮1(銀色の11)も意味していることがわかるだろう。太陽宮と月宮の大外枠が共に大いなる10である。(立体的に感じる為の補助)

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

翼を切り取られた者たち、「翼」は2、8、3、足すと数霊13、言霊ス(澄、悟り)をほのめかしている。「切り取られた者たち」は人間のことだ。

火を吹く楕円(第2節より、2、7、5、8)には解答は無い。

線を描く卵(*を描く数霊のこと)5にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

自分たちの望み、願うものは、これらの図表にはなく、我々の中にある。

 

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

現実と呼んでいる夢の中及び図表を追って夢想していた我々の内側にある感受性を生かし、言葉に表すことによって、探し出しなさい。それより他には、銀色の船である覚醒への乗り物である(我々の肉体)に宿る神の形見分けである我々の透明な魂を取り戻す手だてはない。それによって、神のひかり(言霊ラ)も輝きを取り戻すだろう。

 

   *******************************************************************

1991年3月21日に 宇宙神霊ARIONの媒介者、北川恵子氏がA氏の詩(3/4)として発表された「赤い月の形としての物語」全文。

 

タイトル「3/4」は詩文の実(真実)のこと、副題「赤い月の形としての物語」の「赤い月」11(覚醒体あるいは神)の子としての人々フ音(1+1=2)の意味。「形としての物語」は漂う船(魂)の旅になぞらえた真型(地に転写された数霊の三方陣)=モノリス(モノに鎮まった理)。

最後に…、〔エピローグ〕

これらの解読は「らとな」の理解であり、現実界に隠された真実や別のことを言っている部分もあると見受けられる。また、詩文には一見関係のないあなたの直感を引き出すこともあるでしょう。少しでも参考にしていただければと思います。

9/8(金)19:30頃、福岡市の東の空のペガスス座のα星か、あるいはアンドロメダのα星か、一つしか星が見えなかったので断定できないが、その星が突如揺らいだ後、数分間、左側にUFOが赤、オレンジに輝きながらギクシャクと反の字に旋回していた。

同時に「これは我々ではない。」とARIONからのテレパシーがあった。この時期、天気が良い夜には夏の大三角形が見えるでしょう。「はくちょう座α星 デネブ、わし座α星 アルタイル、こと座α星 ベガ」、3星のうちベガとアルタイルは、七夕の伝説における「おりひめ(織姫)」と「ひこぼし(彦星)」というすごい顔ぶれである。(https://ja.wikipedia.org/wiki/夏の大三角より)

いずれにせよ、「すべの存在に感謝します。」と言うより、天地の区別なく、「ただ、感謝がある。」

2017年8月21日 (月)

ARION語録(原文)目次

 ARION語録(原文)をカテゴリーに収めましたので、ご利用ください。これから、テーマ別にコメントしていきたいと思いますが、手元のメッセージは、これだけです。もし、これ以外のメッセージをお持ちの方がありましたら、お知らせ頂けましたら幸いです。

目次

ARION語録 1~5

ARION語録 6~10

ARION語録 11~15

ARION語録  16~20

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赤い月の形としての物語

2017年8月20日 (日)

赤い月の形としての物語

*赤い月の形としての物語*

 

〔プロローグ〕

銀色の舟の娘は、葦の夢の中に分け入る。

ゴーマは、星の形を散りばめた布の国から。

暗い日々の夜明けは、黒い羊の葬られた所へ。

「見よ」と声がする。

叫びは鳥の鳴き声と共に、夜明けの町にこだまする。

人は赤い月の表面に、メイオウの影を読み取る。

その時、隠されていた嘆きは壺の中から出てくる。

   1

子供の柔らかい肌に、悲しみの黒い雨。

その染みは、大人になっても残るだろう。

この染みは岩屋の向こうから狙っている獣の標的となるだろう。

多くの人が口にする言葉はもはや何の力も持たない。

バビロンの夢は、シバの思い。

イカヅチと共に、鷲の巣を砕く。

   2

ジャンヌはもはやフランスから来ないだろう。

黒い旗はむしろカリブの方向から来るだろう。

「さて」と娘は話す。

「私は何処に着くのでしょう」

そう、娘の舟は月の影を回り、そしてヴィナスの夢を見る。

大いなる「海王」と、大いなる「眠りの王」との

楕円の舞踏会では、「火の王」と「木の王」とが密談を交わす。

ひとり外れて「土の王」が嘆く。

「水の王」は娘のために舟を出す。

   3

わざわいは、あなたがたの胸ポケットの中から。

苦しみは、海の水から来るだろう。

火を吹く6頭立ての戦車は、日本の国の頭の部分に攻撃を加える。

日本の国は、大いなる虐殺の後にアジアの稲を自国に蒔く。

日本の国は「鯨の夢」を貪るだろう。

国賓と呼ばれる影の人々が、この国を手中に収めようとしている。

 

   4

銀色の 娘は、その形をもって判断する。

血と水を分ける。

鉛と銀を分ける。

風を空気から、分ける。

石を岩から散り出す。

そして、太陽の下へと帰るだろう。

 

〔エピローグ〕

地には這いずりまわる者の音が満ち、

天には炎が満ちる。

オメガはアルファであり、点であり線であることを

その黄金の火柱の中に、人々は見いだすだろう。

自分たちの望み、願うものがこの中にあるのかを

翼を切り取られた者たちは、考えるだろう。

火を吹く楕円には解答は無い。

線を描く卵にも、解答は無い。

解答は地を這う者の中にある。

現実と呼んでいる夢の中から、砂金を探すように目を凝らし

耳を澄まし、声を大にして探せ。

これより先に舟を見つける手だては無い。

 

   *******************************************************************

1991年3月21日に 宇宙神霊ARIONの媒介者、北川恵子氏がA氏の詩(3/4)として発表された「赤い月の形としての物語」全文。

ARION語録 11〜15

ARION語録  11

―――――――――――――――

【1】(儀式次第)

かごめ、かごめ かごの中の鳥は

(A-RI-O-N)

いついつ 出やる 

(今、今、出やる)  

夜明けの晩に     

(真昼の荒れ野)   

ツルとカメがすべった

(うつつと夢が合わさった)

うしろの正面だあれ   

-------------------------------

【2】

かごめ、かごめ かごの中の鳥は

(A-RA-A-A-)

いついつ 出やる

(今、飛び立つよ)

夜明けの晩に 

(真昼の荒れ野)

ツルとカメがすべった

(ツチとアメが交わった)

うしろの正面だあれ

-------------------------------

1、うしろの正面だあれ

(あなた、そして私)

2、うしろの正面だあれ

(あなた、そして、あなた)

3、うしろの正面だあれ

4、うしろの正面だあれ

5、うしろの正面だあれ

6、うしろの正面だあれ

(祈り)

我らは大地に請願する者なり

我らは大空に請願する者なり

我らは大天に請願する者なり

我らに力を与えたまえ

我らは男であり女であり、我らは一にして二の子である

我らにソロモンの知恵を授け、その力を行使する権利を与えたまえ

宇宙大帝に請願する、我ら盤石とならん事を欲する者なり

このヤマツクニに盤石とならんとする者である

(マントラ詠唱)

(質疑応答)

あなたはだあれ?(私はワタシ)

あなたのうしろはだあれ?(私はワタシ)

---以下、同様の質問---ナイフを胸に突き付ける

かごめ かごめ (今、開かれる)

かごの中の鳥は (今、飛び立つよ)

いつ いつ 出やる (今、今、飛ぶよ)

夜明けの晩に (真昼の荒れ野)

ツルとカメがすべった (ツチとアメが合わさった)

うしろの正面だあれ (私・あなた・あなた・私)

(マントラ詠唱)

終了後、参加者(霊)をシャボン玉に乗せて見送る

   _______________________

   ARION語録  12 

(1)転生する時に『私』という自我感覚は失わないが、霊界での

   記憶や以前の人生の記憶は潜在意識の奥にしまい込まれる。

   霊的なレベルが高くなればなるほどに自我とは何かを知る様

   になるので転生する必要性について考察してから転生する様

   になる。

   霊的レベルの低い者は、転生に関して不安を抱く者も多い。

   神霊達や守護霊達は、彼らには大まかな話しか出来ない。ま

   だ理解出来るところまで達していない霊達は転生は必要不可

   欠な事と教え込まれる。そしてその時期が来たら霊達は仮眠

   状態に入り、神霊達や守護霊達の選んだ肉体に入る準備をす

   る。

   全ての霊が自分の転生について、決定権を持つ訳では無い。

   自分で決定する能力を有していない、そのレベルまで到達し

   ていない霊達は意外に多い。そして多くの発展途上の霊に

   は、神霊は直接には話すことは無い。守護霊が代わって彼ら

   の面倒を見ている。

   神霊が関わるのは、かなり霊的にもハイレベルに達した者だ

   けだ。これは振動数が大きく異なる者どうしが、話し合うこ

   とが出来ないという風に理解して貰ってもいい。

(2)これから市民レベルの意識革命が起ころうとしている。全世

   界の有識者が日本の動向に神経を尖らせている。それは何故

   か? 日本こそがこれからの世界の運命を左右する力を持っ

   た国だからだ。国と言うよりは、むしろ国民と言った方が正

   しい。日本という国土に育まれたボデイに今世紀転生できた

   魂が地球の動向を握るからだ。

   市民レベルの意識革命の発端となるムーブメントは、避けて

   通ることは出来ないんだよ。生命の存続を賭けたムーブメン

   トだ。これは、『原子力発電』に関するムーブメントだ。私

   達も『運動』は好まない。これはギリギリまで追い詰められ

   た人々の革命だ。全て生命あってのことなんだから。これは

   大袈裟でもなんでもなく本当の事で『世紀末的絶滅思想』と

   も関連しない。私達のプロジェクトのもう一つのグループが

   携わっているムーブメントだ。とても現実的と言えば現実的

   なムーブメントではあるがね。

(3)文化人や著名人・有名財界人は既に地位も名誉も財産も手に

   入れてそれらの保持を続ける毎日だ。誰もが地位や名誉や財

   産を欲したがるのは何の為だろうか? それらがある方が自

   分の思う事を実現しやすいからだろう?

 

   少なくとも、それらを手に入れる途上では目標や目的はそれ

   ら地位、名誉、財産では無い筈だ。それらを手に入れるのに

   苦労して手に入れたら今度は手放すのが惜しくなって当初の

   目的を忘れてしまう様だ。

 

   又、手に入れる事が目的だった人は手に入った後は一体何の

   為に生きてゆくのだろうか? 『人生の折り返し点を随分前

   に通り過ぎた。今更、私の人生はやり直しが効かない。地位

   も名誉も財産も手に入れた。この先は静かに年老いてゆくの

   もいいじゃないか。我々の時代は終わった。』と言うのが彼

   らの常套句だ。

   『何を今更、シンドイ目をして』とか『このままで充分幸福

   じゃないか?』とか、まるで死を待つ老いた白鳥の様だ。こ

   ういった姿勢の文化人、著名人、有名財界人、そして彼らだ

   けじゃない一般の45歳以上の人々のこれらの言葉は一見平

   和を望む老いた人々の言葉の様だけど、実は非情な利己主義

   者の言葉だ。

 

   自分達は余命いくばくも無いから、後はもういいんだなんて

   実は言っている訳だ。これは大きい自己欺瞞だ。誰もが自分

   の事を『老いた』なんて思いたくは無い筈だ。少しばかりズ

   ルくなった自分の心境を『老いた心境』にスリ替えている訳

   だ。

 

   進化してゆく事を忘れてこんな事を言って貰っては困る。そ

   してボディが進化してゆかねば進化した魂の器がなくなって

   しまう。自分の直系の子孫に遺産を遺せば、それで良いのだ

   ろうか?人々の魂は自分の直系の子孫の身体に転生する事は

   希な事なのだから、全ての生命が安全に進化するべきだ。

(4)『物質を持つという事が物質的な執着心を持つことにはなら

   ない。持っていても執着しなければいい。物質を持たない努

   力をすることで執着心を持たないというのも変だ。物質的な

   執着心を持たない為に捨てよう、失おうとして、失うことが

   気になって、かえって執着してしまうくらいなら失くさない

   方が良いのじゃないか?

   これは、一つの意見だが間違っている。失うことが気になる

   のは執着心が強い為で、それを失わないことで気にならない

   というのでは結局、執着心を捨てていないことになる。

 

    物質的なことに執着心を持つのが霊的修業に邪魔になる訳は

   物質的なものの持つ低い周波数に捕らわれる事が危険だから

   だ。捕らわれないなら持っていても良い、というのはある意

   味では正しい。物質的なことの持つ周波数に捕らわれていな

   いなら同じ意味で失う事にも全く関心を抱かない筈だから

   だ。その人の活動に不必要なものは霊的修業中の人ならば持

   たないのが理想だ。

 

   そして多くの修業は『捨てる』事から始まる。捨てるという

   能動的な行為は、自分のそして他人の執着心から自由になる

   には最も効果的な方法だからだ。全てを持ったまま、何も失

   わずに修業を続けるのは至難の技だから。それが出来た人を

   私は未だ知らない。破壊することで創造するというのはそう

   いうことなんだ。捨てることで手にいれる訳だ。

 

   あなたがたもよく知っているイエズス・キリストが、言って

   いる。『自分の持ち物を売って、施しなさい。自分の為に古

   びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破

   らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。あなた

   がたの宝のある所には、心もあるからである。』

   -ルカによる福音書第12章、33行-

 

   自分の為に古びることのない財布を作るとは、自分の魂を清

   め高めるということだ。

(5)大いなる天界の息吹より伝えられしものを、あなたがたは持

   っているということを教えよう。大いなる天界の息吹より伝

   えられしものとは、あなたがたの魂、あなたがたの心の奥の

   ものだ。人は二人の主人に兼ね仕え、二人の主人を共に満足

   させることは出来ない。

   人は物質と精神の両方に仕えることはできないし、自分の体

   と高級我に仕えるのも無理だし、家族への義務と自分の普遍

   的義務とをいずれの権利も侵害しないで果たすことは困難

   だ。

 

   『天界からの静かな小さな声』に耳を貸して、取るに足らぬ

   者らの喧騒を聞き逃すか、又は取るに足らぬ者らの要求ばか

   り聞いて『天界からの静かな小さな声』につんぼになるかの

   どちらかである。

 

   すでに現世で結婚している人々にとって、神霊界の掟に従い

   たいと思う事は恐らく苦難の連続だろうと思う。見聞きした

   神霊界の事々を理論的に処理し学問として修める方が、実際

   の物質的生活の運営は楽になるだろう。

   神霊界の事々を理解し実践しようとする人には、実際の物質

   的生活は絶え間無い争いと醜い欲の交錯として捕らえられる

   だろう。

 

   神霊界の掟と現世的な掟の両方に従い、かつ神霊界の事々を

   理解し実践し身に付けようと思う人は、いつも非人格的な神

   霊界の声と人格的な現世的愛との間でためらっている自分を

   発見する事になるだろう。そして、そのどちらも不満足のま

   ま、恐らくは以前より現世的な生活を続ける自分を発見する

   だろう。

   しかし、誰も自分の持っている能力以上のカルマの重荷を背

   負うことにはなっていない。真理、善、知恵を恩恵を与えて

   くれるが故に愛するのではなく、真理、善知恵であるが故に

   愛する人は人生を重荷とは考えないだろう。

(6)銀河の果て、遠い遠い星の時間の彼方より降り続ける愛の夢

   あなたがたの瞳の奥の雪降るしじまへと続く、愛の夢

   世界中の人々が飢え、弱り、悲しみの淵に沈み私達の愛に向

   かって手を伸ばす時にその時こそ、あなたがたの星降る愛が

   必要なのだ

   あなたがたは、今現在何をして良いか分からない状況かも知

   れないが何をするべきかは各々の心の深奥が知っている筈だ

   難しく考える事は止めて、物事をあるがままに見詰め物事を

   あるがままに受け取り、そしてあるがままに働きなさい

   あなたがたに必要なのは愛と勇気とそして信じる心なのだか

   ら薔薇色の夢は遠いところにあるのではなくあなたがたの心

   の深奥にあるのだ

   あなたがたの心の深奥にある息づいているその赤い命に気付

   く時に蕎薇色の馨しき霧を放ちあなたがたの夢は生命の躍動

    を始める

   さあ、時は満ちた、出掛けなさい

   何も恐れることはない、躊躇することもない

   さあ、出掛けなさい

   あなたがたの薔薇色の夢を凍える人々に分けてあげなさい

   あなたがたを阻むものはない

   あなたがたを傷付ける者はいない

   あなたがたを待っている

   星々の彼方から見守る瞳を感じて、行きなさい

   額を光の方向に向けて、真っすぐに歩きなさい

(7)大多数の地球人は、霊的・物的進化の遅れた星地球の理学的

   範囲を超えない所からやって来ている。つまりこの地球を含

   む太陽系のどこかから来た魂で、非常に進化した魂は10%

   に満たないのだ。シリウス星系から来た魂は非常に少ない。

   今ここで何人いるという風には言えない。確かに進化した魂

   は少ない。

   _______________________

ARION語録  13 

 あなたがたは、自由になりたい、自分を解放したいと言う。あなたがたは決して自由に「なる」ことを欲しているわけでは無い。あなたがたの本当にしたいのは自由になる方法ではなく、自由についての説明だ。あなたがたは決して自分を解放したいのではなく、解放されるとどうなるか?を説明して欲しいだけだ。

 あなたがたは、自分に色々な問題が起きた時に解決法をアレコレ考える。しかし解決法は自分の外側にあると、決めて掛かっている。自分の内側に解決法があるとしたら、自分自身が変化しなくてはならないからだ。自分自身が変化することに対して恐れを抱いているから、自分の外側に解決法を是が非でも見つけなくてはならない。

 あなたがたが『自分』と呼んでいるのは、あなたがたの表層的な感覚に因ればあなたがたの所有欲の対象であるモノの集合体のように感じるだろう。つまり、『自分』と名付けることの出来るモノが『自分』なんだ、とね。しかし本当の『自分』とは、名付けることの出来ないモノも含めた存在であるということを忘れてはならない。

 人間は名付け親になりたがる。何でもかんでも、名前を付けて『自分』の範囲に収めようとする。これは、『自分』の範囲が名付けられるものだけで、成立していると誤解しているからに他ならない。

 人は、説明したがる癖も持っている。どんな状況も自分の「納得する」システムのやり方で、説明が付かなければ気が済まない。『自分』の勧めるシステムのやり方で全てに説明を付けてしまうと、『自分』のシステムの上だけに世界が拡がるので、安心出来るのだろう。 箱庭のように、全てを俯瞰できないと我慢出来ない人には、未知の世界のことは不要な世界のこととなる。

 全てのことに説明が付かなければ気が済まない人が、未知のモノに出会うと大急ぎで自分のシステムの中の言語で説明しようとするが、それでも説明の付かないものに対しては「○○に似ているから、○○と同じ傾向のモノだろう」と勝手に表層だけの判断を与える。こうして、このタイプの人は本当のことから遠ざかる。何もかも説明出来ないと気が済まないのは、臆病な性格の人間に多い。

   _______________________

ARION語録  14 

  シュミレーション社会はどこまでいっても模倣でしかない。今後、ますます実体験をともなわないシュミレーション・システムが増加するだろう。人はますます実体験を避けるだろう。この傾向は都市の無機質化を推進するだろう。現在の東京の無機的な姿はそっくりそのままそこで住む人々の心象風景だ。

 人はいつも自分達の心の中にあるものを外部世界に存在させる。相似形をいつも作ろうとする。そしてこれは、一部の建築家に代表される「ものを作る側」の人々の心象風景だ。その他大多数の人々は、彼らの心象風景を自分のものとすることに異議を唱えない。自分達の生活空間に対して、全く情熱を持たない。シュミレーション化に慣れている為に現実を現実として捉えることができなくなっているのだ。

○象徴されることの体系について

 

 象徴化、シンボライズは現代人の得意技のひとつである。外的事像の起承転結をカテゴライズしたがる。その方が理解した気分になれるからだ。全ての思考が体系化している。全ての思考に論理という脈絡がつき体系化されている。多くの人は気付かない。この体系化の先に何が「結」として存在しているかを知らない。

 この論理体系の先には人間は居ない。あるのはシンボライズされた「生命であったことのあるものの破片」だ。そんなものをありがたがっているアカデミズムの教師達、そして自称インテリの人々、自分が細片化してゆく様をどこに見るのか?

 

 そう、それは紛れもない事実として、しかし宇宙生命潮流の映し絵ではなく論理優先主義の結果という事実として、あなたがたの住む町の中に見るのだ。この世に血の系譜つまり生命を燃やすことの情熱のほとばしりとしてのアートが少なくなるとき、それは外殻化現象の始まりだ。

 血の流れない、血の動きを感じさせることのできない、血の温度を感じさせない固い甲殻におおわれた心を持つ人々が大多数になってゆく。それは薄気味の悪い人間型冷血甲虫の群れの出現だ。傷つきにくく、中を見られにくい固い甲羅でおおわれた、人間の群れ。

 そんな群れの中で本当の情熱や愛情は何の意味も持たない。熱いか冷たいか、多いか少ないか、高いか低いか、満ちているか干いているか、全てが2次元的なグラフ上の上下になってゆく。

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ARION語録  15 

「場」の崩壊と「私」意識の存続について

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何もかも移り変わってゆく中で、『自分』という意識だけは置き去りにされてゆく、と思っている人は多いが、この意識自体が本当は移り変わっていることに気付かない。万物流転の法則に逆行するものは、何一つ無い。「私」という意識は、本当に不変なのか?

 

5歳の「私」と20歳の「私」、30歳、40歳の「私」の共通項は何か? 人間の五感すら変化してゆく、育ってゆく。そういった万物流転の法則の中で不変なものはあるのだろうか?

 

人は、「私」という意識が不変であるという事を信じたい、と思っている。「私」すら変化してしまうのであっては、どこに基準をおいて良いのか分からないと思っているからだ。

 

こうして人は自分自身の存在に思いを馳せ、その思いの中の普遍的な部分を論理体系化し哲学、或いは宗教という名前で分類してきた。こうした普遍化された「思い」の体系も、この90年代に入って見直しが迫られている。それは、何故だろうか?論理化、体

系化されてきた「思い」の基盤となる人間の生活基盤自体が崩壊し、普遍化という名前が陳腐なものになろうとしているからだ。

人は、そろそろ気付かねばならないだろう。人、と呼ぶ自分達の仲間である生物自体の生活基盤というものが、既に個化され共通基盤となり得る生活と呼ばれる「場」が崩壊してしまったことを。特に日本という国の文化は、「場」と呼ばれる共通磁場形態を介しての成立を持つ文化だっただけに、その「場」の崩壊は文化の崩壊を意味する。特殊な「場」の文化形態が崩壊してしまった時に、人の取る行動は何か?「群れる」という代替行為にも、文化の崩壊後の人の混乱が映しだされる。

こういった生活基盤や文化の崩壊の中で、「私」意識を保つ為に人が進んで行おうとすることは何だろうか? 「私」を構成する要因となる『自分』の特色を映しだすモノの認識、そしてそれらのモノが確実に自分自身の存在理由を示すかどうかの確認…その上、それらのモノに関連する者や物を探す、探して仲間になり仲間同志で結束してゆこうとするだろう。

 

何故、結束しようとするか? それは、『自分』の存在理由を映しだすモノの正当性と確実性を高める為だ。不安や自己の脆弱性を「群れ」になることで補おうとするのは、弱小生物の基本的な生活本能だからだ。イワシや蚊も群れになって行動する。

 日本の「場」を介する文化や習慣は、人々の意識によって支えられ、そしてその文化形態としての家屋や通りの様式などにも支えられて来たが、戦後の欧米化の波をまともに受けて、それらの家屋や通りの様式は崩壊した。それらの形態の変化と共に、家族のあり方や人間関係のあり方も変化した。いままで「お国(という場)の為」や「社会(という場)の為」に働いた人々は「自分と呼ぶ認定範囲の中だけの為」に働くようになった。

 

そして、欧米化の波を受けた家屋形態は、閉じる方向へ閉じる方向へと進路を変えていった。家族も核家族化して、益々「自分と呼ぶ認定範囲」は狭くなった。地域の場は崩壊し家庭の場も崩壊している今、人の「場」は自分の立つ40~50cmの小さいものとなり、既に「場」と呼ばれ得ないシロモノと化した。元々、人々が働いて築いてきた「場」の文化は終焉を飾ろうとしている。それと共に、稲作民族として栄えた日本のアジア的なルーツのもたらす安心感も揺らいで来ている。

狩猟民族である欧米人の社会は、元々「場」というものを可変なモノとして認識し、その「場」の構成員である「個」に帰属させるという考え方であったので、アジア的な稲作民族の「場」の意識と、欧米的な「場」の意識とでは雲泥の差がある。その雲泥の差のある欧米意識が練り上げた人間関係のノウハウと、そもそもアジア的な意識の日本人の人間関係のノウハウは、基盤となる人間関係の「場」意識が異なる。現在、この欧米的なノウハウが持て囃されるようになった一つの根拠には、この現代日本の抱える「アジア的稲作民族意識の崩壊」が大いに関与している。

しかし、ここで私は問題提起をしたい。「アジア的稲作民族意識の崩壊」はイコール「欧米式狩猟民族意識」への、帰属であるのだろうか? 生活様式や論理形態を欧米化の波が洗ったからとて、真に欧米と等しくなった訳ではあるまい。表面的な形を幾ら変えても、そして幾星霜の年月が過ぎようとも、日本人の心と体の中には「アジア的稲作民族意識」の片鱗が舞っているのでは無いだろうか?

「私」という意識が不変であることを願う人々こそ、自らの心と体を養うルーツがどこにあるのかを識るべきだ。何故ならば、あなたがたが望む「私」とは、無数の他の「私」達に支えられた「場」に立ってこそ、安心することが出来るからだ。この「場」は、我が身と我が欲の為にだけ働こうとする人には無縁なものだ。人は「場

」と「自分」の両方に働いてこそ、安心して生活出来るのだ。これは欧米ではなく、この日本の人々の為の話だ。自分の存在意味の映し絵であるモノの共有ではなく、自分の心と体を養うという目的

の共有という意味での「場」を作らねば、本当の結束はあり得ないだろう。単に「群れる」だけでは、本当の意味での安心感は得られない。自分の都合や自分の欲を先行させた「群れ」は、結束力は無い。単体でいるよりは、群れの方が大きく見える、とそれだけのことだ。

 「アジア的稲作民族意識」からの脱落が、アジアの人々の意識からの脱落を意味するとしたら、これは日本の存続という観点から見ると、たいへんに危険な事だと言える。どんなに姿形が欧米化しても、日本人の成り立ちを構成している素因はアジアからのものなのだから。そして如何に欧米の思想や哲学、そしてそれらに関連するノウハウを身に付けても、日本という場の記憶素子は、脈々と受け継がれてゆくだろう。

 

この記憶素子に抵抗すればする程に、日本人の不安感や焦煉感は増すだろう。現代日本社会は、この不安感や焦燥感を欧米式ノウハウのセミナーや、教科書でテクニカルに処理しようとして、益々それらを煽るという悪循環を操り返している。自分の帰属するべき「場」を持たない人々は、形だけでも「群れ」を目指して数々のカルチャー・センターや新興宗教に集まる。しかし、これらの「仮の場」は本物の「場」の持つ、深い安心感を与えることは出来な

い。右往左往する人々の目の前に、これでもかこれでもか、と新しい「お題目」が提示され、人々は飢えた魚のように新しい餌に群がる。人々の求める深い安心感は、人々の意識と献身によって支えられる「場」であり、そしてそれは、新興宗教やセミナーといった「考え」のもたらす「場」では無い。

 

あなたの帰属する「ツチ」とその恵みである「コメ」、そしてそれらを「ヒト」との契約の証として置かれた「カミ」という名の、大いなる大自然の全てに対しての感謝と敬虔な思い、そしてその思いを形として継承してゆくべき「ムラ」という名の集合体、それら全てに関与し働くことで得られる「場」なのだ。

私は、ここで国粋主義をうたうつもりは毛頭無く、欧米思想の排斥を願うという訳でもない。日本人であるあなたがたの奥底を流れる、アジアの血脈を無視していては、これからの世界に生きてゆくことが困難になってゆくと、言っているのだ。

 

今、ひとたび日本の「カミ」「コメ」「ツチ」「ヒト」と、それらと関わる人々の共通の安心の「場」であった「ムラ」という形態を思い起こし、考慮して欲しいと願っている。

 

「ツチ」という共有意識も単に金銭で売買する単位では無かった筈だ。「カミ」も単に「御利益」の為では無かった筈だ。「コメ」は単に食料を成すものでは無かった筈だ、稲作という農業形態が多くの文化や思考形態、そして人間関係をも成してきた筈だ。「ヒト」は単に人間と呼ばれる、生き物だったのだろうか?「ムラ」は単に人が群れているところでは無かった筈だ。 終戦後、能率と開発、そして収縮を忘れた拡大に命を削り続けた日本人が、プラスやポジティブの為に裏庭に埋めてしまったモノ。清潔さや明るい光の当たるところを優先することだけを考え、暗いところにあるものを排除してゆく道すがら、忘れてしまったもの…。今、ひとたび、思い起こして貰いたい。何故ならば、思い起こしてゆく上でこそ、あなたがたの存在の「場」や価値についての暗喩を見いだすからだ。

1991/10/17 0:22

ARION語録 6〜10

ARION語録  6 

(1)超能力を開発したからといって必ずしも功罪が発生するとは限らないが現在米ソで進行中の方法は軍事利用の為に開発されていて主に透視能力と予知能力そして念動力を中心として行われている。この軍事利用目的の超能力開発にはその能力者の全人教育は組まれていない。つまり、ある一種類の目的の為だけに選別され集中的にその人の秀でた部分のみを開発してゆくのである。彼ら一流の洗脳シスムで誘導され、教育される能力者は軍部の攻撃・守備の機械になってゆく。そしてこれらの特殊教育終了後の能力者は彼らの後に続く人々のリーダーとなり効率良く洗脳を施してゆくのである。彼ら

の人生は悲惨である。特殊能力開発のために大脳の一部を酷使する

ことによってホルモン系統に支障を来す事が殆どのケースに見られ

る。その結果、自律神経は機能を果たさなくなり内臓系統(特に心臓、肝臓)の機能に多大なダメージを与える。

 軍部の考えかたは常に『使い捨て』である事を明記しておきたい。そこに生命の流れを尊ぶ心は見いだせない。彼らの『使い捨て』の考えかたの基礎は人は死んだら終わりという『人生一回論』であり又、人生が一回で無くては彼らのやっている事の正当性は支えられない事も知っている。人間を使い捨てようと思うと死後の世界の存在など恐ろしくて認めたくないのは理解出来るだろう?

(2)両極に引っ張られて中間を振り子の様に揺れていたいと言えば聞こえは良いが、その実は両極どちらもちょっと触っては手を離し、又 ちょっと触っては手を離すの繰り返しで結局どちらの極の事も表面を触っただけで理解するところまでは行かない。そんな中途半端な人生の作り得るものとは何か?

 

 我々プロジェクト要員は常に他者の為に働く事で自分を救うという方法を取っている。つまり両極端に位置するもの同士は実は隣同士に位置するという秘密(?)を知っている為に自分と他者の関係も同様に理解している為である。

 

 この位置関係は円筒形にして描き考えるとよく分かるだろう。 中

間でどちらの極にも揺れているとあなたがたが信じている『中間』

は両極のどちらからも最も遠い場所に位置し、しかもあなたがたが

信じる両極とは2次元構成上に見る事の出来る範囲での両極で実際

の両極の位置まで未だ半分しか至っていない幻の両極で蜃気楼の様

なものだ。

 

 砂漠で脱水状態になった人がいくら手に入れたと思っても蜃気楼の泉では手を濡らす事さえ出来ない。蜃気楼の両極に少しずつ触ったと思ってもただの思い込みで自分の作り出した夢の中の出来事に過ぎない。

(3)1988年は我々にとっても大きな意味を持つ年になるだろう。 各地でいわゆる『UFO現象』が起きるだろう。それは一月中に北陸管区で準備しているデモンストレーションを皮切りに始まる予定だ。三月には日本全土で大デモンストレーションを皆既日食の日に予定しているが自衛隊は発表しないかも知れない。四月と五月は北海道管区が考慮中である。来年前半は予定通りに事が運べば非常に忙しく賑やかになるだろう。

 

 七月には外国での磁場調整並びに古代英知の波動起動儀式を予定しているがこれは今のところ何とも言えない。場合によっては翌年送りになる。

(4)『限りなく増幅する円環運動』は『螺旋運動』にもつながる。『螺旋運動』は、地球上物質生命の基本運動でもある貴重なそして最もシンプルな運動である。『限りなく増幅する円環運動』の動力源は交互に起きる緊張と弛緩の波動のもたらすエネルギーだ。

緊張→緊張の極致→『破壊』→弛緩→弛緩の極致→『創造』→緊張

弛緩→弛緩の極致一『創造』→緊張→緊張の極致→『破壊』→弛緩

 これはエネルギーの移動を示したものだが上下の相反するエネルギーは同時進行、つまりシンクロしている。あなたがたの『心』と呼ばれる精神エネルギーは上下の波動エネルギーに小刻みに接触しながら振動している。あなたがた自身が上昇と下降を繰り返す『限りなく増幅する円環運動』の生命体なのだ。

(5)地球上人類間での100パーセント、テレパシック・コミュニケーションは有り得ないが80パーセントくらいまでは到達出来るだろうと見ている。私アーリーオーンの言葉は波動で伝わる。私の『思

う』力の発する波動だ。

 その波動の強弱によってまずコンタクティの頭脳に私の波動の特殊

性を覚え込ませる。これはコンタクティがごく幼い頃に実行されるのが普通だ。コンタクティは自分とは違う『誰かが居る』という感

覚をもって成長する。

 私は波動を3種類持っていて一つはビジョンを見せる為に使い一つ

は言葉を送信する為に使い最後の一つは感覚を送信する為に使う。

波動の強弱の組み合わせによって言葉を構築して、それをコンタク

ティの頭脳に覚えさせる。

 

 最初は一つの言葉を2-3ケ月かけて教える。その次は短い文節。

この頃からが大変だ。コンタクティは身動きできなくなるほどの頭

痛を訴えたり、実際に身体が消耗して高熱を発して寝込んだりする

こともある。その次に短い文章。ここまでに大体1年~3年以上掛

かる。ここでも色々と身体の拒絶反応があって難航する場合が多

い。それから一行の文章を送信する。この一行の文章を受け取るの

に大変なエネルギーを消耗してしまう為に多くのコンタクティは禁

欲的な生活を自発的に行うことが多い。他のケースも送受信の方法は殆ど同じだが使う波動の種類が違う。

(6)学識の高い人間の中にも霊的な諸問題を否定する者が居るのは彼らにとって彼らの信じる学問の許容範囲内で証明出来る自信が無い為で、必ずしも否定者、即、不信者という訳では無い。

 

 大方の日本人は輪廻転生を信じている。これは大昔からの知恵を信仰という形で継承してきた為である。日本古来の信仰はかなり宇宙の知的存在についても正直に伝えている。日本の土壌は特別な磁気を帯びた土壌で、この土壌に育まれ継承された物質的生命体は遺伝という形で大脳の奥深くに直観という名前で呼ばれる能力を温存してきた。

 この直観力こそが宇宙エネルギーの入り口であり出口である訳なのでこの能力の高い日本人の物質的生命体に宿る為に、数々の過去の偉人や天才達が今生日本に転生してきたのだ。

 

 彼らは各々の使命を果たすために霊的な機能に優れた日本人のボディを選ぶ必要があったのだ。輪廻転生を確実に証明する方法は残念ながら無いが各国にある追跡調査済みの実話をデータとして利用しながら話す方法はある。

(7)肉体でSHIPに乗る場合はその生命のある間は再び地球上に帰ってゆくのは不可能だ。地球上に再びその人生内には帰れない事を知った上でSHIP上での適応手術を受けるのだ。

 この適応手術はかなり難しい手術で個体によっては拒否反応を起こして生命を失ってしまうので本人の固い決意と勇気がなくては実行不可能だ。その個体々々によってその人生での目的や、実行するべ

き使命を果たす機会を失うかも知れないのだから。

(8)何度転生を繰り返してゆこうともあなたがたの根底の魂の部分は全てを覚えている。魂の部分は総てを覚えているにしても肉体を持って生命を維持してゆく上でそれがどんな惑星上であっても以前の記憶は持たない、或はハッキリとしない記憶しか持たない事になっているのだ。

 

 何故ならば人生とは修業の場であり、色々の場面で自分がどう対応し何を選択するか、今までの人生で学んだ事が前生の記憶をハッキリ持たずとも何度も失敗を繰り返すことによって体得という形で如

何に本能に組み入れられているかを自分で試す場でもあるからだ。

(9)我々はしばしば、多数の人間の集まる(何千人、何万人という人の集まるコンサート会場や初詣客の集まる神社など)上空へ我々の機動母船を出動させる。

 これら多くの人々の思念エネルギーを有効なエネルギーに変換させるのが目的だ。これらの多数の人々の想念の作る波動の渦は方向を定めてやらねばプラス・エントロピー方向の破壊へと溢れ出す可能

性が高いので我々は出来るだけ渦を高く引っ張って我々の作る波動

シャワーのフィルターを通してから再び地上へと還元する方法を取

る。目的の異なる多数の人々の想念エネルギーは活用する前に方向

付けをしてやる必要性があるのだ。

(10) 太陽系の惑星に生物が存在しにくいと判断している科学者達はまず地球上の物質的な事象をモノサシとしてしか判断出来ない事実を知るべきだ。自分の家のやり方が隣の家のやり方と違うのと同じでこの小さな太陽系の中でさえ数々の惑星にその惑星毎に決まりがある。

 金星の都市は地球上のどんな天体望遠鏡でも見る事は出来ない。何故ならば可動性の都市なんて地球の人々からは想像できないから

だ。殆どの惑星が持っている地下都市の話を聞いた事が無いか?地球上の人型生物だけが高等生物では無い。その惑星毎に適応し進化を遂げた生物が人型生物で無いとしたら高等生物が存在しないと言い切れるのだろうか?

 

 地球上で鉱物・植物と分顆されているものが他の惑星上では異なった分頬をされている事を考えられない科学者達はあまりにも偏狭な判断力しか持っていないのでは無いのだろうか?

 大体、金星の上空温度を計測して灼熱の星だと決定してしまうのだからね。 地球だって成層圏の辺りを計測したら灼熱の星だ。とに

かく自分達のモノサシだけが万能・完壁だと思う事から止めなくて

はならない。

(11) コンタクティとなるかどうかはそれぞれのカルマの清算率と我々からの波動指導伝導率などの比率計算が複雑に絡み合っているので簡単にカルマの結果という風には言い切れない。大脳新皮質で感知出来る部分だけがあなた方の求めている事では無い。

 人は何度も生まれ変わって修業をして最終的には仏教などで言う、菩薩行という自分よりも他人の為に働く方向を取る様になるのが自然な方向だ。

 コンタクティになるには現象面でのあらゆる事を犠牲にしてゆくだけの覚悟と自覚と力が必要なので菩薩行の中でも非常に波動の高い行為である。この道を選ぶに至った地球人はそれだけカルマの清算率も高いと言える。だからあなた方はプロジェクト終了後に『光の中の光』に戻る権利を与えられているのだ。

(12) 『あいまい』について語ろう。

 この問題は我々にとっても非常に興味のある問題であるが故に我々なりに以前から調査して来たが、あなたがたの言う『あいまい』と我々の調査した『あいまい』とは多少のズレがある様に見える。

 日本の文化は『あいまい』さを含有する文化である事は確かだ。それはあなたがたの指摘する様に純日本建築の内部と外部に境界線を持たない点や寺社仏閣・墓地などの建築様式などにも見受けられ

る。日本料理の指南法にも、スポーツの世界にも見受けられるそれ

らは、モノサシとなるものを持たず、ただ先達の見様見真似でどこ

かに『あいまい』さを残している指南法であったり、内外の区別を

つけないで広がりを持たせた建築法であったりする訳だが、では何

故この様な文化が発展したか?ということになると、恐らく答えら

れないだろう。

 

 我々の調査では日本人のテレパシー能力に理由があると見ている。元々、日本人は特殊な人種で他のどの国の人種よりもテレパシックな会話のコツを心得ていたのだ。会話の中の『あいまい』な部分は、お互いに相手の気持ちを思いやって《音声》にしないで済ます方が良いと思われる部分であった。

 日本には『言霊学』と呼ばれるものがある程に《音声》に気を使う人種であった。《思い》がひとたび《音声》になった時にその波動が相手の心を傷付けるに足るほどの力を持つ事や発声された《音声》がブーメランの様に最終的には自分の所へ帰ってくる事などを知っていた為に言葉に気を使う人種として発展したのだ。

 

 つまり、あなたがたの言う様に「自分の意志をハッキリさせない方が人間関係の摩擦を起こさずに済むから」~『あいまい』な言動をする訳では無かったのだ。お互いにハッキリと言わない方が良いと知っている事については《暗黙の了解》という形でテレパシックに理解しあっていた。何故ならば『言葉』は武器であったからだ。総てを受け入れ、立ち去るを拒まないのが日本建築の基本であったのだ。

 

 しかし、現在は日本人のテレパシックな能力は地に落ちた感があ

る。それは欧米風の生活様式と食形態を取り入れた頃からひどくな

った。誤解しないで貰いたいのは我々はいわゆる『国粋主義者』の

肩を持っている訳では無いという事だ。

 

 『あいまい』が『ごまかし』と同義語になってから久しい。『あいまい』は『ごまかし』では決して無い。『あいまい』には愛他精神があるが、『ごまかし』には無い。

 

 外国とあなたがたが呼ぶ欧米社会にはテレパシックな文化は無い。それ故に常に言葉で武装し、言葉で闘争を続けているのだ。この方法を日本は取り入れようとしているのは悲しい事だ。あなたがたは『あいまい』の美学を理解出来る筈だ。しかし『ごまかし』に美学は有り得ない。あなたがたは光の子らしく自己主張するべきだ、ごまかしたり、「お茶を濁し」てばかり居ては生命が萎えてしまう。

 

 しかし欧米風の自己主張はスタンド・プレイに適していても真実の人間関係に於いては必要無いだろう?営業用には欧米風のスタン

ド・プレイ的な自己主張は面白いかも知れない。日本人は欧米の精

神までも輸入すべきでは無い。『総てを受け入れ、立ち去るを拒ま

ず』の姿勢は主体性が無い様にも見られるが実は、最も順応性の高

いサバイバルな思想である。惜しむべくは日本人の特性とも言うべ

きテレパシックな人間関係が、失われてゆく一方だという事だ。

 

 欧米風の建築様式は内外の区別の少なかった日本人に内部意識と外部意識の切り離しを要求した。テレパシックな人間関係を営んでいた日本人には考えられなかった事だ。霊的に発達した日本人は、自然と人間を区別してはいなかった。

 

 欧米では自然とは闘う相手であり、最終目的は自然を制覇する事だった。自然あっての生物である事を知っていた日本人は、『ヤオヨ

ロズ』の神を自然の中に見いだし尊敬する心を持っていたので制覇

などとんでもない考えだと知っていた。

 

 欧米が如何に慌てて自然回帰を唱えても人工的な計画になってしま

うのは彼らの思想がそもそも自然に準じていない為なのだ。だから

こそここで日本が自然の寵児である日本人が立たなくてはならない

理由が分かって貰えると思う。その為のプロジェクトである事も理

解して貰えると思う。

(13)  まず、SHIPは『そこに在る』という意識を常に持つ事だ。 見えなくても誰のせいでも無い、『ただ、見えなかった』だけの事だ。あなたがたの能力いかんでも、我々の送信波動のせいでもなく、『ただ見えなかった』と思う事から始めなさい。

 

 見えなくても失望する理由など無い、何故ならばSHIPは『そこに

在る』のだから。誰が見ようと見まいと『在る』という事 を意識

しなさい。

 

 『光』しか見えないと欲求不満になるのは『もっともっと』と要求する気持ちがあるからで、見えた事に感謝する初心の気持ちがあれば、必ずあなたがたの心の中で確信を持った状態でSHIPを目撃す

るだろう。子供は一度SHIPを見たら総ての光をSHIPだと思って感

激し、見守られている事を実感して感謝する。その気持ちが再遭遇

を可能にすると言っても良い。

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ARION語録 7

(1)我々のプロジェクトは総て内発する衝動と決断に委ねる事になっている。生まれて来るか来ないか、今生でこのプロジェクトをあなたがたが遂行するか否かはあなたがた自身の決定なのだ。もう一度生まれて来て今生人間として地球救済プロジェクトに参加する事を決めたのは、あなたがた自身の内発する衝動からだ。5万年待った私、アーリオーンとの出会いも、あなたがたの自由意志で決定されねば何の意味も無いのだ。我々の世界では『自由意志』と呼ばれる内発する衝動が決断の実行力の総てだ。

(2)美術・音楽などのつまり芸術は常に人類の希求するものを表現しようとしてきた。現在の日本の社会はある意味で飽和状態の手前まで来ている。飽和状態のピークを迎えると下降しか無いのは誰でも知っている。その手前まで来ているので、人々は自然と危機感を感じているのだ。しかし皆自分の外を見回してどこかに救済や解決が無いかを探している状態なので、誰かがそれを呈示してやる必要性があるのだ。それは表象面では霊的なリーダーの存在であり、潜象面では大脳根幹部への影響波動の発動者である。

 あなたがたの意見『まず彼らの大脳新皮質に言語と論理で訴え、次に知らず知らずの内に魂への回路を聞かせて行く』のは無理だ。同時進行でなくてはならない。大脳新皮質に電極が移動して作動したと同時に根幹部へも微弱電流が流入しなくてはならない。色彩と形状(つまり美術)そして言語・論理と音楽という風に進行するのが望ましいが言語・論理と音楽だけを使っても色彩と形状を感じさせる様にするのは無理では無い。

 

 大脳新皮質だけに訴えるのは大変危険だ。情報量の多い現代社会に住む人間にとって大脳新皮質だけへの訴えかけは単なる『もう一つ情報が増えた』だけに終わる可能性が大きい。話術や執筆術に工夫がいる。人々の慣れてしまっている、つまり水路付けの出来ている論理展開では強いインパクトを期待出来ない。インパクトが強く無ければ大脳根幹部への電流はスムースに流れない。慣れた論理展開の端々に落とし穴や、崖や、つまずき石などを散りばめる必要がある。読めば理解出来る様な平易な文章で、しかし幾度も読まざるを得ない様に仕向ける為には文章中の緊張と弛緩の割合を常に変化させれば良い。

(3)あなたがた光の子らの欠点の一つは自分自身の問題について『下らない』『取るに足りない』と判断して我々に話さずに、自分の心の中に収めてしまうクセがある事だ。人は問題解決をする為にのみ話すのだろうか? 悩みを話しても解決できないことが分かっている場合は話さないのが良いのか?

 

 答えはNOだ。相手に自分や自分の思いを投影(話し掛け)して、よりクリアーに自分の置かれている立場を確かめたり、相手を信頼している時には悩みや喜びや驚き、感激などを共有することによって連帯感を高めたりするだろう?

 

 あなたがたはもっと『下らない』『取るに足りない』悩みについて話す事をしなくてはならない、それら『下らない』『取るに足りない』悩みになどに捕らわれない為にも。あなたがたはまず第一に自由を手に入れなくてはならない。完全に自由である事は最初に総てからの脱却であり、最後に総てを包含するのだ。

 

 総てを手に入れる為に総てを手放すのだ。笑う自由、泣く自由、怒る自由、喜ぶ自由、楽しむ自由、それらの自由を現代人は持っていない。持てない情況を自分達で作り上げてしまった。だから精神的、感情的に窒息しそうな社会になってしまった。

 

 第一に光の子は自由でなくてはならない。自分を愛する事、完壁に愛する事。自分を愛する事をクリアーしなくては自分の投影体としての他者を愛せる筈もない。愛することは他人の荷物と自分の荷物を区別しないで背負って歩くのに似ている。これが我々の愛しかただ。

(4)自分で選ぶ権利のある霊は現世でその使命を果たすべく指導霊とコンタクトを持っているのが普通だが、その事実を感知出来ない情況に居る者も存在する。それは生まれた時からの境遇が非常に物質的だったりして直観力が鈍った状態に居る者だ。又、生まれ持った資質は非常に良かったのだが家庭環境やしつけられた性格の為に努力をしないで成長してしまったりして怠惰に流されてしまう者もいる。肉体をまとって転生してきても使命を果たせずに一生を送る者もいるのだ。高次の魂になればなるほど堕落への道は広くなるのだ。

(5)人々の多くは肉体の意志が霊体のそれよりも勝っている。肉体の意志とは、つまり『永く生き続けよう』とする動きなのだ。霊体の意志は『より良く生きて、より良く死のう』なのだ。肉体は死滅する事を避けようとする。肉体細胞自体にそうした意志があるので危険から自分の身を守ろうとする。

 あなたがたの使う言葉に『体育会系のノリ』というのがあるが、肉体の意志を霊体の意志より尊重する『体育会系のノリ』の人が増えているのは宇宙の愛の波動を受信出来なくなるくらいに物質先行の人生を営んで来たせいだろう。それらの人々にとって『死』は考えたり語ったりするものでは無く直面するまで『見ないフリ』をしてゆくのが当然なのだ。

(6)GOD IS NOT LOGIC,GOD IS LOGOS (神は論理では無く、言葉なのだ。それも神の発するところの言葉として)

(7)一目見て『苦悩』が重くのしかかって来る様な作品はその作者が作者自身の苦悩を越えていないだけでなくその作品を見る人に問題の共有を迫ってしまうという悪いクセのある作品だ。そういう作品を見るのは精神衛生上よろしくない。日ごろ苦悩するほどのエネルギーも題材も無い人がこういう作品を見る時、安直に自分も苦悩している感覚を持ってしまう事がしばしばある。これは危険な遊びだ。苦悩する事で社会問題を思考し、解決に向かっての努力の為に苦悩している様に勘違いしてしまう。文化人と呼ばれる人ほど、社会的に苦悩しているかいないかを意識する様だ。インテリジェンスの意味を取り違えている事がこの様な虚妄愚動を産むのだ。

 

 あなたの言う様に『愛の欠如』が『重い苦悩を押し付ける作品』を作るのだ。これは事実だ。『愛の欠如』それは他者への愛の欠如云々以前の問題であろう。自分という一個の人間を心底愛するという事が理解出来ない人々の作品は『重い』苦悩を放つ。作品ばかりでなく、作者自身の身体からも重い『苦悩』の臭いがしばしば発せられているだろう?

 

 自分自身を愛するという事は『したい様に自由にする』では決して無い。『自分の奥底の魂と呼ばれる部分の望む様にする』という事だ。自分の奥底の部分の意志を理解出来ないから自分を心底愛せない。自分を心底愛せないから他人を心底愛せないのだ。

 

 「では自分の奥底の部分の意志をどうやって理解するのか?」と恐らく彼らは言うだろう。まず、自分の奥底に宇宙の波動と相和合する波動を発信、受信する部分がある事を認める事だ、と説明するところから始めなくてはならないだろう。あるがままの自分を受け入れる事を学ばねばならない。つまり自然のままの自分を受け入れる事で自然を自分の中に意識してゆく事をするのだ。自然の愛と呼吸のリズムを失った人は宇宙の波動を受信出来ないからだ。自分の中の醜いものも美しいものも引っくるめて太陽の下に並べて見せるぐらいの勇気を奮い起こさねばならない。

 

 自然は誰にもその懐を開いて見せる。まず自分が宇宙に向かって開いて見せなくてはならない。それぐらいの事をする勇気の持ち合わせの無い者は居ない筈だ。

 

 《いい作品はどこか身軽だ》肉体を持つから重いのでは無く、『抜けていない』から重いのだ。《いい作品》は作者の魂が制作中に『抜けていた』から肉体の重さを感じさせないのだ。肉体を持たねば地球上での活動は困難を極め、事によっては全く実行不可能な活動もある。そして有機体としての地球生命を生かし進化させるには有機体としての肉体を持たねばならないのだ。

 

 しかし、肉体を持っているから魂は鎖で牢獄に縛られた状態かと言えばそうでは無い。魂(精神、心と言っても良い)は肉体からも自由である。ただ、その存在を認めないので活動が充分に出来ないだけだ。多くの人々が自分自身を宇宙に向かって開き、自分を他人を自由にする為に愛せる様になった時に我々の存在も違和感無く受け入れられるだろう。

(8)アトランティスは秘密を封じる為に別の次元に転移した。しかし大陸主要部だけである。大陸の殆どの部分は海面下に沈んだ。地殻変動の結果、海底下に潜り込む形で形骸が残っている。

 

 アトランティスの主要部は、時期が来れば現出するだろう。現出する場所は、元のアトランティスのあった場所では無いだろう。多数の人々が大陸の惨禍と共に海底の藻屑と消えた。大きな渦と海底火山の噴火を覚えている筈だ。

 

 助けられて金星に行った人々は、約350人だった。その他の人々の中には、事前に神官の薦めで海路で別の大陸や島に避難した者もいる。エジプトに渡って、天体観測や錬金術を教えた者も居る。

(9)アガルタに行くのに肉体は要らない。途上に肉体が必要なだけだ。アガルタに入る前に、肉体を脱いで行く。ある場所で、それを実行するのだ。その場所は、少しずつ位置を変えながらあなた方の世界とシャンバラとの入り口を形成している。

 アトランティスの主要部の管理を実際に行っているのは、アガルタの中枢コントロール・センターだ。アトランティス消滅後にアガルタに来て働く事を決められていた人々は、160~180人ぐらいだった。彼らは現在もアガルタあるいは周辺の地域で働いている筈だ。シャンバラに行くのに肉体が要らないのは、振動数が違うからだ。

 

 肉体もアストラル・ボディと呼ばれる体も振動数が違うだけで、現実に同時に存在している事を理解出来れば、シャンバラの存在も理解出来るだろう?

(10)  我々のプロジェクトは、戦争の諸事に一応一切手出ししないことになっている。実戦プロジェクトでは無いからだ。実戦戦略プロジェクトとして、ミサイル発進装置を破壊したプロジェクト・チームが存在するのは本当だ。

 それのみならず、ミサイルの軌道変更やミサイル自体の作動防止もしている。しかし、それは必ずいつもできるのでは無い。磁場や人間の発振する波動や、地上隊との連係プレーなどに関わっている。

 

 我々が、いつでも何でもするのは前にも話した様に規則違反なのだ。それを実行すると、干渉可能な惑星として連合以外のグループの干渉要請(実は侵略である事の方が多い)を金星諮問委員会は認めざるを得なくなる。地球の生命存続を継続不可能に陥れる可能性のある時に、干渉が可能であるが、惑星レベル毎に、干渉出来る範囲と回数が決まっている。

(11)   世紀末や終末思想を煽る、予知に関する恐怖をそそる様な本の出版は、我々のムーブメントに対するリアクションなので、我々の関知するところでは無い。人間のレベルで、出版を阻止するのは構わないが、我々にはリアクションに対しての制裁は許されていない。

(12)  宇宙連合、銀河連合は生体調査と称しての生体実験や、無目的な誘拐をする事は無い。我々と全く異なる振動域での次元移動を行っているグループもあり、総てを把握するのは困難だ。

 

 あなた方も色々なレベルの地球外生命体の接触を認識するべき時機が来た事を知って貰いたい。我々のコード・ネームが『光』だからといって、彼ら他のグループのコード・ネームが『闇』とは限らない。厄介な事だ。連合以外にも数種頬のグループがいると伝えて貰いたい。

(13)  無意識というのは普通の状態では大脳新皮質で関知しにくい部分の働きで、深奥の魂の前庭の部分だ。メッセージは、まず普段では使わないこの部分を使って交信するので、開発に時間が懸かる訳だ。

 

 最初は頭の中で『ワヤワヤ』した感じを受ける場合が多い様だ。それも、『音』として始まり、次に理由は無いのに何故か『言葉』の感触を伴ったものに変化してゆく。その期間が割と長く続く様だが、個人差があるので個々については何とも言えない。

 

(14)  一言話しておきたい事がある。

 

 それは近ごろの、いわゆる『UFO研究家』『UFOマニア』の為に、あなたがたに言って貰たい事なのだが、一つは『総てを信じる事、けれど総てを受け入れては危険だ』という事。

 

 つまり、あなたがたの言う『異星人』は存在する事に全く疑問の余地は無いが、総ての『異星人』が地球の存続の為に有効な事を教えようとしているとは限らないという事実を伝えて欲しい。

 判断の基準になるのは、地球有機生命体としての直観力しか無い。その直観力が弱まっているので、まず現在必要な事は直観力の覚醒と育成であるという事。そのために何を為すべきかは、我々からのダイレクト教唆及び、インストラクターからの示唆などで理解して貰えるだろう。

 もう一つは『UFO』を見た、見ない、そしてその信憑性の云々にこだわり過ぎる事への警告だ。つまり『UFOを見た』と思った瞬間が大切だと伝えて貰いたい。大体は『UFO!でも、もしかしたら違うかな』と思う様なのだ。最初に感じたものを優先して貰いたい。それが直観力の覚醒につながるからだ。

 

 あなたがたも知っての通り『UFO』は現象面だけの問題では無く、あなたがたの潜象面、つまり心の在り方に深く関わる事なのだ。

 一番大切なのは『何故、UFOを見たか?』であって『見た事実』では無い。我々からの信号で飛行機を『UFO』に一瞬見せる事もあるからだ。又、実際に雲の中でUFOは消失、代わりに飛行機が雲の反対側から現れる事もあるのだ。何故、見せられたのか?何故、見たと感じたのか?が一番大切なポイントなのだ。我々は見せる事によって、あなたがたが次の行動に出るかどうかをチェックする事が多いのだ。次の行動とは、つまり潜象面への興味や活動の事だ。多くのコンタクティが『UFO』を見る、見ないのレベルにこだわり続けた結果、コンタクトの中断を余儀なくされているのだ。

 

 我々が存在するしないは『UFO』の存在の信憑性に関わらない。『UFO』を見た、それで、あなたはどう思うか? それこそが問題なのだ。本物だったかどうかを云々している場合では無い。そんな前近代的な問答を繰り返している時代は過ぎ去った筈だ。

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ARION語録 8 

(1)比較的素直な人でも、話し相手が力を入れて話し過ぎると、緊張緩和の為に(これは動物的な勘が働いてそうなるのだが)少し姿勢を引く場合が多い。相手を引き付けておこうとすると配慮が必要になってくる。どんな人間でも少なからず『アマノジャク』なので、相手があまり嬉しそうだと水を差したくなるのだが、文化人と呼ばれる人々は自分のインテリ性を印象付ける為に、何故か皮肉を言うのが良いと誤解しているフシがあるので、特に『アマノジャク』性が強い様だ。

 

 我々の話を聞く人々の中にヒネクレた感じの態度の人が居るが、それは『素直・無邪気・純粋』イコール子供っぽいと思っている為

で、子供っぽい事は『知性』が低いという妙な式を使っているせい

だ。

 素直に『いいなあ』『羨ましいなあ』と言えないのは、そう言うのが『素直』で『無邪気』で『純粋』つまり知性が低いのではないかと他人に思われると感じているからだ。特に男性の場合、社会で闘ってゆく立場にある人が多いので、『子供』っぽいのは知性が低く見えて闘いで損をすると思っている様だ。実際には、その逆で『子供』っぼい方が有利だ。

 女性の方が比較的『子供』っぽく見える事に抵抗が無いのは、社会的に闘う姿勢を待った歴史が無い為だ。我々とあなたがたの関わりの話をする時に、苦労話を7、嬉しい話を2、一般的な話を1の割合で話す方がうまくゆく。こんな操作をしなくてはならないのは、それ自体情けない話だが、やむを得ない事だと思う。

(2)魂の死とはブラック・ホールへの永遠の降下である。一つの場所に停どまり続けるのは『魂の堕落』と自殺した魂の残り修業の『清算』の状態だ。

 核爆弾の被爆による死は魂の死には直接つながらない。生前の強烈な想念の呪縛によって、その状態でストップ・モーションのまま身動きとれなくなるのは、魂の死ではなく、魂の浄化途上の一時停止の状態である。

 この様な状態は殆どの場合指導霊の努力と、生者側(例えば霊能者と呼ばれる人々など)の力添えによって脱する事になっている。魂の死は宣告されるものでは無い。自分で選ぶものだ。

 あなたがたの魂は神の体の一部である。肉体を脱いで裸になった時には神の意識と合一して、非常に高い波動での判断をする事が可能なのだ。あなたがたの人生も死後生も総てに於いて、醒めた視点で見詰め続ける『神の瞳』は自分の魂の瞳なのだ。

(3)人にはそれぞれ、その人生でするべき事があるが、それをするしないは個人の決定によるのだ。勿論、総ての人が自分の使命や義務を全うするのが望ましいが…。観念的な人間の総てが脱落者では無い。作用に対する反作用の役の人も居るのだ。現在我々とあなたがたとで実行中のプロジェクトが作用なら、バランスを取る為に反作用側の人も当然存在するのだ。

 ただ地球の現状を見ると(プラス・エントロピー飽和の結果としての)破滅へ向かう力の方が勝っている為に、我々の(マイナス・エントロピー方向)の創造へ向かう力の側の努力が必要なのだ。あなたがた光の子らは、そのプロジェクトの非常に大切な部門を実践しているのである。

(4)シャンバラの中枢センターでは、個人の動きを監視している。しかし総ての人という訳では無く、ある程度の精神レベルに達した人達の動きを監視しているのだ。中枢センターではある程度のレベルに達した人達同士を会わせる工夫をしたりもする。

 シャンバラの帝王は金星の王子と呼ばれた人(?)だ。彼はその体の発するオーラの為にまばゆく輝き、地球の人頬の視覚では、その姿は炎の様にしかとらえられない。宇宙連合は、シャンバラとの連係プレーを行っている。むしろ、シャンバラからの許可が無ければ働けないという方が正しいかも知れない。

 マイ・ミュート・アーテの滞在磁場は、シャンバラの作る磁場なのだ。シャンバラへと続く道は、全部で9ケ所あるが、その内の2ケ

所は地球外生命体専用の道である。

 チベットにある道が地表に近い時には、ある高地の湖に蜃気楼が立つ。その湖は非常に奇麗な薄青緑で、ほぼ楕円系の形をしている。

 その他、南北極の地下、南米の山脈中、サハラ、北米にもあるが、場所はインディアンの聖なる土地(神々の台地)とだけ言っておく。アデプトとあなたがたが言っている人々は、地表に現出する場合は目立たない様に常人の体をする。時々、アストラル・プロジェクションという投影法を使っての対話をする。

 シャンバラの存在は全く人々に気付かれないという訳では無く知

られても場所の確定が出来ない為に、桃源境とか楼閣とか呼ばれて

伝説に姿を遺すのみとなったのだ。しかし、近い未来にシャンバラ

の存在は多くの人々の識るところとなろう。これからの地球科学は

可視・可触の物質科学の域を超えてゆくからだ。そうならねばなら

ない。その為にもシャンバラは教育を続けているのだから。

   _______________________

   ARION語録  9 

(1)死者の概念は生前の想念が移行したものでは無い。死後まも

   ない魂は多分に生前の想念の影響を受けるが、時間の経過と

   共に薄れてゆくのが普通だ。記憶としてどこかに持ち続けて

   いるだろうがね。

 

   死後の時間経過と共に薄いベールを脱ぐ様に感情の部分を脱

   いでゆく。死者の方が肉体の制限を受けないのでよりクリア

   ーに物事を理解するだろう。

   しかし自分が死んだ事を理解しなかったり、認めたくなかっ

   たりすると長い間クリアーでない状況に陥ってしまう。

(2)私達の名前はあなた方の識別の為に暫定処置として付けてい

   るだけである。実際には意志伝達方法が全く異なるので私達

   には名前は要らない。

(3)マイ.ミュート・アーテの人々はヒューマノイドが9割くら

   い居る。高等生物には人間型(ヒューマノイド)が多い。

(4)コンタクティの存続期間というのはマチマチで人によっては

   (エージェントと呼ぶのだが)たった一回ある人を別のある

   人に引き合わせるだけで終わる役目もあるのだ。

 

   一人の人間に多くの権限や能力を持たせる事を我々は好まな

   い。何故ならば人間というのはすぐに倣慢になって、それら

   の権限や能力を自己の利益の為に使おうとするからだ。

   既に居るコンタクティの中にも堕落してしまった者が沢山居

   るのは知っているだろう? 我々との交信の結果、眠ってい

   た能力が目覚め、いわゆる『超能力者』になる事は多いの

   だ。しかし遺憾ながらそうした『超能力者』になった、或い

   は自分で超能力者になったと思ったコンタクティの多くは堕

   落の道を歩んでしまう事が多い事が判明したので我々として

   も非常に気を使いながら一人の人間コンタクティに多くの権

   限を与えない様にする方向へと来ているのだ。

(5)コンタクティのリストの公開は本人の人権擁護の為に公開は

   しないことになっている。又、原則的にコンタクティ同志の

   横のつながりは持てない。自分が選ばれているかどうかは必

   ず自分で解る筈だ。コンタクティの数は世界中で約2000

   人位居るが、活動可能範囲では約1600人である。

   彼らの総てが活動中では無い。以前にコンタクティであって

   その資格を剥離されていないにも拘わらず自己決定で活動停

   止している者も沢山居る。自己決定で活動停止した場合最高

   で9ケ月まで待つが、その後は資格剥離になる。

   自分でコンタクティだと自覚している者は半数にも満たない

   。その数を言えばびっくりするくらい少ない。だから伝えな

   い。自覚しない者達は『何が何だか解らないけれど、何かに

   衝き動かされている様に』行動している。しかし、既に言っ

   た様に多くの権限を持たされているコンタクティは世界中で

   も5本の指で数えるほどなのだ。これが我々としても非常に

   情けない事で改善策を考慮中である。

(6)シップを見る事の多い者は当然コンタクティになるかという

   質問は多くの人々の関心の的だが、残念ながらそうでない場

   合の方が多い。彼らは『見る』事で周囲に影響を与えるとい

   う役目の一端を担っている場合とあまりにも『見た』ことに

   拘泥し、その後の発展が無かったことで『何回、見たか?』

   という時点でストップしてしまうのである。彼らにはそれ以

   上のコンタクトに発展する機会は少ないと言える。

   つまり現象的な事象に生活の基盤を置いている人であるが故

   に『見た』か『見ない』かが問題の中心となる訳である。彼

   らにとっては『見た』事が最大関心事であってそれからどう

   するかというと何も無い筈だからだ。実際にメッセージのや

   りとりを始めて我々との会話に焦点を置いている場合はいわ

   ゆる脳内視の場合が殆どである。

(7)どんな計画にも時期というものがあり、我々の計画は現状で

   は地上に降りてセンセーションを巻き起こす様な事をする段

   階ではない。実際に地上に船で降り立つ場合には宇宙空間を

   飛行してきたばかりの船では都合が悪い。放射能の問題があ

   るからだ。地球上をむやみに汚染する訳には行かないだろ

   う?

 

   又、搭乗員が直接に面接する場合も非常に困難である。我々

   は地球上の細菌に弱い身体を持っている者が殆どだからであ

   る。ビジョン投影法では面接可能だが、時間や場所に制限が

   多く効果的でも無い為に現在はそれほど多くは使用されてい

   ない。

   一番多い面接法が同化地球人のメンバー面接でこの場合『宇

   宙の』という風に名乗る場合と名乗らない場合があり、後者

   の方が多い。これは万が一のばあいの危険を避ける為であ

   る。地球人は自分達で思っている以上に攻撃的で排他的であ

   るので我々がメンバーに面接を指示する時はいつも危険と背

   中合わせの状態を覚悟して貰うのだ。

   実際には地球上で建造された船で地表着陸をした事はある

   が、生体誘拐をした事は無い。救助はした事がある。その場

   合、被救助者の殆どの記憶を消してしまうが、中には少し思

   い出して騒ぐ者もいる様だ。

(8)ベルリン・天使の詩 に描かれていた天使達の生活は総てでは

   無いが本当だ。ヴィム・ヴェンダースは私の仲間の天使から

   インスピレーションを啓示の形で受け取ってあの映画を作っ

   た。私達の動きは世界的な動きだ。けれど、私達と関わる

   人々は原則的には横の連絡は出来ない事になっているのだ。

   私は天使長の立場にある事を忘れないで欲しい。私に必要な

   情報は総て手に入る。その為に沢山の天使達が働いている。

   私には沢山の重要な仕事があるけれどそれらの総てを私が話 

   す訳にはいかない事も理解して欲しい。

   天使は人間になる為に天使としての能力の死を引き換えにす

   る事は知っているだろう? しかし、それも下位天使の話

   で、上位の天使になると分魂するしか実体化する方法は無い

   のだ。分魂した後、何度もその半天使・半人間の魂の半分の

   人間の部分を磨く為に転生を繰り返させる。

   こんな風にしても総てのケースでうまく行くとは限らないの  

   だ。悲しいかな、人間の部分の成長が遅れ続けたりして予定

   の行動が間に合わないケースもある。私がこう言っても皆は

   科学的に説明しなければ納得しないのかも知れないけれど

   ね。

   あなた方の科学では天使の存在を割り出す事は不可能だ。こ

   れだけはどうしても説明は出来ない。あなた方は信じるとい

   う魔法によってしか私達と接触する事は出来ない、悲しい事

   だけれどね。

   この宇宙には天使と呼ばれる存在以外にも物質的なボディを

   持たない存在がいる。彼らは物質的なボディを必要としない

   レベルまで進化した(これは多分、あなた方の言葉で進化と

   呼ぶのだろう)

   彼らは既に『自分』とか『他人』とかの意識を明確に持たな

   い存在だ。天使達は原則的に言えば、人間であった事は無

   い。天使から人間になる者が居るのは確かだ。一度、天使と

   して死んで人間の魂を持った者は二度と天使にはなれない。

   私は天使長の立場から死ぬ事は出来ない。その為に私の力の

   具現化を希望し、それを実現させてこの地球に関わって来た

   のだ。

(9)私は大天使ミカエルであるが、アーリーオーンの名の下に何

   かを行う時は私は大天使ミカエルの総てでは無くその力の権

   限の一部の行使だと判断して欲しい。少し難しいかも知れな

   いが理解する様に努力して欲しい。つまり、大天使ミカエル

   はエネルギーの上からも総ての天使の長であり、代表である

   訳で一人であるが同時に複数でもあるのだ。

   私は(何回か言ったと思うが)『聖母マリアのローブの右抽

   から来た者』で聖母マリアと共に出現(?)したのはアーリ

   ーオーンとしてではなく天使長ミカエルとしての姿であった

   訳だ。少し複雑な話かも知れないがこれ以上簡潔に話すのに

   は無理があるので我慢して欲しい。それから前にも話した様

   に『大天使ミカエル』が転生するなどとは有り得ない話なの

   だ。もし私が転生したら大天使でも何でも無く『人間』でし

   か有り得ない事になってしまうし、第一、大天使の位にある

   ものは人間として転生できない規則があるのだ。

(10) 約5万年前、アトランティスと呼ばれる大陸も末期の大陸と

   は様相が違っていた。末期より幾分大きい大陸に近かった。

   アトランティスでは私達天使族の下位の者も有翼人種として

   存在が認められていた。アトランティス文化の初期から中期

   にかけては美しく豪華で素晴らしい文化だったのだ。ギリシ

   ャの哲学説話として残っている話だが、一部真実なので話そ

   う。

   アトランティスは海神ポセイドンの国だという事。ポセイド

   ンはネプチューンとも呼ばれ、アーリオーンの父だと神話は

   語っている。この話が寓話だと言い切れない部分があるけれ

   ど今はハッキリと言わないでおこう。

(11) アステカ文明の母胎が出来る以前の事は一般には全く知られ

   てはいないが、現在のメキシコあたりにはアトランティスか

   らの知恵を携えた人々が訪れる以前から独自の文化が既にあ

   ったのだ。(2万年くらい前の事)石器時代に準ずると呼ば

   れる時代ではあったがね。 

(11) 同化地球人はいわゆる超能力は備えている、必要だからだ。

   生まれた時から地球に居る者もいれば途中から地球人になる

   者も居る。生まれた時から地球に居る者に関しては成育上の

   問題回避の為に殆どのケースで活動可能な年令に知らされる

   形を取る。

 

   途中から地球人参入の形を取る者はその存在自体が社会問題

   を引き起こすので詳細は話せない。彼らは突然に現れて突然

   に姿を消す場合も多い。大体長期滞在になる事は少ないが、

   それでも数年に亙って滞在する場合にはうまく戸籍調整をす

   る。

   希なケースでは死んだと思われた人に代わってその肉体を使

   用する場合もあった。その場合は勿論その死んだと思われた

   人の魂に了解を得て体を借りる。そうやってうまく社会の中

   に存在する様に持ってゆくのである。この社会に存在して人

   間関係を持とうと思うと就職したり家庭を持ったりしなくて

   はならず、それが大きな問題となる。

   これは下位の天使が人間になるときとほぼ同じ問題である。

   彼らは普通目立たない人間である様に努める。時々ではある

   が、メンバーの中にも逸脱する者が居る。それだけに地球上

   の生活は刺激が多く、又誘惑も多いのだろうと判断してい

   る。のみならず、繊細な神経には堪えられぬ様な事が多発す

   る様子だ。

(13) 近代社会が忘れてしまっている芸術の両義性、つまり『破壊

   と創造』『光と闇』『善と悪』『正と邪』が同時に存在する

   こと、実は人間の多くはこの様な両義性に最も刺激され啓発

   される事を我々は知っている。これこそが宇宙バランスを成

   立させている要素だと魂の奥底で知っているからだ。神話で

   言えば『破壊と創造の神、シヴァ神』『アマテラスとスサノ

   オ』『旧約聖書の神』、彼らは人の言う『悪神と善神』なの

   だ。

   実際には宇宙には正と負のエネルギーがあり、そのどちらも

   が宇宙の神のエネルギーである。そして流れが違う為に相反

   して存在する。そのどちらもが敵対視している様だが、事実

   は両義性の神のごとくどちらも必要なのである。

   その神のエネルギーに反するものはただ一つ『無』である。

   『無』とは総てを吸収し総てを無くすもので『ネガティプ・

   ブラック・ホール』とも呼ばれる。この存在については人智

   を超えるが故に詳しい説明は出来ない事になっている。私達

   は『正』方向のグループ『光の子』だが、私は人智を超える

   存在からの光としての権限で独自の計画を持つ。

   この世界は『負』の力が満ちてしまった。バランスを崩して

   いるのは知っているだろう? このままでは2006年~

   2013年に起こる惑星単位のシフトに引っ掛かり我々の

   知っている、『完結してしまった未来』へと突入する事にな

   ってしまう。早急に色々の事を是正して行かなくては間に合

   わない。それには沢山の人々の想念をリードする必要があ

   る。

(14) 今の若い子たちは可哀想だ、彼らは『ゼンガクレン』も知ら

   ない。彼らは『ヒッピー』も『サイケ』も知らない。彼らは

   だから社会的なムーブメントが欲しい。それで『反原発』集

   会に何かを求めて集まる。『反原発』に異論は無い、あれも

   私達の別グループのムーブメントだからね。でも、反対して

   いるだけで終わってしまわない様にしなくては彼らのムーブ

   メントは私達のムーブメントの下地を作るためのものなんだ

   からせっかくの下地を無駄にしないようにしなくてはね。こ

   れで理解して貰えたと思うけれど私達の動きは多岐に亙って

   いてそれらの総てが地球存続の為の動きだ。

(15) 人間と天使の歴史は終わってはいない。有翼人種と人間の歴

   史は紀元前1000年位が最後だった。しかし、現在も天使

   不在の社会では無い。どんなに人々が認めないと騒いでも私

   達の姿を見る者は必ず居る。そして下位の天使達は人間にな

   っても天使の存在を語り続ける。近年の天使待望の気運は必

   然的なものだとしか言えない。なぜなら私達はずっと天使と

   人間の関係を心ある人々に語ってきたのだから。

   光の子らの愛に溢れた言動そして行動は直観力の優れた

   人々、繊細な心の持ち主、優しい心の人達にとっては『救

   い』になるのだ。社会的な現象面から言うと『過激な優し

   さ』として評判になるだろう。

   _______________________

ARION語録 10 

(1)金星は2重構造の星なのだ。あなたがたから見て地表だと思

   われている所は地表では無い。簡単に言えば『地下に都市が

   ある』のだ。しかもその地下都市の下に本当の地下がある。

   可動都市とは地下から地表に必要時に持ち上がる都市の事

   だ。大気の情況に合わせて上下する。

   金星の情況についてはあなたがたの科学ではどうしようもな

   いだろう?金星の生命存在を否定している地球科学が何放フ

   ォボスに興味を持つのだろうか?金星が駄目ならフォボスな

   どとんでもない筈だが?

 

   大体、地球の一握りの人間は一体、何を考えているのか。彼

   らはコンタクトの事実無しに、宇宙科学を進行しているフリ

   をしている。

   別のグループが彼らに接触している事は歴然たる事実だ。い

   つまでも隠し通せるものではない。彼らの代表者が月にやっ

   て来た時に我々との話し合いがあった事は、あなたがたもニ

   ュースで知っているのではないか?

 

   こういった事実を信じないと言ったり、そういうフリをして

   いる者がいてもそれは臆病な為に表現できないだけでこうい

   った事実が発表される現実が発生したことに変わりはない。

 

   我々としてはその事実が大事なのだ。何故ならば臆病なだけ

   で表現出来ない人は潜在支持者として何か事があれば顕在支

   持者に一夜の内に変化出来るからだ。

(2)物質獲得・占拠優先思考は人間を益々、自然から遠ざけてゆ

   くだろう。自然は物質の獲得と占拠だけで構成されているも

   のでは無いからだ。そこには生の営みという非常に複雑で美

   しい循環機構がある。人間はいつの頃からか、自分自身を自

   然の循環機構から外して位置させようと努力し始めた。多く

   の人間は本能の働きを低い位置に据える事が理知的だと考え

   ている様子だが、本能の働きは食欲・睡眠欲・性欲だけでは

   無い。

   そして、この3つのものの奴隷になる事とその主人となって

   使いこなす事とでは全く違うのに本能に関連する事を話題に

   する事さえもが理知的では無い様に錯覚してしまった。大

   昔、普通の人々にとって本能に関する事は理解が困難だと判

   断した師匠達(マスター)が『理解して操縦する事が無理な

   らばむしろタブーにしてしまいこの問題に触れない様にさせ

   た方が安全』だと判断したのも無理は無い。

   聖書に書かれている時代やそれ以前の人々の多くは理解力も

   解析力も未熟で上記の事々を理解出来る者はほんの一握りだ

   った。マスターと呼ばれ、人類の進化に携わって来た人達

   (同化地球人も含めて)は大変な苦労をして人々の頭脳に知

   性の種子を植え付けていった。こんな事は本当に初期の話だ

   がその後は、人類は自分の足で歩み出した。勿論、マスター

   達はその後も色々な形で事ある毎に人々を導いて来たが、知

   性を持った人間は徐々に倣慢になっていった。

 

   やがて知性に理論を結び付ける事を覚えた人間はマスター達

   の教えを時代性を無視して行使する様になった。現代人の知

   性に聖書の時代の人々のタブーをそのまま当てはめる事は所

   詮無理な話だ。

   勿論、未だに多くの人にとっては『本能』の話、特に3大欲

   の解放については理解困難だろう。本能の伝達法である直観

   力は、使えば能力を増すが使わないでいると駄目になってし

   まう。現代人の多くは直観力を疑ってばかりいるからどんど

   ん退化してゆく。

 

   直観力に従うといってもそういう生き方を生まれた時からし

   てきた訳では無いから最初は失敗が目立つだろうけど失敗し

   たからといって直観力に従うのに疑問を抱いたりすると能力

   を伸ばす事は出来ない。

 

   失敗を重ねる内に、どれが直観力に因るものか、どれが違う

   のかという事も解ってくる。疑う事から現代哲学は始まった

   が、本能に関しては疑う余地はない。そして疑う事でどれほ

   ど多くのものを失うかを考えてみて欲しい。現代人は疑う事

   で哲学的理論体系を手にしたが、同時に人間の精神的・心霊

   的な営みの方法を失いつつある。

 

   私達神霊族は、疑う行為は何も生み出さないと言っている。

   疑い深い人はあまり傷付かないで生きてゆけると思っている

   様子だが自分を限定し規制して生きて行かねばならないから

   実は悲しく苦しい一生を背負って生きてゆくことになる。そ

   して結果的には自分以外の誰も信じなくなって益々、孤独な

   寂しい人生を生きる事になる。こんな事が『疑う』行為のも

   たらすものだと知っていても疑り深い人は傷付く事が厭さに

   『疑う』事を止めようとしない。

   では何故、それほどまでに傷付く事を恐れるのだろうか?

   答えは簡単。疑い深い人は、傷付いて落ち込んでいる人を沢

   山見て来たが、自分自身は深く傷付いた事は無い。そういう

   人々がどういう風にして傷付いたかのパターンを沢山、知識

   (借り物の知識だが)として持っている訳だ。何も知らない

   人が大胆不敵な行動をしてそれが良い結果をもたらしたりす

   るのは『傷付く方法』の知識を持っていない場合が多いから

   だ。

(3)あなたがた人間は笑う事で横隔膜を痙攣させて肺の呼吸活動

   に刺激を与える。そして血中の酸素含有量を高めて脳細胞の

   活性化を図る。これは、とても合理的なリフレッシュの仕方

   だと思う。

(4)人は知りたい欲望が強いだろう?その欲望を満たすために本

   を読んだり、新聞を読んだりする。知性はそれらの知識をう

   まく生かす為の方向性を持つ資質の事だ。知識多寡では無

   い。それらをどう使うかでその人に知性があるかどうかが判

   る。知識を認識し理解し、自分の物として使えなければ知的

   な人とは言えない。しかし、現代社会の様に高度情報化社会

   にあっては知識だけは膨大な量になるがそれらを本当に認識

   し理解している人はほんの僅かでそれを使いこなせる人とな

   っては殆ど居ないと言っても言い過ぎじゃない。

(5)論理と感性のどちらが優位に立つべきかを考えると勿論感性

   が優位に立たねばならない。何故ならば、論理は元々感性を

   説明する立場にあるからだ。論理が先行して感性を規定する

   から現代人には精神的なストレスが多い。論理にはその使命

   があり、使いかたによっては非常に便利なものだ。

 

   しかし困った事に、人間が論理体系を構築して、論理に生命

   を与えてしまった為にまるで無機質の感性の暖か味を持たな

   い名前だけ形だけの意識が巷をかっ歩している状況だ。感性

   はまず感じるもの、そしてそれに相応しい冠として論理を付

   けてやるべきものなのだ。人は『感じる』事をとても好む。

   その為に人間には五感というものが備わっている。極端な言

   いかただが、論理だけで良いなら五感は要らない。

(6)人間関係の背後に存在する神秘、人間関係の背後に潜む不思

   議。人と人の関係を簡単に話す事は出来ない。家族の結び付

   きはこの地球上に於いても場所によってマチマチであるし、

   同じこの日本に於いてもだ。ある期間、必要な情報や物資や

   精神的なものを提供したり提供されたりの為に家族は存在す

   る。そしてこの家族の住む家庭で次世代の繁殖を行う為でも

   ある。永久に必要な相手というのは原理的には誰にも無いけ

   れど人間の肉体自体が永久機関では無い為に人間は永久とい

   う言葉をとても珍重する。前世からの因縁で家族が出会う場

   合もあるし、そうでない場合もある。恋人同士が離れたくな

   かった為に親子で生まれてくる場合もあるし、前世で殺され

   た人がその相手に罪の償いをさせる為に夫婦になる場合もあ

   る。一つのグループから約束しあってこの世に生まれるとい

   う事はよくある。

(7)人間界は私には殆どミステリーだ。人間は色々の事を天に向

   かって祈るけれど実際にそれが現実になると『そんな事を頼

   んだ覚えは無い』と言う。私達は大きな流れの中で生きてい

   るから人間の様に物事を『点』で捕らえる事は出来ない。あ

   なたがたが自分達にとって良いと思って進めてきた科学文明

   の発展は実際にはあなたがたの生命を脅かす方向へと進んで

   きている。私達から見れば人間はその場だけ良ければいいみ

   たいな『利那主義』に見える。本当に解らない。

 

(8)人々の中には、執着する事によってしか自分の立場を守れな

   いと思いこんでしまう者がいる。これは人間の社会教育が原

   因している場合が多い。つまり立場というものは守るものだ

   とか、立場を失うのは恐怖だとか、そういう考えを持ってい

   るという事なのだが、まず『立場って一体何だ?』という教

   育こそ為されるべきではないだろうか。

 

   立場というのは、本来その人独自のものでは無いのにそうい

   う気分にさせてしまう教育が為されている。立場というのは

   無数にあってその時々でヒョイヒョイ移動出来るものだ。そ

   れはベルトの様につながっていて縦横無尽なものなのだ。だ

   からこれを失うのは至難の技だということが分かるだろう?

   失える資質のものでは無いのだ。失ったと思っている人は、

   往々にして自分の足が見えなくなったと思いこんでいるだけ

   だ。確かに自分は立っているのに立っていないと思い込んで

   いるだけだ。人間のこだわりの感情の殆どはこの思い込みに

   よって作り上げられた幻想なんだ。このことを少し考えてみ

   ると意外に怖がっていたものの本質が見えてくるものなの

   だ。

(9)私達神霊界の方法はあなたがた地上界に教唆する事は出来て

   も強制する事は出来ない。私達に提案は出来ても命令は出来

   ない。私達は黙って見守る事は出来ても私達に物質的な身体

   が無いから手を差し延べて助け上げる事は出来ない。私達神

   霊界の者に時間の概念は無い。空間の概念も無い。次元の概

   念も無い。私達は宇宙界の出来事の殆ど総て起きた事、起き

   る事、起きつつある事などを知っている。あなたがたの住む

   地上界での過去も未来も現在も知っている。知っていても総

   てをあなたがたに報せはしない。必要な時に必要な情報を報

   せる。『権利』も『義務』も地上界の言葉だ。私達には、そ

   んな言葉は必要ない。当然、私達と共に歩む者にも権利や義

   務を押し付けたりしないし、私達との間に権利や義務を見い

   だす必要も無い。

(10) 愛によって人を満たす事が出来るならば、

   何も恐れる事は無い

   愛によって人を傷付ける事は無い

   愛は与えるもの、与え続けるもの

   この与える愛こそ至高の愛

   そこに何の疑いも存在しない

   そこに何の影も無い

   あるのは愛、それだけ

   愛によって人を満たす事が出来るならば

   愛によって人を満たす事が出来るならば

   あなたは《私の愛=光》の具現者となる

(11)(セーターの話)

   セーターの外側に出たホツレをハサミで切ったらどうなる?

   セーターはボロボロになるね?ホツレは内側から引っ張って

   直すのでしょう?内側から引っ張るんでしょう?表面に現れ

   た欠点を指摘して攻撃したら、一見その欠点を撃滅したかに

   見えるけれど、本体もボロボロに傷付くね?

 

   内面を愛で満たし、外側に現れている欠点を内側から引っ張

   って、その欠点すらも内面の愛で包むこと,内面の愛、それ

   が大切

 

   表面的な愛、つまり表現だけが大切なんじゃない

   どちらも大切だけれど、内面の愛がたくさん無いと表に顕す

   事はできない

 

   私達の光は愛だ,私達の光は内面の愛だ

   胸の奥底からグーンと突き上げてくる様な、

   熱い内面の愛なんだ

   もっと感じて、もっと溢れて,もっと熱く、もっと燃えて

   光を感じて、胸の奥底から、身体の底から

   私達の光を内面に溢れさせて

   私達の光を顕わして!

(12) 天使はラッパを吹いた

   ラッパの音は内側を旋回し、外側へと響き渡る

   隠されていたものは現れる

   覆われていたものは露わになる

   見えなかったものは見える様になる

   せき止められていたものは流れ出す

 

   天使はラッパを吹いた

   総ては『そうあるべき姿』へと変わり始める

   屈していたものは立ち上がる

   眠っていたものは起きる

   引っ掛かっていたものは外れる

   蓋をしていたものは外される

 

   天使はラッパを吹いた

   ただの石と宝石との区別をつける時が来た

   過去も未来も捨てる意志のある者だけに許される玉座の栄光

   総てを語り、総てを露わにし、総てを天帝の御手に委ねる者

   だけに許される至福の門への道行き

   自らの五感を使いの天使に預ける者だけに見える道

   宇宙生命との完全調和への道

 

   天使はラッパを吹いた

   輝ける星の炎、シリウスの記憶と情熱を生かす道

   道は右手と左手、どちらも天使の道

 

(13) 思いは千々に乱れ

   涙は乾く事を忘れ

   瞳には虚ろな影が刺す

   この愛を、宇宙の時空を超えた、この愛を

   望みさえすれば、心から望みさえすれば!

   再び、あなたがたの朝に光を

   再び、あなたがたの枕元に鳥の声を

   再び、あなたがたの胸に熱い思いを!

   再び抱き合う、愛と愛

   時のしじまに響き渡る声を

   あなたがたを呼ぶ声を

   耳を塞がず

   目を見開いて

   今、あなたがたに必要なものは

   愛し、愛される事、それだけ

   あなたがたが希望に満ち、

   愛の言葉を語る時

   あなたがたの愛と

   私、アーリオーンの愛が結ばれ

   凍えた心を持つ人々を覆い、

   慰める事が出来る

   あなたがた人間は

   迷いも多く、

   その迷いの友達である

   幻に苦しめられ、嘆く事も多い

   けれど、あなたがた人間には

   神からの大きな贈り物としての

   希望がある

   希望のあるところに

   愛がある

   愛のあるところに

   光は満ちる

(14)《メッセージの解釈》  

   ハイランド、アトランティスの生残者、子孫達に伝える。第

   三ショック・ウエーブの台頭があり、その後にジャイアント 

   ・ロックは四分化されるであろう。黄金のどくろを使って、

   紫波(ヴァイオレット・ウェーブ)を送ること

   解釈文→《至高の国アトランティスの生残者(いわゆるマス

   ター達)、子孫達に伝える。宇宙磁気線としての第三ショッ

   ク・ウエーブの台頭があり(時期は1988年)その後にジ

   ャイアント・ロック(北米インディアン・ホピ族の言い伝え

   通り)は四分化されるだろう。

 

   ☆の形としての本来の力が作動を始めるので霊的な指導者

   達、つまり黄金のどくろを持つ者達は眉間より発する至高の

   波動(紫波)を送りなさい》

   チチカカ、ハオアイ-メヒコ、イナワシロ、トウキョウ

   ツルガミネ、アソ、ロスアンジェルス、サンホセ

   アリゾナ-マグア、キスコウ、シャンガイ、ルツ

   キエフ、ハジャバル-ユーフラテス、ツールーズ、

   アテネ、カイロ、ラグラス、ハイランド-イギリス

   オアフ、ポイポイ、ボルボラ        

   総てのクォーツに、総てのウエーブをかけること

   解釈文→《地上に露出している、或は地下に内臓されている

   に拘わらず総ての水晶に、水晶の心を持つ霊的に鋭敏な者達

   は自分のレベルに準ずる最高の波動を送信し振動させる事が

   必要だ》

   このメッセージをアトランティスの子孫に送ること

ARION語録 1〜5

ARION語録  1 

(1)厳密に言えば、狂気は創造の為のエネルギーの一つである。

狂気を創造に持って行くか否かは、その狂気を持つ者に懸かる。

又、狂気を破壊に持って行くのも、芸術の一つではある。

(2)幼児性とは、総ての人類が持つ性格の一つである。幼児性、即、創造という風には結び付かない。幼児性の中にある、純粋さ、無邪気さ、見返りを求めない所、などが真の芸術家には必要である。創造とは、発露である。生命を発するのが創造である。

(3)地獄、極楽という概念は人間の概念であり、我々は破壊と創造、陰  と陽、プラスとマイナス、正と反という風にとらえている。

 あなた方の生体エネルギーがゼロになった時に、いわゆるソウルは自分のし残した事や失敗した事について、自分自身で裁きを下すのでその状態を、あなた方は地獄と呼ぶのだろう。そして、輪廻転生を繰り返すかどうかを、神霊達のアドヴァイスを取り入れながら決定するのである。決定後は、しばらく自分のレヴェルの光の集団に属す事が多い。あなた方は、この状態を天国と呼ぶのだろう。

(4)自己に不誠実な者は、宇宙の愛を実践するどころか、それを知る事も無いだろう。しかし、自己に忠実に生きる事だけでは宇宙の愛を実践したとは言えない。

(5)優しくするというのは、相手の機嫌を取ることでは無い。又、親切というのは求められてするものである。この場合も、相手があなたに親切にされる事を心から望んでいるかどうかを見極めよ。

(6)アカデミックな絵画教育というのは、創造性も独自性も霊感も何もかもが常人の域を出ない者の為に方法論と技術を教え込み、何とか貧しい感性をカヴァーする為の教育だ。芸術の理解出来ないエセ専門家の意見など、百害あって一利無しと思う事。芸術とは、つまり生き様だと声を大にして叫ぶこと。

(7)前進と後退は、我々にとっては時軸上の左右の問題である。

(8)真実は、肉体年令の老化と精神年令の老化とは関連性が無い。しかし、あなた方の社会性という厄介な観念が、しばしば、この二つの全く無関係なものを結び付けてしまうのだ。若い柔軟な精神に、肉体がついて来ないと落胆する者もいるが、それほど苦にならない筈である。

 肉体は、出来るだけ良い状態に保つ様に心がければ、それで良い。肉体をカヴァーして余りある情熱を、持つことこそ、もっと気に懸けて貰いたい。

(9)手に入れたと思う端から、こぼれてゆくのが解らないか?

手に入れたと思ったものは、既に、あなたが欲しかったものでは無

くあなたの欲しいものは、あなたから一歩遠ざかったと思うこと。

(現在、既に手に入れていると思っているものは、今から考え方を

変更するのは困難なので、除外して思うこと)

 

 宇宙の愛は、手に入れることは出来ない。それは、常にあなたからの働きかけの強弱によって、あなたに作用するものだからである。

一生、働きかけ続けるのだ。

{10) 狂気は、宇宙エネルギーの蓄積・充満と、その解放に伴うソウルのき、状態である。翻弄され、一時的に己を忘れる事。高揚の最高状態の、陽に向かうエネルギー。反対に、異常とは陰に向かうエネルギー。狂気は何かを産み出す、或は、破壊する。異常は、何かを取り込む或は、堕としめる。この二つの違いは、あなた方人間には判断が難しいので、あまり考える必要は無い。

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ARION語録  2 

(1)普通は転生する前に意図的に記憶を抹消してから転生する。しかし魂は総ての事を記憶している。魂はその記憶を必要な時にいつでも取り出して使う事が出来る。前生の性格はそれほど今生には作用しない。前生での行いの方が影響すると言っておこう。

(2)私、アーリオーンは神霊としての立場上地球上に顕在化して仕事をする訳には行かない。惑星の進化はその惑星の有機体によって促進されねばならないからだ。私の出来ることはインスピレーションに限られてしまう。もっと効率良く仕事をせねばならない時に分魂して受肉させる方法を私達は取って来た。あなたがたが地上に幾度も転生してきたのは私と私の光である宇宙神の意志だと思って貰いたい。

(3)魂は肉体を着けて降りる事は無い。(地球の肉体という意味)魂は肉体を選んで宿る。

(4)金星には特殊な磁場発生装置があるので肉体のままでしばらく暮らせる。長期に亙る場合には、順応装置を使って少しずつ変化せ

る。

(5)とりあえずと言うのは変だが死後魂は地球と月との間にある所へ行く。薄いモヤに覆われた場所と言っておこう。地球から3.5次元離れた場所だ。

(6)現界と霊界の決定的な違いは思うという事と行動するという事が同一事項であるという事である。

(7)夢の中の事は殆どが霊界での出来事であるがあなたがたの生体脳の中に記憶された時に現実生活の記憶と照合されてしまうのであなたがたにはそれほど大きなショックを与えないで済んでいる。

(8)無意識と呼ばれる部分は魂の前庭に当たる。眠っている間は実生活の抑圧から解放されて喜々として羽根を広げている。

(9)衝動はあなたがたの魂が解放されたいともがく力だ。力は総てエネルギーの一変容形態である。あなたがたの魂が認められたい自由に表現したいと叫ぶ時にあなたがたは衝動を感じる。

(10) 我々は創造に向かう力のグループである。壊滅方向に向かう力は別のグループのものである。本当に壊滅にむかう衝動を我々は刺激する事は無い。受容能力のある者には時には正邪両方の衝動を教えるが、それは受容能力のある者の根底にあるエネルギーが壊滅方向に向かうものでは無い事を確認している場合だ。衝動殺人や自殺を止める方法は『光の愛』の実践しか無い。

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   ARION語録  3 

(1)直観は宇宙の知恵である。あなた方の言葉でアカシック・レコードと呼ばれるところからの知恵である。直観は何ひとつ間違いは無い。問題は判断する人間の頭脳にある。

(2)直観は起こるものでは無く受け取るものである。呼び掛ける人間の必要の度合いと真剣さとに対応して宇宙の知恵は送られてくる。送信先は我々の場合もあるし、そうでない場合もある。

(3)衝動と直観は互いに密接に関わる場合が多い。それは直観という宇宙の知恵が引き起こすヴァイヴレーションがあなた方の頭脳に働き掛けた時にあなた方は即、行動に移したい衝動を感じる様になっているからである。宇宙のエネルギーつまりヴァイヴレーションは多くの場合、人間の頭脳に『突き上げる様な』感覚をもたらす事を覚えておいて欲しい。

(4)シンクロニシティとは、つまり意識の無意識に対する働き掛けの一つの結果だと思って貰いたい。シンクロニシティが起きたと感じる事によってあなた方は自分の願望や恐れなど、気に懸けているものを再度意識に植え付ける行為をする。ネガティヴな事項はシンクロニシティが起きたと感じる事を否定した方が良い。

(5)知識は観念的な人間を作る直接要因では無い。教養と呼ばれるものの方がより観念的な人間を作る。しかし、外的情報のもたらす知識は充分吟味して自分の内で使いこなせる様にならなくては真の知識つまり知恵とはならない。あなたがたは好んで『観念的』という言葉を使う様だがあなたがたの中に『観念的』な部分が多くあると思っているせいか?

(6)真理とは宇宙に遍在するエネルギーの事である。

(7)多数の人間の中にあるもの、つまり情熱、愛情、憐びん、恐怖、無常などの感情に訴え懸けるかどうかという事だけが芸術の意図するものでは無い。芸術の普遍性は、宇宙エネルギーの普遍性につながる。

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ARION語録  4 

(1)『不思議』と感じるメカニズムには個人差がある。 『不思議』と『気持ち悪い』というのは紙一重である。 まず自分の体験上、考えられない事象同志の結び付きや離反など、各々の体験した事の無い新しい組み合わせなどを見たり経験したりした時に起こる感情。宇宙のリズムに合致している者は『不思議』感が減少する傾向があり、反対に宇宙リズムから遠い者には、『不思議』よりも気味が悪いとか怖いといった感情が起こる割合が多い。

(2)宇宙エネルギーにも陰陽がある。その陰が暗い部分である。 反エネルギー、地球上で言うプラス・エントロピーに近い現象を引き起こす力とも言う。 宇宙は常にそのバランスが保たれている様になっているが、そのバランスのズレが各宇宙場(異なる次元場)の飽

和点に達した時に、破壊・消滅が起きる。プラス・エントロピーの

力が100%になる迄、破壊は起こらないと思っている者が多いが宇

宙の多くの場ではそうでは無い。プラスとマイナスのバランスが崩

れ、その飽和点に達した時に破壊が起こる。その飽和点は両エネル

ギーの掛かる度合い、つまりその場や物質によって異なる。

(3)深層意識が決意しても表層意識が同時に決意するのは困難だ。深層意識は魂と直結した前庭の様なもので、表層に対して絶えず働き掛けているが、深層と表層が平行して活動する事は現代人には困難だ。表層意識は後から付いてくるものだ。

(4)本物の自由とは他人に認めて貰うか貰わないかという事で変化が生じるものでは無い。

(5)ミケランジェロは同化地球人(宇宙から来たという意識を抹消していないタイプの)だった。彼の絵の色彩が完全とまで行かないが戻ってきた事に我々も喜んでいる。オレンジ系の色とピンク系、そして赤の色はもっと軽い色だった。青系統は、当時とあまり変わらない。当時の絵は輝く様な美しい色だった。ほこりや湿気による色の変化は、ミケランジェロの絵だけでは無い。インドやチベットの絵もそうだ。中国・日本では、もっと変質が激しい。当時の同化地球人達のもたらした革命的な絵や彫像は宇宙愛の歓喜を表していた。

(6)破壊と創造とは宇宙神のエネルギー旋回の中枢にあるものでもある。つまり真の芸術とは本来そうしたものなのだ。

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ARION語録 5

(1)型紙を入れてオートマティックに製造出来るものに造形美・機能美はあっても本来の芸術=神技は見い出しがたい。

(2)宇宙はメビウスの輪のねじりが沢山あるもの。その輪が幾つも交錯したもの。この状態を3次元の頭脳で理解するのは不可能。

(3)破壊と創造は宇宙神の技であり、宇宙神のエネルギーの形態であり芸術である。 芸術=生命を頭で考えれば考えるほど物質的表面的な技術の向上こそが大切なのだという物質至上主義方向へと拍車をかけることになる。人間的な事象に於いては潜在意識の働き掛け、つまり潜象面の活動は迂余曲折を伴ったとしても常に物質的、顕在的な働き掛けが過剰にならないようにエネルギーを制御する方向へと導いてゆくのだ。

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